残留孤児二世 さん プロフィール

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残留孤児二世さん: 中国残留日本人孤児
ハンドル名残留孤児二世 さん
ブログタイトル中国残留日本人孤児
ブログURLhttps://ameblo.jp/kosu11/
サイト紹介文中国帰国者(中国残留日本人孤児・残留邦人)・中国帰国者二世・三世の情報を提供していきます!!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供207回 / 365日(平均4.0回/週) - 参加 2009/12/15 15:53

残留孤児二世 さんのブログ記事

  • 中国帰国者2世の会:支援求め、北九州市に要望書 
  • 2018/06/29 毎日新聞/福岡 中国残留邦人の子(2世)で作る「県中国帰国者2世の会」(小島北天会長)は25日、北九州市役所を訪れ、2世にも残留邦人並みの生活支援をするよう、市から国に要請することなどを盛り込んだ要望書を提出した。 要望書では、老齢基礎年金の満額支給などからなる「新支援策」(2008年度施行)の2世への適用を提言するよう求めた。この他、市独自に2世を対象とする職業訓練の実施や、病院や区 [続きを読む]
  • 親子で考える満蒙開拓 松本市、7・8月に「平和教室」
  • 2018/06/27 信濃毎日新聞 松本市は7月29日と8月12日、「満蒙(まんもう)開拓」をテーマに「親子平和教室」を開く。満蒙開拓平和記念館(阿智村)などを訪問し、実際に旧満州(現中国東北部)に渡った人の話を聞くことも想定。市平和推進課は「生の声を聞けるのは貴重。親子で平和と命の大切さを考えてほしい」としている。 市内では、梓川高校の生徒たちが地元住民と満蒙開拓の歴史を紙芝居にするプロジェクトに取り組む [続きを読む]
  • 中国残留孤児:言葉の壁、今も 孤児ら体験談に110人 南区 
  • 2018/06/23 毎日新聞/広島 中国残留日本人孤児らの体験を聞くイベント「広島からの満州移民の歴史を学ぶ」が南区の広島市総合福祉センターで開かれた。実行委員会が企画し、今年で7回目。約110人が集い、体験を聞いたほか、苦難の歴史を紹介したパネルや写真に見入った。 1945年の終戦時、旧満州(現中国東北部)には国策として送り込まれた開拓団など多くの日本人が暮らしていた。8月9日にソ連が侵攻し、多くの子供 [続きを読む]
  • (声)若い世代 中国の祖母、もっと会えたら 【大阪】
  • 2018/06/22 朝日新聞 高校生 坂本千恵子(広島県 17) 私は中国と日本の血が入っています。母の親きょうだいは、中国に住んでいます。 中学生の頃、母方の祖父が亡くなりました。国際電話で知らせを聞いた時の母の泣き顔を、今も忘れることができません。その時に思いました。もし祖父が日本にいれば、母は最期を見られたかもしれない。後悔せずに済んだかもしれないと。 父方の祖父母も、以前は中国にいました。残留孤児 [続きを読む]
  • 福岡県/はなしの横丁=東区 中国残留孤児の戦争体験を学ぶ
  • 2018/06/20 西日本新聞 東区の東箱崎公民館で14日開かれた学習会で、中国帰国者九州地区連合会の木村琴江会長(75)が講話した=写真。 木村さんは終戦後、青森県出身の両親と生き別れ、吉林省で中国人に引き取られた残留孤児。日中国交正常化後に家族とともに日本に帰国したが、言葉も文化も違う中で飲食店を開き、苦労した経験などを話した。木村さんは「私たちは国から見捨てられた戦争被害者。憲法9条は大切に守ってい [続きを読む]
  • 差別的表現 削除対象 県HPのガイドライン策定
  • 2018/06/16 中日新聞朝刊 【長野県】五月に県が公式ホームページ(HP)の「県民ホットライン」に掲載していた意見二件が「ヘイトスピーチだ」と批判を受けて公開を取りやめた問題で、県は十五日、「差別的と思われかねない人権への配慮を欠いた表現」を削除の対象とするガイドラインを策定したと発表した。 問題が指摘された二件について、県は同日、外国人などを差別する表現のあった部分を削除した上で、HPでの掲載を再開 [続きを読む]
  • 中国残留日本人の現状 体験を聞く会、10日広島で 
  • 2018/06/08 朝日新聞/島根県 戦後に中国から帰国した残留邦人の現状を広く知ってほしいと、「中国残留日本人の体験を聞く会」は10日、広島市南区松原町の広島市総合福祉センターで催しを開く。 日本語を習得できないまま高齢化した残留邦人は、医療現場や介護を受ける際に通訳が必要になるという。暮らしの中で問題に直面する現状を知ってもらうため、体験を聞く会では満州移民の歴史ドキュメンタリーを放映するほか、残留邦 [続きを読む]
  • 中国残留孤児との親交語る 飯田日中友好協会が定期大会
  • 2018/06/08 信濃毎日新聞 飯田日中友好協会(清水可晴(よしはる)会長)の定期大会がこのほど、阿智村コミュニティーセンターであった。中国社会科学院哲学研究所教授の藤原素子(中国名・滕頴(トンイン))さん(86)が講演。同村清内路出身の中国残留孤児、故・原博昭(中国名・劉奔(リュウベン))さんとの親交について話し、100人近くが聴いた。 藤原さんは唐詩を学ぼうと1953(昭和28)年、日本との国交正常 [続きを読む]
  • 高齢者介護、言葉・歴史も大切に 元残留邦人と中国語でやりとり
  • 2018/06/07 朝日新聞 介護を必要とする高齢者の中には、日本語以外の言語を話す人や、さまざまな歴史的背景を持つ人がいます。そうした高齢者のニーズに応えようという取り組みも始まっています。中国残留邦人の帰国者や在日コリアン向けの介護事業所の活動を紹介します。 埼玉県所沢市の訪問介護事業所「虹」は、利用者15人のうち9人が帰国した中国残留邦人だ。スタッフ9人のうち7人が中国語を話す。 ケアマネジャーで介 [続きを読む]
  • 「戦争体験者の声、どう伝えるか」 原田要さん描いた宮尾監督
  • 2018/06/06 信濃毎日新聞 満蒙開拓記念館の三沢事務局長 飯田で来月22日対談 元ゼロ戦パイロットの故原田要さん(長野市)らのドキュメンタリー映画を製作した監督の宮尾哲雄さん(68)=須坂市=が7月22日、満蒙(まんもう)開拓平和記念館(阿智村)の事務局長三沢亜紀さん(51)と飯田市で対談する。宮尾さんにとって飯田下伊那地域は、1980年代に中国残留孤児に関する番組の取材で歩いた思い入れのある地。「戦 [続きを読む]
  • 条約締結40周年 阿智で記念講演 飯田日中友好協会
  • 2018/06/03 中日新聞朝刊 【長野県】飯田日中友好協会の定期大会が二日、阿智村内であった。日中平和友好条約締結四十周年と満蒙(まんもう)開拓平和記念館(阿智村)開館五周年を記念し、一九五三(昭和二十八)年に中国に渡った藤原素子(中国名・滕穎(トンイン))さん(86)=愛媛県出身=が講演した。 藤原さんは「唐詩」の世界に憧れ、中国文学を研究するため、まだ国交のない中国に二十二歳で渡った。現地で家庭を持 [続きを読む]
  • 熊本と福岡、初交流会 「元気に老後を過ごして」 歌や踊り披露、親睦深める 
  • 2018/06/01 毎日新聞/熊本 熊本、福岡両県の中国残留孤児が交流する催しが31日、福岡県春日市であった。残留孤児の子どもを含む約100人が参加し、双方が歌や踊りを披露して親睦を深めた。日本語が話せないために車の免許が取れず遠出できなかった人もおり、参加者からは「これからも交流を続けたい」と声が上がった。【中里顕】 1972年の日中国交正常化を受けて念願の帰国が実現した残留孤児だが、日本語が習得できな [続きを読む]
  • 中国残留邦人 苦難の歩み 広島市南区で来月 聞く会
  • 2018/05/30 中国新聞朝刊 終戦時の混乱で旧満州(中国東北部)などに取り残され、戦後帰国した中国残留邦人の体験を聞く会が、6月10日午後2時から広島市南区の市総合福祉センターである。無料。 市内の残留邦人や支援者でつくる実行委員会の主催。1992年に山東省から帰国した南区の川添瑞江さん(80)が、旧ソ連軍からの逃避行や家族との離別、中国での生活などを振り返る。残留邦人の母親と99年に同省から帰った西 [続きを読む]
  • 私の学び 語りかけボランティア・斉藤泰子さん 残留邦人の向学心励み
  • 2018/05/28 中国新聞朝 「中国残留邦人」と呼ばれる人たちを知っているだろうか。1932年の旧満州国(中国東北部)建国以降、開拓団として国策で派遣され、戦後の混乱で現地に取り残された人たちだ。広島からは全国で8番目に多い約1万1千人が渡った。 戦後数十年を経てようやく帰国がかなった彼らを待ち受けていたのは、言葉の壁と生活習慣の違い。さらに、老いが忍び寄る。孤独を感じながら老後を過ごす不安はいかばかり [続きを読む]
  • 中国残留邦人 体験談や展示=広島
  • 2018/05/25 大阪読売新聞 中国残留邦人への理解を深めてもらおうと、体験を聞いたり、写真やパネルを展示したりする展覧会が6月10日、広島市南区の市総合福祉センターで開かれる。入場無料。 「中国残留日本人の体験を聞く会」実行委員会の主催。会場では国策によって多くの日本人が満州(現中国東北部)に移住したことや、終戦直前の旧ソ連軍の対日参戦による混乱で肉親と離ればなれになり、多くの日本人が大陸にとどまるこ [続きを読む]
  • 憂楽帳:語りかけの力
  • 2018/05/21 毎日新聞 夕刊 東京・練馬の介護施設に相部屋の人とも、職員とも話そうとしない女性(77)がいた。周囲が心配して頼ったのは、中国語による「語りかけボランティア」。女性は終戦時の混乱で親と離ればなれになった中国残留孤児で、56歳で日本に永住帰国した。話し相手が来ると、言葉があふれ出した。 帰国した残留孤児の多くは75歳を過ぎ、介護施設で孤立する姿が目立つようになった。中国帰国者支援・交流セ [続きを読む]
  • 残留孤児 現状伝える 日中友好協支部・小林さん 光南台公民館で講演
  • 2018/05/18 山陽新聞 中国から帰国した残留日本人孤児の支援を続ける日中友好協会岡山支部事務局長の小林軍治さん(75)=岡山市中区江崎=を招いた講演会が15日、光南台公民館(南区宮浦)で開かれ、参加した地域住民約30人が残留孤児の現状などについて理解を深めた。 旧満州(現中国東北部)の出身で、1946年10月に4歳で両親と日本に引き揚げた小林さんは、終戦直前のソ連侵攻で逃避行を余儀なくされた苦労を紹 [続きを読む]
  • 帰国残留邦人:進む高齢化 言葉の壁で孤立 必要な介護施設拡充を 
  • 2018/05/16 毎日新聞/青森 戦前戦中に開拓団として中国東北部(旧満州)や樺太に渡って取り残され、1970年代以降に帰国が本格化した残留邦人の高齢化が進んでいる。厚生労働省によると、平均年齢は75歳を超える。言葉の壁で孤立する帰国者を支える介護施設も増えたが、地方では経営に苦しむケースも。国策に翻弄(ほんろう)された苦労に報いるべきだとして、支援拡充を求める声が高まっている。 ◇両親が青森出身・木村 [続きを読む]