万軍の主ヤハウェ さん プロフィール

  •  
万軍の主ヤハウェさん: 聖書の神、万軍の主ヤハウェ
ハンドル名万軍の主ヤハウェ さん
ブログタイトル聖書の神、万軍の主ヤハウェ
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/petero_rom
サイト紹介文わたしは、イエス・キリストの父ヤハウェである。
自由文私は、汝らの上に、ヨハネの黙示録に記されている、火と硫黄の燃える地獄を降らせよう。
この火は、真に正しい者には何の禍ともならない。
しかし、偽る者には、永遠の裁きの地獄となる。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供250回 / 365日(平均4.8回/週) - 参加 2010/04/14 03:43

万軍の主ヤハウェ さんのブログ記事

  • 大般涅槃経 迦葉菩薩品 第十二-50
  • 大般涅槃經卷第三十六 北涼天竺三藏曇無讖譯 迦葉菩薩品第十二之四善男子よ、如来や仏性にはあるものとないものがあります。有るものとは、三十二相、八十種好、十力、四無所畏、三念処、大慈大悲、首楞嚴などの無量三昧、金剛などの無量の三昧、方便などの無量三昧、五智印などの無量の三昧、これらがあるものなのです。では如来にないものとは何かと言えば、過去の諸善、不善、過去現在の因果の報い、煩悩、五陰、十二 [続きを読む]
  • 大般涅槃経 迦葉菩薩品 第十二-49
  • 善男子よ、如来は人々を教えるために、七種の説法をします。これは、原因・結果・因果・比喩・不応・世に流布させる・そして如意語の七種です。原因とはどういう事かと言えば、今、こういう事をすれば未来に於いてこのような結果を得ると言う説法です。たとえば、殺戮を楽しむことは邪見の一種であり、この人は地獄に堕ちる。殺戮を邪見と見る者は、天国に至ると言うような説法です。では結果とはどういう事かと言えば、現状は過去 [続きを読む]
  • 大般涅槃経 迦葉菩薩品 第十二-48
  • では、随自他意の説法とはどのようなものかと言いますと、物事の種類によっては、世間の知者があると言うことを、わたしもあると言います。世間の知者がないと言うことを、わたしもないと言います。たとえば、世の知者は、【五欲の楽は存在するが無常であり、苦も同じである】と説きます。これは、わたしも同じです。しかし、世間の知者は、そこから、常なる五欲の楽を探し求めるのです。わたしはこれに対しては、不浄と切り捨てる [続きを読む]
  • 大般涅槃経 迦葉菩薩品 第十二-47
  • 善男子よ、十二部経には随自意、随他意、随自他意の別があります。随自意の説法とはどのようなものかと言えば、昔、五百比丘が舎利弗に質問しました。『先生、お釈迦さまは、身体とはどのようなものだとおっしゃっているのでしょうか。』舎利弗は答えました。『皆さま方も正しく解脱していらっしゃるのですから、それくらい分かるでしょ。 どうして、そのような事を問われるのでしょうか。』ある比丘はこのように語りました。『先 [続きを読む]
  • 大般涅槃経 迦葉菩薩品 第十二-46
  • 善男子よ、これが一切衆生と仏性との関係と同じなのです。一切衆生に仏性があると言うのは執着。仏性などないと言うのは虚妄となるのです。ですから、智者は衆生に仏性があるとも無いとも言えないと言う立場をとるのです。善男子よ、眼識は四事が和合しないと存在しません。第一が眼であり、第二が見る対象であり、第三が明かりであり、第四が見ようと言う意志なのです。ここから言えるのは、眼識とは、眼でもなければ、対象でもな [続きを読む]
  • 本物の火の鳥を制御する
  • 本物の火の鳥を制御する 今のあなたには、本物の火の鳥を制御することはできません。今、あなたの許に遣わしてある火の鳥は、あなたの守護神が、火の鳥、場合によっては光の鳩の姿をとっているのです。つまり、実際には、光の鳩とか火の鳥があなたの守護をしているのではなく、あなたの守護者が光の鳩とか火の鳥に化けていると言った方が正確なのです。 カトリックに三羽遣わしてあるのですが、これも実は、カトリックの守護神に [続きを読む]
  • 大般涅槃経 迦葉菩薩品 第十二-45
  • 「お釈迦さま、世の人々は乳の中に酪があると言いますが、これに対してはどうでしょうか。」「善男子よ、乳の中に酪はないと言えば虚妄となり、乳の中に酪があるとすれば執着となります。つまり、これも、どちらかであると断言できない物事なのです。確かに酪は乳から生じます。つまり、乳と言う種が酪と言う果実を生んだと言えるのでこのように考えると、あるとなります。しかし、乳と酪は、味も違えば効能も違うのです。乳は体を [続きを読む]
  • 大般涅槃経 迦葉菩薩品 第十二-44
  • また、仏性とは内にあると語ることもあれば、外にあると語ることもあります。力士の額の上の宝珠というたとえは内にあることを示し、貧者の宝蔵と言うたとえは外にあることを示すたとえです。これらは全て方便であり、衆生にとって仏性とは、外にあるとも内にあるとも言えるからなのです。このどちらでもないがどちらでもあると言う状態が中道なのです。また、善男子よ、衆生の仏性は有でもなく無でもありません。これゆえ、仏性を [続きを読む]
  • 平和とは
  • 平和とは 創価学会は【平和】こそ大事と語る。そして、公明党も【平和】が大切だから憲法九条を守れと言う。 わたしは、『いくら平和と言う文言を唱えても、実際に平和になるわけではない』と理証、現証を示している。 また、【『平和を掲げてご供養しましょう。』と涅槃経にて誓っている者がいる。それは誰かと言えば、第六天の魔王波旬なのだ。もし、涅槃経が聖典であるならば、涅槃経の語句に示されている通りの行動をしている [続きを読む]
  • 大般涅槃経 迦葉菩薩品 第十二-43
  • また、善男子よ、わたしは、仏性とは三十二相八十種好の金剛の身を持つ如来であると語ります。しかし、そんなことは有り得ないと考える者たちもいます。しかし、これも嘘でもまやかしでもありません。なぜ、これが真実になるのかと言えば、仏性とは、十力であり、四無所畏であり、大慈大悲であり、また、三念処首楞厳などのすべての三昧でもあるのです。これらの三昧がすべての物事に通じるので、これを三十二相八十種好の金剛の身 [続きを読む]
  • 大般涅槃経 迦葉菩薩品 第十二-42
  • 迦葉菩薩はお尋ねしました。「お釈迦さま、つまり、五種、六種、七種の仏性が未来に於いて現れると言うことなのですね。では、善根を断つ者こそ仏であるとはどういう意味なのでしょうか。」「善男子よ、すべての衆生には過去の業があります。そして、人は現在その過去の業の結果を受けているのです。現在の業は未来の果となり、未来の業は更に未来の果となるのです。このようにどこまでいっても、煩悩による業も果も尽きることが有 [続きを読む]
  • 大般涅槃経 迦葉菩薩品 第十二-41
  • 「ではお釈迦さま、『人の内心の過去現在未来を原因とし、人の内心の過去現在未来を結果とするが、 これは過去でもなく現在でもなく未来でもない』とはどういう事なのでしょうか。」「善男子よ、あなた自身の内心の動きが、過去・現在・未来に影響を与えると言う意味と、あなた自身の内心が、過去・現在・未来の結果であるという二面があると言う意味です。さて、これが過去でも現在でも未来でもないとはどういう事かと言えば、一 [続きを読む]
  • 大英帝国御中-9
  • 人心をまとめる七種の政治形態 貴殿らは、政治形態はいくつあると考えておられるか。おそらく、民主、独裁、共産などを政治形態として数え上げられるであろうが、わたしは人心を掌握していく方法を七種に分類する。この分類基準はこうである。 第一位  霊的な者たちを統制することにより人心を安定させる方法(ヨハネの黙示録) 第二位  コーランの原理により人心を安定させる方法(真のムスリム社会) 第三位  法を定め施行 [続きを読む]
  • 大英帝国御中-8
  • この時から、既に三十年程度は経過している。以前には、まったく理解できなかったことも、今は、理解できるようにもなっている。たとえば、ヨハネの黙示録に関しても、多くの人が解説しているが、誰ひとりとしてヨハネの黙示録の中に聖書の神を見たと言う者はいなかった。あれほど、明確に見えたと言うのに、どうして他の人には見えないのか。また、逆に、ヨハネの黙示録の解説者の多くが語る、おどろおどろしいものはわたしには [続きを読む]
  • 大英帝国御中-7
  • ヨハネの黙示録 聖書系列の最高経典は、コーランではない。聖書の最後に載っているヨハネの黙示録と言う短文である。コーランまでであれば、解く者が現れても何の不思議もない。しかし、コーランを一瞬で解く者がいたとしても、ヨハネの黙示録を解くことは出来ない。これは不思議な文章で、百人がこれを予言書として覗き込めばそのすべての予言が当たる。千人がこれを予言として覗き込めばその全てが当たる。万人であろうが、億人 [続きを読む]
  • 大英帝国御中-6
  • では、コーランとは何かを説明していこう。貴殿らは聖書ではJHVHなのに、なぜ、コーランではアッラーなのかと疑問に思われたのではなかろうか。実は、ここにコーランの最大の意味がある。この意味に気付けば、実はコーランは意外と簡単に解ける。 コーランを要約すれば、『すべては、アッラーの神権によるのであり、人は何一つ定めることは出来ない。』程度の言葉となる。これを、もしJHVHの名で示したらどうなるのか。『 [続きを読む]
  • 大英帝国御中-5
  • コーランとは何か 律法や福音ならば、誰にでも分かると思うのだが、それでも、4000年もかけて一人しか分かる者は出てこなかった。コーランはさすがに、律法や福音ほど簡単なものではない。これは、最初からわたし自身が説き明かすために、先に世に伝えさせたものなのだ。内容が分かるものであれば、これを後の世まで伝えるのは、まだ容易い。しかし、内容が全く分からないものを後の世まで伝えることは難しい。これを伝えるた [続きを読む]
  • 大英帝国御中-4
  • 福音とは何か 福音は律法の意味そのものなのだ。つまり、律法の意味が分かれば福音も分かる。また、律法の意味など分からなくとも福音は分かると思うのだが・・・・本当に貴殿らは、こんな簡単なことが分からないのか。わたしが思うに、昔のキリスト教徒は意味を知っていたのではないか。簡単に言えば、【イエスをこの世の王とし、すべての人は王の言動に倣え】と言うことなのだ。【すべての人は、イエスの如くあれ】としていけば [続きを読む]
  • 孫子の兵法
  • 孫子の兵法ですか・・・・ ものすごく内典的な兵法ですね。 少し解説いたしましょう。 孫子の兵法は、味方の将兵の心も敵の将兵の心も読む事が基本となっています。言ってみれば知恵の兵法書なのです。自分に自我意識が強いと、味方の将兵の心や敵の将兵の心は読む事が出来ません。完全に読むためには無我の境地に至る必要があるのです。 ここまでは、わたしや日蓮如来も孫子と同じです。ここからが少し違う。たとえば、わたしには [続きを読む]
  • 他人のふり見て、我がふり直せ
  • 他人のふり見て、我がふり直せ まぁ、韓国に関しては『勝手にしろ!!!』程度の感覚になっています。しばらく、放置しておきましょう。福沢諭吉ではないが、そう簡単には治らない。中国も似たようなものかな。中国共産党は、考えは足りない。でも・・・何がしたいのかは分かるから、韓国よりは多少はましかな・・・・ 韓国はいったい何がしたいのかも・・・さっぱりわからない。 これは昔から同じです。パククネ大統領は信じ [続きを読む]
  • 大英帝国御中-3
  • 律法とは何か 人は、『律法を守れ』と言う。『なぜなのか』と聞けば、『神が定めた決まりだから』と答える。そして、次には、『律法にはこのように定められている』と守るべき決まりを語り始める。聖書を多少知っていれば、十戒により人殺しが禁止されていることも、その十戒を人々に示したモーセが人殺しをしたことも知っている。『これはなぜなのか』と誰もが疑問に思うはずなのに、これに対する明確な回答が出来る者はどこにも [続きを読む]
  • 大英帝国御中-2
  • 聖典の真意 前置きが長くなったが、本題に入ろう。今の世の中では、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒等々が宗教の種別により反目しあっている。そればかりか、同じキリスト教徒同志であっても、カトリックとプロテスタントと反目しあう。同じ、イスラム教徒同志も、シーア派とスンナ派と分裂し反目しあう。なぜ、このように反目しあうのか。すべての宗教が、自分たちこそ正しいと考えるからである。コーランにはこのように [続きを読む]
  • 大英帝国御中-1
  • 大英帝国御中 大英帝国首相御中         わたしがイエスの父ヤハウェである メイ首相の言動をお聞きして、何やら迷っておられるように感じた。これゆえ、このような手紙を認める次第である。人は、世界はどの方向に向かっていくのだろうかと考える。しかし、人類自体が生き残る道は一つである。【この方向に進まなければ、人類に未来はない】と言うたったひとつの道が存在するのだ。この一つの道は《人類は何のために存在 [続きを読む]
  • 大般涅槃経 迦葉菩薩品 第十二-40
  • さて、菩薩には段階があります。九住の菩薩は、常とは何か、善とは何か、真理とは何か、何が実体なのか、清浄とは何なのを知り、物事を見極める力を持つのが九住の菩薩なのです。これは、つまり、過去・現在・未来は仏性の因となるが仏性に至れば、それらが常住不滅となることを悟り知っているのが九住の菩薩なのです。八住から六住の菩薩は、何が真理なのか、何が実体なのか、何が浄なのか、何が善なのかを知り、そこより物事を見 [続きを読む]
  • 大般涅槃経 迦葉菩薩品 第十二-39
  • 善男子よ、諸仏如来の説法には、随自意の説法があります。たとえば、『如来は十力であり、四無所畏であり、大慈悲であり、三念処首楞嚴などの無数の三昧を極め、三十二相、八十種好、五智などの印があり、三万五千に及ぶ三昧、更に絶対崩れることのない定めを知っており、衆生を導くために無数の方便の法門を語る。これが仏であり仏性なのだ。仏性には常・我・楽・浄・真・実・善の七事がある。』このような説法も分別答の一種です [続きを読む]