讃州菴 さん プロフィール

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讃州菴さん: 讃州菴
ハンドル名讃州菴 さん
ブログタイトル讃州菴
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/hyper_2010
サイト紹介文讃岐善通寺周辺のちょっと昔を探検してみよう。善通寺・旧陸軍第十一師団・琴平参宮電鉄など。
自由文古くは弘法大師空海が誕生した善通寺を中心とした門前町として、戦前は陸軍第十一師団を中心とした軍都として、戦後は昭和38年迄、走っていた琴平参宮電鉄沿線の商都として魅力ある街「善通寺市」、ご覧あれ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供3回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2010/03/23 03:39

讃州菴 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • コキア(讃岐まんのう公園)
  • 今日、讃岐まんのう公園へ、今話題のコキアを見に行きました。茎などが乾燥したあと、ほうきとして使ったことから、「ホウキギ」、「ホウキグサ」とも呼ばれる。コスモスもしっかり咲いてました。平成30年10月撮影。←川津はな菖蒲園 一般公開【坂出市川津町】 お読み下さり、ありがとうございます。ブログランキングに参加しています。下のボタンのどれか一つ押して下さればとても嬉しいです。。 [続きを読む]
  • 川津はな菖蒲園 一般公開【坂出市川津町】
  • 今年も坂出市川津町にある川津浄水場で、川津はな菖蒲園が一般公開されている。期間は、平成30年6月1日〜14日までの2週間。近くには、臨時駐車場も設置されており、場内には、出店(でみせ)もあり、傍らにはカラオケ大会も催されており、ちょっとした祭りという感じ。平成30年6月撮影。→コキア(讃岐まんのう公園)←スモークツリー【木田郡三木町】 お読み下さり、ありがとうございます。ブログランキングに参加しています。下 [続きを読む]
  • スモークツリー【木田郡三木町】
  • 香川県木田郡三木町のとあるパン屋で見つけた、スモークツリー。ケムリノキと呼ばれるこの木は、ほんとに不思議な花。平成30年6月撮影。→川津はな菖蒲園 一般公開【坂出市川津町】←丸亀城についての記事(四国新聞) お読み下さり、ありがとうございます。ブログランキングに参加しています。下のボタンのどれか一つ押して下さればとても嬉しいです。。 [続きを読む]
  • 丸亀城についての記事(四国新聞)
  • 平成29年6月10日(土)の四国新聞、一日一言の記事(引用) 丸亀市内を車で走ると、普通に視界に飛び込んでくる。そのランドマークを見るたび、外国に住む日本人観光客との会話が思い出される。「京都もいいが、丸亀城の桜は必ず見に来るんです」。 丸亀城には市民のほか、大勢の観光客が訪れている。しかも外国人観光客の姿が目立つ。約400年前、標高66メートルの亀山に築かれた平山城には桜や「ニッカリ青江」だけでなく、多く [続きを読む]
  • 旧楽天堂病院【多度津町大通り】
  • 平成26年10月撮影。平成29年5月撮影。仲多度郡多度津町大通りにある現在、贈答品店フロンティアとして使われている建物です。大正元年、楽天堂病院として建築。のち、木谷歯科医院として、町民に慕われた。玄関上に、「Lakutendo-hospital」の文字がはっきり見える。下の写真より、看板建築であることがよく分かる。←栗林公園の夜桜 お読み下さり、ありがとうございます。ブログランキングに参加しています。下のボタンのどれか [続きを読む]
  • 栗林公園の夜桜
  • 芙蓉峰より心配していた雨もやみ、満開の桜を観る事ができて、大満足。栗林公園では、今ライトアップをしていて、2日延長して、4月11日まで観る事ができる。日本の春、やっぱり花見だぁ。→旧楽天堂病院【多度津町大通り】←丸亀城 延寿閣別邸 その2 お読み下さり、ありがとうございます。ブログランキングに参加しています。下のボタンのどれか一つ押して下さればとても嬉しいです。。 [続きを読む]
  • 丸亀城 延寿閣別館 その2
  • 以上、平成26年5月撮影。丸亀城三の丸に延寿閣別館がある。以前投稿したが、再度記す。昭和8年に丸亀藩京極家六代藩主京極高朗公の隠居部屋であった「延寿閣」とこれに連なる貴賓室の別館が建築された。「延寿閣」は、昭和60年老朽化の為、解体されたが、今残る「延寿閣別館」は、麻布にあったもと京極家江戸藩邸の建物の一部を移築したもの。内部は、天井・長押・欄間など、そして、庭からは、絶景を見渡すことができる。以上、平 [続きを読む]
  • 『勝地讃岐と其産業陣営』(香川新報社、昭和8年)序
  • 書物、本の始まりには、本文(本編)の前に、はしがき・まえがき・序と称する一文がある事が多い。著者のその書物への意気込み、本文のへの思いが一杯詰まっている。このブログで多く引用している『勝地讃岐と其産業陣営』(香川新報社、昭和8年)の序文を紹介する。旧漢字は、現漢字に改めているので、ご了承下さい。 産業は国の力である、国の力を如実に有効に働かせて行くものは経済である、古往近来苟も経済を閑却して国の栄 [続きを読む]
  • 古代日本 山と海の関係
  • 大和国(やまと)、そして大和国から背になる所に山背国(やましろ、山城)山背国から西は、山陰道、山陽道へと繋がる。東に目を転ずれ東山道へ繋がる。他の行政区画としては、西海道、東海道、南海道がある。この山と海は、何かを暗示しているのでは?特に山陰道と山陽道っていうことは、ここが山本体?ということか。では、西海道、東海道、南海道は、何の西で、何の東で何の南だろうか。もちろん海であろうが、海本体がどこか判 [続きを読む]
  • 過去の記事 …