こうさん さん プロフィール

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こうさんさん: 法の語りべ
ハンドル名こうさん さん
ブログタイトル法の語りべ
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/koujirikoaisiteru
サイト紹介文野に下り法を語る
自由文生まれても地獄、死んでも地獄
地獄とは場所にあらず
我そのまま地獄なり。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供143回 / 365日(平均2.7回/週) - 参加 2009/07/23 15:57

こうさん さんのブログ記事

  • 信心を得るということは。
  • 私が思うのは阿弥陀如来は私を離れてどこにもいないということです。 そしてその救いとは何かいいことを運んできてくれる、すなわち我が欲望を叶えてくれるという救いではなく、いついかなる時も共にいてくださるという救いです。浄土真宗 僧侶の言葉このことを信心成した彼女は端的に語っています。以下↓この安心した気持ち、この前まで 仏様?ただの気持ちの持ち様じゃないの?って思っていた気持ちがなくなって、ただただ この [続きを読む]
  • 妙好人のつぶやき 地獄に仏
  • 地獄に仏 知ったはるか?なんで救われなならん? あんた今 地獄に落ちた実感はあるか?無いやろ?そやから救われんのや。落ちても無いのに助けはいらんからな。そうやって実感もなく死んで地獄に行くのやで。生きてる今に地獄に落ちや、 生きて地獄に落ちた者だけが救われるのやからな。死んでいく地獄では手遅れやで、地獄に仏 その意味を知らせてもらいや。。 [続きを読む]
  • 昔、母に言われたこと 井の中の蛙
  • 自分の殻に閉じこもり大海を知らぬものにはいくら話して聞かせてもあかん。まぁ、仕方ないわな 知らんのやから。自分の世界観を守るのに必死や 笑。見てたら 分かりやすいやろ?直ぐに反応するからあんな人は あんたがどんなに気に掛けて心配しても分からんて、救われん。死んだら気ぃつきはるて、ほっとき。可哀想でも仕方ないて、構うても また噛みつかれるだけや。同じ法を学んでても気ぃつかんと ああなるんや。口では自らを愚 [続きを読む]
  • 妙好人のつぶやき
  • 空を飛ぶ鳥を見なはれ皆ちゃんと翼を持っておる。あんさん、翼お持ちなんかえ?あの崖から飛んで見なはれただ落ちるのみ….わかりはるかえ、極楽に飛ぼうと崖から飛んでも結果は同じ。ただ落ちるだけ、地面やのうて地獄にな、笑あんさんに翼はありまへん! [続きを読む]
  • 貴方の生き様を見てごらんなさい
  • 貴方は毎日を笑顔で暮らす。しかし、その笑顔の仮面に隠された素顔は毎日を笑顔で暮らせていますか?心のままに感じたことを他人に向けるとどうなりますか?隠し生きる心 それが真実の貴方なのです。そんな貴方が死んだ先天国と地獄があったならさて、どちらに向かわなければならないか?考えてみてください。二者択一? いいえ、選びようもなく向かう先はただ一つ。。目を逸らさずそのことを真剣に考えてください。やがて、そ [続きを読む]
  • 今再び 命の清算まとめ
  • 少し長い記事になりますがとうぞ お付き合い頂けたらと思います。命の清算 1法語りは一段落と決め込みましたがやはり現状を見ると忍びなく少し書かせてもらいます。一つ、多くのお説法をされているのを見てきましたが、自身の身も片付かず 迷いの中に居るのに救いを求めて彷徨う人の手を引きさらなる迷いの道へ導くのは止めておかれたら 如何ですか?もし、その行き先が確かなら良いですが貴方の目には それが見えていますか?な [続きを読む]
  • 遠き日の母との会話 二つの罪
  • 2つの罪母曰く罪には2つ種類があるんやでいっぱい罪はあるけど2つに分けれるんや。1つは内なる罪、悪いことを思う罪。人は悪い思いが芽生えただけで罪になるんや。2つ目は外へ向ける罪や、芽生えた悪い思いを他人に向けることや。ええか、他人に悪い思いを芽生えさせることも己の罪になるのやで。ここでよう考えや、1つ目の罪は抑えようがない防ぎきれん、自分ではどうしようもない罪なんや。そやけどな、2つ目の罪は防げる [続きを読む]
  • 心に神仏がいること
  • 母に仏法を習い、信心叶い私の周りには同じ心持ちをした人達がいて話すごとに信心が深まりました。しかし、社会に出てなんと孤独を味わったか、、この境地は人にはわからず仏法を話す相手もなく、仏様との心の会話のみであった。それは仏法を広めようとネットに出ても同じでありこの世界でもこの境地にいたらされた人は見当たらなかった。しかし、孤独な法がたりも4年を迎えた頃、広島の僧侶との出会いで一気に孤独な法がたりから [続きを読む]
  • 再アップ 仏に捕まる
  • 母が言った 仏に捕まるという例えそのままのニュアンスで聞いていたが少し気になって調べてみた。なるほどと思う読み物を見付けたので紹介。正信念仏偈(しょうしんねんぶつげ)【13】「私がどうすれば救われるのか?」 ではなく、「仏さまは誰を救わんとされているか」をお聞かせ頂けば、迷う用事はありません。阿弥陀さまは「摂取不捨」の仏様です。 摂取不捨とは「逃ぐるものを追わえとる」「一度とりてながく捨てぬ」ことと親鸞 [続きを読む]
  • かなり前の記事になりますが
  • どうすれば 仏に気付けるか?例えば自身が悪い行いを起こそうとした時心の中で止めるものは ありませんか?また、起こしてしまった時自身を省みることはありませんか?きっと法に触れた方はそれがいっそう強いと思いますが貴方はどうでしょう?それがある為に悪い行為が止むことも有る筈。それが仏 の教えなのです。では、その悪い私の思いをどこから知らせてくれていますか?遠い極楽という場所からでしょうか?違いますよね 笑私 [続きを読む]
  • 再アップ 仏法は法鏡なり
  • お釈迦さまが、三十五歳で仏のさとりを開かれてから、八十歳でお亡くなりになられるまでの 四十五年間、説かれた教えが 仏法 です。その教えを一言で表されたのが、ほう きょう『 仏法は法鏡である 』 のご金言です。法とは、インドの言葉で ダルマー と言い、 真実 の意。 法鏡とは、真実の自己を映し出す鏡ということです。「 仏道を習うとは、自己を習うことなり 」 と 言われますが、仏教を聞けば聞くほど、真実 [続きを読む]
  • 妙好人の独り言 法と遊ぶ
  • 自我の崩壊により絶望しそして初めて救いに気づかされる。今は法と戯れ、遊ぶ幸せな毎日を送らせていただいてます。お金は使えば減りますなぁ、仏法は使うほど増えます、ずっと味わえます。誠にありがたいですなぁ。。 [続きを読む]
  • 再アップ 宗教をかたること
  • 前回ご紹介した記事にコメントが追加されていた。その方の言い分はこうだ↓顔アイコン?こうさんさんと戸田さんのやり取りを拝見していて一つだけ言わさせてほしい。仮にこうさんさんの説く仏法が真理であったとしても、このような思いやりのないコメントを書くのが仏法だとしたら、そんな仏だけは信じたくない、ということだ。釈迦の手のひらの中で飛び回るにすぎない人間が、悟りをひらいたといっても、他人に優しくなければ意味 [続きを読む]
  • 浄土真宗の教義
  • 超常はカルトと騒ぐあの気狂い爺さんに提案してきました。超常がカルトというなら 浄土真宗にある信心に至るプロセスを説いた教義もカルトと言うのか、なら浄土真宗にケンカを売りなさい、と、親鸞聖人の教えとガチンコで討論されるといいとコメントしてきました。さて、そのコメント削除するのかな?笑回答がこれ、仏教については、よく知りませんが、親鸞の教えとか、歎異抄とか、人間を大事にし、人間をよく知ったうえでの信仰 [続きを読む]
  • 再アップ 人生の目的は蜂蜜なのか?
  • 蜂蜜を楽しむとは、五欲の一瞬の官能的快楽を貪って耽溺し、脚下に燃え上がる危険の一切を忘れている ことをたとえられたものです。貪欲といってもいろいろありますが、代表的な欲を「五欲」といいます。食欲・財欲・色欲・名誉欲・睡眠欲の五つです。 食欲とは、おいしい物が食べたい、飲みたい、という欲。一円でも多くお金が欲しいのが財欲です。色欲は男女の欲、名誉欲は人からよく言われたい、悪く言われたくない、という欲 [続きを読む]
  • 再アップ 阿弥陀如来は他力を誓われた仏
  • 自力に頼り、何十年と苦しまれた僧侶が私に相談されて4日、他力に気付かされ信心かない、述べられた言葉です。馬鹿や鏡に映った自分見ておそれてましたなんとかできんといわれてるのになんとかせなとあせってました。救うといわれてるのに救われんこれじゃあと泣いておりました。口癖のように念仏を唱えてました。阿弥陀さまが先にみて先にできんからさきに全部したぞ誓いを立て先に仏となられているのになのにまったくほっとらか [続きを読む]
  • 懐かしい思い
  • この日 仏法に初めて触れた方が救いを求めてここを訪れられました。メールや、ブログでのコメントを重ね早2月 明日 母と話されます。結果は分かりませんが、気負う事なくありのままの心を晒してもらえればその時期には来ていると思います。彼が仏に会えることを信じて見守ります。コメント(10)顔アイコンカーさんのパパ内緒プレッシャーです。。。2017/5/4(木) 午前 0:56削除こうさん敢えて追い込みました。覚悟です。2017/5/4( [続きを読む]
  • 再アップ 遠き日の母との会話
  • こうちゃん(私)なんで仏法が聞かれへんと思う?それはな、助けようとする仏さんと助けられんならん私との息が合わんからや仏さんは必死に助けようとするんやけど私は疑って それを信じようとせず私が私が と、自分で成ろうとするからや。アホやろ 有難うと言えば助かるのに信じれんがために出来るはずない自力に向かうんやからな仏教学んでる 殆どの人がそうや、出口の無い迷路を歩き、頂上の無い山を登ってるのに 気付きもしな [続きを読む]
  • 少ないとは言え 4人の方をお救いするお手伝いができもう、今生ではいいかな…いつ終わっても構わないなぁ、と暮らしていましたが、、縁 まだ終わらせてはもらえません。彼女には自分自身 感じていないかも知れませんが私は彼女の仏様の働きかけを強く感じます。話すつもりもなく、話し始めていました。彼女に着いている仏様がそうさせたと感じています。彼女を案じた亡くなったお父様も夢で働きかけたのかも知れません。彼女が [続きを読む]
  • 母の言葉 一人一人の仏
  • 以前に母との会話で仏壇の話をしましたがその話の続きになるかな…あんな仏壇の中に仏さまはじっとしてられません、あんなとこに居ったらいざという時間に合いませんて、極楽にも居てはらへん。仏さまは私といはる。いつも一緒や。私といてわたしの悪い心を見せてくれはる。私にはそんな自分を見詰める心なんてあらへん。全部仏さんのお陰なのや。私が生かされてるのも仏さんのお陰なんや、生きる為に必要なもんは全部仏さんが用意 [続きを読む]
  • 再び 偽善
  • 偽善に思うこと。仏法を聞き終え仏法を活かし生きる。因果応報に習い良い種を蒔いて生きる。最初は良い種を蒔くことは辛いかも知れない、ある意味 偽善なのかも知れない。しかし、それでも構わないと思う。偽善でも、受けた相手にとってそれが有難いことであるならそれは善行となるのだ。偽善の偽は私が負えば良いのだ。そうして撒かれた種は受け取った相手の気持ちとなり、その時、その相手から戻らなくてもいつか回り回って我が [続きを読む]
  • 仏教
  • 最近語り尽くして記事を書かなかったが色々考えていて、なぜ救われる人が居ないに等しいほど少ないのかに思い当たり書いてみようと思い立った。仏教を学ぶ と聞き皆さんの仏教に対するイメージはお経をあげたり、その内容を、法話できいたり、それで心洗われた気分で終わってはいまいか。勿論、仏教による救いへの入り口にはなろうが皆全部と言えるほど今の寺や僧侶の教えはここで終わっている。不安や心の乱れを感じたら また [続きを読む]
  • コメントの容量が足りなくなったので
  • Mary Magdaleneさんまさに私の母がそうです。幼き頃から苦労しづめ、求道にしても今のようにはいかず彷徨い苦しんだそうです。良いお寺を探し、信心を説けるお坊さんを求め今の時代と違い情報も人伝え交通の便も悪く山を越え野宿しながらようやく目的の方に会えても高いお布施を強要され、また今の母が話す回り道のない求道と違い苦労して苦労して信心叶ったと聞きました。その苦労がある故、今の母の教えがあると言えるでしょう。 [続きを読む]