南彩工房 さん プロフィール

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南彩工房さん: 琉球かすりの里 南彩工房
ハンドル名南彩工房 さん
ブログタイトル琉球かすりの里 南彩工房
ブログURLhttp://nansaikoubou.blogspot.com/
サイト紹介文琉球かすりと南風原花織、沖縄の染織、きもの文化検定受験計画、色彩検定、等
自由文琉球かすりの里、南風原町は那覇の東南に隣接し南部路の要と言われる道路の町です
琉球絣や南風原花織等の職人の町です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供40回 / 365日(平均0.8回/週) - 参加 2009/11/18 19:03

南彩工房 さんのブログ記事

  • 七年間撮り溜めた番組の中に結城紬の染色技法が
  • 隙間に染料を入れる方法は染浴から出した繊維を板にたたいて、その重力で染込ませる方法がありますが飛び散って顔や服に当たります、以前に番組で観た結城紬の染色方法には棒の先に括り付けて離れた距離から操作する方法がありましたので同じようにやって見ました、初心者に長い棒はコントロールするのが大変ですが、酸化前の硫化染料なのでこの方法が一番かも 泡の建ち方はまるで藍の様です 上げて板に振り落とします [続きを読む]
  • 第二十五回重要無形文化財保持団体秀作展
  • 染め織に関する、重要無形文化財の団体指定は伊勢型紙を入れて全部で七つその中で沖縄県に三つ、喜如嘉の芭蕉布、宮古上布、久米島紬で織物だけで言えば六つのうちその半分が沖縄が保持している事に成ります、今回の宮古島大会は展示が第二十五回、で大会が第二十六回とかチラシのミスプリントかと思って電話してみたら第一回大会が展示が無かったからだそうです十四団体二十四市町村持ち回りで開催されているそうですが、次に沖縄 [続きを読む]
  • 防毒マスクで硫化ソーダの計量です
  • 絹糸をアルカリの藍液に浸ける回数を減らす為に行われていた硫化染料での下染めですが南風原では三十年ほど前は盛んに行われていました、水に溶けない硫化染料を硫化ソーダを用いて水溶性にして繊維に吸着させた後、酸化により再び水不溶性として堅牢度を上げる、藍建藍染と理論は似てますがネックは、けして吸い込んではいけない微粒子とそのまま流せない廃液の処理は産廃業者に頼むか、もしくは自分で分解するしか無くその間の貯 [続きを読む]
  • 染色後の水洗い
  • 手紡ぎの木綿糸はなるべく張力を掛けない様にしています、棒で絞らず遠心力脱水機で水を切り乾燥させては水洗いの繰り返しです、藍染めが盛んだった30年前の若い頃よくやった濯ぎ、何度か腰痛になった事もありましたが今では懐かしいです。 [続きを読む]
  • 琉球藍のワークショップ
  • 池原幹人 (MASAHITO) さん藍ぬ葉ぁ農場をお招きして、昔ながらの木灰による藍建てのワークショップを開催しました、池原さんが土作り、栽培、製藍、建て、染めを一環した工程の中で得た知識を、実技のみならずワークショップの質問でも、惜しげもなく披露して下さり、琉球藍に付いての技量の深さと度量の広さを感じさせるとても魅力のある方です、この点も若い継承者の皆さんも学んでほしい所です、実技では15人程の参加し藍 [続きを読む]
  • マンゴウの枝で木灰づくり
  • 南南西から風速7メートル、今日は木灰を作るチャンスです藍畑の北北東には700メートルの彼方まで農地、マンゴウの枝を一斗缶に入れて燃やしますが、火起こしは新聞紙を丸めて入れ小さな枝を幾つもピラミッド風に組み、少しずつ太い枝を入れていく、缶の中腹にはドリルで風穴が幾つも開けられていまっす灰になるまで約4時間と思って底を返した見たらマグマの様な残り火が完全燃焼するまでに一日かかりそうですね! [続きを読む]
  • 南蛮駒繋
  • 染織に使用される代表的なインド藍は南蛮駒繋と台湾駒繋ですが今回は種鞘がバナナの様に反った形の南蛮駒繋を植えてみました、ポットに活着した200本の苗をすでに畑に移し、更に600本が発芽しましたが一気に成長したら畑での移植作業が大変ですので段階的に種を植えています [続きを読む]
  • 與古田農場でポットの琉球藍を畑に植えています
  • 挿し木で育った苗を四月にポットに移し、土と根が活着したので今日畑へ植え付けました、日照時間が長い場所と、午後から山影になる場所に半分づつ分けて植え苗の状態を観察しながら育てます、秋には枝分けをしてさらに挿し木して苗を増やす予定です、目標は400坪、水や肥料の管理を與古田さんにお願いして、時々数人で草むしりに行きます。 [続きを読む]
  • 徳間書店 沖縄の伝統染織
  • 昭和46年、著者 富山弘基、大野力 徳間書店 沖縄の伝統染織が出てきました、ページをめくると、今から46年前の若い伊野波盛正さんや与那嶺貞さん、平良敏子さん等も写っています、伊豆味の製藍法も旧新の転換期だったらしく克明に記されていたり、特に目を引くのは首里の漢那つるさんの生藍染めは19枚の画像と共に詳しく掲載されていて読んでいて再現したくなるほどです、時間をかけてゆっくり読んでみたい。 [続きを読む]
  • 芽が出てきた南蛮駒繋を畑に移すため農協から耕運機を借りてきて耕しました、素人が1日で耕せるのはせいぜい200坪ぐらいですが、使用料1500円、燃料代600円でかなり安上がりです、方向転換するときのバックはスローで器械ですので細心の注意を払っています。 [続きを読む]
  • 琉球藍を苗床からポットへ
  • 産地を問わず有志を募ったら南風原花織から二人、首里織から二人、知花花織から五人の計九人で名護市字源河のオーシッタイから隣集落の東村有銘まで移動し琉球藍を苗床からポットへ移しました、作業の指導をして下さった方はボーイスカウト時代の先輩指導者で源河川の辺で農場経営をしておられる與古田力男さん、作業は一時間ほどで済み、あとは根付くのを待って畑に移すだけです、次の植え付け作業がは梅雨の前になると思いますが [続きを読む]
  • 琉球絣の里はゆるやかな時の流れで村から町へ
  • 今から約四百年前の1609年、琉球が島津に侵攻され、捕虜となった尚寧王に付き随って、鹿児島に赴いた垣花村の儀間真常が木綿の種子を沖縄へ持ち帰りその栽培法と木綿布の織り方を広めたとされています、産業の大恩人である儀間真常に対する敬意も込められ今でも組合の役員一行は儀間真常の墓前への御願建(ウガンダテー)を毎年の恒例としてます。 戦前まで小禄、豊見城、垣花や他の各地で織られたと言う絣入りの布が戦後の米軍 [続きを読む]
  • 芭蕉布物語 と 「てぃゆい」 と 柳宗悦
  • 著書には昭和11年〜15年頃の絣の技法について詳しく記されています、当時は 「いゝじい」絵図 と 「てぃゆい」 があり、宮古や八重山も「てぃゆい」より 「いゝじい」 と 「織締」 の方を選んでしまったとされています、絣になる部分を手で結ぶから手結と記されていますが、それでは同じ様に手作業で括る「いゝじい」の立場がなくなってしまいます、著書での「てぃゆい」の説明では「緯糸の場合、その単位を右にずらし、或い [続きを読む]
  • 季節の先取り
  • 季節の花等で表現されている着物は、満開の時期より半月から1ヶ月ほど先取りして着ると粋だそうです、特に桜などは満開の時期に花と競ったりするのは勝てるはずもなくとても野暮で、また散る頃の桜に着るのは縁起が悪いとされる、沖縄の緋寒桜は二月上旬が満開なので年明け頃がら三分咲きの一月末頃に先取りすると、とてもお洒落です。 [続きを読む]
  • ストライプの縞は南の島々から伝わった島模様が縞になった。
  • 芭蕉布は士族から一般庶民まで身に着けたとされるが庶民の暮らしぶりを表現する舞踊では衣装に絣等の紋様が殆ど入ってなく経縞であり、當銘コレクションの芭蕉布も経縞でその中には縞の部分が綿糸が使用されているのも有る、今の時代では考えられませんが糸芭蕉が自家栽培されていた当時、真っ白の綿糸を入れることがトレンディーだったのかも、絣のことを沖縄の方言ではイチリー(絵切)と言い、これは縞が連続した直線に対し絵が [続きを読む]
  • 琉球舞踊 花風 の作者は琉球絣の技法にも精通していたと思われる。
  • 花風は旅立つ愛しい人を、人知れず港近くの三重城から見送る遊女の心情を表現した純古典舞踊だそうです、作者が七綛を衣装に選んだのはけして偶然ではない、普通経糸の絣は括り易い太さにする為に真ん中で折り綾とフスを重ね半分の長さにしてから括りますが、衣装の七綛は琉球絣の中でも特殊な括り技法で中心から他の綛と交差して重ね、道ならぬ恋を表現した花風とあまりにも一致する、舞踊を創作した方が琉球絣の技法に精通して [続きを読む]
  • 南風原総合文化祭美術工芸展 入場無料
  • 明日から開催される総合文化祭、展示作業ようやく終了しました、11月14日(月)〜11月20日(日)で午前9時〜午後6時(最終日は午後5時迄※水曜休館 〜絵画・彫刻・書道・写真・陶芸・織物・生花〜 生花体験コーナー 11月19日(土)・20日(日)午前10時〜12時 [続きを読む]