残留孤児二世 さん プロフィール

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残留孤児二世さん: 中国残留日本人孤児
ハンドル名残留孤児二世 さん
ブログタイトル中国残留日本人孤児
ブログURLhttps://ameblo.jp/kosu11/
サイト紹介文中国帰国者(中国残留日本人孤児・残留邦人)・中国帰国者二世・三世の情報を提供していきます!!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供184回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2009/12/15 15:53

残留孤児二世 さんのブログ記事

  • 残留孤児に寄り添う介護を 中国語で対応 民間施設乗り出す 国のきめ細かい支援必要
  • 2017/10/15 東京新聞朝刊 中国残留孤児は、長年の苦労の末に帰国を果たした後も、言葉の壁や生活習慣の違いから地域で孤立する人も少なくない。こうした帰国者は「老い」を迎え、介護が必要になると、ますます孤立を深めがちであることから、この状況を少しでも改善しようと、帰国者たちを対象にした民間の有志の介護施設が登場し始めている。(佐藤大) 東京都板橋区に今月二日に開所した「長寿楽園」。中国からの帰国者たちを [続きを読む]
  • 【第29回産経志塾】中国は日本を3回「食べ尽くす」
  • 2017/10/17 産経新聞 □産経新聞外信部次長、元北京特派員・矢板明夫氏 習近平政権は李克強首相とのツートップの確執が激化している。習氏は経済に対する党の主導を強化し、国有企業を重視して権力を集中させようとしているのに対し、李氏は規制緩和を通じて内需を拡大させ、民間の力を活用したいと考えて対立している。2016年に経済成長率6・5〜7%という微妙な目標値が設定された。習氏は高い目標を掲げたいが具体的な [続きを読む]
  • 苦難知って 残留孤児に理解深める集い 尼崎 
  • 2017/10/01 毎日新聞/兵庫 満蒙開拓団として旧満州(現中国東北部)に入植し、取り残された中国残留孤児について理解を深める集い「『満蒙開拓団の苦難』を知ろう」が30日、尼崎市立中央公民館であった。集団自決をした開拓団の話を基にした紙芝居や、尼崎市や周辺で暮らす残留孤児の体験談が紹介された。 市民の残留孤児への理解を深めようと市が主催した。 集いでは、県北部を中心に語り継ぎ活動をしている有志が、終戦時 [続きを読む]
  • 満州開拓民の悲劇 追う 兵庫 70歳写真家 集団自決の地 撮る
  • 2017/09/27 東京読売新聞 終戦前後の混乱期に満州(現中国東北部)で集団自決に追い込まれた開拓民の悲劇を伝えようと、兵庫県尼崎市の写真家・宗景(むねかげ)正さん(70)が、犠牲者の眠る地をカメラに収め続けている。帰郷を果たせなかった人々の無念をしのび、10年前から撮りためた写真は3万枚以上。30日には報告集会を開き、撮影した写真とともに現地の経験を語り継ぐ。 きっかけは、夜間中学で日本語を学び直す中 [続きを読む]
  • 生活保護 問われる「文化的生活」
  • 201709/27 毎日新聞 生活保護は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という憲法25条に基づく制度です。支給基準は5年に1度、見直されることになっていて、国が今その作業を進めています。【熊谷豪】★最後の安全網なのに 8割が「すり抜け」 働けなくなったり病気になったりした時のために、社会にはさまざまな安全網(セーフティーネット)が用意されている。失業保険、年金、医療保険、生活 [続きを読む]
  • 開拓団の苦難、知って 石坪さんが体験談 尼崎で30日、考える集い
  • 2017/09/23 毎日新聞/兵庫 終戦時に旧満州(現中国東北部)に取り残された中国残留孤児について学ぶための集い「『満蒙開拓団の苦難』を知ろう」が30日、尼崎市立中央公民館で開かれる。298人が集団自決した大兵庫開拓団の生存者の体験談を聞いたり、残留孤児らとの交流を通じ、残留孤児問題が生じた背景などを考えてもらう。【田辺佑介】 戦前や戦中に開拓団に参加し、1945年のソ連対日参戦と敗戦の混乱で両親と離れ [続きを読む]
  • 満州事変から86年 不戦を石碑に誓う
  • 2017/09/19 高知新聞朝刊 日本が中国東北部を支配するきっかけとなった満州事変から86年を迎えた18日、高知市桜馬場の城西公園に立つ石碑「日中不再戦碑」の前に約30人が集い、「二度と戦争の悲劇を繰り返さない」と誓い合った。 石碑は、日中友好協会県連や平和資料館「草の家」などが中心になって1960年代から運動を起こし、県民からの募金などで92年に建立にこぎ着けた。今年が25周年に当たる。 主催した日中 [続きを読む]
  • 「日本で成功」夢の店守る 大塚了一さん
  • 2017/09/17 東京読売新聞=北海道  ◎大塚了一さん53  ◆両親失い 知った苦悩  両親が亡くなってから10年がたとうとしている。一家で日本に渡り、ずっと同じ景色を見てきたはずなのに、両親の目には全く違ったものに映っていた。そう気付いたのは最近になってからだ。「日本に戻らなければ良かった」。晩年、母が漏らした言葉が今も心に重くのしかかっている。 母は、中国残留邦人だった。江別町(現・江別市)の農家 [続きを読む]
  • 旧満州引き揚げ、体験語る催し 10日松阪で 
  • 2017/09/06 朝日新聞/三重県 戦後の旧満州(中国東北部)からの引き揚げ体験を語る催しが10日、松阪市殿町の松阪公民館である。 語り手は、鈴鹿市の渡辺トミさん(81)。新潟県で生まれ、満蒙開拓団の一員として家族とともにソ連国境の近くに移った。終戦直前にソ連が侵攻したため母と姉妹6人で逃れたが、翌年に帰国するまでに母と妹2人(8カ月、3歳)が犠牲になったという。 松阪九条の会が「戦争体験に学ぶつどい」 [続きを読む]
  • 【著者に訊け】「ポケモンGO」を作った男性が成功するまで
  • 週刊ポスト2017年9月1日号【著者に訊け】野村達雄氏/『ど田舎うまれ、ポケモンGOをつくる』/小学館集英社プロダクション/1200円+税ポケモンGOの仕掛け人が語る 表題の『ど田舎うまれ、ポケモンGOをつくる』には、幾つもの省略がある。ど田舎といっても中国のど田舎で、著者・野村達雄氏が旧満州の残留日本人を祖母に持つ旧名「石磊(シーレイ)」少年であること。9歳で来日後は新聞配達に励み、日本のゲームに魅せられ、大学 [続きを読む]
  • 2つの祖国の狭間で――中国残留孤児3世代に渡るライフストーリ―
  • SYNODOS 2017/09/04中国残留孤児研究、張嵐氏インタビュー戦時中、開拓団として満州に渡り、戦後の動乱の中、さまざまな理由で帰国がかなわず中国に残らざるを得なかった中国残留孤児たち。1972年の日中国境正常化以降、そのほとんどが日本に永住帰国した。慣れ親しんだ「異国」と、異文化の「祖国」の間で揺れ動く彼らのライフストーリーとは。中国残留孤児研究がご専門の、張嵐氏に伺った。(取材・構成/増田穂) 中国残留孤児 [続きを読む]
  • 中国残留孤児の “孤立” 中国語ボランティア養成し支援
  • 2017/08/31 NHKニュース戦後72年を迎え、高齢になった中国残留孤児が言葉や習慣の違いから介護施設などで孤立するケースが増えているとして、国は中国語を話せるボランティアを養成し、介護や生活の相談に応じる新たな事業を始めることになりました。厚生労働省によりますと、終戦前後の混乱で旧満州などに取り残されたいわゆる中国残留孤児のうち4800人余りが日本で生活していますが、平均年齢は76歳となり、およそ4 [続きを読む]