寅次郎 さん プロフィール

  •  
寅次郎さん: 寅次郎の徒然草
ハンドル名寅次郎 さん
ブログタイトル寅次郎の徒然草
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/torajiro0421/
サイト紹介文芭蕉は日々詠む句が辞世だと言った。 寅が吐く、日々の駄文、これもつたない辞世だ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供187回 / 365日(平均3.6回/週) - 参加 2009/09/22 10:24

寅次郎 さんのブログ記事

  • 「この紋所が目にはいらぬか!」
  •  今迄全然、目に入らなかった。ある事すら知らなかった・・・罰当たりだ。台風21号が、本殿鞘堂の屋根を壊していった。てっぺんの棟に、三つの紋が付いていた。太鼓などによく見る“右三つ巴”と言う紋。よく見れば、白鳥神社はこの紋が随所に見られる。何故、この紋なの? 誰も知らない・・・。Net様におすがりした。1、八幡宮が三種の神器の一つである、勾玉をデザインして神紋とした。2、八幡宮は源氏の氏神として、武 [続きを読む]
  • 「淋しい・・・」
  •  高校時代に仲の良かった奴の急逝は前に書いた。卒業以来、年賀状は途切れることはなかった。1m80cm近くある、大柄の偉丈夫だったのに・・・。原因不明の肺炎で二週間の入院で逝ったと言う。あの男が・・・信じたくない。 6年前に中国山西省へ八日間の旅をご一緒した関山さん。この方も、前に書いた。京都の方で、その後、郡上でのセミナーにも泊り込みで来られた。 “楢山”のテノールが今も耳に残っている。 そして三 [続きを読む]
  • 「古武士の納会」
  •  岐阜県シニアソフトボール連盟の納会が下呂で。この納会は毎年、各地を持ち回っている。近年は恵那峡、高山、岐阜市内と廻っている。一年の埃と垢と疲れを、下呂温泉できれいに流そうと。各チームの幹部連、33名が一堂に会した。各務原クラブが25年続いたチームを解散すると言う。人が集まらないと言う。人が居ない訳ではない。我がチームも過去において、退会者が多く出た事がる。その時の原因は、コミュニケーションだった [続きを読む]
  • 「人生に迷った知覧に行け」
  •  “靖国で逢おう!”と若者達は散っていった。死ぬ事が、本当にお国の為だと信じて逝ったのだろうか?特攻隊に選ばれた若者は優秀な男達だったと聞いた。なるが故に・・・だったのだろうか?優秀なるが故に、マインドコントールされやすかったのか?迷ったら知覧に行け!と、この本は言う。知覧に行き、彼らの遺影の前に立った。見ているだけで涙が出て来た。そして、迷ってしまったのだ・・・?この純粋さは、本心だろうか?心の [続きを読む]
  • 「ストーブリーグ」
  •  暖冬とは言えストーブの恋しい季節になってきた。11月初旬にリーグ戦を終了。シニア、ハイシニア、古希で合計135試合を戦った。この戦果を事務局が必死でまとめ上げた。賞状、賞品等の手配を含めて、大変な作業である。 先日、役員会が開催され、その結果報告がなされた。加えて、今期の反省と、来期の計画も協議、検討された。当連盟は来年で18年目を迎える。人間で言えばようやく高校を卒業する年だ。大人の仲間入りを [続きを読む]
  • 「イルミネーション」
  •  イルミネーションをいただいた。数年前までは、自宅前の樹木に飾ったが・・・。何時しか面倒になり止めてしまった。近所の友人が再開しろと持ってきた。昨今はLEDとやらで、美しく、節電タイプだとか。女房と二人で、家の前にぶら下げた。電球の他に、電車やサンタクロースもある。電車は車輪が廻り、走る感じ。サンタは綱を昇り降りするから楽しい。おまけに、唄も歌う。我が家は一軒家で周囲が暗いので、見栄えがする。残念な [続きを読む]
  • 「メッセージ」
  •  毎年11月には悲しいメッセージが届く。年賀状を交わしている人からである。昨年、元気な賀状をくれた人が、その奥様からの便りとなる。何とも無常である・・・。様々な日本の風習が消える中で、この習慣は残っている。一年間喪に服していた訳でもないと思うが・・・。“喪中につき新年のご挨拶をご遠慮申し上げます”と。それぞれ喪中の期間が曖昧であるが、一様に一年間である。でも、一様とは言っても、一様でない方もおられ [続きを読む]
  • 「匠の技」
  •  白鳥稲荷神社の鞘堂が完成した。6年前に建てよう! 漠然と決意した。お金がない・・・。境内にある杉の間伐材を使い、安くあげよう。自分達で出来る事は、自分達でやろう、と。この種の建物は始めて建てた。近隣にある神社を見て歩いた。自分で勝手に図面を起した。材料も拾い、見積もりも作った。何とかなりそうだ・・・動き出した。11月25日、竣工の神事を行なった。多くの人の協力の賜物だった。自分の思いよりも立派に [続きを読む]
  • 「新嘗祭」
  •  この日は勤労感謝の日でもある。政府は今、働き方改革で強調するのは、生産性の向上のみだ。働き甲斐と言う、精神面は全く度外視である。老いても働かざるを得ない社会環境も出てきている。人手不足で、外国人労働者依存で国会は議論沸騰。労働は今、大きな曲がり角の様だ。そして新嘗祭は、食に対する感謝の日である。食も巷はグルメ、飽食、ダイエットの大合唱。旅行の宣伝の大半は各地特産のグルメ旅行。栄養過多で教養失調の [続きを読む]
  • 「身体検査」
  •  最近この言葉にあまりいい響きはない。飛行機に乗るとき隠匿物の検査。政治家に汚点がないか調査する。留置所に入る時は全裸で受けると聞く、男女とも。 我々世代のイメージは学校での検査だった。身長、体重等の発達状況や健康状態を記録に残す為の。今はあまり聞かない言葉になった。これの代わりみたいなのが“住民検診”車の車検みたいな“人検”が定期的に行なわれる。これは強制されるものではない。だが、強制される・・ [続きを読む]
  • 「三日會」
  •  毎月三日の夜六時から酒を飲む会が三日会。我が9号組に平成2年にスタートした。歴代会員数は28名(H30-11-3現在)その内、物故者12名、退会者5名、行方不明者1名。現役は10名である。会の目的は一応、会則に謳ってある。“会員相互の親睦を図り、会員の研修と地域の発展に寄与する”とある。実態は世間様の批判、人の悪口で、留飲を下げているだけ。そのお陰か、“親睦”は計られている。今迄は旅行も行ったが、昨今はその [続きを読む]
  • 「消える風習」
  •  本家筋の葬儀にかかわった。98歳の大往生であった。近い親戚で、自分より年上の人は3人程になった。うかうかしていられない・・・。親戚で葬儀があると、決まって帳方の役が来る。当初は、筆字が書けるというのでやらされた。香典帳を筆で書く作業。集中しないとよく書き損じる。お金の勘定は先輩方がソロバン持参で取り組んだ。なかなか一発で帳面と現金が合うことは少ない。最近はパソコンが巾を利かせ楽になった。文字書き [続きを読む]
  • 「不如意」
  •  新幹線会の旅の前に、必ず上林幹事からラブレターが来る。詳細な旅行案内は、その旅を数倍楽しくしてくれる。そこいらのヘボ旅行業者は見習えと高言したい。その文中に“不如意なるが故に楽し!”と言う一文があった。これは“90歳何がめでたい”の佐藤愛子バーさんの言葉。愛子バーさんの“そもそもこの世を生きるとは”にある。“生きると言う事は我慢したり、不如意や不幸を耐え忍んで乗り越えていく、努力をすることに意味が [続きを読む]
  • 「稲荷神社・鞘堂」
  •  白鳥稲荷神社は明治40年に創建。昭和56年に新社殿が落成され今日に至っている。落成と同時に奉賛会が設立され、守られてきた。平成25年、奉賛会が解散し、以後、白鳥神社が守る事になった。奉賛会解散の理由は後継者がいないと言う事であった。稲荷神社を崇拝する人達が居なくなった訳ではない。会を運営する幹部の方々が居なくなったと言われた。信者が居るのに解散する?何とも不思議な気がした。幹部の方々にご利益が無くなっ [続きを読む]
  • 「鞘堂の棟札」
  • 大型台風の置き土産。白鳥神社本殿鞘堂の棟木を壊して行った。棟木の位置は、高さは10m以上ある。屋根はお寺勾配で急である。容易く登れるものではない。専門職に足場を組んでもらって登った。現況を見て、修復を検討せねばならん。神が鎮座する、本殿の更に上に上がったのだ。それも土足で・・・・。神様御免なさい!これもあなたを守る為。いやいや、絶景である!この位置から見下ろす神社境内もなかなかのモノ。鳥になった気 [続きを読む]
  • 「文化の日」
  •  11月3日は文化の日。昔その日は明治天皇の誕生日だったとは知らなかった。それが何故、文化の日になったか、曖昧である。統計的に、晴れの多い日だと言われる。法律では“自由と平和を愛し、文化を進める日”とある。過日、大垣城と奥の細道結びの地会館に行った。この日、入場料は総て無料であった。何か、得をしたような気分だった。安っぽい文化人である。 このところ野暮用に追われ、文化的でなかった。寅が文化的?・・ [続きを読む]
  • 「診察の余禄」
  •  年に一度、手術後の検診を受けている。10年前に頸動脈狭窄症で半身不随になる一歩手前。発見がもう少し遅れたら、長嶋茂雄になるところだったと主治医。ステント挿入手術で血管を拡大、今は極めて正常。いや、正常かどうかを年に一度チェックを受けている。最初は岐大で手術を受けたが、主治医が移動された。今は大垣徳洲会病院で車検ならぬ、人検を受けている。主治医は名医で超多忙!こちらの勝手で診察時間は決められない。 [続きを読む]
  • 「痴呆になった?」
  •  この夏を過ぎたら急激に体にガタが来た。自分としては極めて普通に夏を過ごしたのに・・・。何故だろう?気候としては、猛暑中の猛暑だった。8月一ヶ月は雨なしのカンカン照り!水分枯渇で体中はカラカラでギスギス。潤いがなくなり、節々は悲鳴をあげた。特に両膝に鈍痛を覚え、スムーズに歩けない。カカはオーバーワークだと言う。そんなのソフトボールを止めれば治るよ!と軽く言う。簡単に言うなよ!40年近く続けてきたん [続きを読む]
  • 「敬天愛人」
  •  特攻平和会館を出て昼食。昨日のゴルフでは迂闊にもお昼時、ビールを飲んでしまった。今日は昔の特攻基地の訪問である。軽はずみにアルコールなど口にすべきでない。今朝、宿を出る時、心に決めた。そう言えば、西郷も戊辰戦争後、酒を断った。バスの中で缶ビールが出たが、横目で睨んだのみ。地元の知覧茶を戴いた。昼食時にも生ビールの注文が来たが、知覧茶で酔った。時間がなく、じっくり見られなかった事が心残り。ここは最 [続きを読む]
  • 「指宿→知覧」
  •  小型観光バスに乗り込み、いざ観光へ。突然普賢岳が現れ、一同“オー美しかー!”薩摩富士!人気のない無人駅へ連れて行かれた。JR九州、指宿―枕崎線の西大山駅。JR最南端の駅だと言う。黄色い郵便ポストが目を引いた。ここから手紙を出すと幸せになれるらしい。北海道夕張の、幸せの黄色いハンカチの九州版か。この時、一時間に一本有るか無いかの電車が来た!何か良い事有りそうな予感!だが、高倉健は降りてこなかった。 九 [続きを読む]
  • 「指宿の夜」
  •  知覧CCから1時間ほど走り指宿・ホテル吟松へ。暮れなずむ錦江湾に満月が映る・・・月照を思い歴史をなぞる。宿では二組の夫婦と合流、計14名となる。一組目は宇都宮から馳せ参じた井上泰人夫婦。奥様とは、宇都宮以来、永のご無沙汰。その元気たるや、亭主泰人は持て余し気味?酒量も親父を凌ぐ?何と言っても歌が上手い!井上の上手さは珍しい上手さ!奥様は本格派の上手さ!出来た子供はどちらに似たか?“勿論私!”と奥 [続きを読む]
  • 「とこしえに」
  •  ゴルフは心乱れて無様な結果だった。でも、これでいいのだ。73年前を、忘れていないのだから・・・。俺だって、岐阜空襲で命からがらだったのだ。逃げ遅れていたら、73年の人生は無いのだから。だが、今日訪れた特攻平和会館に掲げられた若者達。彼等は73年前に人生が止まったのだ。否応無く、断ち切られたのだ・・・。自分の意思とは関係なく・・・。 特攻平和会館に入り、音声ガイドを耳にして進んだ。中央展示室左右に [続きを読む]
  • 「知覧に散る」
  •  今年の主戦場は知覧カントリークラブ。知る人ぞ知る、特攻隊の出撃基地である。今年は10人の特攻隊員が志願してきた。これ以外に3人の特攻隊員が居たが、何かの故障で参加できず。お国の為に飛び立つことは出来なかった。10人の老いた特攻隊員の士気は弥が上にも高かった。相手を撃沈させ、神となり後世に名を残すと!この戦場は27年前に開場をしている。元は有名な知覧茶の茶畑だったとキャデーは言う。第一印象は広々としてい [続きを読む]
  • 「薩摩遊山」
  •  仙厳園は江戸時代初期に作られた薩摩藩主島津家の別邸。薩摩藩は徳川初期からお国替えの無い唯一の藩である。当然藩主も代わることなく、島津家が連綿と続いている。別な見方をすれば独立国家ともいえる。海外と密貿易もして豊かな時代もあった。島津斉彬は日本を近代国家にすることを夢見た。その前に、薩摩藩を近代化しようといろいろと産業を興した。その一端が、この仙厳園にも見える。鉄製の大砲を作ろうと反射炉を建設して [続きを読む]
  • 「尋問の筋これあり」
  •  駅前の広場に”若き薩摩の群像“の碑が我々を迎えてくれた。薩摩藩は薩英戦争で西欧文明の偉大さを痛感。慶応元年、幕府の鎖国令を破り、19名の若者を英国へ留学させた。英国貿易商グラバー蒸気船を用意し、串木野市羽島浦から密かに出航。帰国後、彼等は新生日本建設の原動力となっている。薩摩藩独自の先見の明が如実に現れている。到着早々、この19名に早くもカウンターパンチをもらう。余談ながら、寅も今日、岐阜の羽島 [続きを読む]