トシコロ さん プロフィール

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トシコロさん: トシコロのブログ
ハンドル名トシコロ さん
ブログタイトルトシコロのブログ
ブログURLhttps://ameblo.jp/toshikoro1956/
サイト紹介文小学生向け随筆、体験小説など。
自由文 まずはブログをご覧ください。コメントやメールもお待ちしています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供152回 / 365日(平均2.9回/週) - 参加 2009/06/17 10:20

トシコロ さんのブログ記事

  • 実録小説・シマハタの光と陰
  •     前書き     太古から今日まで人類社会は多くの事件・出来事を作ってきた。戦争もあれば、発明・発見も、平和への努力も。それらは歴史に記されたものもあれば、世間に知られる事もなく、埋もれていったものもある。以下は、私がたまたま訪ね、見聞させてもらった一施設での複数の出来事である。設立当初は善意あふれた所だったと聞いているが、私が行った1977、8年(昭和52、3年)は複数の深い問題があり、施 [続きを読む]
  • S園で体得した事と、元患者の伊藤まつさんや、精神障碍を持つX君への関わり
  •    S園の身障室には僕は1977年6月から行ったが、それとほぼ同時に「他人にしっかり関わること」を言葉抜きで体得したらしい。それで77年7月に出会い、「来てね」と言われた伊藤まつさんに相手が昇天するまで行ったり、78年春に話を聞いて、器質性精神障碍と重いテンカンを持つX君と関わり合った事も十分説明が付くし、事実として間違いないからだ。僕は医学生でもなかったから、本来は伊藤まつさんとかX君に問題意 [続きを読む]
  • 佐久のみなさんへ・2018年5月書
  •  佐久のみなさんへ・2018年5月書  5月。東京では、大相撲(おおずもう)の夏場所(なつばしょ)が行われますね。今は5月は春とされていますが、昔は5月5日か6日にある「立夏(りっか)」から夏とされたので、5月のすもうも夏場所になったわけです。その5月に一度、相撲を友人たちと見に行った思い出があるので、今日はそれを書きます。 今から35年前。当時の大相撲は東京・墨田区(すみだく)の蔵前(くらまえ) [続きを読む]
  • 愛以前のこと
  •    哲学系のTV番組を見ていたら、哲学においては愛は三種類あるという。イエス・キリストが説いたアガペーと、ソクラテスが説いたフィリアと、プラトンが説いたエロスだと言われている。確かに、西洋哲学ではそうだが、他にも仏教で説かれている慈悲や、儒教で説かれている仁もあるし、僕は知らないが、イスラムにもそれ特有の愛に相当する観念があると推察している。でも、この文では、それらを詳しく述べるのが目的ではない [続きを読む]
  • S園とX君の問題の実録小説化
  •   それをしていきます。訳があり、僕の出生時の様子から書きたいと思っています。  登場する人物や施設名はかなり変えますが。  村上春樹氏はオウム真理教の問題を追及するために「1Q84」という実録小説を書きましたが、S園の問題もこれまでのような断片的な書き方の連続では限界があると、ブログに色々書いて悟ったからです。S園関係者たちが苦しい想いをしていき、僕の行った77年ごろは「園生虐待」みたいな事に至 [続きを読む]
  • 日本人にとって、国土の戦場化の想像以上に難しいこと
  •  それは「植民地支配された国の人たちの気持ち理解」である。何故なら、日本は過去に植民地化を経験していないから。そうして、朝鮮半島などを植民地化した。ヨーロッパ各国が植民地化した中南米やアフリカ、インドとは違い、隣国をそうしたわけである。しかも、日本以上に古い歴史を持ち、古代は日本に文明を伝えてくれて、しっかりした文化・文明を持つ朝鮮を。尚更、韓国・北朝鮮の人たちの日本への感情がこじれているわけであ [続きを読む]
  • 花とわれわれ・子供向け科学の文
  •  花とわれわれ・2018年4月書  この間、八重桜を見たくて、浜離宮(はまりきゅう)という、東京にある公園に行きました。今年は早くから暖かくなったせいで、八重桜の花もかなり散っていましたが、サツキが満開でした。芝生の中には、クローバーの白い花、カタバミの黄色い花なども咲いていた。さらには、浜離宮の名物は多くの松の木ですが、その松の花もたくさん咲いていました。松の花は赤く、小さく、丸いものです。目立 [続きを読む]
  • 浜離宮にて2
  •  花とわれわれ・2018年4月書  この間、八重桜を見たくて、浜離宮(はまりきゅう)という、東京にある公園に行きました。今年は早くから暖かくなったせいで、八重桜の花もかなり散っていましたが、サツキが満開でした。芝生の中には、クローバーの白い花、カタバミの黄色い花なども咲いていた。さらには、浜離宮の名物は多くの松の木ですが、その松の花もたくさん咲いていました。松の花は赤く、小さく、丸いものです。目立 [続きを読む]
  • 浜離宮にて1
  •  花とわれわれ・2018年4月書  この間、八重桜を見たくて、浜離宮(はまりきゅう)という、東京にある公園に行きました。今年は早くから暖かくなったせいで、八重桜の花もかなり散っていましたが、サツキが満開でした。芝生の中には、クローバーの白い花、カタバミの黄色い花なども咲いていた。さらには、浜離宮の名物は多くの松の木ですが、その松の花もたくさん咲いていました。松の花は赤く、小さく、丸いものです。目立 [続きを読む]
  • 「戦争に行く」という言葉から
  •   中学3年の時の社会科の授業。戦争の事で先生が冗談に「君たちは(体が不自由だから)戦争になっても、戦争には行かなくて済むわけです」と言ったのを覚えています。それを最近思い出し、世界中の多くの国々では通用しない話だろうと思ったわけです。  多くの日本人は「戦争に行く」とか、「息子を戦争に行かせたくない」とずっと言い続けてきましたね。例えば、1904年に起きた日露戦争の時を描いたドラマや映画を見ても [続きを読む]
  • 「障碍者や難病患者は戦場では生きられない」の話がされない理由推察
  •     確かに、そのような内容の本や報道にはお目にかかった事がないし、ネット関係含む、世間でもそのような話は聞いた事もない。   理由は簡単かもしれない。戦場では、本当に障碍者や難病患者はそこにいると100%死んでしまっていて、後に体験記を書いたり、体験談を書けないからであろう。あるいは、天国ではそのような本は多く出されているのかもしれないが、少なくとも、地上ではそのような経験者の声を語り継ぐ事は [続きを読む]
  • 南北朝鮮首脳会談についての両国の障碍者たちの気持を想う
  •   昨日の韓国の文大統領と、北朝鮮の金主席の出会いの様子を僕も日本からテレビで熱く見ていました。未来の事は判りませんが、例えば、10年たち、2018年4月27日が朝鮮半島は勿論、東アジア、更には、地球社会全体にとって、真の平和への第一歩であったと記される事を願います。  韓国、北朝鮮にも相当数の障碍者や難病患者はいます。そのような人たちはきっと、極めて熱い思いで、昨日のその場面のテレビ中継を見てい [続きを読む]
  • 国レベルの優しさ喪失の件
  •   「『不死身の特攻隊』から考えたこと」の補足です。  確かに、モンゴル兵の供養をする習慣さえあった日本が、理由は判りませんが、ある時期から心を失ったみたいになった。ならば、皆様の中には、「ドイツもそうではないか」とか「イギリスもアヘン戦争などでひどい事をしたじゃないか」、「アメリカ合衆国も原住民を虐殺した」と思う人もかなりいると思います。僕もそれらと日本のその件は共通のものを感じ、比較しながら考 [続きを読む]
  • 「不死身の特攻隊」から考えたこと
  •   「不死身の特攻隊(鴻上尚史著・講談社新書)」の事は先日書きましたが、その後も考えた事があるので書きます。  作者の鴻上氏は決死命令を何回も無視して生き延びてきた特攻隊員の一人の例を丹念にルポして詳しく様子を再現し、旧日本軍の命を軽視する体質を強く批判し、更には、それは「今の日本企業の過労死にもつながっている」と指摘されています。旧日本軍の枠を越えて、そこまで指摘されている事は敬意に値する書物だ [続きを読む]
  • 攻め込まれた側は
  •    どんな戦争でも、攻め込まれた国の人たちはその理由を知りたいわけである。虐殺も同様である。それ故に、戦後のドイツはヒットラー本人が亡くなったのにも関わらず、ユダヤ人虐殺の理由を徹底的に探り続けているわけである。個人レベルに置き換えれば、よく判るだろう。何もしないのに他人からなぐられたら、怒りと共に、なぐられた理由を相手に聞くわけだから。  近代期に限って見ても、確かに中華民国も、その前身の清帝 [続きを読む]
  • 吉田裕著「日本軍兵士」を本の注文葉書に書きました
  •   中央公論社・中公新書刊です。昨日(22日)の日経新聞の広告で見たので。僕は数冊まとまって買う事にいつもしています。その為、実際に購入し、感想を書くのは数ヶ月後になると思いますが、見出しに非常に大切な事が2点書かれてあったので、皆様にご紹介し、勧める次第です。  見出しから見るに、それは(終章含め)各4章から構成されています。  第一章. 死にゆく兵士  第二章. 身体から見た戦争  第三章.  [続きを読む]
  • 浜離宮に行きました
  •   浜離宮とは、1654年、甲府藩主だった徳川綱重が別荘を作ったのが始まりです。後、その子供が6代将軍、家宣(いえのぶ)の命令を受けて、庭園になり、明治になり、今の「浜離宮」という名前になりました。昔の江戸城の隣にあります。  そこに行くと、たくさんの松が目に付きました。今は松の花も咲く季節で、赤く、小さな丸い花が棒状の花茎の先に付いていました。  順路沿いに行きましたが、サツキの白や赤紫の花がき [続きを読む]
  • S園と高島平関係の僕の記述範囲の違い、及び、人間関係の問題
  •   S園とほぼ同時に僕が行った所である高島平団地の様子も書こうとした。でも、書いてみて、そこは書き手として、致命的とも思える欠陥があった事に気が付いた。それは78年当時の僕も、子供会関係の情報は所属していたVYSからのものだけだったからである。そう言えば、子供会の父母たちの話は一度も聞いた事がない。そのVYSという会は元々内輪の話し合いばかりして、構成員の気持も内向きになっており、伝えられた情報も [続きを読む]
  • 「歴史の終わり」の説は何だったのか
  •   F・フクヤマ著「歴史の終わり」という本が1992年に出版され、世界的なベストセラーとなった。僕も読んだ。今回のシリア爆撃で僕はそれも思い出し、インターネットで復習してみた。  その原文は1989年に書かれたとインターネットには記されていた。ベルリンの壁が崩れ、ソ連崩壊がかなりの人たちに予見できるようになった時である。ソ連崩壊を経て、92年に世に出されたわけである。フクヤマ氏の一番強調した事は「 [続きを読む]
  • 子供会成立・一元住民の話と立場の違いによる事実記憶のずれ
  •  簡潔に述べますと、その子供会は「高島平団地の人たちが婦人会や老年会などをまず作り、当時は保育園もなかったので、通称「005」という子供会を作った。その一環として、VYSの人たちにも声を掛けて一緒に動いた」と一元常民から貴重な証言がありました。感謝します。  僕が昨日書いた情報はVYSの僕の先輩筋から聞いたものでした。僕がVYSに入る前に盛んに子供会活動をしていた人たちです。まだ例のS園にも行かず [続きを読む]
  • 高島平子供会誕生
  •    1970年代後半に僕が所属していた東京VYSという福祉団体が高島平団地のホールを借りて、土曜日に子供会をしていた関係で、僕も1977年クリスマス会からそこを1年余り訪れるようになったわけである。  そのVYSという団体は元々は児童福祉推進目的の会。1953年に愛媛県で作られ、各県に広がり、東京では1968年に作られた。そして、1972年、愛媛県出身の学生ボランティアのA氏高島平団地に目を付け [続きを読む]
  • 高島平団地について
  •   1978年、当時所属していた東京VYSという福祉会の一員として、東京都板橋区の高島平団地で子供会のサポーターをさせてもらい、子供たちと一緒に遊びました。子供会の様子はこれまでも時々書いていますが、最近は視点を変えて、高島平団地自体も考えるようになっており、これから何回にも渡って述べていきたいと思います。今日はその歴史などを簡単に紹介します。  そこは東京都の最北部にあります。江戸時代(1603 [続きを読む]
  • 冬オリンピックに想う
  •   今回のオリンピックも僕は楽しく見ていました。フィギア、カーリング、スピードスケート、クロスカントリー...、みんな感動的でした。スケートの小平奈緒選手と李相花選手の交友は、いろいろと人間関係について考えさせられました。個人レベルの交友は非常に大事だし、歴史的な因縁のある両国ならば尚更そうでしょう。 でも、それ以上に想ったことは、世界中の選手が一堂に会して競技を行ない、それを世界中の人たちがテレ [続きを読む]
  • 他の施設紛争との違い
  •   1970年代、首都圏では身障施設の紛争が相次ぎました。但し、それらは国立や都立のもので、福祉役人たちがただ知識と計算で、身障者や職員たちの心を無視して作られたものでした。人間の心は計算などはできないものですね。それゆえ、早くから狂い、紛争になったのも当然でしょう。  でも、別に役人が作ったわけでもないのに、次第に狂い、麻薬投与や人体実験など、国立コロニーと同じ事が行われた。そこにおかしさを感じ [続きを読む]