島の医者になって さん プロフィール

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島の医者になってさん: 島の医者になって、た頃もあった
ハンドル名島の医者になって さん
ブログタイトル島の医者になって、た頃もあった
ブログURLhttp://white.ap.teacup.com/simanoisya/
サイト紹介文京都から五島列島の奈留島の医者になって10年以上、また京都に帰ってきましたが。
自由文ブログ名と解離したブログになってしまいました。
奈留島131ヶ所ゴミ箱霊場巡り・奈留島百人一首などのシリーズ物の最新は天皇陵巡り、快調に進行中です!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供112回 / 365日(平均2.1回/週) - 参加 2010/04/14 21:33

島の医者になって さんのブログ記事

  • 30−1敏達天皇
  •    [画像] 桜も終わり、1ヶ月ぶりぐらいの、忘れられたかもしれない天皇陵巡りに戻ります。 第29代欽明天皇は7人の妻に最大28人の子供を産ましていると書いて来ました。その内皇后の石姫皇女(イシヒメノヒメミコ)は、箭田珠勝大兄皇子(ヤタノタマカツノオオエノミコ)・渟中倉太珠敷尊(ヌナクラノフトタマシキノミコト)・笠縫皇女(カサヌイノヒメミコ)の3人の子を産みました。長男は夭折したので、第2皇子のヌナクラノ [続きを読む]
  • 大吉
  •    [画像] 7〜8世紀の天平時代に大陸から伝わった三大染色技法1.臘纈(ロウケチ):ロウで生地を防染する、いわゆるろうけつ染め2.纐纈(コウケチ):生地を手で括ったり縫ったりして防染する、いわゆる絞り染め3.夾纈(キョウケチ):板で生地を挟んで防染します。 あまり聞きなれない3.の夾纈は、難しいので途絶えてしまった技法です。    [画像] この夾纈を現代に蘇らせた職人芸術家が、私の古い友人なのが、私の [続きを読む]
  • お七夜
  •   [画像] 金曜日、娘を見舞ったついでに、近くでやってるターナー展に行きました。 展覧作品も多くなく、その分楽に観れました。まずまず良かったですが、漁師の船や波の絵を見るだけで、なんとなく奈留島を思い出しました。   [画像] 夕方会食の前に、雨の哲学の道の桜をちょっと鑑賞。人はさすがに少なかったですし、桜もほぼ終わりで、疎水を花びらが流れていました。   [画像] 土曜日、早くも娘と孫は退院です。孫 [続きを読む]
  • 最後の桜
  •    [画像] 火曜日、散っているかと思っていた老人ホーム庭の枝垂れ桜、まだ満開でした。   [画像] 次男が送ってくれた、仁和寺の遅咲きの御室の桜も、今年はもう満開です。孫?−2も1年生になります。   [画像] おかげさまで孫?−1もミルクの飲みも良く、順調そうです。奈良平城京のゆるきゃら「せんとくん」に似ています。耳介の恰好が複雑で綺麗でしょと、早くもじじ馬鹿ぶり発揮です。  [画像] 水曜日朝は重 [続きを読む]
  • 桜まだまだ満開
  •    [画像] 日曜日、3人で朝の散歩は近くの疎水を歩いて生協まで買い物に。疎水の桜は、そろそろ散り始めです。   [画像] 前を歩く親子連れの背にも、桜吹雪が舞っていました。後ろ姿では判りにくいですが、右の娘さんは次の日には母親になっていました。 日曜日は4月1日、月が替わると3月のツキも落ちて、競馬はまったくはいらなくなり、阪神は連敗です。   [画像] 月曜日、朝の通勤は自転車でちょっと寄り道して [続きを読む]
  • 4人目
  •   [画像] 1週間以上予定日より遅れて、やっと娘が無事に孫を産んでくれました。今までの3人の孫は、遠く離れた島にいる時に産まれたので、あまり心配しませんでしたが、今回は出産前から家に居て、しかも初の外孫ということもあって、私なりに心配していました。 身長50cm以上で体重も3000?以上と、元気に泣いていたので、一安心です。娘も元気に、もう授乳さしていました。今日は仕事も早く終わる日なので、私の子供 [続きを読む]
  • 桜満開
  •    [画像] 木曜日朝、伏見の老人ホームのベランダからの桜は満開。今週は寒くないを通り越して、暑いぐらい、チョッキも脱いでしまいました。   [画像] 老人ホームの庭の桜も、2日前の火曜日にはまだまだだったのに、もう満開近く、来週行った時にはもう散ってるかも。  [画像] 昼からは町に戻って往診の仕事、先週はまだ蕾だった同志社大学の桜は、満開どころか少し花びらが舞っていました。  [画像] 金曜日、イン [続きを読む]
  • 桜咲きだしました
  •    [画像] 今週から京都は暖かくなってきました。月曜日、自転車で出町にある診療所まで通勤です。鴨川の土手はまだ桜満開ではありませんでしたが、診療所近くにある本満寺の枝垂れ桜は満開で、なかなか立派です。この本満寺、何故か山中鹿之助の墓があるようですが、私はまったく知らなかった京都のお寺です。この数年ネットの世界で有名になったそうで、外国人を含む10人以上の人が、平日朝8時前から観光に来ていました。 [続きを読む]
  • 桜はまだ
  •  [画像] 先週はまだ寒かったですが、今日(土曜日)からは京都も少し暖かくなってきました。木曜日は雨、東京は雪が降っていたようですが、通勤途中の同志社大学の桜もまだ蕾。  [画像] 金曜日、車のタイヤもノーマルタイヤに戻しました。早咲きの京都出町の桜は、花びらがもう落ちています。  [画像] 散歩途中の庭の桜で咲いてる所もありましたが、   [画像]鴨川の土手は、まだまだ蕾でした。   [画像] 土曜日の今日 [続きを読む]
  • 日本料理藤井
  •   [画像] 2月に京都銀閣寺の近くで、次男の幼稚園の同級生が日本料理の店を開きました。    日本料理藤井 です  [画像] 何故か馬があって、ずっと家族ぐるみで付き合って35年ぐらい、よく家族でスキーにも行って、「こんな急斜面降りられへん!」と言ってた子供がもう40歳の立派な料理人です。   [画像] 最初に出汁が出て、これを飲んであじあうのがこの店の流儀です。その後に、山椒が効いてるアナゴです。  [続きを読む]
  • 29−4欽明天皇皇孫吉備姫王
  •  [画像] 前回の大伴皇女の項で、第29代欽明天皇と堅塩媛との間の子供、兄弟姉妹13人を列挙しましたが、その内の一人に桜井皇子(サクライノミコ)の名前がありましたね。この六男桜井皇子が誰かと結婚して産まれたのが、今回の吉備姫王(キビヒメノオウキミ)ですので、欽明天皇の孫娘になり、蘇我稲目からの蘇我の血が入っています。    [画像] この吉備姫王が第30代敏達天皇の皇子押坂彦人大兄皇子(オシサカノヒコヒトノ [続きを読む]
  • 29−3欽明天皇皇女大伴皇女
  •    [画像] 今後紹介予定の第34代舒明天皇(ジョメイ)の押坂内陵(オサカノウチノミササギ)は、奈良県桜井市の南、忍阪街道(オツサカカイドウ)沿いにあります。この辺りは、近江の豪族で天皇家とも深くつながっている息長氏(オキナガウジ)の大和での拠点だったと考えられています。 この陵の手前より、右の方に続く道がありましたので、これを進みます。   [画像] ここは万葉の香り溢れる場所で、万葉ファンのレジェント犬 [続きを読む]
  • 29−2欽明天皇皇后石姫皇女
  •   [画像] 石姫皇女(イシヒメノヒメミコ)の父は第26代継体天皇と目子媛(メノコヒメ)との間に産まれた第28代宣化天皇、母は第24代仁賢天皇と第21代雄略天皇の娘である春日大娘皇女(カスガノオオイラツメノヒメミコ)との間に産まれた橘仲皇女(タチバナノナカツヒメミコ)なので、女系繋がりでなんとか仁徳王朝の血をひいています。 同母妹の3人と共に第29代欽明天皇に嫁ぎました。  [画像] 欽明天皇との間に男2人・ [続きを読む]
  • 29−1欽明天皇
  •   [画像] 古事記には、アメクニオシハルキヒロニハノスメラミコは大和に師木島(シキシマ)の大宮を造り、天下を治めた。宣化天皇の娘イシヒメ命を妻として、敏達天皇など3人の子を、妻の妹ヲイシヒメ命にも1人の子を産ませ、家臣の子糠子郎女(ヌカコノイラツメ)との間にも3人の子をもうけています。又、蘇我稲目の娘キタシヒメも妻とし、用明・推古天皇など13人の子を産ませ、稲目のもう一人の娘ヲエヒメとの間にも崇峻天皇 [続きを読む]
  • お年玉商品
  •    [画像] 今年の年賀葉書のお年玉、ちょっと確率悪く、3等お年玉切手シートが3枚当たっただけでした。少なかった幸せを贈ってくれた人は、若い時に神戸の病院でお世話になった上司の外科部長、島に行く前に働いていた病院の看護婦さんが2人でしたので、3人には恒例の礼状を書きました。  ありがとうございました!   [画像] 切手シート、ずっと前回の「子」から集めていましたが、残念ながら昨年が喪中だったので、 [続きを読む]
  • 28−1宣化天皇
  •    [画像] 第26代継体天皇と目子媛との間に産まれた第2子で、古事記では建小広国押楯命(タケヲヒロクニオシタテノミコト)・日本書紀では檜隈高田皇子(ヒノクマノタカタノミコ)と書かれ、兄の第27代安閑天皇の同母弟になります。   [画像] 兄の安閑天皇には子がいなかったので兄の死後、檜隈廬入野宮(ヒノクマノイオリノミヤ)(奈良県明日香村)で即位し第28代宣化天皇(センカ)になりました。 旧臣であった大伴金村と [続きを読む]
  • 27−1安閑天皇
  •   [画像] 古事記の安閑天皇(アンカン)の章はかなり短く、ヒロクニオシタケカナヒノミコトは大和の勾金箸宮(マガリノカナハシノミヤ)(奈良県橿原市)を造り、陵は河内の国古市の高屋の村(大阪府羽曳野市)にあると書いてあるだけでした。   [画像] 父親の第26代継体天皇がまだ越前にいた頃に、尾張の目子媛(メノコヒメ)との間に産まれた第1子、広国排武金日天皇(ヒロクニオシタケカナヒノスメラミコト)は越前の岡太神社(オ [続きを読む]
  • 京都マラソン
  •   [画像] 今日は京都マラソンの日、くねくねと京都の観光地や鴨川の河川敷を走るコースで、私の家の前の北山通りも折り返して走ります。車では出られない日になったため、1日家に居ました。 通りに出たら、この一番の人はもう折り返してきていましたが、結局一番は違う人だったようです。   [画像] 冬季オリンピック、フィギアはあまり好きでないので、羽生選手が勝ったより羽生さんが藤井君に負けた方が、私にとってはビ [続きを読む]
  • 今年のバレンタイン
  •   [画像] 今年のバレンタインデイ、特に盛り上がらずに終わってしまい、貰ったチョコも年々少なくなってきています。 それでも診療所の看護婦さん一同からのチョコレートと、娘の嫁ぎ先のお母さんがわざわざ家まで持って来てくれた温めるととろけるチョコケーキの2個は確保しました。 ありがとうございました。   [画像] 先日五島列島に行った時に、奈留診療所の若い同僚医師から貰ったガンダム、プラモデルより上等な超 [続きを読む]
  • 明日香へ輪行2.
  •    [画像] 昔から有名だった(昭和2年史跡指定)酒船石(サカフネイシ)、小高い丘の上にある長さ5.5?の石です。酒を搾る槽とも、薬を作る装置とか、水を流して占いをする道具とも言われてきました。初めて実物を見ましたが、人工的な溝があるとしかコメント出来ません。   [画像] 酒船石が頂上にあった丘の麓に、最近(平成12年)話題になった酒船石遺跡があります。天皇陵巡りのついでに行くにはもったいないかもしれませ [続きを読む]
  • 五島に行きました2.
  •   [画像] 奈留島到着の夜、家内は女子会の宴会で「一番亭」に、私は病院の男ばかりの同窓会的宴会に「華」に行き、いつも以上に焼酎を飲んでしまいました。 2日目はブラブラ奈留島散策、マスクをしてる島民が多いいですが、まだまだ声をかけてもらえます。奈留島121ヶ所ゴミ箱霊場観光巡りの第1番札所北川豆腐店横のゴミ箱もだいぶくたびれてきていますし、豆腐店も解体され駐車場と畑に変わっていました。   [画像]  [続きを読む]
  • 五島に行きました1.
  •    [画像] 五島に夫婦で行ってきました。いつもの金・土・日の3連休を利用して、2泊3日の旅です。京都ー博多は地下鉄と新幹線、福岡空港ー五島つばき空港はボンバルディア、福江ー奈留島間はニュータイヨウかフェリーオーシャンで、予定を組んで行きました。  [画像] 行の天気は良いとは言えませんが、無事に福江島も雲の下に見えてきて、私が名付けた福江のダイアモンドヘッドも見えています。 [画像] 奈留島に行く船 [続きを読む]
  • 皆既月食
  •   [画像] 昨日1月31日21時前、皆既月食が始まりました。風呂もいつものように入り終わり、寝間着姿ですので、2階の窓から首をのばして撮影しました。  [画像] いつもならそろそろベッドに入る時間ですが、コートをはおって外に出て、小さい三脚で固定しながら撮りました。地球の線がくっきり出てきましたが、私が手を振っても影には出てきません。  [画像] 月が赤くなるのを楽しみに待ちますが、赤になりません。外 [続きを読む]
  • 明日香へ輪行
  •    [画像] 冬の比較的暖かい日、久しぶりに勇気を出して、奈良の明日香へ輪行です。朝早くの空いてる地下鉄に乗って、近鉄に乗り換えて、奈良の近鉄桜井駅で下車、自転車を組み立てて出発です。 本来の目的は天皇陵巡りですが、それはまた後程書くとして、この回は明日香周辺の石造物を紹介します。   [画像] 二つほど天皇陵を巡って、東の方の山側から自転車で明日香まで降りて来たところで、飛鳥資料館が目に入ったので [続きを読む]
  • 26−2継体天皇皇后手白香皇女
  •    [画像] 父親は第24代仁賢天皇、母親はその皇后で第21代雄略天皇の娘で第22代清寧天皇の同母姉である春日大娘皇女(カスガノオオイラツメノヒメミコ)、その間に産まれたのが 手白香皇女(タシラカノヒメミコ)です。 その陵は山辺道(ヤマノベノミチ)から少し外れて山の方に、なんの案内看板もなく、柿畑?の中の畑道を抜けた先にありました。*余談ですが、母親の春日大娘皇女は雄略天皇と采女が一夜で身籠って生まれた [続きを読む]