ハレルヤおじさん さん プロフィール

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ハレルヤおじさんさん: マラナ・タ
ハンドル名ハレルヤおじさん さん
ブログタイトルマラナ・タ
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/malanata
サイト紹介文私たちの負い目を唯一人、背負われて父の元へ帰られたのは。神があなたを愛されているからです。   
自由文ただ父なる神の愛とイエス・キリストの愛を多くの皆様にお知らせしたいのです。帰れやと、父はあなたを慕い待っておられます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供54回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2009/07/20 08:01

ハレルヤおじさん さんのブログ記事

  • 塩気
  • 「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。・・・。」                                   マタイ 5章 13節塩というものは人間が生きていくうえで絶対に必要なものです。しかし、その塩を沢山撮ると現代病にかかります。パレスチナの死海は塩分が25パーセントあり、生物は生きることができません。ちょうど人間が神に背を向けた [続きを読む]
  • 肉は何の役には立たない。
  • 「人を生かすものは霊であって、肉はなんの役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、また命である。」                                         ヨハネ 6章 62節これがイエス様の言葉と、ユダヤ人たちの理解の間にあるすれ違いでした。主は、霊的なこと、神の御霊に関することを話しておられました。けれどもユダヤ人たちは肉に関すること、目に見える事 [続きを読む]
  • 朝の喜び
  • 「わたしは御力をたたえて歌をささげ/朝には、あなたの慈しみを喜び歌います。あなたはわたしの砦の塔、苦難の日の逃れ場。」                                  詩編 59篇 17節                   どんなことがあっても、どんなに辛く、苦しい日々でも、この詩編の作者が心に決めてきたこと、それは「朝に喜びの歌を」歌うことです。職業の関係や生活のスタイル、リズ [続きを読む]
  • 義と認められるために
  • 「 自分を義人だと自任し、他の人々を見下している者たちに対しては、イエスはこのようなたとえを話された。」                                         ルカ 18章 9節そのたとえ話が次の物語です。「ふたりの人が、祈るために宮に上った。ひとりはパリサイ人で、もうひとりは取税人であった。パリサイ人は、立って、心の中でこんな祈りをした。『神よ。私はほかの人々のよう [続きを読む]
  • 全ての人に
  • 「弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。」                                   Ⅰコリント 9章 22節「私は、誰に対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ [続きを読む]
  • 人の歩む道
  • 「人の歩む道は主の御目の前にある。その道を主はすべて計っておられる。」                           箴言 5章 21節ああ、なんと大事な言葉でしょうか!自分の進んでいる道は、主の前でいつも明らかです。私たちはどんなに隠れて物事を行なっても、主はそのすべてを見ておられます。そして、ただ見ておられるだけでなく、心を配っておられます。ですから、自分が悩んでいるということであれば、 [続きを読む]
  • 宝はみ言葉にあり
  • 「このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。」コロサイ3章2節キリストが自分のうちに形造られるようになると、今度は、生活のいろいろな場面で、何を行ない何を話したらよいかについて、その知恵が与えられます。また、知識も与えられます。パウロはここで、「キリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。」と言っています。私たちの人生を豊かに知恵と知識の宝が、このみ言葉 [続きを読む]
  • 畏れもって。
  • 「主を恐れることは、知恵の初め。これを行う人はみな、良い明察を得る。主の誉れは永遠に堅く立つ。」                                       詩編 111編 10節  小学校の教科書に「三人の目の不自由な人の話」というのがありました。三人の目の不自由な人が動物園に行き象を見学、一人は象の足を触って、大きな柱のようだと言い、一人は腹を触ったので大きな岩のようだと言い、もう [続きを読む]
  • つまずき
  • 「イエスは弟子たちにこう言われた。「つまずきが起こるのは避けられない。だが、つまずきを起こさせる者はわざわいだ。」ルカ17章1節つまずかせることは忌まわしいことですが、それが起こるのは避けられないとあります。そうでありながら、つまずきを起こさないように自分に気をつけなさいと語ると同時に、もし人につまずきを与えた者が悔い改めるなら、その者を完全に赦しなさいというイエスの教えが記されています。「 [続きを読む]
  • 互いに忍びあい
  • 「 互に忍びあい、もし互に責むべきことがあれば、ゆるし合いなさい。主もあなたがたをゆるして下さったのだから、そのように、あなたがたもゆるし合いなさい。」                                                      コロサイ 3章 13節ウィリアム・バークレーはクリスチャンとして私たちが人を許すために三つのことを学ねばならないと言います。そしてその第一は「 [続きを読む]
  • 主に従う者は
  • 「 主に従う人が持っている物は僅かでも、主に逆らう者、権力ある者の富にまさる。」                               詩編 37編 16節「ひとりの正しいものの持つもの」とは一体何でしょうか。豊かないのち、豊かな心ではないでしょうか。自分を正しいとし、人にも正しいとされていたパリサイ人と、自分を罪人だと自覚し、人にも罪人だと思われていた取税人が、二人並んで神殿の前で祈りま [続きを読む]
  • 幸いなのは
  • 「義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。」                                 マタイ 5章 10節「正義」「平和」という言葉がよくつかわれますが、それは社会的に大きなことだけに使われることとは限りません。人と人との関わり合いにもそれは必要です。お互いにかけがえのない兄弟であり、社会を作っていく仲間であるということを全面的に認めたときに [続きを読む]
  • あなたの宝は
  • 「 あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。」                         マタイ 6章 21節イギリスのエリザベス女王があるとき、インドのカルカッタを訪れ、マザーテレサのしている仕事を詳細にご覧になられました。マザーは誰もが知っているように、孤児たちを育て、ハンセン病者、エイズ患者たちの看護に当たり、路上でだれにも看取られることなく一生を終えようとしている瀕死の [続きを読む]
  • ねたむな、腹を立てるな
  • 「 悪を行う者に対して腹を立てるな。不正を行う者に対してねたみを起こすな。」                              詩編 37編 1節腹を立てるなと言っていますが、その理由は二つあります。一つは、彼らは草のようにたちまちしおれ、枯れるからです。神にお任せしておけば、必ずしおれていくのだから、ということです。もう一つは、「怒ることをやめ、憤りを捨てよ。腹を立てるな。それはただ悪 [続きを読む]
  • 赦される幸福
  • 「わたしは、あなたがたに悟りを与え、行くべき道を教えよう。      わたしはあなたがたに目を留めて、助言を与えよう。」                         詩編 32編 8節ダビデは、神に完全に許される幸福を天国の喜びにも似た幸せとして告白しました。しかし問題は、どうしたら罪を重ねないで生きることができるかです。罪を完全に赦された喜びは、長続きしない可能性が強いのです。人生はいつ [続きを読む]
  • 来て、見なさい
  • 「 ナタナエルは彼に言った。「ナザレから何の良いものが出るだろう。」ピリポは言った。「来て、そして、見なさい。」ヨハネ1章46節のちに使徒として知られるようになったヨハネとアンデレは直接イエスに招かれました。アンデレは兄弟のペテロを導き、ピリポはナタナエルにあってイエスのことを伝えました。その時ナタナエルの反応は、「ナザレから何の良いものが出るだろう。」ということでした。このナタナエルの反応は現代 [続きを読む]
  • ありがとうございました。
  • 「見よ。わたしは手のひらにあなたを刻んだ。あなたの城壁は、いつもわたしの前にある。」                                          イザヤ 49章 16節このお方に守られた一年でした。神の庇護の中ですべてが満ち足りました。感謝。私が感謝をし喜ぶことは、神の栄光となりますように。わが父である神に賛美と感謝とを捧げます。また、今年と同様に。日々がクリスマスであり [続きを読む]
  • メリー・クリスマス
  • 「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」                                            ルカ 2章 14節主の御降誕をお祝いいたします。クリスマスは聖書が伝えてくれた嬉しい知らせです。神様は私たちのことを深く愛してくださって、不思議な仕方で私たちのために、素晴らしいことをしてくださいました。それは、救い主キ [続きを読む]
  • 祈り
  • 「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」                                                 黙示録 3章 20節「彼とともに食事を」をするということ、現在私たちが共に食事をすると言う以上にもっと深い意味があります。それは「食 [続きを読む]
  • 花水木の由来
  • 「イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」、すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた。」                           ヨハネ 19章 17節「 花水木の由来 」 (白倉昇進 著 ) と言う小冊子からご紹介します。イエスが十字架につけられた時代には、花水木( 英語名は ドッグウッドと言うそうです ) は樫の木のように大きかったそうです。堅く丈夫であっ [続きを読む]
  • 絶えず祈りなさい
  • 「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです」                                 Ⅰテサロニケ 5章 16〜18節感謝せよとありますが、不幸や悲劇に関して神に感謝せよと言っているのではなく、順境であれ、逆境であれ人生のあらゆる状況に置いて神に感謝しなさいと言うことで [続きを読む]
  • 舌を
  • 「私たちは、舌をもって、主であり父である方をほめたたえ、同じ舌をもって、神にかたどって造られた人をのろいます。」                                         ヤコブ 3章 9節この手紙を書いたヤコブは船と舵の例をあげて、大きな船であっても、小さな舵で操縦者の思いのままに運転されると言っています。それと同じように、身体の中で舌は小さな器官ですが、これを正しくコント [続きを読む]
  • 私の助け
  • 「どうか、御顔を私に隠さないでください。あなたのしもべを、怒って、押しのけないでください。あなたは私の助けです。私を見放さないでください。見捨てないでください。私の救いの神。」                                  詩篇 27編 9節「あなたは切羽詰まった苦しみ、悩みらであったとき、何と叫ぶのでしょう。なんと祈るのでしょう、「助けてくれー」でしょうか。聖書は単純に素 [続きを読む]
  • 神は私たちの味方
  • しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって          輝かしい勝利 ( 圧倒的な勝利者 ・ 勝ち得て余りがある ) を収めています。                          ローマ 8 章 37 節  括弧内は其々 改訳聖書 ・ 口語訳聖書です。これらすべてのこととはなんでしょうか。苦しみ、迫害、うえ、裸、危険、剣と書いています。二十世 [続きを読む]
  • 待ち望むこと。
  • 待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。主を。          詩編 27 編 14節聖書の中でいろいろなところで、主ご自身が、「強くなりなさい」という言葉をかけておられます。けれども、今、明確に主からの声が聞こえないとき、彼は自分自身に対して、「心を強くせよ」と言いかけています。主からの約束を、自分に言い聞かせているのです。さて人生には二つの困難があります。第一は、道を踏みは [続きを読む]