takechan0312 さん プロフィール

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takechan0312さん: 地球ワーキングトラベラー見聞記
ハンドル名takechan0312 さん
ブログタイトル地球ワーキングトラベラー見聞記
ブログURLhttp://takechan0312.blog112.fc2.com/
サイト紹介文カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持つ私が海外の暮らし方や旅の情報をご案内します。
自由文永住権はどうやって申請するか、それ以外に海外に暮らしてみる方法など、過去の経験を活かしてご案内します。旅行した国はまだ110カ国、女性ひとり旅のコツなども紹介しています。
ただ今オーストラリアにいますが、この夏はまたアメリカに行って働くつもり、ただ今そのための就活中です。
ブログでときどきその状況もお知らせしたいと思っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供340回 / 365日(平均6.5回/週) - 参加 2010/03/10 12:02

takechan0312 さんのブログ記事

  • アフリカの伝統が残る工芸品
  • 歴史的な建物が多く残るチャールストンの街を歩いていると、童話の中にいるような気分になりました。アフリカの人たちが連れて来られて、暗く辛い時代もあったこの街ですが、パステルカラーに塗られた家々が並ぶ今の街は明るいです。シティーマーケットに行くと、チャールストンに住むアーティスト達の芸術作品を販売する店が多いです。芸術鑑賞を兼ねて訪ねるのも良いですよ。アクセサリー類から洋服など地元で生産されたものも多 [続きを読む]
  • アメリカ南部で見つけた「彼岸花」
  • 私は大きな屋敷は興味ありません。多分自分の手に届かないので、背丈に似合った建物が好きです。街を歩いて足元で見つけるような小さな発見が一番好きです。そのひとつが教会の横にあったお墓で見つけた「彼岸花」でした。どうしてこんなところに?それもわずか数本でしたが、真っ赤な花をつけていました。日系人が多いロサンゼルスやハワイでも見たことがありません。日系人の移民が少ない南部の地に彼岸花咲いているのが不思議で [続きを読む]
  • プランテーションの屋敷
  • サウスカロライナ州のチャールストンは、ふたつの川が合流する河口にあります。海岸線沿いに大きな屋敷がたくさんあり、プランテーション時代の名残を見るようです。今ではアパートやホテルに利用されていますが、値段が高くて庶民には手が届かないようです。中には博物館になっているところもあるので、その前を歩くだけで豪華な気分になれます。私は行く機会を逃してしまいましたが、(というか、その時は知りませんでした)春先 [続きを読む]
  • 民家のようなバッパー@チャールストン
  • アメリカの地方都市を訪ねると、ロサンゼルスやNYのような都会では絶対に味わえないような独特の文化を持った街があります。ニューオリンズやサンタフェが私にとってお気に入りの街でしたが、チャールストンもそんな街になりました。この街は昔の面影を保存しています。そして観光用に手を加えてありますが、きれいに改築しているのが気に入りました。バスターミナルからホテルまで歩く道、2〜3階建て住宅が続いています。白をベ [続きを読む]
  • 奴隷港だった街「チャールストン」
  • フロリダの州都ジャクソンビルに住む友人と連絡がつかなかったので、次はチャールストンに行くことにしました。本当は手前のジョージア州にあるサバンナにも行きたかったのですが、時間的に両方は無理があること、夜行バスではまだ夜中に到着するので、チャールストンまで行きました。ジョージア州のサバンナとサウスカロライナ州のチャールストンは、その昔奴隷の貿易港として栄えました。アフリカから連れて来られた奴隷たちが家 [続きを読む]
  • 40万人ありがとうございます。
  • シドニーに戻って10日が過ぎました。つい2週間前までヨーロッパにいたなんて、とっても信じられない状態です。一か月前まではアラスカ、すでの秋も終わり初冬の気候でした。毎日毎日雨が降っていましたが、いつになったら晴れるのかと思っていました。アラスカはすでに雪が降り始めたようです。これから昼間が短い長い冬がやってきます。仕事始めたころはまた「冬も来てください」と言われたけど、氷点下40度の所には戻れませ [続きを読む]
  • フロリダのトレイル
  • 次の日は「ちょっと歩くけど」と言われ、軽いピックニックランチを持って3人で出かけることにしました。アパラチアントレイルと言えば、アメリカ3大トイレル(自然遊歩道)です。北はメイン州から南はジョージア州まで約3500kmを結んでいます。ジョージア州はフロリダ州のお隣、トレイルは州境まで来ていませんが、フロリダの人達は繋がっていなくて、他の州と差別されるのが嫌なようです。フロリダトレイルというのがあっ [続きを読む]
  • アラスカで知り合ったマッディ―夫妻
  • 友達の家はオーカラの中心地から、車で30分位オーランドよりです。周辺は森が多く、牧場が多いそうです。オカラはアメリカの中でも、競走馬の生産地として知られています。有名なサラブレッドの生産地だそうで、アメリカに4か所、フランスに1か所特別な生産地として指定されています。マッディ夫妻と知り合ったのはアラスカのホテルで働いるとき。私はロビーにあるカフェで、マッディは隣にあるギフトショップ、ご主人のケニー [続きを読む]
  • グレイハウンド周遊の旅
  • 2010年アラスカで知り合った夫婦がオーランドの近くに住んでいました。連絡すると遊びにおいてというので、二日ほど彼らのお家にお世話になりました。友達夫婦が住むオカラは、オーランドから2時間ぐらいの所でした。グレイハウンドのバスターミナルで、バスの周遊券の手続きを済ませて、いよいよ周遊券の旅の始まりです。オーランドのバスターミナルは、セキュリティーがしっかりしているのか、予約のある人しか入れませんで [続きを読む]
  • フロリダで投資物件
  • 今回フロリダに来た目的は、不動産業者にあることでした。すぐに家を買う気持ちもありませんが、将来の投資として探していました。インターネットを見ていると投資目的に物件を紹介している会社がフロリダに至る所にあります。サイトを見て物件案内から管理までマネージメントしている会社を選びました。今回は物件をみるのではなく、エージェントの話を聞くのが目的でした。会社の住所の所までバスで行くと、若い男性が玄関を掃除 [続きを読む]
  • 歌舞伎町の居酒屋が好きなんです
  • 東京に来たとき必ず行く場所が、赤坂と東京でした。どちらも私がホテル時代に働いたので、思い出がいっぱい積もっています。ましてや赤坂は東京で初めて住んでいたところ、思い出何ていうものではなく、私の青春が詰まっているところです。でもお酒を飲むようになってからは、やっぱり安い新宿へ繰り出すようになりました。ましてや働き始めてからは、ここが私の生活の基盤になりました。「危ない」と言われている歌舞伎町も、海外 [続きを読む]
  • 新宿西口おもいで横丁
  • そのあと新宿であったのは、添乗員養成学校の同級生。そんな学校はありませんでしたが、添乗員エージェントが育成のために、セミナーを行っていました。もちろんたっぷりお金も取られましたが、研修旅行は社員のための旅行では、研修生よりスタッフの方が多いような、その分も私たちが払っていたのでしょうね。その時一番相性が合わなかった友達と今でも友人ですから面白いですね。その時仲の良かった友人とは疎遠になりました。こ [続きを読む]
  • 新大久保のコリアンタウンへ
  • その数日後はシドニー時代の友人と新宿プリンスで待ち合わせをしました。ここは私が一時期働いていたところ、毎日歌舞伎町へ繰り出していました。今日は昼間なので飲み会はありませんが、友達と食事をするために歌舞伎町を抜けて新大久保まで行ってみることにしました。私が働いていた頃も歌舞伎町の奥には、韓国人経営のクラブや食堂がありました。しかしコリアンタウンと呼ばれるほど韓国商店街にはなっていませんでした。それが [続きを読む]
  • 柔道整復師にマッサージしてもらったら
  • メグさんに会うと近くのコーヒーショップへ。もちろん私の好きなサイフォンコーヒーを飲みます。2人ともコーヒー好きなので話があいます。シドニーの感想を聞きながら過ごしました。今回の旅行の楽しみのひとつが、柔道整復師である和さんのマッサージ。「東京に来たら是非来てください」と彼の時間があくまで時間つぶしをしました。メグさんは以前事故にあい、その後遺症でたまにマッサージを受けるとか。家でやってくれないの? [続きを読む]
  • 「北池袋」を歩いてみた
  • 北池袋の改札での待ち合わせまで、ちょっと時間があったので、近所を歩いてスーパーに入りました。日本のスーパーは小さいけど、何でも欲しくなるものがあります。お弁当や惣菜コーナーはたまりませんね。その場で買って食べれるように、テーブルや椅子も用意してあります。私が東京に住んでいた頃には見かけませんでした。下町だから用意してあるのでしょうか?トイレも誰でも利用できるようです。私の海外の友人の中には、日本大 [続きを読む]
  • メグさんに会いに「北池袋」へ
  • 姉に空港まで送ってもらいました。そして東京へ行きますが、泊まるのは次女の姉がいる埼玉です。今回は東京での滞在は短いです。その間にシドニーで知り合った友人や、昔からの友人に会うのが楽しみです。一番の楽しみは先日シドニーで会ったばかりの、メグさんと和さんに会うことでした。お二人が旅をするのにブログを通して、情報をお知らせしたのがきっかけでした。和さんは柔道整復師、都内や埼玉にクリニックを持っています。 [続きを読む]
  • 初めての天草五橋
  • 天草1号橋を渡ると早速車を停めて食堂に入りました。ここで軽い食事と弁当の買い出し、さらにトイレ休憩も兼ねています。そしてお隣に行き魚の餌を買いました。この店は釣り竿から魚の餌まで、何でも揃っているお店でした。壁の黒板には今何処でどんな魚が釣れると詳しい情報が書いてありました。それに合わせて魚の餌や針なども、お店の人が教えてくれるようです。一部には地元で取れる魚も売っており、もし「ぼうず」だったら帰 [続きを読む]
  • 幼いころの思い出「長女姉と義兄」
  • 私が幼いころにある記憶のひとつが、「これからパーマやさんに行くから、一緒についてくるね?」と姉が尋ねました。その日は姉のお嫁入りの日でした。でもその日まで私は何一つ知りません。姉と一緒に私も髪をきってもらい、ちょっとだけ口紅もつけてもらいました。「姉ちゃん、何処か行くと?」「よかたい、遠くへは行かんけん」私はその日従兄と一緒に、三々九度の杯にお酒を注ぎました。「姉ちゃんば、泣かせんといてね」と言っ [続きを読む]
  • いつから邪魔者扱いですか?
  • 姉二人が東京に戻ってしまうと、私はお客さんではなく半分邪魔者。お世話になっている姉のでは、畑の仕事が待っていました。義兄は「最近イノシシが出る」と言って、食べられないように垣根を作ったり、姉は姉でいろいろと用事がありました。とっても田舎町なので、動ける足がないと行動できません。姉が何処かにいくついでに、乗せて言ってもらうだけです。私が学生の頃は路線バスもありましたが、人口過疎化とともに廃線になりま [続きを読む]
  • 実家で宴会ですが、、、
  • 翌日は父の見舞いに行った後、実家で集まることになりました。姉たちといるとお酒は飲めませんが、この時ばかりは気兼ねなく飲めます。兄には子供が三人いますが、長女は全く飲めません。次女は少し飲みますが、その日は運転手なので飲めません。2人とも旦那と子供たちを連れてきました。当時兄には10人の孫がいました。1歳から13歳までいるので、それはとっても賑やかでした。兄もお酒が大好きですが酔います。義姉は量は普 [続きを読む]
  • 4人姉妹の共通点
  • 義兄は食事が終わったら、さっさと眠ってしまいました。以前やっていたお茶畑は辞めましたが、農家の人は朝も夜も早いです。子供のように9時ごろには寝れません。10時から11時にならないと、体が眠たいと言ってくれません。義兄が寝たのでこたつには4人姉妹。お互いに話をするわけでもなく、皆で黙って夢中になっているものがありました。それは「数独」ことSudokuです。私に数独を紹介したのは三女の姉ですが、いつもオンラ [続きを読む]
  • 長女姉の家で
  • 病院の見舞いが終わると、街のスーパーで買い物をして、姉の家に行きました。義兄は3人兄弟の長男、お隣に弟さんが住んでいました。両親ともすでも亡くなっています。娘三人も結婚して家を出ているので、2人だけで暮らしていました。そんな姉の家に突然女性が3人もそれも妻の妹たちが来るのですから、久しぶりに賑やかになったかもしれません。いつも女ばかりの家族でしたが、娘たちは義兄と血のつながりがあります。血のつなが [続きを読む]
  • 父の看護できますか?
  • 父が入院している間は、食事からシャワーまで病院のスタッフが面倒みてくれます。まだ食事は自分でできましたが、シャワーもひとりでは入れませんでした。姉たちと見舞いに行っているときちょうど義姉も来ていました。父が食事が終わると、入れ歯を洗ってくれるように頼みました。ご飯が詰まっていると気持ち悪いのでしょうね。長女や次女の姉、それと義姉は、すぎに手をのぼしましたが、三女の姉と私は無理でした。長女の姉は義兄 [続きを読む]
  • 病院食は「まずかもんね」
  • 父は豪傑ではありませんが、戦争にも行った大正生まれですから、それなりに我慢強いですね。わがままは殆ど言わない人ですが、「病院食」はまずいようです。ご飯が少ないとか、納豆が小さいとか、自分の食べたいものを家族に頼んではそれなりに差し入れさせていました。お風呂大好き人間です。ところがシャワーは必ず看護さんの介添え付きだそうです。そのために二日に一度だけ、それもぬるいと文句を言っていました。時には裸にさ [続きを読む]
  • 父の見舞い
  • 私たちは姉兄がいる5番目の末っ子です。兄を真ん中に三人の姉がいます。長女が実家近くに住んでいますが、次女が埼玉、三女が東京にいます。もちろん長男の兄は実家ですね。今は甥が跡を継いでいますが、まだまだ兄が実権を握っているようです。甥には現在4人の子供がいます。父が生きていた頃は親子4代、現在では田舎でも珍しい大家族です。姉たちが東京から到着すると、町のある父の病院に行く前に、一度姉の家に立ち寄りまし [続きを読む]