荒野人 さん プロフィール

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荒野人さん: エピローグ
ハンドル名荒野人 さん
ブログタイトルエピローグ
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/epilogue_001/
サイト紹介文団塊の世代のど真ん中。折り返し地点を、遥か置いてきたエピローグの始まりを粛々と描く。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供123回 / 365日(平均2.4回/週) - 参加 2009/06/21 06:39

荒野人 さんのブログ記事

  • 引っ越します!
  • 今まで、ずっとgooで書き継いできました。当初に比すと・・・俳句も人に詠まれて少しは耐えられるかなと思っております。少し休んで、書き始めたのですが写真がアップ出来ないのです。有料で容量を増やしているはずなのに、どうしても駄目なのです。かつて、ペ... [続きを読む]
  • 二ヶ月ほどお休み!
  • 春めいて来ましたね。啓蟄が過ぎました。世間は、時間が動き出す頃・・・。でも、少しの時間お休みします。目の治療をしています。視力が落ちています。原因は分かっているので、問題ありません。でも、本を読んだり・・・。パソコンを開くのが辛くって・・... [続きを読む]
  • 枝の先
  • 枝の先が赤らんで、春の兆しを見せるのだ。冬の空から、春の空への移ろいを強く感じる刹那である。雲の汚れ無き白さが際立たせる、木の芽である。もわもわとしながら、命を感じさせる靭さがあるのだ。命が萌え出す、のだ。命の連環。そこに、人は共感す... [続きを読む]
  • 梅一輪
  • 我家の鉢植の梅が咲いた。実は、もう大分前から咲いている。我家に来てから、この鉢植はそろそろ五年。毎年咲いてくれる。いとおしい梅である。四年ほど前に、一輪づつ咲くのが作法!と、詠んだ事がある。いま思うと、そんな風に作法を決めてしまっては梅... [続きを読む]
  • 寒椿
  • 寒椿は、誠に楚々としている。その印象は、花の小ささによるものかもしれない。一昔前・・・トランジスタ・グラマーなんて云う言葉があった。寒椿の花は、小さいけれどメリハリがあってキレが良い。過日の雪の中でも、咲いていた。耐えると云うより、雪を愉... [続きを読む]
  • マンサク
  • まんず咲く!だからマンサク、と云うのだとか・・・。冬枯れの林の一隅で、密やかに目立たぬように咲いている。マンサクは、山の中でも先ず最初に咲く。春の到来を告げるのである。木によっては、葉を落としきってから咲く。このマンサクは、葉をたっぷ... [続きを読む]
  • ざらめ雪
  • 雪は磨かれて「ざらめ」となるのである。あの大雪から、ほぼ二週間。溶けやらぬ雪の面は、ざらめとなっている。だがしかし、目の端にそっと忍び込む気配が奥床しい。それだけに、哀しさが増してくる。このところの寒波の繰り返す襲来によって、溶けきるのは... [続きを読む]
  • 映画「デトロイト」
  • まだ小雪のちらつく道を駅に向かった。こんな日は映画鑑賞に限る!と思いついたのである。誠に、良いアイデアである、と独り合点しつつ泥濘の道を注意深く歩いたのであった。映画『デトロイト』日本版予告編アメリカ社会の抱える、社会的差別。就中、人... [続きを読む]
  • 間もなく立春
  • それなのに、大雪に見舞われた太平洋側。西高東低の冬型気圧配置、であるというのに南岸低気圧の接近の結果である。雪は降りしきり、降り積もる。太郎の家にも、次郎の家にも屋根を覆うほど降りしきった。団地の風景も一変した。山茶花は、凍えた。三... [続きを読む]
  • 今日は大寒
  • 大寒の寒さの中では、縮こまるしか無い!そう思いつつ、昨日は小石川後楽園に出かけたのであった。そろそろ梅が咲き初めたであろうと、勝手に判断して出かけたのだ。白梅が四五本、紅梅が二三本。綻び始めている。園内を隈無く歩き回り、漆喰壁の面白さを詠ん... [続きを読む]
  • 第18回市川手児奈文学賞
  • あまり声を大にして云うべき事、ではない。残念な結果ではある・・・。市川市の手児奈文学賞に応募をした。俳句結社「沖」の能村研三主宰が、市川在住であること。能村主宰が、選者のトップであること。などが応募の動機、であった。沖の句友から、手児奈... [続きを読む]
  • 寒木瓜
  • 寒木瓜は、バラ科である。なるほどそう云われて良く見ると、枝に棘のようなものがある。棘の残滓、である。植垣に、冬季に色を見せる。気持ちがほっとするのだ。決して、惚けてはいない。「寒木瓜の先に見据える息づかい」寒木瓜は、何気な... [続きを読む]
  • 冬の空
  • 冬の空には、様々な言い方があるけれど・・・。とりわけ昨日、大気は冷え込んでいるのだけれど・・・。空は、緩んでいるのであった。良く晴れているのである。枯れきった葉が、まだ枝に付いていてそれはそれで哀しい。空の青が目に痛いほど、鮮やかである。... [続きを読む]
  • 枯蓮
  • 上野不忍池、である。四季折々楽しい池だ。敗荷のとき・・・蓮花が満開のとき・・・。そしていま、枯蓮が池の全面を覆うとき。ぼくは、二日続けてこの池の周りを散策した。一度は、東照宮の牡丹苑。もう一度は、アンデス展。かつて句友と吟行をした。... [続きを読む]
  • 上野のお山の鶯団子
  • 昨日、上野東照宮の牡丹苑を歩いた。牡丹は、ほぼほぼ6割方開いている。藁ボッチの風情と合わさった、寒牡丹である。寒牡丹は、改めて句にしようと思っている。牡丹苑を出て、左側門前。鶯団子の茶店が構えている。いつもいつも・・・気になっているお... [続きを読む]
  • 松納・・・松がとれました
  • 昨日が松の明け。門口の松飾りを外す日、でありました。松納、まつおさめとも云います。松過、まつすぎとも云います。新年の美しい言葉、であります。これは、芙蓉の絮です。新年のオマージュとも云えないけれど、齢を重ねる哀しさが見えるのです。松納... [続きを読む]
  • 木守柚
  • 木守柿の傍題、である。歳時記を括りながら、木守柚に行き当たった時は感動を感じたのであった。柚子も、木守で良いんだ!その感動である。「香気秘めトパーズ色の木守柚」我が家は、柚子を使った総菜が多い。柚子湯にも入るけれど、やはり料理... [続きを読む]
  • 枇杷の花
  • 枇杷の花は、匂いが優しい。それは本当だ。果肉の瑞々しさこそが、枇杷の真骨頂であるとしたら・・・。琵琶の花の甘やかな匂いこそが、その本質なのである。大概は、樹の上の方に咲いている。直接鼻をつけて匂いを感じる事は、なかなかに難しい。けれど、... [続きを読む]
  • 松の内
  • 松の内・・・正月の松飾りのある間の云い方である。かつては、元旦から十五日までを云った。現在は、七日までである。新年の季語となっている。「松の内」傍題として「松七日」「注連の内」とある。松は一年を通じて、青青としている。滅びる事の無い「目出た... [続きを読む]
  • 横浜元町中華街
  • 昨日、横浜中華街へ出かけた。食べ歩きと云う、少しばかり下品な楽しみをしたいと思ったのである。二人の孫と一緒、である。孫たちは始めての経験、である。云ってみれば「買い食い」であって、普通は母親から禁じられている行為である。途中「関帝廟」を御... [続きを読む]
  • 新しい年
  • 新しい年が始まった。穏やかな新年、である。近所に住まう孫が正月早々に来訪。昼と夜、正月の食事をした。一番上の孫は、大分遠い場所に住む。年に一度会えるかどうかであり、寂しい。けれど、どんな場所で正月を迎えようとも馳せる気持ちは同じである。... [続きを読む]
  • 初雪
  • 大晦日、である。朝から曇天だけれど、おかげで初雪が舞った。午後の三時、陽があたり始めた。明日の初日の出は、きっと鮮やかであろうと思った。視線の位置に、枇杷の花があった。鼻を近づけて匂いを嗅いでみた。甘やかな、それでいて大気を突き破るかの... [続きを読む]
  • 水仙
  • 水仙の名所になりつつあるのは、葛西臨海公園の観覧車の下。越前から、水仙の球根を寄贈されたものである。葛西臨海公園駅を降りたら、公園の右側にあるのが観覧車。孫たちは、この観覧車が大好きであるらしい。高所恐怖症のぼくは、苦手である。一度乗っ... [続きを読む]
  • 富士山
  • 日本人が大好きな・・・富士山だって!夕景の富士山を見ながら、そう会話する中国人夫婦がいた。そうですよ、富士山は大好きです。日本のシンボルですからね!とりわけ、夕景に佇む富士山のその居住いに感激するのである。この富士山は、東久留米のイトーヨ... [続きを読む]