ハレルヤおじさん さん プロフィール

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ハレルヤおじさんさん: マラナ・タ
ハンドル名ハレルヤおじさん さん
ブログタイトルマラナ・タ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/malanata
サイト紹介文私たちの負い目を唯一人、背負われて父の元へ帰られたのは。神があなたを愛されているからです。   
自由文ただ父なる神の愛とイエス・キリストの愛を多くの皆様にお知らせしたいのです。帰れやと、父はあなたを慕い待っておられます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供54回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2009/07/20 08:01

ハレルヤおじさん さんのブログ記事

  • 私の助け
  • 「どうか、御顔を私に隠さないでください。あなたのしもべを、怒って、押しのけないでください。あなたは私の助けです。私を見放さないでください。見捨てないでください。私の救いの神。」                                  詩篇 27編 9節「あなたは切羽詰まった苦しみ、悩みらであったとき、何と叫ぶのでしょう。なんと祈るのでしょう、「助けてくれー」でしょうか。聖書は単純に素 [続きを読む]
  • 神は私たちの味方
  • しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって          輝かしい勝利 ( 圧倒的な勝利者 ・ 勝ち得て余りがある ) を収めています。                          ローマ 8 章 37 節  括弧内は其々 改訳聖書 ・ 口語訳聖書です。これらすべてのこととはなんでしょうか。苦しみ、迫害、うえ、裸、危険、剣と書いています。二十世 [続きを読む]
  • 待ち望むこと。
  • 待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。主を。          詩編 27 編 14節聖書の中でいろいろなところで、主ご自身が、「強くなりなさい」という言葉をかけておられます。けれども、今、明確に主からの声が聞こえないとき、彼は自分自身に対して、「心を強くせよ」と言いかけています。主からの約束を、自分に言い聞かせているのです。さて人生には二つの困難があります。第一は、道を踏みは [続きを読む]
  • 幸いである
  • 「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」                                     ヨハネ 20章 29節キリストの出現で重要なことは、イエスの人間性を見て、神性を信じることです。ですから、キリストはトマスに「見たから信じたのですか、見ずに信じる者は幸いです 」 と言われたのです。グレゴリオは、「見るものと信じるものは別個のことである。な [続きを読む]
  • 全ての人に
  • 「しかしイエスは、彼らにこう言われた。「ほかの町々にも、どうしても神の国の福音を宣べ伝えなければなりません。わたしは、そのために遣わされたのですから。」    ルカ 4章 43節この記事を読むと、心の優しいイエスなのに、なぜ人々の願いを振り切っていってしまったのか、という疑問がわいてきます。そして、決然としたイエスの態度にある冷たさのようなものを感じるではないでしょうか。わたしたちは、人から温 [続きを読む]
  • 聞いてくださった
  • 「主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。」                                                   へブル 2章 18節コーリー・テン・ブームは、ドイツの強制収容所に送られました。金曜日は健康診断の日でした。裸になりニヤニヤしている看守たちの前を列を作って歩いて行かねばなりませんでした。待って [続きを読む]
  • 肉の棘
  • 「しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。」                          Ⅱコリント 12章 9節人間の持つ高慢さぐらい始末におえないものは無い。心が高慢である限り、キリストの救いを受けることはありません。使徒パウロは「高慢にならないように、私の肉体に一つの棘が与えられました」 [続きを読む]
  • われは咲くなり 
  • 「このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、                     天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。」                                                   マタイ 5章 16節「 ひと 見るも良し、見ざるも良し、われは咲くなり 」 とても素敵な言葉ですね。数ある花の中には [続きを読む]
  • 救いの道
  • 「…… 、御名のために、私を義の道に導かれます。たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。」                                               詩編 23篇 3〜4節近代生活は、多くの物に囲まれて一見豊かに見えますが。決してそうではありません、科学・医学の発達で長命になっていますが。いつか別れが来 [続きを読む]
  • 平安が
  • 「 わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。  」                                              ヨハネ 14章 27節 「 ところで、贈り物をあげましょう。 そう、あなたがたの思いと心を安らかにし [続きを読む]
  • 真ん中に立ち
  • 「こういうことを話していると、イエス御自身が彼らの真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。」                                                       ルカ 24章 36節教会が死んでいるか、生きているかの大きな違いは。ひとり一人が生きたキリストに出会って、キリストが今生きていると言うことを認め合っている時に、教会のかしらである [続きを読む]
  • 救われて来た。
  •    「 わたしたちの先祖はあなたに依り頼み/依り頼んで、救われて来た。 」                                  詩編 22篇 4節人には誤解され、わかってもらえず、どこを向いてもとりつく島もない。しかも、いくら神に叫んでも、神もだんまり、そんな経験があなたにもあるでしょうか ?? 魂がうめき、もだえる時です。自分の中には、罪も咎も間違いもないと思うのに、神に答えてもらえ [続きを読む]
  • 従順に
  • 「……、人間と同じようになられたのです。…… 自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。」                                     ピリピ 2章 7〜8節「 かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」                [続きを読む]
  • 罪と愛
  • 「それは、イエスは弟子たちを教えて、「人の子は人々の手に引き渡され、彼らはこれを殺す。しかし、殺されて、三日の後に、人の子はよみがえる。」と話しておられたからである。」                                       マルコ 9章 31節主イエスははっきりと、「人の子は人々の手に引き渡され、彼らはこれを殺す。しかし、殺されて、三日の後に、人の子はよみがえる。」と語られ [続きを読む]
  • 御心なら
  • 「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」                                             ルカ 22章 42節イエスご自身も、戦っておられました。それは、ご自分の意思と御父の意思との間にある葛藤です。自分の最期が刻々と迫っていることを意識したイエスが、非常に深い悩みの中で [続きを読む]
  • 善を行ないなさい
  • 「そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」                                               ルカ 23章 34節イエスの三十三年間は何一つ悪いことをしない生涯でした。ピラトは何一つとして罪を見出すことができませんでした。にもかかわらず十字架につけよと叫ぶ群衆と十字架上のキリストとは「父よ、彼らを [続きを読む]
  • 主の計画は進んでいる
  • 「祭司長たちや長老たちから訴えられている間、これには何もお答えにならなかった。」                                                マタイ 27章 12節「愛とは、何も言わず相手の重荷を負うこと」であると、主イエスは私たちに示されました。キリストが裁判で訴えられたとき、ローマ総督ポンテオ・ピラトが、キリストを非常に不思議に思ったと言う個所です。大祭司や [続きを読む]
  • 聞き従うなら。
  • 「 まことに、まことに、あなたがたに告げます。しもべはその主人にまさらず、遣わされた者は遣わした者にまさるものではありません。 」                                                      ヨハネ13章 16節十字架らつけられる前の晩、弟子たちと夕食を共にした時、主イエスは、上着を脱ぎ、おそらくは上半身裸になられ、腰に巻くと長くたれる手拭いを身につ [続きを読む]
  • 愛の眼差し
  • 「主が振り向いてペテロを見つめられた。ペテロは、「きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは、三度わたしを知らないと言う。」 と言われた主のおことばを思い出した。」      ルカ 22章 61節イエス・キリストが徹夜の裁判を受けたときに、弟子の筆頭と言われているペテロとはどんな人であったのでしょうか。ペテロがイエスなんか知らないと三度も否認した場面です。人は自分の身に危険を感じますと、やはり自分を守るた [続きを読む]
  • 互いに仕える
  • 「 それから、たらいに水を入れ、弟子たちの足を洗って、腰にまとっておられる手ぬぐいで、ふき始められた。」                                                  ヨハネ 13章 5節主イエスは、十字架につけられる前の晩、弟子たちと夕食を共にしました。その席で突然立ち上がり、上着を脱ぎ手拭いを腰にまとわれ、弟子たちの足を洗い始めたのです。そして、それが終わる [続きを読む]
  • 手本に
  • 「それで、主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。」                                              ヨハネ 13章 14節これは、イエスが弟子たちに示された愛の一つ目は、「互いに足を洗うべきです」ということです。言い換えれば「互いに仕えなさい」ということ。自分の必要を満たすのではなく [続きを読む]
  • 心から出るもの
  • 「  実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。 」                       ローマ 10章 10節ことばは心の産物です。心にあることが、口のことばとして出るのですから。根本問題は心にあります。しかし、心と言葉が対立して、心のとおりに言葉が出ないことがあります。心の底では、「自分が悪い、神にお詫びして、神の言われるとおりにしょう。頼ろう、信じよう、従おう [続きを読む]
  • 信じて待つと言うこと
  • 「・・・・・・ 。神から招かれたのですから、その招きにふさわしく歩み、 一切高ぶることなく、柔和で、寛容の心を持ちなさい。」                                              エペソ 4章 1〜2私たちは神によって選ばれ、神から使命を与えられて、その使命を忠実に行うようにとこの世に遣わされいるのです。そのために必要なことは、神を待ち望むことだと神は私たちに語 [続きを読む]
  • 答えてください
  • 「  主よ。王をお救いください。私たちが呼ぶときに私たちに答えてください。 」                                     詩編 20編 9節あなたはどんな一生を送りたいと思いますか。泣いて暮らすも一生、笑って暮らすも一生、太く短くと言う人も、細く長くと言う人もおられるでしょう。しかし聖書は、「平安で静かな一生」を送るのが神のみ心だと言っています。振り返ってみると、人間 [続きを読む]
  • 目指して
  • 「 神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。」                                     ピリピ 3章 14節「 ゴールに到着してほうびを得るために、一生懸命努力しているのです。 このほうびを与えようと、神様は、私たちを天へと召しておられます。 それは、キリスト・イエスが成し遂げてくださったことに基づくので [続きを読む]