島の医者になって さん プロフィール

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島の医者になってさん: 島の医者になって、た頃もあった
ハンドル名島の医者になって さん
ブログタイトル島の医者になって、た頃もあった
ブログURLhttp://white.ap.teacup.com/simanoisya/
サイト紹介文京都から五島列島の奈留島の医者になって10年以上、また京都に帰ってきましたが。
自由文ブログ名と解離したブログになってしまいました。
奈留島131ヶ所ゴミ箱霊場巡り・奈留島百人一首などのシリーズ物の最新は天皇陵巡り、快調に進行中です!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供104回 / 365日(平均2.0回/週) - 参加 2010/04/14 21:33

島の医者になって さんのブログ記事

  • 番外 藤原宮子
  •     [画像] 奈良市の北、すなわち平城京から少し北の丘陵地にも、古墳や陵がたくさん並んでいます。東大寺の北西方向にある鴻ノ池運動公園の駐車場に車を停めて、元明・元正・聖武天皇陵と共に、藤原宮子(フジワラノミヤコ)の墓と言われる佐保山西陵(サホヤマノニシノミササギ)の七ツ石(ナナツイワ)を訪ねました。 この陵はその横に出来た遊園地、写真の雪岩山で有名だった奈良ドリームランドの開発に伴って、破壊されたよう [続きを読む]
  • 42⁻2草壁皇子
  •     [画像] 明日香から西南地域の山には終末期古墳が集まっていて、真弓崗(マユミノオカ)と呼ばれています。その辺りにある、草壁皇子の陵と真陵の両方を捜してる時に、道を一筋間違えたのか、このマルコ山古墳に行き当たりました。写真の中の耕運機操作中のおじさんに尋ねて、草壁皇子の陵を目指します。    [画像] 草壁皇子(クサカベノミコ)は、両親ともに天皇であり叔父と姪でもある天武・持統の二人の間に産まれてい [続きを読む]
  • 42−1文武天皇
  •   [画像] 父は草壁皇子(クサカベノミコ)で、母は天智天皇皇女阿閉皇女(アヘノヒメミコ)(後の第43代元明天皇)である軽皇子(カルノミコ)は、7歳で父を失いましたが、祖母である41−1持統天皇の寵愛の元で育ちました。   [画像] 高市皇子(タケチノミコ)の薨去に伴い、持統天皇は譲位し、軽皇子は弱冠15歳で藤原京で即位し、第42代文武天皇(モンム)(683〜707)(在位697〜707)となりましたが、政治は太上天皇(ダイジョウテン [続きを読む]
  • ダメな秋
  •    [画像] 金曜日、月二回の新しい仕事を始めました、京都右京区辺りの訪問リハビリの手伝いをチョットするだけですが。 紅葉真っ盛りの嵐山、渡月橋を横目に訪問車の後部座席から紅葉狩り。鳥居本の立派な家や、高雄トンネル抜けた所の茶店の家にも訪問ですが、ついでの紅葉の方が綺麗。 車から、久しぶりにキミマロズームで撮ったこの渡月橋写真は、白黒写真になっていました。   [画像] 土曜日は、滋賀県坂本の日吉大 [続きを読む]
  • TV用手元スピーカー
  • [画像] 最近T?の声が聞きずらくなってきています。アナウンサーの説明も解かりにくいです。(聞こえたら理解できるのかと言われると、返事に困りはしますが) 新聞広告や通販で、最近よく宣伝している年寄り向きのTV用手元スピーカー、電気店で見ていたら、丁度SONYの少しはかっこよく、接続も簡単なようなのがあったので、通販よりは高目でしたが買ってしまいました。    [画像] TV前に置いた充電器から外して、食 [続きを読む]
  • 私はいつもの3連休
  •    [画像] 世間は3連休、私はいつもの3連休。解禁前に行ってから3週間、もう一度小浜へ蟹を求めて、勤労感謝の日は出発。京都-小浜間の鯖街道の紅葉を楽しみながらドライブですが、あいにく山陰は雨です。 小浜港で揚がったという、少し高めのせこ蟹ですが、高いと言っても雄の松葉ガニではなく、メスですので安いです。帰った夕食で一人1匹食べましたが、いつもほどは感激せず、やっぱり冬に本場に行って松葉ガニを食べ [続きを読む]
  • 藤田嗣治展
  •    [画像] 秋の京都、日本人観光客も増えてきました。岡崎の京都国立近代美術館で藤田嗣治展をやってるので、観に行きました。館内から、平安神宮の大鳥居と耐震工事中の美術館、山の中腹の建物は知恩院でしょう。東山の紅葉はまだ目立ちませんでした。    [画像] この看板にもなってる絵が、さすが私も一番良かったと思います。ユトリロやシャガールに近い、パリ時代初期の絵や、有名な乳白色のたくさんの裸婦の絵、知り [続きを読む]
  • 孫の誕生日
  •    [画像] 私には男の子ばかり4人の孫がいますが、上の2人は小学3年生、4月生まれの方には今年の誕生日に阪神タイガースの野球盤を贈りました。11月生まれのもう一人の孫は、テニススクールから少年野球教室に鞍替えするそうなので、祖父の私に似て、物事をすぐに極めてしまう性格が心配です。    余の辞書によると、物事を極める;進歩しないし、上手にならないので、嫌になる。         すぐに飽きて、退 [続きを読む]
  • 41−1持統天皇
  •    [画像] 鸕野讃良皇女(ウノノサララノヒメミコ)は、父38−1天智天皇で母は遠智媛(オチノイラツメ)ですので、前回の40−2大田皇女の同母妹になります。 姉の大田皇女と一緒に、叔父にあたる大海人皇子の妃に13歳でなり、草壁皇子(クサカベノミコ)を産んでいます。    [画像] 姉の大田皇女は早くに亡くなっているので、壬申の乱後に夫の大海人皇子が第40代天武天皇になった時に皇后になり、夫の皇親政治を助け [続きを読む]
  • 40−2天武天皇皇妃大田皇女
  •    [画像] 37−1斉明天皇と36−2孝徳天皇皇后間人皇女の越智崗上陵と38−3天智天皇皇子建王墓に登っていく200段ほどの写真右の石段、その途中に天武天皇皇妃大田皇女墓(オオタノヒメミコノハカ)はあります。      [画像] 40−2大田皇女(オオタノヒメミコ)(〜667年20代で没だろう)、父は38−1天智天皇で、母は遠智媛(オチノイラツメ)です。同母妹の鸕野讃良皇女と共に、大海人皇子の妃となり、大 [続きを読む]
  • 談山神社
  •    [画像] 紅葉で有名な、奈良県にある談山神社に初めて行ってきました。藤原鎌足が祭神の、山の上の方にある神社です。 1ヶ月ぐらい前の天皇陵巡り番外編で紹介した、鎌足の正妻鏡女王関連の恋神社もありました。    [画像] 拝殿からの眺め。何度憶えても読むときに詰まってしまう、多武峰(トウノミネ)にある談山神社(タンザンジンジャ)です。    [画像] 長男ですが11歳で遣唐使として唐に渡った定慧和尚(ジョ [続きを読む]
  • カニがふぐに
  •     [画像] 11月になりました。今年の紅葉は、台風の影響でも一つとも聞いています。 帰りに寄った、名田庄村の茅葺き民家周囲の紅葉はもう少し。    [画像] 11月になったので、蟹が解禁と思って小浜に行ってきました。カニの解禁は来週らしく、かわりに河豚定食を食べて我慢します。 小浜の市場で買って帰った、イカはバター炒めでまずまず、鯵はフライでたくさん食べて、赤エビなどはPC不具合を診てもらった次 [続きを読む]
  • 日日是好日
  •    [画像] 久しぶりの映画鑑賞。「日々是好日」(ひびこれこうじつ)と読んでいましたが、(にちにちこれこうじつ)が正しいのか。   [画像] 樹木希林さんが亡くなったこともあってか、平日朝一番にしては、我々の様な人がそれなりに入っていました。黒木華さんも最近よく見かけますが、名前は(ハナ)ではなく(はる)と読むんですね。    [画像] なにも知らないお茶の勉強にもなりましたが、話はなんと言うこともなく終わ [続きを読む]
  • 日本料理藤井
  •     [画像] 次男の同級生で、私たちとも一家そろってスキーやキャンプや旅行にも行っていた子供、と言ってももう40歳ですが、今年の2月に日本料理「藤井」を、京都銀閣寺の少し南に開業しました。 いわゆるオーナーシェフです。   [画像]   [画像] この半年で何度も足を運びましたが、「藤井」は最初にいつも今日の一番出汁を出すのですが、それを撮るのは忘れました。   [画像] よく雑誌にも掲載されましたが [続きを読む]
  • 40-1天武天皇
  •    [画像] 飛鳥の岡の上にある天武・持統天皇陵、この夫婦の天皇陵はよく目立ちます。40-1天武天皇は武力によって政権を奪い、皇族中心の皇親政治を行い、律令政治の基礎を築いた、強い天皇のイメージですし、そもそも今まで私が書いてきた文章の根拠となってる「日本書紀」の編纂を命じた人ですが、分からない点がたくさん有ります。   [画像] 父は34−1舒明天皇で、母は35−1宝皇女(後の皇極・斉明天皇)なので [続きを読む]
  • アホのうた
  •     [画像] 奈良市の北の方で天皇陵巡りをした後、近くのスーパの中にあるミスタードーナツでコーヒーを飲んでいる時です。変な看板が目に付きました。   ドラッグストア「アホのうた」??     [画像] おかしな名前の店があるなあと、心で思っておいただけなら良かったのですが、向かいに座ってる家内に、「大阪の店か?『アホのうた』なんて、ふざけた名前のドラッグストアがあるか?」と聞いてしまいました。   [続きを読む]
  • 39⁻1弘文天皇
  •     [画像] 38-1天智天皇はたくさんの妻を持っていましたが、あまり皇子には恵まれず、身分の高くない伊賀采女宅子娘(イガノウネメヤカコノイラツメ)との間に産まれた、大友皇子(オオトモノオウジ)(伊賀皇子とも)に後を譲りました。 大友皇子が即位して天皇になったかどうか、もちろん敵方の正史である「日本書紀」には大友皇子の巻もなく、即位もさしていません。即位はしてないが天皇代理として統治した称制説、即位し [続きを読む]
  • 鏡女王墓
  •    [画像] 34-1舒明天皇押坂内陵(オサカノウチノミササギ)へあがる石段の右の道を行くと、29-3欽明天皇皇女大伴皇女押坂内墓(オサカノウチノハカ)までに、鏡女王(カガミノヒメミコ)押坂墓(忍阪墓)(オシサカボ)はありました。     [画像] こんもりとした墓は、大和の原風景と言われる「奥の谷」の中に、静かにたたずんでいました。左にちらっと写ってる鳥居が、大伴皇女の押坂内墓です。    [画像] 我が家から高速 [続きを読む]
  • 38−3天智天皇皇子建王
  •    [画像] 38-1天智天皇(626〜672)と蘇我倉山田石川麻呂の娘遠智娘(オチノイラツメ)との間には、大田皇女(〜667)と鸕野讃良皇女(ウノノサララノヒメミコ)(645〜703)の他に、今回の建王(タケルノミコ)(651〜658)も産まれたので、次期天皇の有力候補になったと思います。しかし建王は話すことが出来ない皇子であり、8歳で薨去してしまいました。祖母の37-1斉明天皇に深く愛されていた建王は、この祖母の越智崗上陵(オチノ [続きを読む]
  • 桂南光独演会
  •    [画像] 先週の4連休は疲れていたのでのんびりムード、天皇陵巡りしたり・以前働いていた病院のこじんまりした同窓会・琵琶湖をあてもなくぐるっとドライブ・3日間あった競馬もなんとかチャラで終えました。この南光独演会も行きました。    [画像] 島でも柳家甚語楼さんが開いてくれる落語会にも行ってましたし、京都でも時々は落語会に行ってます。 南光さんの落語会は去年も行ってます、今回はやや笑いを抑えた演 [続きを読む]
  • 息子とゴルフ
  •    [画像] 息子が産まれた時、世の父親は、「大きくなったらキャッチボールをしたい。一緒に酒を飲みたい。」と夢を語りますね。 私も息子とキャッチボールは少ししましたが、我が家は皆酒に弱いので、息子と一緒にバーや居酒屋に行った経験はまずありません。息子たちは麻雀はしませんので、子供の時に「ドンジャラ」をしたぐらいですが、競馬場には息子たちと何回か行っています。    [画像] 奈良にいる長男が初めてゴ [続きを読む]
  • 青森旅行3日目その3と4日目
  •      [画像] 3日目午後、奥入瀬渓流も行って、十和田市現代美術館も行って、まだ時間は残っていましたので、曇り空でしたが、八甲田ロープウェーで山頂近くまで登りました。雪中行軍遭難で有名な八甲田山ですが、八甲田山という山はなく、十を超える山々の総称らしいです。    [画像] 山頂駅の展望台からの眺め。右の丸い山が、一番高い大岳(1585?)です。     [画像] 登山姿の人が半分ぐらいいましたが、我 [続きを読む]
  • 青森旅行3日目その2
  •      [画像] 十和田市のメインストリートである十和田市官庁街通り、長い広い直線の道の両脇には松と桜が植えられて、この辺は旧陸軍軍馬補充部もあった馬の産地だったので、馬の彫刻も並んでいます。街の中心に何故こんなに広くて長い直線通りがあるのか、不明ですが、この道に沿って十和田市現代美術館があります。    [画像] もちろん入館料を払って中に入りましたが、館の外に展示されてる作品もたくさん有ります。 [続きを読む]
  • 青森旅行3日目その1
  •    [画像] 朝一番の6時半に朝食を摂って、奥入瀬の道がまだ混まないうちにと、朝霧がまだ残る十和田湖畔を出発しました。    [画像] 奥入瀬渓流の流れは十和田湖の水で、この水門によって十和田湖からの流出量が調節されているのを、最近ブラタモリで知ったところです。    [画像] 奥入瀬の流れで一番大きい銚子大滝。すぐ近くの道に車を停めて、ゆっくり眺めることが出来ました。まだ8時頃で、人も少なめです。  [続きを読む]
  • 青森旅行2日目
  •     [画像] 鯵ヶ沢の宿から車で小一時間、弘前城前の駐車場に車を停めて、弘前城観光から2日目開始。   [画像]   [画像] 本当は5月連休の桜の弘前城に来れれば良かったのですが、ここの桜は管理が良いのか、この季節の葉が密集してる姿もすごかったです。京都円山公園の有名な枝垂れ桜の葉が私の髪としたら、こっちの桜はマープ増毛したぐらい葉がありました。       [画像] 江戸時代に一度天守は焼失し、そ [続きを読む]