ぴーち さん プロフィール

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ぴーちさん: 「風吹く街で。。。」
ハンドル名ぴーち さん
ブログタイトル「風吹く街で。。。」
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/peach1166/
サイト紹介文簸川平野のど真ん中「風吹く街で」楽しく!明るく?たくましく?生きる私ぴーちの日常ブログです♪
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供13回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2009/12/22 14:51

ぴーち さんのブログ記事

  • クリスチャンの輝き
  • 先日、後から思えばちょっと素敵な体験をしました。ある日、友達と待ち合わせをしていて、先に着いたので、待っていたら彼女の車が到着しました。もちろん、いつものように手を振りながら挨拶しました。そして彼女の車に乗り込みながら、「久しぶり〜〜(*≧ω≦)」と手を取り合って再会を喜び合いました。その事があまりにも当たり前だったので、私たちが会ったのは、ただの1ヶ月ぶりだと言う事を忘れていました(笑)その時なんで [続きを読む]
  • 湧き上がる泉のように
  • 4月から、ずっと体調が良くて、バタバタ出来るようになりました。最近では、疲れはあるものの不自由さや、苦しみを感じる事もなく、意味のない不安や、苦しみ、恐怖などから遠ざかっています。普通に生きれる事に感謝!しかし、一つだけ難があるとすれば、朝起きた時の「気持ち悪さ」です。こんなに調子が良いのですから、これくらい我慢?とも思いましたが、数日前から、この事については夫には祈ってもらっているものの、神さま [続きを読む]
  • 自分を諦めること
  • 最近、クリスチャンが「砕かれること」について語られる事が少ないように思います。だからといって十字架の恵みによって、自我から解放されることの効力がなくなった訳ではありません。そして、語られなくなった訳でもないと思います。おそらく、「砕かれる」と言う言葉が使われなくなっただけで、「神さまに自分の全てを信頼する事にした。」とか、「自分に頼らず、完全にキリストのみに信頼する。」など、違う言葉で、このメッセ [続きを読む]
  • 祈りは聞かれている
  • ある春の日の事です。私は、近くの川の土手で賛美していました。スマホから、何曲か流れる賛美と一緒に歌っていると、突然、心に込み上げるものがあり、泣きながら祈りました。私は、普段はどちらかと言うと泣かない方で、涙が溢れる時は、なぜか「神さま!この地の人々を憐れんで下さい!」と祈る時だけでした。10 年ほど前に、教会に帰った時にも礼拝の賛美中に泣いたのは、♪「神よ〜聖なる神よ、この地に光を〜」と歌う時でし [続きを読む]
  • 私が教会に行った訳
  • あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。(コリント人への第一の手紙 10:13)これは、私が一番最初に覚えた聖書の箇所だ。それは、高校時代に朝の支度をしている時に、何気なく聞いていたラジオから聞こえて来たものだった。この言葉と共に、凄い大変な試練 [続きを読む]
  • たったひとりのために
  • 先日、教会でスペシャルゴスペルカフェがあり、コンサート、ゴスペル発表会、ウクレレ隊、ゴスペルフラで盛りだくさんでした。そして、たくさんの方々が来て下さって、最後には椅子が足りなくなるほど。 私もとても楽しませてもらいました。フリータイムの時に、ある方といろいろなお話をしていたのですが、「あのね、私たちってたくさんの人達が来られた!とか、多くの人が救われたとか、そちらの方に目が行くんだけど、神さまっ [続きを読む]
  • 神さまに立ち返る方法
  • 普段から、よく夫に言われることが、「イエスさまを見上げて、信頼し委ねたらいいよ。」なのですが、調子が悪くて落ち込んでしまうと、見上げ方を忘れてしまいます。夫の場合は、毎日の習慣のお祈りを始めると、段々、この世の事から切り離されて、イエスさまの恵みに入れるらしいです。ところが、その習慣を持たない私は、(同じようにしても、形式的になってしまう)なかなか立ち返り、委ねて平安を得る事が難しいのです。病状が悪 [続きを読む]
  • 天と地を結ぶ(追記あり)
  • 今朝方、リアルな夢を見ていました。昔、教会に来ていた男性が、「イエスさまにもう一度従いたい」と、祈るために頭を垂れていました。私は、それを見て「彼を祝福して下さい!」と祈ると共に、「彼だけではなく、彼の一家全員を祝福して下さい!!」と、激しくお祈りしていました。「彼の一家を天の祝福と繋ぎます」と。私は、今までそのようなお祈りをした事はありませんでした。でも、夢の中では天の祝福と、彼の一家を一生懸命結 [続きを読む]
  • 全能の神さま
  • (創世記17:1) アブラムが九十九歳になったとき主はアブラムに現れ、こう仰せられた。 「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。今週のメッセージの聖書箇所です。アブラムに教えられた神さまの自己紹介は、「全能の神である」でした。ですからアブラハムは、「死人を生かし、無から有を生み出される神」(ローマ4:17より)を信じたんですね。私は横になってて、ふと思ったのですが、「自分は、神さ [続きを読む]
  • 走るべき行程
  • 走ろうと…。信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。(ヘフ゛ル人への手紙 12:2)ある集会に参加する途中、クルマの中で心に届いた......>続きを読む昨年の今頃の日記ですが、「走ろうと」してました。で、結果は???(笑)ほとんど走った記憶はなく、特に秋口からは止まりそうに(^^ゞしかし、昨年の大きな行事を思い浮かべると、神さまがそうして下さったかも?と言う、痕跡を発見しま [続きを読む]
  • 旅人、寄留者として
  • 「これらの人はみな、信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを、自ら言いあらわした。」(ヘブル人への手紙 11:13 )年末に、T 先生のメッセージを聞いて、本当にワクワクしました。それは、モーセの最期の場面の話しからでした。旧約聖書に出てくる人たちは、まだ完全には約束のモノを得てはいませんでした。しかし、遥か彼方にある [続きを読む]
  • あけましておめでとうございます。
  • しあわせおはようございます。珍しく連投しています。早速飛ばしてますね〜(笑)今朝は、不思議な感じで目覚め起きました。起きたら、4時半〜フワッとした気持ちで目覚め、「お......>続きを読むなんか、いい事言ってますよね、去年。。。(笑)今年は、そんな風にカッコ良くはいかないんですが、遥か「天の御国」を仰ぎ見ながら、毎日をイエスさまに根ざして生きたいと思います。(これも結構カッコいい?・笑)流れのほとりに植え [続きを読む]
  • 泉の湧く教会
  • 11月に私たちの教会にお招きした牧師先生が、ご一家で我が家に泊まって下さったのですが、その時には、励ましの言葉を、たくさん頂きました。その中でも、先生がわざわざ聖書を開いて語って下さったのが、下の御言。彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。 彼らは、力から力へと進み、シオンにおいて、神の御前に現われます。 」(詩篇84:3〜7)。昔の事ですが、私 [続きを読む]
  • 内面の姿
  • 今朝の夢です。久しぶりに(30年振り)、友達のTちゃんに会いました。彼女とは、若い時に一緒に教会で賛美したり、伝道活動してました。懐かしくて近寄ると、彼女は私を拒みました。他の昔の友達とは、とても親しくしているのに、何故だか?私とは話してくれません。すると、ある人が私に言いました。「ぴーちさんが彼女に攻撃的だったから、傷ついているんだよ。」と。私は、泣きながら訴えました。「私は、かつて攻撃的な人間だ [続きを読む]
  • 「全てを捧げます」か?
  • 昨日ゴスペル賛美を聞きながら、車を走らせていました。若い女性の声で「全てを捧げます!」と賛美していました。その時に、ふと、「この人は、本気で全てをイエスさまに捧げると言っているんだろうか?」と言う思いになりました。なぜなら、私も一緒に賛美していたからです。本当に、全てを!全てを!主に捧げるのか?と問われているように感じました。全てって、私の全部、全てですよね?もちろん、イエスさまは、私たちが弱いな [続きを読む]
  • 和解の本質
  • 前回、他者との和解について書いたのですが、昨日、友達と話してたので、和解について改めて気づいた事を書いておきます。ある人(Aさん)が、「前の教会の人と偶然会って和解した。」って話してて、どこかその発言に違和感を感じていたのですが…。友達が、「自分から和解しないと、ホントの和解じゃないよね。」って言ったので、真理に目が開かれました。言ってみれば、当たり前の事かもしれませんが…。放蕩息子も自分の方から [続きを読む]
  • 他者との和解について
  • 人は、誰かに対して罪を犯した場合に、自分は悪くないと開き直るか、自分で関係を修復しようと策を練るかすると思います。時によって、私は両方あります。20年程前に、親しかった友達と関係がこじれてしまった時には、最初は、「自分は悪くない」と味方を探しました。その内に、それはいけないと思い、今度は自分で和解しようと奔走しました。その和解は、自分の平安を得るためであって、本当に相手の事を思っての事ではありません [続きを読む]
  • 純粋な心
  • ひと月前くらいから、私には願いが与えられていました。それは、「証の力を強くして下さい。」と言うものでした。それにプラスして、今朝方与えられた思いは、「あなたの持っておられるピュアな心を私に与えて下さい。」と言うものでした。私の心の中には、まだまだ不純なモノが溢れていると気づいたからです。純真な思いでイエスさまを愛しているでしょうか?純真な心で、周りの人に接しているでしょうか?純粋な気持ちで、神さま [続きを読む]
  • わたしの幸せと「感謝」
  • 先日、M先生のセミナーを受けて、今、「感謝が習慣になる21日」ジョン・クゥアン著を読んでいます。その中で、ジョン・ミラーからの引用文で、「人がどれほど幸福であるかは、その人の感謝の深さにかかっている」とありました。そこで、私自身がこの頃感じている幸福感に思い当たるフシがありました。私は、長い間精神的な病の中で、日々、やって来る「極度の意味なき不安」と「足が竦む程の恐怖」や「動悸」などに苦しまされてい [続きを読む]
  • 心の傷の癒しについて
  • いつ頃からでしょうか?「傷ついた」って言うのが、あまり好きではなくなったのは。「傷ついた」のは事実で、心に傷跡もあるのですが、私は、一生被害者として生きていくのは嫌だし、実際、私が傷つけた人もたくさんいるので、自分が「傷ついた」って言うのは嫌になりました。「私は傷ついた。」と言って自己アピールしている惨めな自分の姿が見えました。でも長い間、心が「誰か私を分かって下さい!」と叫び続けてきたので、「傷 [続きを読む]
  • 私は神ではない!
  • 一昨日読んでた本に「人は神ではない。」とありました。当たり前ですよね。当たり前ですが、当たり前ですか?私が、日々悩んでいることは「自分で何とかしなくちゃ!」的な事柄が多いと気づきました。「心配事」や、「思い煩い」、私の大敵「不安」も、大きく捉えれば、「私が神さまのようになっている」と言う大罪。「ある程度自分で把握しておかないと不安だ!」とか、「何が起きるのか?とても不安だーー」とかって言う心配は、 [続きを読む]
  • ゆめ
  • 昨夜見た夢を記しておきます。私には、とても素敵な男性の友達がいました。私が若い時に、実際にいた人で、仮にAさんとします。私とAさんは、一緒に何処かに行こうとしていましたが、 他に2人の女性が着いて来ていました。その二人は、Aさんに気があるらしくて何処にも着いて来ます。それに、私とAさんが仲が良いことを面白く思っていませんでした。しかし、私とAさんには恋愛感情はなく、本当に仲の良い友達でした。私は、Aさんを [続きを読む]
  • 罪人のかしら
  • ここ2、3日・・・なんとなく心にどんよりした雲が。特に20日は異常な雰囲気で、テンションが下がってました。前日の19日にちょっと大きな出来事があり、過去と真正面から向き合わなければなりませんでしたから。その事自体にショックを受けた訳ではないのですが、無意識の中で、過去の影響を受けていたのか?ホント!気持ち悪かったです。腹痛もあったからですが。そして昨日、同じく嫌な気持ちになってたクリスチャン友達と [続きを読む]
  • イースター礼拝にて
  • 今日のイースター礼拝の時に、ふわっとやって来た思い。「私には、韓国にたくさんの兄弟姉妹がいる。そして、韓国に愛する親戚、家族がいる。復活のイエスさまが、守られますように…。」と言う、熱い思いが与えられ祈りました。サランヘヨ〜昨日までは、ただ娘の事が心配で朝鮮半島情勢を案じていました。ところが、礼拝の最中にやって来た思いは、上のようなもの。韓国には、たくさんのクリスチャンの兄弟姉妹がいるのです。あの [続きを読む]
  • 命はキリストの内に
  • この三日間の間に、いっぱい祈りが聞かれたのでテンションが高かった昨日。身体はとっても疲れていましたが、気持ちは元気いっぱいでした。そんな日の礼拝中。「つかれたなぁ〜つかれたなぁ〜」と心の中で祈っていたら、ふと、昔とても高ぶっていた頃の私が一瞬思い浮かびました。あ、、、高ぶりの誘惑・・・(-_-;)物事が上手く行っているときの私。。。娘も幸せそうだし、私も幸せだし・・・いろんな事が恵まれている。でも、そん [続きを読む]