ぴぴ@相模国 さん プロフィール

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ぴぴ@相模国さん: 戦国の足跡を求めて
ハンドル名ぴぴ@相模国 さん
ブログタイトル戦国の足跡を求めて
ブログURLhttp://pipinohoshi.blog51.fc2.com/
サイト紹介文城や城址・戦国武将・戦国文化・合戦やエピソードなど、戦国時代に関する万の事を扱うブログです。
自由文歴史好きで戦国時代初心者の方に、
少しでも戦国時代の物事や人に
興味を持っていただけたら幸いです!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供24回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2009/11/11 02:47

ぴぴ@相模国 さんのブログ記事

  • 徳姫が徳川に残した大いなる宝
  • 徳姫といえば信長や家康などが出てくるドラマや映画などでたびたび出てくる信長の娘である一般的には姑の築山殿との折り合いの悪さから家康の嫡子である松平信康の切腹を招いたとされている信長に逆らえず嫡子信康を失った家康の喪失感ははかりしれないものがあるが、信康死後に実家の織田家に戻った徳姫が残した子宝という宝は、結果的に徳川安泰の礎をもたら一因になったと個人的には思いたいそれは徳川に残ることが許された(こ [続きを読む]
  • 糠漬け好きの小笠原忠真
  • 茶人としても知られる小笠原忠真は、江戸時代前期の大名である(信濃松本藩2代藩主、播磨明石藩主、豊前小倉藩の初代藩主)父は信濃守護であった小笠原氏の末裔で小笠原宗家初代の秀政であるが、小笠原氏は武田信玄に信濃国を追われて流浪しており、その立場や地位は大変流動的であった(秀政は徳川につき石川数正の下にいたが突如数正が秀吉の下に出奔したため今度は秀吉の下につくがやがて秀吉と父が折り合いを欠いて出奔しまた [続きを読む]
  • 戦国の名医・板坂法印と子の卜斎
  • 戦国時代には大名に仕え活躍した医師も数多くいるが、今回紹介するのは室町幕府に仕え足利義輝の侍医となり、やがて幕府が倒れると甲斐の武田信玄に招かれその侍医となった板坂法印(初代卜斎)または板坂宗商とその子である卜斎である板坂法印(以下法印と略す)は、もともと室町幕府の典医をつとめた板坂宗徳(通称を三位)の家系の人で、南禅寺東禅院に住して子弟に本草綱目(薬草学)を講じていたが、将軍家の直接統治を快く思 [続きを読む]
  • 臼井城の攻防 崩れゆく壁の怖さ
  • 先だって起きた大阪北部の大きな地震により小学生が崩れてきたプールの壁によって犠牲になってしまった・・・あまりにもショッキングなニュースのため、なおかつ人災とも思えるようなずさんな管理、建て方、検査などにより地震のこと以上に今なおメディアに大きく取り上げられている(誰が見ても悲しく・・・そして酷い事故である)倒れてくる壁はなんという恐ろしさ、威力なのだろうそう思うのは何も現代人ばかりではない戦国最強 [続きを読む]
  • 消えた第六天神社は信長のせい?②
  • 前回消えた第六天神社は信長のせい?①古くから第六天(大六天)は民衆に親しまれてきた信仰であったのだが、それは民衆が持つ欲を成就させてくれる=願いをかなえてくれるという思想からで、戦国時代やそれ以前の民の苦しい時代では、神仏に願をかけるのは当たり前で、その中でも俗世に近い存在であるとされた第六天(大六天)信仰が民の間で広まっても不思議ではないだが、仏教は古来から権力との結びつきが強かったために、仏教 [続きを読む]
  • 消えた大六天神社は信長のせい?①
  • 関東にはあるが関西地方にはほぼ失われた、第六天神社(大六天神社)というものがある第六天と聞いて戦国時代好きのかたにはとある武将が思い浮かぶことだろう・・・織田信長イエズス会宣教師ルイス・フロイスが書簡の中で紹介しているなかに、信長と武田信玄が書状のやり取りをした際に、信玄による署名「天台座主沙門信玄」に対して信長は仏教に反対する悪魔の王である「第六天魔王信長」と署名して返したという箇所がある仏教に [続きを読む]
  • 今年も北条五代祭りが終わりましたね
  • GWは仕事をしていましたので残念ながら参加できませんでしたが、このブログでは小田原城天守閣のリニューアルやお堀のかいぼりなどを紹介してきましたので近いうちにまた小田原城に行きたいと思っていますさて、今年の五代祭りではあの某大河ドラマでひたすら汁かけ飯を食べていた高嶋政伸さんがドラマの役と同じ4代氏政として参加されていましたね・・・さすがに観光客の前で祭りで汁かけご飯はしなかったでしょうが(苦笑)今 [続きを読む]
  • まるで閉店セールの盛況ぶり!?名古屋城天守
  • 木造への建て替えが計画されている名古屋城だが、7日から入場禁止になるのを前にたくさんの観光客が訪れているようである今の天守は先の大戦の空襲により木造天守が焼失した後に、1959年になって市民の寄付を受け、燃えることのないようにと鉄筋コンクリート造りで再建されたものであるが、皮肉にも現天守閣は燃えないように作ったはいいが耐震性の問題(震度6強の地震で倒壊する恐れがある)が生じているため、名古屋市は一 [続きを読む]
  • 続100名城でGWの旅行はいかが?
  • お花見シーズン真っ最中ですが、もうじきGWがやってきますね年度が替わり新しい生活を始めた人もそろそろ疲れが出てくる頃でもありますし、どこかに旅行にでかけて気分をリフレッシュさせてみてはいかがでしょうか?そこで今回は続100名城に選出された城の中から中央高速自動車道(以下中央道)を使った車での城攻め旅行プランを提案してみたいと思います(どちらかというと中部地方や関東地方のかた向きになってしまいます、 [続きを読む]
  • 今年も4月6日は城の日
  • 早いもので今年も4分の1が終わってしまいました・・・・各地では桜が咲いて、各地の城址などでも植えられた桜が咲き誇っている頃ではないでしょうかさて、4月6日は城好きの皆さんなら城の日と即答されるかとは思いますが、今年の城の日には日本全国の主な城を巡る「日本100名城」の第2弾となる「続日本100名城」のスタンプラリーが始まりますね私自身はチャレンジはしていませんが、とある城を訪問した時に「日本100 [続きを読む]
  • 於フ子
  • 於フ子と書いておふねと読むが、彼女は北信濃で村上義清と並んで勢力を誇った高梨政頼の姉妹と言われ、急成長する甲斐の武田家を前に高梨政頼と村上義清が和睦した結果として、高梨氏から村上氏に側室として嫁いだと言われている(村上義清の正室は信濃守護・小笠原長棟の娘)村上義清といえば武田晴信(信玄)による侵攻を2度撃退したことで知られているが、武田家に仕官した真田幸綱の調略によって砥石城を奪われるなど勢力を殺 [続きを読む]
  • 小田原城の水抜き
  • 先月、小倉城(北九州市小倉北区)の築城技術を解明しようと、北九州市による初の本格的な石垣の構造調査で堀の水抜きが行われたことを紹介しましたその際にどうせなら本格的に堀の水抜き調査を・・・と書いたのですが、城好きで知られる有名人がMCをしているあの番組で本当に堀の水抜き調査が行われることになったようですどうやら番組の認知度や自治体からの要望が高まっていることを受けて今回、小田原城の調査の許可が下りたよ [続きを読む]
  • 小倉城 堀の水抜き
  • 池の水を抜き生物を調べる・・・・そんな番組が人気を集めている昨今だけに小倉城(北九州市小倉北区)の水堀の水を抜く作業を見かけたらどうしても間違えてしまうのは仕方のない事ではないだろうか結果的には水堀の中の生物もいったんは他に移さなければならないだろうからあながち間違ってはいないのだろうとは思うのだが、その目的は生物調査ではなく城の石垣、その調査なのだそうだ20日から続いている水抜きはまだ続いている [続きを読む]
  • 転封の苦労
  • 今年初めての更新になりますが、まずはお詫び申し上げます更新が大変遅くなり申し訳ございません実は年末年始に引っ越しを決めまして正月休みや土日を使って少しずつ荷物を運び出したりをしていたのですが、インターネットの引っ越し関係が少し遅くなりまして更新が遅くなってしまいましたその引っ越しのさ中に考えていたのは、戦国時代も権力者の意向によって徳川家康の江戸転封など住み慣れた場所を離れ別の場所に移ることがあり [続きを読む]
  • お城EXPO 2017 続報
  • 今年もあとわずかになってしまいました・・・・毎年のように書いていますが本当に日々が過ぎ去るのは早いことですいつも亀の歩みのような更新具合の当ブログですが今年もお越しくださった皆様ほんとうにありがとうございました来年も少しずつではありますが更新していきたいと思いますので引き続きよろしくお願い申し上げますさて、年末の恒例イベントになるか!?いや、もう城郭ファンにとってはなっているのか!?というお城EXPO [続きを読む]
  • 謙信女性説のマンガ 「雪花の虎」
  • この漫画は東村アキコさんによる戦国武将・上杉謙信が女性であったという説を題材とした作品であり、女性作者が見ても謙信女性説はあり得る話だと単行本の中で以下のように触れられている・大虫という病で亡くなったとされるが大虫とは当時の婦人病であった・生き死にが当たり前という戦国の世を生きる大名という立場で在りながら跡継ぎを目的とするために妻子を持たなかった・遺された甲冑から推測される身長は約156cmにもか [続きを読む]
  • 現代人が作るあほうの城  〜 一郷山城 〜
  • 1438年永享の乱は鎌倉公方・足利持氏と関東管領・上杉憲実の確執から生じた戦いであるが、難を逃れるため上杉憲実は領国である上野国へ避難し平井城を築き、周辺にも城を配して守りを固めたその中のひとつが一郷山城であり、役割としては平井城の西にあって信濃方面からの敵の攻撃に備えていたと思われるやがて時代は降り1552年に平井城が北条氏康に攻め落とされ関東管領上杉憲政は越後国の長尾景虎(後の上杉謙信)のもとに逃れた [続きを読む]
  • 長篠の戦いで信長が見せる信玄流野戦の極意③
  • 信玄時代の最強軍団を支えた武将としてよくあげられるのが山県昌景であるが、数々の武田軍勝利の中で彼がもっとも意味を成したのは、信玄の戦術をよく理解し自軍を機動的にうまく扱ったということだろう例をあげるならば三増峠の戦いにおける山県昌景率いる別働隊がある彼らの不意をついた側面攻撃があってこその北条撃退であった山岳戦となったこの戦いは高所にて待ち受ける北条軍(本隊ではないが)を低い側から撤退行軍する武田 [続きを読む]
  • 長篠の戦いで信長が見せる信玄流野戦の極意②
  • 設楽が原にて野戦築城を行い武田軍の突進を退ける作戦に出た信長・・・よく当合戦においては大量に用いたといわれる鉄砲戦術のことばかりが取り上げられるが、野戦築城という籠城策にとって鉄砲は、あくまで防御力をあげる方法のひとつであり、たとえ鉄砲を持っていたとしても天気次第で運用の妨げが生じるのであるから、あくまでこの場合の主役は武田に側面や背後に回り込まれないよう築かれた馬防柵であったように思う武田騎馬軍 [続きを読む]
  • 長篠の戦いで信長が見せる信玄流野戦の極意①
  • 某大河ドラマのおんな城主のほうもいよいよ長篠の戦いに近づいているが、一般的にこの戦いはどうしても信長による鉄砲と馬防柵を用いた、武田騎馬への戦法ばかりが大きくクローズアップされがちだが、実は戦略家としての信長が畏怖する、武田信玄の戦いをよく研究した上での勝利であったように思われる信玄の言葉として伝えられる、およそ戦というものは、五分をもって上とし、七分を中とし、十分をもって下とす。五分は励みを生じ [続きを読む]
  • ファセット社のペーパークラフト
  • 知る人ぞ知るファセット社のペーパークラフト今回はこちらを紹介いたします日本名城シリーズは実際の城サイズの1/300で統一されたシリーズで、現存天守はもちろんのこと、安土城や寛永の江戸城マイナーな忍城(のぼうの城効果で知名度はかなり上昇したようですが)など実にバラエティに富んでいます一番新しいものは浜松城で36城目になるそうですが、値段も500円台から3000円台で、1000円台が中心を占める感じですので大人から子 [続きを読む]
  • 今年も年末はお城EXPO!?
  • 前回が好評だったのか今年も同じ会場で同じような時期にお城EXPO2017が行われるようですただ・・・前回も開催時期がネックだったような気がしますなぜなら城郭関係の自治体や団代もこの時期は出張しにくいのとクリスマスシーズンで他のイベントと被ったり、飲食や物販関係者はその関係で忙しい・・・・など、出来れば次回以降はイベント自体は恒例行事化するのは構いませんが、時期についてはもっと調整してほしい気がしますね [続きを読む]
  • 伊豆国 長浜城 その2
  • 伊豆の長浜城の主要部は綺麗に整備され、また見晴らしも良く見学できるなかなかの城跡である特に晴れていれば沼津方面が良く見渡せるので、ここで武田と北条がお互いの動静を常に見張っていたと思うと戦国ファンとしてはわくわくするものがある上部画像の中央の見張り小屋付近(左手奥が主曲輪になる)から下記画像の船泊めあたりまで急こう配を下っていくと内浦湾に出る往時は今のヨットハーバーの風景が軍船であったことだろう駐 [続きを読む]
  • 伊豆国 長浜城 その1
  • 久々の更新になり大変申し訳ありません今回の城攻め紹介は、以前にこちらでも報告しました伊豆の長浜城になります梅雨入り前の好天、そして駿河湾奥部の内浦湾を爽やかに吹き抜ける風がとても心地よかったですこの城址は最近整備が終わったということで、以前はちょっと入りにくい感じがした城址入口付近も綺麗になり、上に上がる階段も設置(これにより以前の登城ルートは一部封鎖になっています)されました※もちろん戦国期には [続きを読む]
  • お城スタンプラリー開催中
  • 私にとって第二の故郷ともいえる大垣市とネクスコ中日本でなにやら楽しそうなことをやっているようです私にはすべて制覇するのは無理ですが、時間とお金に余裕のある方はチャレンジしてみたらいかがでしょうか? ◆期間  平成29年6月3日(土)〜11月30日(木)◆内容   21か所のお城をめぐってスタンプを集めるお城スタンプラリーを実施します。大垣城を含めた規定数のスタンプを集めた方には、参加賞ならびに踏破賞が当たります。 [続きを読む]