トシコロ さん プロフィール

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トシコロさん: トシコロのブログ
ハンドル名トシコロ さん
ブログタイトルトシコロのブログ
ブログURLhttps://ameblo.jp/toshikoro1956/
サイト紹介文小学生向け随筆、体験小説など。
自由文 まずはブログをご覧ください。コメントやメールもお待ちしています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供175回 / 365日(平均3.4回/週) - 参加 2009/06/17 10:20

トシコロ さんのブログ記事

  • 雪原の下の多くの命・子供向け科学の文
  •   みなさん、今は冬ですね。東京も雪の降る日もあります。これから一月、二月と佐久にも雪が降り、特に町外れの野原や山は厚い雪でおおわれるでしょう。雪は冷たく、それがふる日はさむいです。セミやバッタなどがにぎやかにいた夏とは大ちがいですね。夏はカエルやヘビなどがいて、野原や山はにぎやかでしたね。冬の野原は時々ウサギや犬が歩きますが、見回すと生き物はほとんどいないようにも見えます。でも、ちゃんといますよ [続きを読む]
  • 友人・仲間意識への違和感と、日本社会の性愛軽視傾向
  •   僕もその二つの言葉に何か違和感を持ち続けていた。そのように人に言われても嬉しいとはあまり感じない。特に、女の人たちには。得体の知れない違和感だった。  僕よりも鮮明にその違和感を訴えた旧友もいた。北養護学校出身の、天才的な頭脳を持つ重度脳性まひの男性。30年くらい前に一時付き合ったが、彼は「身障者は男や女の面を見られない。それで健全者たちは頭ごなしに「友人・仲間」とか言う。私は身障者以前に男性 [続きを読む]
  • ハンセン氏病療養所の婚活と、僕の世代の人たちのその見方やS園の問題点
  •   12月9日の日曜の朝5時のETVの「心の時代」という番組で、元患者の主婦の話が放送された。僕は録画して見たし、再放送は15日午後一時からあるから、興味がある方はご覧ください。  その主婦は1935年ごろ生まれ、戦後に発病。少女期に。そのまま、多磨全生園に入り、2000年過ぎて、例の国からの和解金でマンションを買い、数年間在宅で暮らしましたが、体力が衰えたため、再び全生園に戻ったわけです。「マン [続きを読む]
  • 高齢男性に求愛された女子大生
  •   1970年代、「いんなあとりっぷ」という若者向けの雑誌があり、僕も父に勧められてよく読んだ。その中で忘れられない記事が一つある。表題通りの事です。  記事はその女子大生の手記。読みやすいように編集はされていたと思いますが。その女子大生は高齢者夫婦の家にお手伝いボランティア。洗濯などの用をこなしていたわけですね。夫婦ですが、夫はたくましい性格。妻は元は貧しく、遊郭に売られましたが、夫が「救い出し [続きを読む]
  • ライン・携帯電話・聴覚障碍者
  •   フェイスブックで知り合う人たちによくラインに誘われる。ラインとは、日本で生まれたSNSである。以前、僕も登録しようとした。そうしたら、パソコンのアドレスの他、「携帯電話の番号」も必須。携帯電話は僕は持っていない。脳性まひ特有の言語障碍があり、それで通話は不可能である事だからだ。諸々の写真は、ヘルパーさんの持っている携帯電話で撮ってもらって、それを僕のパソコンに送信してもらう方式である。手の障害 [続きを読む]
  • 豪徳寺の写真2
  •   フェイスブックで知り合う人たちによくラインに誘われる。ラインとは、日本で生まれたSNSである。以前、僕も登録しようとした。そうしたら、パソコンのアドレスの他、「携帯電話の番号」も必須。携帯電話は僕は持っていない。脳性まひ特有の言語障碍があり、それで通話は不可能である事だからだ。諸々の写真は、ヘルパーさんの持っている携帯電話で撮ってもらって、それを僕のパソコンに送信してもらう方式である。手の障害 [続きを読む]
  • 豪徳寺の写真1
  •   フェイスブックで知り合う人たちによくラインに誘われる。ラインとは、日本で生まれたSNSである。以前、僕も登録しようとした。そうしたら、パソコンのアドレスの他、「携帯電話の番号」も必須。携帯電話は僕は持っていない。脳性まひ特有の言語障碍があり、それで通話は不可能である事だからだ。諸々の写真は、ヘルパーさんの持っている携帯電話で撮ってもらって、それを僕のパソコンに送信してもらう方式である。手の障害 [続きを読む]
  • 埋もれた過去
  •   僕が小学低学年(1年から3年)の時、僕の学級の母親たちが言っていた事をふと思い出しました。当時の身障児(とは言え、かなり軽度の例が多く、知的障碍を持つ例はなかった)の母親たち同士が集まり、仲間関係を作り、話し合えば、子供たちの生き方の参考も出るし、そこから何かの福祉運動も出てくると考える人たちが多く、僕の先輩に当たる光明養護学校の母親たちも、そのような会を作りましたし、世田谷区でも、他の区でも [続きを読む]
  • 仲間の件の追伸
  •   誤解される方がいると困るので述べますが、仲間関係みたいなものに疑問を呈しているからと言って、何も孤立や孤独を勧めているわけではありません。それどころか、僕は他人への関わりは積極的に進めた方が良いという考え方です。でも、多くの体験上も、歴史を見ても、仲間関係・意識には疑問を持たざるを得ないわけです。    それでは、孤独・孤立・寂しさは何を表すのでしょうか。愛の欠落か不足を表す状態だと思います。 [続きを読む]
  • 仲間意識の問題と心理学
  •   心理学は個人の心理研究から始まった。1970年代に僕が受けた通信大学の心理学の教科書もその枠の中だけだった。その後、1990年代になり、放送大学では「社会心理学」なるものが講義として行われ、特に日本では、東日本大震災後は「パニック心理学」とか「災害時の人間心理」など、社会変化や災害が人間心理に与える影響が研究されている。とは言え、本来は心理学の研究対象であるはずの仲間関係や仲間意識の問題はほと [続きを読む]
  • 教派争いと現代心理学
  •   先日はパウロの仲間観を調べるため、新約聖書の諸々のパウロが書いた手紙の所を読んだら、改めて彼が当時のキリスト教の分派争いに非常に悩んでいた事を再確認させられた。「キリストにおいて一つ」と繰り返しても、その争いは止む気配もなかった...。歴史の通り、分派争いはひどくなり、それで戦争も起きるわけです。また、仏教やイスラムでも同じ経過をたどっています。今もそれぞれ深刻な問題になっています。「イエスも [続きを読む]
  • 聴障を持つ彼への自分などの気持ちを掘り起こすと
  •   一連の続き。その人をKと表記する。  出会った時は僕も「聞こえない事は、色々と不便があるのだろう。脳性まひや盲人とは違った面で、耳の聞えない人たちも大変だろう」と思ったものだと。その想いは、初めとしては当然ですね。本来ならば、そこから相手への理解、相互理解も生れていくものです。でも、その福祉会の話題はハンセン氏病や統合教育関係に集中し、手話は取り上げられず、関心を持つ者も非常に少なかったわけで [続きを読む]
  • 聴障者関係の補足
  •   手の関係で手話ができない人も、聴障者とは双方にその気さえあれば、付き合えます。昔の僕も電動タイプライターは使えたから、手紙は書けるし。大きな文字ですが、ひらがなと簡単な漢字なら紙に書けます。あるいは、人を介して代筆してもらうとか。仮に、手が全く使えない人でも、付き合う方法はいくらでもあるわけです。   以上を当時の僕と、その彼は怠っていたと言わざるを得ません。当時の僕はその会の仲間意識重視の流 [続きを読む]
  • 「仲間意識」に因んで思う聴覚障碍者の問題
  •    前回の文に仲間意識の危うさを少し考察してみたが、以下は経験からの話です。   70年代後半に僕も入っていた福祉会の一つも、仲間意識を尊重するものでした。でも、そこに一人、聴覚障碍を持つ男性が行ってきました。当然、話し言葉は通じないわけですから、手話が一番の意思疎通手段。僕は手が不自由な関係で手話はできないし、(それは実際にやってみないと覚えられないので)簡単な手話も覚えられなかったです。僕を [続きを読む]
  • 全人類規模の仲間意識について、改めて考えてみる
  •   30年くらい前だろうか、当時の僕が関係していた某キリスト教派の若い駆け出しの一伝道師が手紙で、その教派が(在日系などの)マイノリティや東南アジア、中南米、アフリカの人達への差別意識が強い人ばかりや、第二次世界大戦の時に当時の日本政府の戦争政策に協力した歴史を嘆く内容の事を書いた後、「人間も皆神によって作られたわけだから、全人類規模の仲間意識を持たないといけない。神の下の仲間意識を。この教派の人 [続きを読む]
  • 「学校教育」の追伸
  •    現在は多種類の障碍児が公立校や私立校で健全児と一緒に学んでいるが、それを通して仲間関係ができた話は聞かない。相変わらず、子供たちは「自分の話したい事を話し、やりたい事をしている」訳である。障碍児に仲間関係を作る魔力などはなかったし、また、それで良かったとも思う。確かに、諸々の障碍の件は極めて大事で個々に合わせて検討されないといけないが、かと言って、障碍児も、健全児も子供。基本的な違いはないわ [続きを読む]
  • 仲間意識中心の学校教育に変える事は元々ムリであった
  •   11月5に書いた「仲間意識の狭さと恐ろしさ」の続きである。僕の貴重な見聞から述べる。  1978年1月、僕も所属していた福祉団体で、高島平子供会と葛飾盲学校の子供たちの交流会に僕も立ち会い、様子を観察した。そうしたら、双方の子供たちは一人一人無秩序に話したい事を話したり、やりたい遊びをするだけだった。福祉会のメンバーの中には「高島平対葛飾で、子供たちはグループを作るのではないか」と予測した人も [続きを読む]
  • 日本の誰が乙武氏を叩けようか
  •   叩ける人がいるとして、元妻子と、氏や元妻の父母だけだと思う。  確かに、既婚の身でありながら、しかも、4人もの女性たちと性の遊びをしたことは無責任であり、かなりの罪はあると思う。特に、恋愛と遊びを氏は混同していた事は、恋愛文化の軽視であるし、それなら、かつて恋愛から結婚に向かった過去の事実も自ら否定する事にもなるわけだ。元妻の離縁も当然の結果だと思う。  でも、恋愛と遊びを混同し、恋愛文化を軽 [続きを読む]
  • 幸福とは?
  •   昨夜のETV「百分で名著」の時間は1945年に獄死された三木清氏の哲学の第1回目。録画して見ました。何分、三木氏は当時の日本などのファシズムを批判したわけです。戦時体制優先で、個人の幸福が無視された時代に、個人の幸福とは何かを追及したこと自体が素晴らしいと僕は思いました。  その放送は、哲学者の岸見一郎氏が解説されていますが、岸見氏は「幸福と成功とは違うのです」と解説されており、僕もうなずきま [続きを読む]
  • 仲間意識の狭さと恐ろしさ
  •   僕は教育関係には詳しくないが、受験競争が日本で激しかった頃、仲間意識作りを学校教育の主要目的にして、受験問題を解決しようという声も一部にあったらしい。また、僕が若い時に所属した複数の会は、少なくとも、上べは仲間意識作りを求めた。それらの関係で、仲間意識について僕は色々と考えてきた。確かに、何でも話せて、一緒に酒も飲める関係の仲間関係は一見優しく見え、良いようにも見える。でも、多面的に見ると、問 [続きを読む]
  • 辛亥革命を改めて見る
  •   我が家のテレビは地上波しか映らず、現在は放送大学の放送は受信できませんが、それを見越して、授業番組をたくさん録画してあります。一科目ずつゆっくり見ています。最近は「歴史から見る中国」という授業を見ました。その12回目に20世紀前半の辛亥革命などの事も説明されていました。  まず、その革命の精神的支柱になった思想は「三民主義」ですね。それらは「民族の独立」、「民権の伸長」、「民生の安定」です。1 [続きを読む]
  • 日本の停滞時代の始まり
  •   1971年だったかもしれない。まだ歴史的な検証はできないので、僕の説にしか過ぎないが。  先に書いた「今の日本に高齢者恋愛が増えている一因推察」にも書いた通り、大体、1930年から50年の間に生まれた世代の人たちは戦後憲法と恋愛を尊重し、政治にも深い関心を持ち、盛んに議論もしました。1968年から70年に掛けての僕の中学時代、若者たちが真剣に憲法と政治を議論し、日本と世界を非常に心配したのをは [続きを読む]
  • 日本の停滞時代の始まり
  •   1971年だったかもしれない。まだ歴史的な検証はできないので、僕の説にしか過ぎないが。  先に書いた「今の日本に高齢者恋愛が増えている一因推察」にも書いた通り、大体、1930年から50年の間に生まれた世代の人たちは戦後憲法と恋愛を尊重し、政治にも深い関心を持ち、盛んに議論もしました。1968年から70年に掛けての僕の中学時代、若者たちが真剣に憲法と政治を議論し、日本と世界を非常に心配したのをは [続きを読む]
  • 子供向け随筆
  •  佐久のみなさんへ.2018年10月書 秋もふかくなりましたね。佐久でも昔からの村祭りが行われていることでしょう。今年のお米のしゅうかくを神様にかんしゃするお祭りですね。ぼくが住んでいる世田谷区でも、70年前までは田や畑が多く、お祭りも行われていました。江戸時代は盛んに行われました。今も世田谷にある神社は秋の祭りをしており、この間は神社が作ってくれた生のあんこと黄な粉のお餅をぼくも食べました。やわ [続きを読む]
  • ウサギとカメの童話から・子供向け文
  •  ウサギとカメの童話から  皆さんもその話はよく知っていますね。ぼくも小さい時からおばさまに聞かされ、よく知っています。昔、ウサギさんとカメさんが話をして、小山の下まで走る競争(きょうそう)をし、気をゆるめたウサギさんがとちゅうで昼寝(ひるね)をして、少しずつ走ったカメさんに追い抜かれ、カメさんが勝ってしまうお話ですね。小さい時の僕もゲラゲラわらいながら、聞いていました。今もときどきテレビでこの話 [続きを読む]