hid さん プロフィール

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hidさん: ZRX1200Sツーリング城
ハンドル名hid さん
ブログタイトルZRX1200Sツーリング城
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/prizep1800
サイト紹介文広島よりZRX1200Sに乗り百名城から マイナーな城跡、神社などを巡る
自由文40代のおっさんライダーです
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供286回 / 365日(平均5.5回/週) - 参加 2010/01/13 22:29

hid さんのブログ記事

  • 安神社 広島市
  • 去年の年末に参拝安神社前の恵比寿神社    御大典記念  大正四年(1915)か昭和三年(1928)                 昭和かな?拝殿本殿大きなかんざし燈籠安神社 入口一の鳥居は靖国鳥居鳥居脇の対 巻き毛いっぱいの玉乗り文政元年(1818)の台座ですが狛犬はもっと新しいのもです。江戸末期・安政(1854)以降でしょう拝殿 神門由緒銀山城主武田家によって嘉元年間(1303〜6)現在地に社殿が再建。武田家滅亡 [続きを読む]
  • 宮島 塔の丘 千畳閣 幸神社
  • 宮島 塔の丘 千畳閣 幸神社桁行13間約24m梁間8間約15m単層本瓦葺入母屋 木造の大経堂金箔を押した軒瓦秀吉が作った建築物で金箔瓦があったのは大阪城、聚楽第などですが、どれも焼け落ち、一部とはいえ現存している金箔瓦が残るのは千畳閣だけでしょう。王の文字が刻まれた瓦秀吉の権力をアピールするためとの説があります。千畳閣内は絵馬でいっぱいです豊臣秀吉が千部経の転読供養をするため天正十五年(1587)発願安国寺恵 [続きを読む]
  • 宮島 四宮神社
  • 宮島 四宮神社             もみじ谷宮島の鹿は野生です。フェリー乗り場や参道に屯し人から餌をねだるタイプと山に住み自然の餌を採り人に頼らないタイプの鹿がいます。鹿のライフスタイルは代々受け継がれるそうです。鹿のケンカ 下の町では見られない光景です。四宮神社社殿は一間社流造り 桧皮葺四宮神社の対 吽形 太眉毛と面白い口昭和初期か大正?撮影してると鴉が降りてきました。神社正面を降りていきま [続きを読む]
  • 宮島 厳島神社
  • 宮島 厳島神社神社入口付近の対吽形吽形の台座 願主に大村喜兵衛の刻があります。この対は大村屋作でしょう。阿形神社入口 帰りに空いた時に撮影一方通行です厳島神社 平面図東回廊 桝形管弦祭では漕伝馬が先に桝形に入って3回まわして横付けにし、続いて管絃船も入って水竿で3回まわします。鏡池干潮時に手鏡に見える小さな湧き水の池大鳥居客神社拝殿 千畳閣 五重塔人が写らず鳥居が入るスポット火焼前(ひたさき)は順番 [続きを読む]
  • 宮島
  • 宮島混雑の中、久々に宮島を訪れました。小型の遊覧船が出来たようです。参道大鳥居鳥居前のブロンズの対屋台で千畳閣の石垣が見えません。千畳閣南の石垣              算木積み      勾配の緩やかさから天正期のものとされています。   石の大きさも揃ってなく、まだ未熟な技術で積まれています。大鳥居をバックにする絶好の撮影ポイント大きな尾道玉乗り吽形           石工 尾道市 大村喜 [続きを読む]
  • 廣田神社 広島県廿日市市
  • 廣田神社 広島県廿日市市吽形吽形 正面からしか全体が見えません阿形高下九一 作           大正九年(1920)この型も九十九年経ちます。石段 木製両部鳥居由緒拝殿 コンクリート製拝殿前の構え型拝殿内境内社・稲荷神社御免石本殿拝殿は宮島に向いています宮島を望む構え型宮島 [続きを読む]
  • 宮内天王社 広島県廿日市市 厳島神社兼帯七社のひとつ
  • 宮内天王社 広島県廿日市市厳島神社兼帯七社のひとつ分かりずらい場所にあります。参道舟形手水杯状穴境内狛犬の前に大杉があったようです。樹高30M、樹周り5.5Mの大木でしたが、枯れたため昭和47年に伐採由緒山根屋の対良い姿の対です。尾道 山根屋の工房作石工尾道 山根屋 源四郎    嘉永元年(1848)躍動感があります。この型は2例しかみたことがありません。凝った尻尾拝殿拝殿内主に大正の奉納額拝殿本殿神鴉の岩神 [続きを読む]
  • 宇那木神社 広島市安佐南区
  • 宇那木神社 広島市安佐南区宇那木山に鎮座する神社で、甲斐国から勧請されたと伝わります。鎌倉時代末期に佐東銀山城が武田山に築かれると、その北門を鎮護する社として崇敬されたと云われます。こんな所まで猪が出てきているようです。入口鳥居しゃがみ玉乗り 主に広島市内のみで見られる型大きな顔にぶた鼻、巻き毛が多いのが特徴です。愛嬌のある顔 ぶた鼻と大きな歯尻尾も巻き毛で出来ています蔓延元年(1860)阿形 大味に [続きを読む]
  • 萩尾山神社 広島市安佐南区
  • 萩尾山神社 広島市安佐南区石段石段上の玉乗り大正らしいカッチリした作です              大正三年(1914)          石工は広島市の石工 中???       大正の広島石工の狛犬は安定感があります。阿形も安定してます。境内由緒拝殿拝殿内奉納額 扶桑と山城 昭和拾壱(十一)年 海軍一等機関兵 勲八等 中村武雄寄贈まだ雪が残っています本殿 [続きを読む]
  • 空鞘稲荷(そらさやいなり)神社 広島市
  • 空鞘稲荷神社(そらさやいなり) 広島市原爆ドームの600m上流原爆ドーム 爆心地から600m足らずの位置に鎮座「空鞘神社の縁起は甚だ古く、勧請の年紀詳かにするも由無なきも後陽成天皇の御宇豊臣秀次未だ関白たりし文禄元年壬辰の歳、毛利輝元陰陽両道に跨る大守として広島城郭の築城を告ぐるの時枯萩寒草の間此の地に二社あり、大を空鞘大明神、小を彦山明神(現在の幸神社)という」 「 空鞘 」 の名は、社頭の松の大木に刀の [続きを読む]
  • 廣瀬神社 広島市被爆狛犬
  • 廣瀬神社 広島市被爆狛犬神社入口 ちょうちんで飾り付けられています毛利氏の菩提寺、洞春寺の鎮守社であったという所伝もあります。広瀬弁財天と称したが、享保八年(1723)広瀬大明神と改め、さらに明治5年広瀬神社と改めた。由緒被爆直後の廣瀬神社入口の狛犬と鳥居以外すべて吹き飛んでいます。昭和20年8月原子爆弾のため廃墟に帰し、戦後の市街地区画整理のため境内地は半減。昭和22年に社殿を復興す神社は爆心地 [続きを読む]
  • 長尾八幡宮 長州大工 周防大島
  • 長尾八幡宮 長州大工 周防大島四岩あわせ奇岩      大きな岩です亀島神社長尾八幡宮 参道神社入口 小山上に鎮座第十四代 円融天皇の貞元二年(977)に宇佐八幡宮から歓請天気が悪く視程が無いです小さな式内社小さな出雲構え拝殿古い浪速          花崗岩で良い姿を残しています後姿は太った猫みたいです。文化十二年(1815)阿形               にこやかな阿形拝殿長州大工が手掛けた拝殿本殿 [続きを読む]
  • 下田八幡宮 周防大島
  • 下田八幡宮 周防大島海が見えます参道最初に本殿拝殿を通り過ぎ、Uターンして拝殿前に至るという珍しい参道参道は本殿、拝殿を横目に見ながら境内社前まで続いています。大きな拝殿参道終わりの境内社木鼻が立派な龍です狛犬と境内社境内社前を左折し境内入口浪速狛犬が護ります吽形爺のような顔文化六年(1809)首の振りが良いです阿形見事な装飾が綺麗に残ります二百年前の姿をよく残しています吽形 拝殿拝殿前には平成狛犬三 [続きを読む]
  • 油良(ゆら)正八幡宮 周防大島
  • 油良(ゆら)正八幡宮 周防大島義経・弁慶が訪れた言い伝えがあります。広い境内拝殿前は尾道座型良い姿です古き尾道顔阿形堂々とした体躯              弘化四年(1847)         尾道住 石工 藤原小七郎 正光 作     藤原小七郎 正光は文政頃の石工で福山や世羅町に    多く作を残しています。    石工棟梁の銘がある作もあり尾道石工の中でも有力な     石工だったらしいです。 [続きを読む]
  • 白鳥神社・土居神社・恵比寿神社 周防大島
  • 白鳥神社・土居神社・恵比寿神社 周防大島西の入口海中の朱の鳥居大きな忠魂碑土居神社 由緒手前が土居神社拝殿小さな本殿南の入口グラウンドの端が参道宝永元年(1704)の鳥居鳥居前はグラウンド鳥居から参道参道の対浪速型文化九年(1812)捻りが入った良い姿です。阿形白鳥神社 拝殿由緒鬼瓦本殿本殿の龍恵比須神社恵比寿神社の小さな本殿恵比寿神社前を通ると海に出ます。 [続きを読む]
  • 生口神社 尾道市瀬戸田町(生口島)
  • 生口神社 尾道市瀬戸田町(生口島)向上寺の麓に鎮座石段中ほどから石段は以前から歪んでました。石段上の対豪雨被害のためか、現在は拝殿本殿の修復中です。山根屋工房作の玉乗り丸っこく造られています。尾道石工 山根屋源四郎     万延元年(1860)尾をピンと張った姿勢の良い玉乗りです。木が生い茂り海が見えづらくなっています。以前(2015年3月)に訪れた時平山郁夫画伯のスケッチのタイルも無くなっていました。川 [続きを読む]
  • 向上寺 三重塔 尾道市瀬戸田(生口島)
  • 向上寺 三重塔 尾道市瀬戸田(生口島)趣のある石垣ここらでやっと海が見える三重塔も見えます。              凝った造りの塔?                  地蔵                向上寺本堂向上寺は応永十年(1403)生口守平の開基。              愚中周及の開山により臨済宗の寺院として創建されたのに始まり、向上庵と号しました。                  [続きを読む]