ぷにっかーず さん プロフィール

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ぷにっかーずさん: ぷにっこ学術日誌+
ハンドル名ぷにっかーず さん
ブログタイトルぷにっこ学術日誌+
ブログURLhttp://antepaenultima.blog76.fc2.com/
サイト紹介文学術日誌と謳ってますがそうでもないです。実存主義的な生き方を模索するブログ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供5回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2009/06/08 20:29

ぷにっかーず さんのブログ記事

  • 子供と大人の別次元山登り問題
  • 最近よく思うのだが、子供と大人では努力の難しさが違うなということ。子供は結局のところ大学受験という山を、Aルートから登るかBルートから登るかCルートから登るか、そういう悩みしかない。つまり悩みは一つなのだ。他に悩みはない。厳密に言えばあることはある。だが、解決できない悩みは悩みにならない。悩んでもしょうがないから。例えば友達ができないというのは悩みじゃない。人間的魅力というコントロール不能な問題であ [続きを読む]
  • 文学フリマ札幌に確かめに行け
  • 文学フリマ札幌が終わった。素人たちが創作文学を持ち寄り、一斉に販売するイベントだ。面白くならないわけがない。しかし、どうも予定調和なサークルが多く見受けられたように思う。文学らしい文学。悪く言えば物まねの文学。簡単に言うとがっこうの文学サークルで作られる文学だ。部員全員の作品を収めた、万人受けする地味な表紙。中身を読むまでもなくゴミだとわかる。見る気もしない。サークルのテーブルの前にゴミ箱持って行 [続きを読む]
  • サイコパスは必要悪
  • 新書でそのものズバリ、「サイコパス」というタイトルの本が出ていた。最初の方しか読んでいないのだが、サイコパスはルールの穴を探して、そこを攻めるのだという。普通の人間なら倫理観や常識でおさえるところ、サイコパスはそういうブレーキがないため、ルールの不備を突くのだと。そもそも上記の行動は悪いことなのだろうか。ルールの不備を突くことはルール上何も問題ない。それは純粋にルール設計の問題なのだ。例えば野球で [続きを読む]
  • 生きてる者はいないのか
  • この世の中は諸行無常だから、黙っていると喪失感だけが溜まってくる。例えばずっと昔から行っていたラーメン屋が潰れたりとか。最盛期にはチェーン展開もしていたのに、最期には1店舗のみになって、パチンコ屋の入り口の脇にひっそりと佇んでいた。そして今日、そこを通ったらラーメン屋への通路が壁で塞がれて「閉店」と。思い出の場所が駐車場になるようなさみしさだ。しかし、どうも人生というのはこんなさみしさばかりで成り [続きを読む]
  • やることリストは何も解決しない
  • やることリストをつくると、やらなければいけないことが全くできていないということがハッキリわかってしまい、リストを眺める度に陰鬱な気持ちになる。大体、リスト化したところでできないものはできないのだ。やることを忘れているからできていないわけではない。やるべきなのはわかっているけど、できていないのだから。例えば机の上を片付けないといけないなんて、リスト化するまでもなくわかりきっている。見りゃわかるからだ [続きを読む]
  • 駅弁売りのじいさんは純文学
  • 昼に立ち寄った駅弁売り場のおじいさんがとてもよかった。駅弁を売ろうと必死な姿勢に「純文学」を感じた。おじいさんは寂れた駅の改札前でワゴンに駅弁を入れて売っているのだが、寂れた駅だからそもそも人がいない。僅かにいる人々も横を素通りするばかり。だいたい、駅弁というのは不当に高いので、地元の人たちはまず買わないのだ。となると、旅行や出張で立ち寄る人たちが買うしかないのだが、そういう人たちは夜には良い店の [続きを読む]
  • 祈りを捧げるような日々
  • 大学の友達と大学の敷地の近くで偶然会い、会う場所も喋ってる内容も何にも変わらないなと言いあった。日々何かが変わっているように見えて、結局は何も変わらないのかもしれない。変わったのは互いに結婚したことと、多少の金を持っていること。それ以外、僕らは何にも変わっていなかった。あとはまあ歳をとったことだけど。僕らは日々の労働に心血を注いでいるが、何にも実を結ばず、同じところをグルグル回っている。ヨドバシカ [続きを読む]
  • 世界を変えられないから自分の認知を変える
  • 年に数回あるかないかぐらい、気分が躁になってきてるので、この気分を維持していきたい。精神医学的には躁は鬱と同じぐらい悪いことみたいだが、私はそうは思わない。だって便利でしょ。意欲が湧き出ているからマルチタスクもできるし、処理速度も上がる。単なる処理タスクだけでなく、創造性が必要なタスクもできるようになる。ただ、経験則でいうと正確性は落ちるね。まあ鬱の時も落ちるから、どっちがマシかと言われたら圧倒的 [続きを読む]
  • 保護者からの平手打ちか、社会からの平手打ちか
  • 子供が嫌いで嫌いでしょうがない。暴れる子供、騒ぐ子供がダメだ。今日電車を待っていたらホームで4、5歳くらいの男子がグズって泣き叫んでいた。傍にいる母親も訳がわからないらしく、というかグズって何を言ってるのかわからないため、泣き叫ぶ理由を聞いていた。しかし子供はさらにグズって理由も言わない。私だったら頬を平手打ちして腹を蹴ってその場に放置して帰る。その年齢なら意思の力で自分のグズりの感情を抑えて大人し [続きを読む]
  • 病床にて夏を想う
  • 病気で体力が低下しているときは、夏の瑞々しい風景を思い出す。最近だと須崎の御用邸近くの風景だ。以前、夏真っ盛りの時期に下田のリゾートマンションで数日過ごしたのだが、その頃の景色やにおいを思い出している。青々とした草が生い茂る山道をバスが進んでいく。御用邸前というバス停が最寄りだった。平日だったからロビーは静かなもので、日差しが厳しい外とは対照的に薄暗かった。だけど窓から隙間から夏の日差しが入り込ん [続きを読む]
  • 過度な節約はむなしい
  • 節約に関する情報は世の中にたくさんあるが、そこまで労力をかけてどうするんだというものが多い。究極的には道に生えてる雑草食べるとか。確かに、たんぽぽを天ぷらにして食べると食費はタダだ。お金は減らない。しかし、人間として大事なものが擦り減ってしまう。無料だからとなんでもかんでも手に入れればいいというわけではない。無料で来場者ポイントがたまるデパートなどもあるが、あのポイント付与マシーンに列を作っている [続きを読む]
  • 2017もウル4をやり続ける
  • 元旦は秋葉原のゲーセンに5時間くらいいた。正確には元旦「も」だが。長髪のオタクっこやらタトゥーだらけの外人やらに挟まれ、延々とウルトラストリートファイター4をやっていた。血走った眼で、闘志むき出しで、殺意もむき出しで集中していた。立ちあがるのは両替とトイレの時のみ。この勤勉さ。もはや労働に近い。だが、賃金が発生するどころか1プレイ100円を取られている。それでも止めることができない。画面から目を離すこと [続きを読む]
  • 終わりなき日常に飲み込まれる
  • 連日-10℃を下回る寒さの中、それでも私は生きている。バカみたいに同じ毎日を繰り返している。始業ギリギリの時間に出勤し、終業と同時にダッシュで帰っている。脳が委縮しかかっているんじゃないかと思うぐらいに、何も変わらない毎日。今日と一昨日の差を明確には説明できない。目に見える景色は寂れた街並みに一面の銀世界。NHKスペシャルとかで北欧の北極圏近い街並みの退屈さに似ている。まあでも札幌まで出張ればそれなりの [続きを読む]
  • ネットのサイト巡回ループから解脱したい
  • 毎日ひっきりなしにカチカチとネットをやっているけど、全然幸せになれない。日々からリアリティが失われている。気付くと一日が終わり、一週間が終わっている。移動時間はスマホでネット。職場の昼休みもネット。家にいるときはデスクトップPCでネット。毎日延々とネットをしてなぜ飽きないのか。私はそんな自分自身に飽き飽きしていると言うのに。移動時間はまとめサイト、職場の昼休みはビジネス系の特集記事、家にいるときは投 [続きを読む]
  • ハードボイルドな私の生き様
  • 最近、自分をハードボイルドだなと思う機会が増えている。ターミナル駅で行き交う人波をくぐり抜けたり、当てもなく街を彷徨うその姿に渋味が滲み出ている。胸の中に熱い闘志を滾らせ、それでいてCOOL。大人の男の味わいが溢れて、ちょっと零れてきている。コートの襟を立て、週末の街を歩く。繁華街とは逆方向へ歩くのだ。繁華街へ行ったらハードボイルドではない。酒やご馳走にうつつを抜かすようでは務まらない。「おなかすいた [続きを読む]
  • 時を駆け上がった先にあるもの
  • セカイ系の映画を見た後に「田舎の無人駅に佇みたいな〜」とか思ってる浮かれた都会人を張り倒したい。張り倒した後、顔にグリッと生尻を押し付けたい。「これが社会のルールだ!」と。社会のルールでもなんでもないな。とにかく、田舎に憧れを抱くのはやめろ。なんにもないよ田舎は。なんにもない地獄だよ。日曜の夜に新札幌の駅で蕎麦屋をワンオペでまわしてるオヤジの姿を見せてやりたいよ。これが世界の真実だと見せつけてやり [続きを読む]
  • 未来に向けて種を植えるような
  • 札幌の街を歩いていて、ふと恐ろしいものが頭をよぎった。それは、「ここには何もないな」という思いだ。おかしい。何もないわけがない。札幌にはたくさんの店があるし、たくさんの人がいる。しかし、何もないと思ってしまったのだ。私が空っぽなのか、札幌が空っぽなのか。こう思うことがなぜ恐ろしいかというと、私は東京に住んでいたときも常々そう思っていたからだ。池袋で、新宿で、渋谷で、上野で、この街には何もないなと思 [続きを読む]
  • より良い方向へ向かっているのかいないのか
  • ひとつひとつの努力は真実へと向かうための正しい方法だろうか。真実というか、より良い方向へと向かうための最善の手段だろうか。例えば毎日せっせと残業する人がいるとして、それは大金持ちへの正しい努力だろうか。あるいは出世のための正しい努力だろうか。仕事をやりとげた感に騙されていないか。蓄積する疲労に騙されていないか。あるいは長時間の拘束に騙されていないか。職場に、土日も毎日仕事をしにきているAさんという [続きを読む]
  • 生きろ、弁当青年
  • 隠れて、申し訳なさそうに、背を丸めて弁当を食べている青年がいた。みすぼらしい格好で、金はなさそう。仕事はしているのかいないのかわからない。見かけは工場で黙々と働くようなタイプだ。彼は札幌の東急ビルの地下三階のベンチで弁当を食べていた。まあ厳密にはベンチと呼べるものではない。通路に腰をかけるだけの硬い石が置かれてあるだけだから。彼はそんなところを通る人は誰もいないと踏んで、弁当を食べていたのであろう [続きを読む]
  • 真実を伝えるお作法について
  • つい最近、芸能人の講演を聞きにいった。というか行けと言われて行かされた。講演時間は90分。くそ長い。講演の内容は圧縮すれば5分以内に収まるものだった。それを金属を精錬する刀鍛冶のように叩いて延ばして無理やり90分にしていた。芸能人に要約する能力がなくて、5分の内容が90分になったのだろうか。若かりし日の私ならそう思っただろう。しかし、実際は違う。たとえ5分の内容だろうと、5分で話しては観客に伝わらないのだ。 [続きを読む]
  • 絵画展の審査員を審査させろ
  • 札幌市内で開催中の「新道展」に行った。絵画展である。入場料は600円。金は払った。だから文句を言う権利がある。芸術を勘違いしているというか、深く見せようとして浅い作品が散見された。人物画とか風景画ではなく、なんか無理やりに個性をつけようとして、恥ずかしい失敗をしている作品があったのだ。例えば不安げな少女の顔と、様々な機械を周囲に散りばめた絵。これだけならまだましなのだが、女の顔の上には、『Cogito ergo [続きを読む]
  • 「スケボーボーイ」と「スケベボーイ」
  • ここに一枚の写真がある。私が大通公園で写したものだ。一見、普通の公園を写した写真に見えるが、それ以上の価値あるものである。右のほうに写っているのはスケボーをしている男である。私が公園にいた一時間の間、ずっとスケボーの練習をしていた。どこかから持ってきた砂袋を地面に置き、その上をスケボーでジャンプするなど、技の研究に勤しんでいる姿が印象的だった。左のほうに写っているのはカップルである。私は男の方だけ [続きを読む]
  • 夏の終わりの吟遊詩人
  • 北海道の田舎の駅前にも、ストリートミュージシャンなるものが現れた。ギターを抱えたラフな格好の若者である。ゆずとかそういう有名どころの曲を歌うのかと思いきや、なんとオリジナルソングである。みんな物珍しさからか、普段は座らない縁石に腰掛けて、スマホをいじるフリをしながら歌を聞いている。中にはアスファルトに座り、演者の目の前で堪能している者もいる。2016年の現代でも田舎には娯楽が足りないのだ。夏祭りの類も [続きを読む]
  • 『コンビニ人間』は部品の文学
  • 芥川賞受賞作の『コンビニ人間』を読んだ。簡単に言うと、社会に適合できない30半ば女性の変な日常のお話。あと、その崩壊と再生についてのお話。主人公は社会に適合できない人間だけど、コンビニ勤務という特殊環境には適合できる。なのでコンビニ人間。というか、人間を装ってるコンビニなのかもしれない。何をいってるのかよくわからないかもしれないが、そういう本なのだ。主人公は人類側というよりむしろコンビニ側の存在なの [続きを読む]
  • 時間が全然ない
  • 毎日、焦りを感じて生きている。時間がない時間がないと思いながら、結局は目立ったことは何もしないで、何をして過ごしているかというと、アイスを食べて寝ているだけだ。夏になるとそれがかき氷に変わるくらいか。要するに年中苦悩を抱えて気持ちに余裕がない。一年を通して平均的に追い詰められている。夏も冬も、「残された時間はあとわずか」と思いながら、どこへも行かずに横になってぐったりしている。状況を劇的に変える何 [続きを読む]