ヒシカワ さん プロフィール

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ヒシカワさん: いわき情報堂
ハンドル名ヒシカワ さん
ブログタイトルいわき情報堂
ブログURLhttps://ameblo.jp/iwaki-johodo/
サイト紹介文いわきの情報、雑記などを綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供39回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2009/06/01 17:01

ヒシカワ さんのブログ記事

  • 戦国時代と江戸時代 境目の交差点
  • いわき市平一町目の交差点、道がまっすぐではなく、クランク状になっている。 そうなった理由は、手前側が、戦国大名の岩城氏が築いた飯野平城(大館城)の城下町で、その奥が、江戸時代の磐城平城の城下町だった。この辺り一体がその境目。 境目に沿って現在道路が通っているが、江戸時代には磐城平城の外堀が巡らされていて、そこには橋が架けられていた。江戸から水戸を経て磐城平に続く「浜海道」が通る平一町目は、城下町の玄 [続きを読む]
  • いわき戊辰戦争150年記念事業 展示会
  • いわき産業創造館で行われた「いわき戊辰戦争150年記念事業 展示会」。1868(慶応4)年6月16日、新政府軍の平潟港上陸に始まり、7月13日の磐城平城落城まで、約1カ月に渡りいわき市内でも繰り広げられた戊辰戦争。 今年で戊辰戦争から150年。それを記念して、磐城戊辰戦争で奥羽越列藩同盟軍として共に戦った磐城三藩(磐城平藩、泉藩、湯長谷藩)の関係者が協力して開催された今回の展示会。 会場では、当時の様子が時系列でわかる [続きを読む]
  • 磐城平城の外堀だった新川緑地公園
  • いわき市の新川緑地公園。いわき駅周辺の中心市街地を東西に貫く2.4キロメートルの緑地帯。緑地帯には木や花が100種類以上植えられている。 現在は公園になっているが、かつてこの場所には川が流れていた。その川の名前が『新川』。 この新川、江戸時代には磐城平城の外堀の役目を果たしていた。戊辰戦争の時には、磐城平城攻略を目指す新政府軍と城を守備する奥羽越列藩同盟軍が新川周辺でも戦った。 明治時代になって、川沿いに [続きを読む]
  • 震災を乗り越えて Jヴィレッジ再オープン
  • 福島県の楢葉町と広野町にまたがる、サッカーのナショナルトレーニングセンターJヴィレッジ。東日本大震災発生後は東京電力福島第一原発事故の収束作業の拠点となった。 そのJヴィレッジが、震災から7年を経た今年7月再オープン、本来の姿によみがえった。 東日本大震災が起こる何日か前にJヴィレッジに行きましたけど、その時はまさかあんな震災が起こるとは思わなかった…色々な苦難を乗り越えて、Jヴィレッジが再オープンした [続きを読む]
  • 夜空に咲く大輪の花 第65回いわき花火大会
  • いわき市の小名浜港アクアマリンパークで開催された「第65回いわき花火大会」。 今年は「港に咲く、百花繚乱。」をテーマに、福島県内最大規模の約1万2千発が打ち上げられた。 色とりどりの尺玉、スターマイン。音楽とシンクロさせて打ち上げる創作花火。 夜空に咲く大輪の花、楽しみました。 花火大会スタート前の空、綺麗な夕焼け。 にほんブログ村 [続きを読む]
  • いわきの戊辰戦争 第一次磐城平城攻防戦
  • いわき市の新川に架かる「尼子橋」。 昔は、江戸から浜街道を通り磐城平城下へと入るメインルートで、現在は架け替えられているが当時は二つの川を跨ぐとても長い橋だったことから「長橋」とも呼ばれていた。 今からから150年前、慶応4(明治元、1868)年の戊辰戦争ではいわき地方も戦場となった。同年6月29日、磐城平城攻略を目指す新政府軍と、それを阻止しようとする奥羽越列藩同盟軍が長橋を挟んで交戦『第一次磐城平の戦い(長 [続きを読む]
  • 戊辰戦争の様子をまとめた冊子『いわきの戊辰戦争』
  • 戊辰戦争から150年の今年出版された冊子『いわきの戊辰戦争』。戦争に参加した藩士の日記など当時の史料を基に、慶応4(明治元、1868)年6月から7月にかけて、いわき地方で約1カ月に渡って繰り広げられた戊辰戦争の様子が書かれている。 新政府軍の平潟上陸、その後のいわき市内各地での戦い、そして、磐城平城での攻防戦の様子が奥羽越列藩同盟軍側の視点と、新政府軍側の視点で描かれている。 史実を基に小説風に書かれていて読み [続きを読む]
  • かつて、浜通り地域に存在した磐前県
  • いわき市、いわき駅南口西側の並木通り沿いの地区。今後、市街地再開発事業が予定されている。 かつて、この周辺には廃藩置県後に設置された「磐前(いわさき)県」の県庁舎があった。磐前県は、現在の福島県浜通り地域などを範囲とし、磐城平藩の藩庁があった平に県庁が置かれた。 また、この周辺には当時の石城(いわき)郡の郡役所も立地するなど、官庁街としての機能もあった。 にほんブログ村 [続きを読む]
  • 勿来の関公園
  • いわき市の「勿来の関公園」。古来より、勿来の関は詩歌の題材としていくつも詠まれてきた。代表的なものは、平安時代の武将、源義家が詠んだ「吹く風をなこその関と思へども みちもせに散る山桜かな」 この地が公園になるきっかけは、承応(じょうおう)年間(1652−55)に磐城平藩主の内藤忠興(ただおき)が、風光明媚な地であった周辺一帯を関と見立ててサクラを植樹したことが始まりとされている。 次の藩主の内藤義概(よしむね) [続きを読む]
  • 街なかに歴史を感じさせる重厚な建物
  • いわき市の平・本町通り沿いにある重厚な建物。この建物は、明治時代に建てられた金物問屋「釜屋」の店蔵だった。 「釜屋」は、江戸時代の元禄13(1700)年、磐城平藩御用商人であった初代の諸橋久太郎によって創業された。鍋や釜などの金物類を販売し、その後、事業を拡大。 この建物がある平地区の市街地では、明治39(1906)年に「平大火」が発生。「釜屋」の店舗も焼失。この大火を教訓に、明治41年(1908年)に耐震耐火を基本に土 [続きを読む]
  • 地元いわきで天皇杯初戦を迎えたいわきFC
  • 第98回天皇杯全日本サッカー選手権大会に福島県代表として2年連続出場のいわきFCが5月26日、いわきグリーンフィールドで初戦を迎えました。 対戦相手は、宮城県代表のソニー仙台FC。いわきFCが前半9分に先制。しかし、前半28分にソニー仙台FCに同点ゴールを決められ、後半15分には逆転ゴールを許し、結果1-2で敗れ、いわきFCは2回戦へ進むことができませんでした。 この試合の入場者数は2298人。殆どがいわきFCを応援する人たち [続きを読む]
  • いわきアリオス 開館10周年
  • いわき芸術文化交流館ALIOS(アリオス)は2008年4月に開館。今年で開館10周年。 ALIOS(アリオス)という愛称の由来はArt(芸術)Life(生活)Information(情報)Oasis(憩いの場)Sightseeing(観光)の頭文字。 いわきアリオスには、音響性能に優れた大ホール、様々な用途に合わせて利用できる中劇場や小劇場、音楽専用の音楽小ホールと、練習系施設、交流空間、レストランやショップなどが備わっている。隣接する平中央公園 [続きを読む]
  • 戊辰戦争いわきの戦い 150周年
  • 今年は戊辰戦争から150年。いわき駅北口駅前広場に、磐城平城の攻防戦やいわき市内の戊辰戦争ゆかりの地を紹介する案内板が設置されていました。 ・谷川瀬口の戦い(第二次磐城平城攻撃) 磐城平城下への南の入り口「谷川瀬口」。攻める新政府軍に対して奥羽越列藩同盟軍が懸命に応戦。激しい戦いになり、新政府軍は兵を引いた。 ・六間門の戦い(第三次磐城平城攻撃) 磐城平城の守りの要の「六間門」。城を攻める新政府軍と城 [続きを読む]
  • ウミウの生息地 国指定天然記念物「照島」
  • 東日本大震災の津波で大きな被害を受けた「いわきサンマリーナ」。震災前はここにクラブハウスの建物がありましたが、今は撤去されて更地に。 サンマリーナの沖合い500メートルのところに、ウミウの生息地として国の天然記念物に指定されている「照島」があります。元々は、陸続きだったものが波の侵食作用で島になったと言われています。 昔から風光明媚な景勝地として知られており、磐城平藩主・内藤義泰の次男、内藤露沾らによ [続きを読む]