めがねのしっぽ さん プロフィール

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めがねのしっぽさん: 週末写真館
ハンドル名めがねのしっぽ さん
ブログタイトル週末写真館
ブログURLhttp://syuumatu61.blog40.fc2.com/
サイト紹介文<<季節の写真や旅行の写真を気ままに>> 横浜や富士山を中心に景色の移り変わを楽しんでいます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供28回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2009/04/18 13:20

めがねのしっぽ さんのブログ記事

  • 四国の旅 (高知その5)・・・・・・・・四万十川の沈下橋
  • 四万十川は四国最長の大河(全長196km)。『最後の清流』として知られ上流から下流に数多く残っている沈下橋は、欄干がなく川の増水時に水面下に沈むことで流失しないように作られた橋で、大洪水で橋が水中に「沈下」することを想定し、水の抵抗を受けにくくするためや、欄干があることにより木などがが引掛り水の流れが悪くなることを防ぎ、更なる川の氾濫を避けるために作られています。沈下橋は、住民の生活道であるとともに、 [続きを読む]
  • 四国の旅 (高知その2)・・・・・・・・桂浜
  • 桂浜は浦戸湾口の龍頭岬と龍王岬の間に弓状に広がる海岸で、松の緑と五色の小砂利が広がる砂浜に紺碧の海が調和する高知県を代表する景勝地の一つ。月の名所として知られ、“月の名所は桂浜・・・”と「よさこい節」にも唄われている。東端の龍頭岬では、幕末の志士坂本龍馬の銅像が太平洋を見下ろしている。海浜一帯は「桂浜公園」となっており、水族館や、山手には「坂本龍馬記念館」もある。 [続きを読む]
  • 四国の旅 (高知その1)・・・・・・・・高知城(こうちじょう)
  • 高知市の中心地にある江戸時代からの姿を今に伝える南海の名城。初代土佐藩主山内一豊とその妻千代が礎を築いた土佐二十四万石の歴史ある城。関ヶ原戦の功績により徳川家康から土佐一国を拝領した山内一豊が、慶長6(1601)年から築き始め、10年後にほぼ全城郭が完成。享保12(1727)年の大火でほとんど消失したが、その後24年かけて修復し、宝暦3(1753)年には再建。全国でも唯一、本丸の建造物がほぼ完全なまま残っている貴重な [続きを読む]
  • 四国の旅 (香川その5)・・・・・・・・総本山善通寺
  • 総本山善通寺は弘法大師誕生の地として知られる四国霊場八十八ヶ所・第75番札所で真言宗善通寺派の総本山である。高野山金剛峯寺、京都東寺とともに大師三大霊跡のひとつで、空海ゆかりの国宝や大楠があり、創建当時の伽藍配置が残されている。総面積約45,000平方メートルに及ぶ広大な境内は、「伽藍」と称される東院、「誕生院」と称される西院の東西二院に分かれていて金堂、五重塔などが建ち並ぶ「伽藍」は、創建時以来の寺域。 [続きを読む]
  • 四国の旅 (香川その4)・・・・・・・・金刀比羅宮参道
  • 金刀比羅宮は古くから「さぬきのこんぴらさん」として親しまれている海の神様。参道の長い石段は、本宮まで785段、奥社までの合計は1368段にも及ぶ。参道から奥社までの石段沿いには大門、五人百姓、国の重要文化財「書院」。広い境内には重要文化財「旭社」など由緒ある建造物が点在する。参道の両脇には土産物やうどんの店などが並び、周辺には見どころも数多くあります。 [続きを読む]
  • 四国の旅 (香川その2)・・・・・・・・名勝『栗林公園』
  • 栗林公園は、400年近い歴史を誇る江戸初期の大名庭園。平庭部の広さは、東京ドーム3.5個分にあたる約16.2ヘクタール。背景となっている紫雲山を含めた面積は東京ドーム16個分の約75ヘクタールにも及び、国の特別名勝に指定されている庭園の中でも最大の広さを誇る。江戸時代初期の大名庭園として優れた地割り石組みを有する南庭、明治以降に近代的な公園として整備された北庭にわかれており、様々な景色を楽しむのができます。 [続きを読む]
  • 四国の旅 (香川その1)・・・・・・・・高松城跡【玉藻公園】
  • 高松城は豊臣秀吉の四国制圧の後に生駒親正によって築城されたもので、江戸初期に徳川光圀の兄で常陸国から12万石で高松に移封された松平頼重によって改修されたものです。江戸時代、四国の玄関口にあってぽっかりと浮かんだようなこの城は「讃州さぬきは高松さまの 城が見えます波の上」と、謡われるほどの日本三大水城(高松城、今治城、中津城)の筆頭で一名玉藻城ともよばれています。天守は、老朽化により明治17年に解体され [続きを読む]
  • 四国の旅 (徳島その1)・・・・・・・・ 鳴門の渦潮
  • 鳴門の渦潮(なるとのうずしお)は、徳島県鳴門市と兵庫県南あわじ市の間にある鳴門海峡で発生する渦潮です。瀬戸内海と紀伊水道の干満差により、激しい潮流が発生することによりできる自然現象で春と秋の大潮の際には渦の直径は最大で30mに達するといわれ、渦の大きさは世界でも最大規模といわれています。「鳴門海峡」は、イタリア半島とシシリー島間の「メッシーナ海峡」、北アメリカ西岸とバンクーバー島東岸との間「セイモア [続きを読む]
  • 水郷近江八幡の町並み(八幡堀)・・・・・・近江八幡市宮内町周辺
  • 八幡堀は、戦国時代に豊臣秀次(秀吉の甥)の居城八幡山城のお堀として築かれていたもので、防衛のための軍事目的と、琵琶湖と市街地を結ぶ商業、物流の要としての役割がありました。近江商人の発祥と発展、また町の繁栄に八幡堀は大きな役割を果たし、江戸時代後期には近江国において大津と並ぶ賑わいを見せたといいます。お堀に沿って、白壁の土蔵や旧家が立ち並び、華やかだった当時の様子を偲ぶことができます。 [続きを読む]
  • 安土城天主 信長の館・・・・・・・滋賀県近江八幡市安土町
  • 信長の館には1992年に開催されたスペイン・セビリア万博へ出展された原寸大の安土城天主が展示されています。内部には当時信長が狩野永徳を中心に描かせた「金碧障壁画」、金箔10万枚を使用した外壁、金の鯱をのせた大屋根など絢燗豪華な安土城が復元されています。安土城は1579年(天正7年)織田信長の命によって建築された高さ46メートルの壮大で絢爛豪華な世界で初めての木造高層建築といわれています。 しかし、築城以来わずか [続きを読む]
  • 東近江市五個荘金堂地区の町並み (近江商人屋敷)
  • 近代日本経済の基礎を築いた近江商人の発祥地として知られる東近江市五個荘金堂。今も商人たちの本宅と伝統的な農家住宅が調和のとれた美しい町並みご当時を偲ばせます。金堂の近江商人は、主に江戸時代後期から明治・大正・昭和戦前期にかけて、呉服や綿・絹製品を中心に、革新的商法によって商圏を全国に広げました。商人本宅は、広大な敷地を板塀で囲み、内部に切妻や入母屋造りの主屋を中心に数寄屋風の離れや土蔵・納屋を建て [続きを読む]
  • 彦根城 その2 ・・・・・・・滋賀県彦根市金亀町
  • 姫路城、松本城、犬山城、松江城とともに国宝に指定されている彦根城。1600年(慶長5)関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康が勝利に大きく貢献した井伊直政に敵将石田三成の居城の佐和山城と近江国北東部の領地を与え直政は彦根藩の初代藩主となります。家康は合戦後も強い勢力を持つ、豊臣家と西国の大名を監視するため、直政に新しい城の築城を命じますが、直政は関ヶ原の戦いで負った鉄砲傷を悪化させて1602年(慶長7)に死去します [続きを読む]
  • 彦根城(天守閣)・・・・・・・滋賀県彦根市金亀町
  • 姫路城、松本城、犬山城、松江城とともに国宝に指定されている彦根城。1600年(慶長5)関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康が勝利に大きく貢献した井伊直政に敵将石田三成の居城の佐和山城と近江国北東部の領地を与え直政は彦根藩の初代藩主となります。家康は合戦後も強い勢力を持つ、豊臣家と西国の大名を監視するため、直政に新しい城の築城を命じますが、直政は関ヶ原の戦いで負った鉄砲傷を悪化させて1602年(慶長7)に死去します [続きを読む]