大江戸おやG さん プロフィール

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大江戸おやGさん: OH!江戸パパ
ハンドル名大江戸おやG さん
ブログタイトルOH!江戸パパ
ブログURLhttps://ameblo.jp/masaatsutomishima/
サイト紹介文隠された史実にズームイン!歴史ハンター「大江戸おやG!」のブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供22回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2010/04/23 08:17

大江戸おやG さんのブログ記事

  • 誓教寺〜葛飾北斎の墓〜
  • 葛飾北斎(1760−1849)のお墓は台東区元浅草の誓教寺に現存しています。 誓教寺にて富士山の方向を向く北斎さんと記念写真、ここ誓教寺は画狂老人卍墓があります。明治の浮世絵研究の先駆者である飯島虚心の葛飾北斎伝(鈴木重三校注・岩波文庫)を参考に解説します。飯島虚心の本は明治二十六年刊で北斎さんが亡くなってすでに40年は経ち発行されています。当時生存していた北斎さんの縁者・関係者から聞き書きしてますので北斎 [続きを読む]
  • 日光東照宮〜徳川家康の威光〜
  • 日光東照宮は徳川家康を神格化した霊廟で東照大権現として祀られています。 徳川家康は1616年6月1日に駿府(静岡県)で死去しました。当初は久能山東照宮に葬られましたが日光に改葬されました。現在見られる社殿は徳川家光により大幅に改造されています。 後水尾天皇の書で畳1畳分の大きさの扁額。 1618年造営、黒田長政公により寄進された高さ9.2mの日本最大の石鳥居、福岡県糸島市の可也山から切り出した花崗岩でできてい [続きを読む]
  • 湊川の戦い・楠木正成公
  • 明治維新の原動力となった楠木正成公、いかにして精神的支柱となったのか。 後醍醐天皇を奉じて鎌倉幕府を滅ぼした楠木正成、後醍醐天皇は建武の新政を実施する。足利尊氏が背き新田義貞、楠木正成と対峙するが湊川の戦いで敗れる。後醍醐天皇は吉野に逃れた、ここから北朝・南朝に分かれた南北朝時代が始まりました。 湊川神社・明治五年創建、初の別格官幣社・・国家に貢献した人臣をご祭神とする神社 大楠公御墓所(嗚呼忠 [続きを読む]
  • 黒田家の刀剣・歴代甲冑
  • 歴代甲冑には長政に対するオマージュで一の谷形兜・水牛脇立兜が歴代藩主により作製された。幕末の藩主黒田長溥・黒田長知もその一人である。 11代 黒田 長溥(くろだ ながひろ)所用 銀泥塗一の谷形兜・黒糸威五枚胴具足・小具足付 黒田長政が騎馬武者姿で戦場を駆け巡る姿が絵に残されていますが福島正則と写しを交換した一の谷形兜が印象的で長政の兜と認識されています。薩摩藩の島津重豪の影響を受け、西洋の学問を好み幕 [続きを読む]
  • 黒田家の刀剣・日本号
  • 黒田節で有名な日本号、福島正則から呑み取った酒豪・母里太兵衛 博多駅前にある母里太兵衛の銅像、大杯で酒を飲み干す場面、槍には現在安全の為か保護テープが巻かれている。黒田家の家臣では一番の武闘派で生涯で76の首級をあげました。 母里太兵衛は長政の名代で伏見城にいる福島正則を訪れた時に酒宴となるが長政の戒めで酒は断ります。すると酒癖の悪い福島正則は黒田の武士は酒によわいのかとしつこくからんできます。飲め [続きを読む]
  • 黒田家の刀剣・一国長吉
  • 黒田長政は父の黒田官兵衛と違い勇猛果敢なイメージがありますが、関ケ原では西軍の諸将を東軍に寝返らせる働きをして家康より筑前名島52万3千石を与えられ福岡藩初代となる。 戦国時代 長吉作 大身鎗 名物 一国長吉(いっこくながよし) 黒田長政が初陣依頼愛用した実使用の鎗です。この鎗の活躍で筑前国の太守になれた事を記念して一国と命名した。平三角造りで大きな樋の中に三鈷剣の彫り物が朱漆に映え塩首には八幡台菩 [続きを読む]
  • 黒田家の刀剣・へし切長谷部
  • 幕末、黒田家は加藤司書や月形洗蔵のグループを中心に長州藩恭順に中心的な役割を果たしましたが、残念なことに藩主がかじを佐幕に切り替え乙丑の獄で勤王派を一掃しました。 幕末の黒田藩藩主、12代黒田長知と11代黒田 長溥(くろだ ながひろ)。 黒田長溥は、島津の有名な蘭癖大名、島津重豪の十三男で黒田家10代藩主黒田斉清の娘の純姫の婿養子となります。幕末から明治にかけての福岡藩はダークサイドの黒歴史がありま [続きを読む]
  • 崇福寺〜黒田官兵衛の赤い墓〜
  • 官兵衛の墓はなぜ赤い?人を呪わば穴二つ城井鎮房の祟り 黒田官兵衛・長政親子は全国的に有名で人気がありますが、それ以降の黒田家は今一つ地元での愛着がありません。ひとつは黒田家が幕末に第二次長州征伐というタイミングで幕府からの詮議を受けて加藤司書や月形潜蔵・勤皇派を大量に処刑しました。幕府が第二次長州征伐を前に長州に肩入れしている福岡藩を叱責した為と、加藤司書が建築を指揮する犬鳴御別館が藩主を幽閉す [続きを読む]
  • 寿徳寺〜近藤勇鎮魂歌〜
  • 寿徳寺は新選組局長近藤勇の墓があります、と言ってもJR板橋駅の道向かいの小さな公園のような場所にある境外墓地です。 私が昔住んでいたアパートの裏が寿徳寺でした。JR板橋駅から通勤していましたが、通りがかりに見ると新選組子孫の方々が来られていて式典と法要が行われていました。 左上、近藤勇子孫の宮川清蔵さん、左上二番目。土方歳三子孫の土方陽子さん、その隣のたれ眉のご老人は近藤勇子孫の宮川豊治さん、中央 [続きを読む]
  • 心眼寺〜真田信繁夢の跡〜
  • 真田信繁が大坂夏の陣で討たれた地は安居神社だとされています。 近辺には大坂城や真田丸の跡、NHK大阪の敷地内には孝徳天皇大化の改新時代と聖武天皇の難波宮の遺跡があります。ヒストリアや朝ドラが撮影されている真下には7〜8世紀の遺跡があり見学もできるというなんとも不思議な空間です。 大坂夏の陣布陣図 天王寺公園 茶臼山大坂冬の陣では徳川の陣地、夏の陣では真田の陣地になりました。 石碑には、陣跡 茶臼山 [続きを読む]
  • 本法寺〜長谷川等伯の夢〜
  • 長谷川等伯は狩野派、狩野永徳に挑み続けました。狩野派と熾烈な争いの最中に天才的な画家である息子久蔵を失いました。 久蔵は長谷川等伯の長男で智積院にある桜図は国宝に指定されている。智積院の桜楓図のうち桜図は久蔵。楓図の部分は父・長谷川等伯筆。若くして才能を発揮し、狩野派とも共同作業をしていた記録もあり、生きていれば大派閥を形成していたと思われます。 等伯は力強い絵でエネルギーを感じますが、久蔵の絵は [続きを読む]
  • 石峰寺〜伊藤若冲ワンダーランド〜
  • 伊藤若冲の制作した石仏があり、若冲のお墓もあります。 若冲は変わり者で京都の錦小路の青物問屋の枡屋の長男で跡継ぎでした。場所貸し業で何もしなくても収入があった、商売には熱心ではなく生涯独身で家督を弟にゆずり隠居し有名な動植綵絵を描き釈迦三尊像を相国寺に寄贈する。 動植綵絵と釈迦三尊像は現存していて相国寺の美術館で展示されたときは大盛況でした。すらりと並んだ動植綵絵の中央に釈迦三尊像が三幅かけられ、 [続きを読む]
  • 金戒光明寺〜会津藩殉難者墓所〜
  • 1862年に会津藩主松平容保が京都守護職に就任すると金戒光明寺を本陣とする。 幕末、金戒光明寺には会津藩主松平容保が京都守護職として本陣をしいた。京都守護職のもとには京都所司代、京都町奉行、京都見廻組、新選組が組織されていた。 この中でも池田屋事件の新選組、中岡慎太郎・坂本龍馬暗殺の佐々木只三郎率いる京都見廻組は恐れられた。大政奉還から鳥羽伏見の戦い、戊辰戦争では会津は多数の死者を出した。 徳川慶喜が [続きを読む]
  • 即宗院〜薩摩藩寺田屋事件〜
  • 2010年7月記事の再録です。京都は東福寺(JR東福寺駅、京阪東福寺駅より徒歩すぐ)の塔頭、即宗院の特別公開に行ってきました、見た目は寺というより昭和初期の民家のようでした、島津氏久の菩提のため創建されて以来、薩摩の厚い庇護をうけました、西郷隆盛との縁も深く、明治維新で戦死した霊を供養するために東征戦亡の碑を自筆し建立しました。 あの大河ドラマの篤姫も江戸に行く前に7日京都に滞在しそのうちの一日はこち [続きを読む]
  • 増上寺 〜徳川将軍家墓所〜
  • 徳川将軍のお墓は日光東照宮・輪王寺・増上寺・寛永寺・谷中霊園に分散しています。2009年4月8日の再録です。この日は徳川家霊廟の特別公開日でした。 ここ増上寺に眠るのは6人の将軍とその正室・側室・家族達です。増上寺に眠るのは2代秀忠公・6代家宣公・7代家継公・9代家重公・12代家慶公・14代家茂公です。残りは寛永寺に6人、最後の将軍慶喜公は谷中霊園に神式で眠られています。初代家康は日光東照宮、3代家光公は家 [続きを読む]
  • 浮世絵師が眠る町・・大江戸お墓巡り
  • すみだ北斎美術館の複製作品、「須佐之男命厄神退治之図」 すみだ北斎美術館をスタート地点にゴールは河鍋暁斎が眠る谷中の瑞輪寺に行ってきました。ルートマップを参照してください。 すみだ北斎美術館⇒三囲神社⇒浅草寺⇒誓教寺⇒谷中銀座⇒朝倉彫塑館⇒長安寺⇒功徳林寺⇒瑞輪寺 葛飾応為と北斎さん、応為はタバコをキセルで吸い、北斎は甘いものが好きで奥には桜餅のカゴが散らかっている。部屋が汚くなったら引っ越しを [続きを読む]
  • 浮世絵師の眠る街
  • 江戸時代から明治にかけての著名な画家はいまでも東京に眠っています。お墓の写真はお寺の方に許可をもらっています。 河鍋暁斎の墓です、場所は下町観光で有名な谷中銀座の近くにあります。谷中銀座ゆうやけだんだんから約10分くらいの距離に瑞輪寺にありますが、墓地が広すぎてどこにあるかお寺の方に聞かないとわかりません。暁斎の墓には代名詞である蛙の石像がのっかっています。河鍋家は健在ですので手入れも行き届 [続きを読む]
  • 浮世絵師の眠る街
  • 江戸時代から明治にかけての著名な画家はいまでも東京に眠っています。お墓の写真はお寺の方に許可をもらっています。河鍋暁斎の墓です、場所は下町観光で有名な谷中銀座の近くにあります。谷中銀座ゆうやけだんだんから約10分くらいの距離に瑞輪寺にありますが、墓地が広すぎてどこにあるかお寺の方に聞かないとわかりません。暁斎の墓には代名詞である蛙の石像がのっかっています。河鍋家は健在ですので手入れも行き届いていま [続きを読む]
  • 悪源太義平 布引の滝
  • JR新神戸駅から歩いてすぐの場所にバーベキューも楽しめる河川敷があり、夏休みの時期には家族連れが水遊びに興じています。そこを少し登っていくと布引の滝があります。以前より歌川国芳らの浮世絵で布引の滝の名前は知っていて転勤で神戸に引っ越して来て行ってみようと思い立ちました。 布引の滝悪源太打難波 歌川国芳(江戸後期) 源平合戦で義経や頼朝の兄である悪源太義平を主人公にした怨霊話があります。、源義朝の [続きを読む]
  • 九州国立博物館 仏の国タイ展
  • 九州国立博物館で開催されていた仏の国タイ展のレポートです。 まずここで使用している写真は九州国立博物館の許可を得ています、転用は固くお断り致します。 九州でも指折りの観光地、大宰府天満宮に隣接する九州国立博物館、常設展は九州やアジアに関する展示物や資料が豊富で古代からの歴史が楽しみながら学習できます。 タイは国民の95%以上が仏教を篤く信仰しています。他の宗教にも寛容ですがタイ国憲法では [続きを読む]
  • 鳥獣戯画!
  • 世界で最も凄い絵画は?と聞かれたら、ダ・ビィンチでもフェルメールでもない、私なら迷わず 鳥獣戯画をあげます。作者は鳥羽僧正覚猷と言われていますが定かではありません。 高山寺という京都の観光地をはずれて静かな場所にあり、普段は東京国立博物館に甲・丙 京都国立博物館に乙・丁巻が寄託されています。戯画・漫画・アニメーションの元祖で最高峰 と言える作品です。この度修復を終えて、九州初上陸、 [続きを読む]
  • 真田の抜け穴!
  • 大坂城惣構に隣接する高台にある三光神社、真田幸村の砦、または加賀の前田隊の 陣があったともいわれている。境内には真田の抜け穴と呼ばれる、洞穴がある。 真田幸村像のすぐそばにある洞穴は小さいながらも、本格的にしっかりした造りで 鉱山技術者が掘ったのではと思わせる。 入り口には六文銭のプレートが掲げられているが、徳川方が大坂城攻撃の為に掘った 洞穴ではないかといわ [続きを読む]
  • 真田幸村と京都見廻組!
  • 大坂夏の陣で松平忠直の配下、西尾久作とその家来に安居神社の境内で休息中 に打ち取られた真田幸村。真田幸村のお墓がある心眼寺は真田丸の跡地に再建 されました、お墓は比較的に新しくきれいです。 ここが真田の墓がある寺か・・と思いに浸っていると、他に思わぬ人物の墓もありました。 このお寺は、戦国末期最強のヒーローだけではなく、幕末最強の剣客集団「京都見廻組」 の龍馬暗殺メ [続きを読む]