清浄光明 さん プロフィール

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清浄光明さん: 光明の生活
ハンドル名清浄光明 さん
ブログタイトル光明の生活
ブログURLhttps://ameblo.jp/koumyou37/
サイト紹介文「世界は心の現れである」 この光明としての心で普通に暮らしていくことをお伝えしています。
自由文千葉在住のライトワーカーです。
エネルギーワークとスピリチュアル・ヒーリングについて書いて行きます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供98回 / 280日(平均2.5回/週) - 参加 2010/05/04 22:38

清浄光明 さんのブログ記事

  • 真言宗十八本山お砂ふみin西新井大師
  • 22(水)23(木)、今日明日の両日、東京都の西新井大師さまにおいて、「真言宗十八本山お砂ふみin西新井大師」が開催されています。 各本山のお砂踏みと、体験講座として阿字観、聞香(匂い袋)、腕輪数珠作り、写経写仏が行われています。 (写経写仏のコーナー) そのほかにも、太鼓。ご詠歌。声明。御法要が行われています。 私も光明殿で行われた大般若会(御室派大覚寺派青年会合同)に出仕させていただきました。 明日まで開 [続きを読む]
  • 四無量心の治障と断惑2
  • 【通釈】(前文の続き)つまり欲界散心である普通の心理状態と、初禅の手前の未至定の状態にもまた、根本静慮の四無量心に似た働きがあるのである。 この働きによって瞋りなどの障りを制御し押さえて、その流れにおいて瞋りなどのそれら煩悩を断つ働きが生じるのである。 それによって、瞋りを断った煩悩を離れた境地の位の中において、結果として根本静慮の瞑想の状態で四無量心を達成する。つまり問題なく円満に四無量心を修し [続きを読む]
  • 四無量心の治障と断惑1
  • 【本文】前雖説此能治四障而不能令諸惑得斷。有漏根本靜慮攝故。勝解作意相應起故。遍縁一切有情境故。此加行位制伏瞋等。或此能令已斷更遠故。前説此能治四障。謂欲未至亦有慈等。似所修成根本無量。由此制伏瞋等障已引斷道生能斷諸惑。諸惑斷已離染位中。方得根本四種無量。於此後位雖遇強縁而非瞋等之所蔽伏。(T第29巻150頁C段) 【訓読】 前に此れ能く四障を治すと説くと雖も、而こうして諸惑を得断させしめる能わず。 [続きを読む]
  • 『十地経論』に曰く
  • 【本文】『十地経論』「不動地第八」卷之十に曰く。 「三境界深。能取可取不現前故。如經離一切相離一切想一切貪著故。護一切障想故。言離一切貪著。」 (T第26巻180ページA段) 【訓読】「三には境界の深なり。能取は取るべき現前せざる故に。經に『一切相を離れ一切の貪著を離れる故に』との如し。一切の障の想を護る故に。一切の貪著を離れると言うなり。」【私釈】これは第八地の解釈であります。 第八地は七地沈空の難 [続きを読む]
  • 四無量心の起こる静慮地について2
  • 【私釈】四静慮の解説を視野に入れて、四無量心の起こる静慮についての私釈を再掲する。「四無量心中第三番目の喜無量心は初靜慮地と第二靜慮地との靜慮に依る。 これは心受の楽(喜受)は欲界にもあり、第三靜慮地においては離れているはず(つまりそれ以上の第四靜慮地にもない)であるからである。 それ以外の三種類は未至と中間、つまり近分と四靜慮の根本においてそのようにある、とされる。(四靜慮地の根本4に近分の未至 [続きを読む]
  • 参考9 四静慮地の解説4
  • 【私釈】『入楞伽』『大論』『倶舎』において第四静慮、また第四禅天がとても深い瞑想の状態であることが説かれている。 そこにおいて仏陀は煩悩を断じ、正覚を成じ、また涅槃されるとされる。 そしてそこに対応する天界である第四禅天、就中、色究竟天は後の世において、報身の浄土のある場所とされることになった。 先に引用する『大論』のように、色究竟天では劫末の三災もないのである。 「劫末の三災」と言うのは、世界が一 [続きを読む]
  • 参考9 四静慮地の解説3
  • 【私釈】前掲の如く、②の色界定が仏教では勧められる。それは止観双修の地であるからである。 その色界定は四段階に分けられる。 ①初静慮②第二静慮③第三静慮④第四静慮、である。 細かくは①初静慮の手前に「未至定」という段階がある。これは欲界のから色界に登る途中、普通の心から瞑想の状態に入りだして、まだ瞑想に入ってない状態である。 及びに四静慮には各々、根本定と近分定がある。根本定はその静慮の修惑(訓練修 [続きを読む]
  • 『明月記』に曰く。
  • 「世上乱逆追討耳ニ満ツト雖モ 之ヲ注セズ   紅旗征戎吾ガ事二非ズ」 また『白氏文集』に曰く。   「紅旗破賊非吾事」 また廬山の慧遠法師は蓮社号の祖なり。白蓮社を結して浄業を修して西方に往きたまいき。遠法師の曰く云々。 そんな日々です。 [続きを読む]
  • 参考8 四静慮地の解説2
  • 【私釈】前掲の『大論』および『倶舎』を案ずると、ざっくり以下のようになると思われる。 瞑想、三昧の境地は①普通の心理状態(欲界)②観察対象と自分の心の平静さが両方がある状態(色界)③無念無想の状態(無色界)の三種類に分類される。 ①は普通の状態である。前五意識(眼識,耳識,鼻識,舌識,身識)と心王である第六意識と心所法である諸々の煩悩がある。散乱した意識状態ともいえるので、散心とも言う。 ②は息を整 [続きを読む]
  • 参考7 四静慮地の解説1
  • 【本文】『大論』巻第七に曰く。 「第四禪名不動。無遮禪定法。欲界中諸欲遮禪定心。初禪中覺觀心動。二禪中大喜動。三禪中大樂動。四禪中無動。復次初禪火所燒。二禪水所及。三禪風所至。四禪無此三患。無出入息捨念清淨。以是故三昧王三昧。應在第四禪中。」 (T第25巻111ページC段) 【訓読】 「第四禪を不動と名づく。禪定の法を遮るなし。 欲界の中は諸欲の禪定の心を遮るなり。初禪の中には覺觀の心動く。 二禪の中に [続きを読む]
  • 四無量心の起こる静慮地について
  • 【本文】第三但依初二靜慮。喜受攝故。餘定地無。所餘三種通依六地。謂四靜慮未至中間。或有欲令唯依五地。謂除未至。是容豫徳。已離欲者方能起故。或有欲令此四無量隨其所應通依十地。謂欲四本近分中間。此意欲令定不定地根本加行皆無量攝(T第29巻150頁C段) 【訓読】第三は但だ初と二との靜慮に依る。喜受の攝の故に。餘の定地には無し。 所餘の三種は通じて六地に依るべし。謂く四靜慮と未至と中間となり。 或は唯だ五地 [続きを読む]
  • 四無量心の所縁の境
  • 【本文】此縁欲界一切有情。能治縁彼瞋等障故。然契經説修習慈等思惟一方一切世界。此經擧器以顯器中。(T第29巻150ページC段) 【訓読】此れは欲界の一切有情を縁ず。能く彼を縁ずる瞋等の障を治する故に。然るに契經に慈等を修習して一方と一切世界を思惟すると説くは。此れ經は器を挙げて以て器の中を顕すなりと。 【語句】 「契經」 御経のこと。 【通釋】四無量心は欲界の一切衆生を対象として行われる瞑想です。 行者 [続きを読む]
  • 四無量心の行相2
  • 【本文】此四無量不能令他實得樂等。寧非顛倒。願欲令彼得樂等故。或阿世耶無顛倒故。與勝解想相應起故。設是顛倒復有何失。若應非善理 則不然。此與善根相應起故。若應引惡理亦不然。由此力能治瞋等故。(T第29巻150頁C段) 【訓読】此の四無量は他をして實に樂等を得せしめる能わず。寧に顛倒に非ずや。彼をして樂等を得せしめんと願欲するが故に。或は阿世耶は顛倒無きが故に。勝解と相應して起るが故に。設へ是れ顛倒な [続きを読む]
  • 四無量心の行相1
  • 【本文】此四無量行相別者。云何當令諸有情類得如是樂。如是思惟入慈等至。云何當令諸有情類離如是苦。如是思愴入悲等至。諸有情類得樂離苦豈不快哉。如是思惟入喜等至。諸有情類平等平等無有親怨。如是思惟入捨等至。(T第29巻150頁C段) 【訓読】此の四無量の行相の別とは。云何が當に諸の有情の類をして是の如き樂を得せしめんと。是の如く思惟して慈等至に入るなり。云何が當に諸の有情の類をして是の如くの苦を離れしむ [続きを読む]
  • 参考6(『光記』本頌第三句の解釈2)
  • 【本文】解云以實而言悲正除瞋。害是瞋家等流果故。悲亦治害 或悲治害。述論主義。論主解云。理實應言悲是不害 問雖順長行悲能治害。如何頌説悲是無瞋 解云不害似無瞋以無瞋名説。故正理云。有作是言。悲是不害近治害故。理實如是。但害似瞋以瞋名説。悲之行相亦似無瞋。立無瞋名實是不害已上論文 又解頌文是前師義」 (T第41巻433ページB段)【訓読】解して云く。「實には」を以てより「悲は」と言うまでは。正しく瞋を [続きを読む]
  • 伏見稲荷大社の火焚祭
  • 今年は11月8日だそうです。ご案内を頂きました。 今年もそんな時期ですねえ。お火焚き来るとほとんど一年終わったような気がしますなあ。その前にお彼岸来ますけども。 年が明けたら赤坂(豊川別院)行かないと。義理は果たされねばならないのですね。 私は仏部系統専門で天部神祇系統は全然知らないのですが、慈雲尊者は神道は「赤心」だと申されたそうです。 『観経』には一者至誠心といい、『維摩経』には直心是道場、と説 [続きを読む]
  • 仏性が顕れてくるといわれても
  • 本覚はやはり性起っぽいですねえ。性具は性具でいいわけですが。 性具なものが性起なんですかねえ。「顕れてくる」わけですが。 玉城 康四郎先生が「ダンマの顕現」いってましたが、拝むということは、法がこの因縁所成の肉体の上に顕れてくる。 引っかかりがあると変な屈折起こしますから、我は捨ててきれいな鏡のような心の上に光を受ければ、キラキラ輝きますよと言えば遮情門。 屈折したら七色だね!虹できれいだ!と見れば表 [続きを読む]
  • 梵網経を読む(9月16日)
  • 今月も『梵網経』を読誦させていただきました。慈雲尊者は『十善法語』でこう申されています。「一切衆生に対して、自分の子供に対するように接する。このようなこと(心理状態や行動のあり様)を不殺生戒というのである。 親子の関係に例えるのは、世間では一般的に親子関係は親しい関係の喩とされているからである。 実は一切衆生の思い(心念念慮)を自分の心とすることである。(法界の中で)自他の区別は本来ないのであって [続きを読む]
  • 参考5(『光記』本頌第三句の解釈1)
  • 【本文】四中初・二至悲是不害者。釋第三句。四中慈・悲體是無瞋。正理云。性雖無別。然慈能治殺有情瞋。歡行相轉。悲能對治惱有情瞋。行相轉。是謂差別 問若悲無瞋爲體能治瞋者。何故前説悲能治害 (T第41巻433ページA段)【訓読】「四の中、初と二の」より「悲は是れ不害なり」に至るまでとは。第三句を釋すなり。四の中に慈と悲との體は是れ無瞋なり。『正理』に云く。性は無別なりと雖も。然るに慈は能く有情の瞋を治し [続きを読む]
  • 参考4(『光記』本頌第二句の解釈の続き)
  • 【本文】不淨與捨至斯有何別者。問」  毘婆沙説至捨能對治者。答。毘婆沙説。欲貪有二。一色。色謂顯・形。二婬。婬謂婬欲。若不淨觀能 治色貪。由觀不淨色貪不起。若捨無量能治婬貪由觀平等婬貪不起 論主解云。理實不淨觀能治婬貪。由觀不淨婬貪不起餘親友貪捨能對治。由觀平等怨親。貪不起 (T第41巻433ページA段)【訓読】「不淨と捨とは」より「斯に何の別ありや」に至るまでとは。 問う。 「毘婆沙に説く」より「捨 [続きを読む]
  • 四無量心4−四無量心の体ー
  • 【本文】四中初二體是無瞋。理實應言悲是不害。喜則喜受。捨即無貪。若并眷屬五蘊爲體。若捨無貪性如何能治瞋。此所治瞋貪所引故。理實應用二法爲體。(T第29巻150ページB段よりC段) 【訓読】四の中、初の二の體は是れ無瞋なり。理、實には應に言うべし。悲は是れ不害なり、と。 喜は則ち喜受なり。捨は即ち無貪なり。若し眷屬を并さば五蘊を體となす。 若し捨は無貪を性とせば、如何が能く瞋を治す。 此の所治の瞋は貪の引 [続きを読む]
  • 参考3(『光記』本頌第二句の解釈まで)
  • 【本文】論曰至感無量果故者。釋初句。標名擧數。及與列名釋名 言無量者無量有情爲所縁故。從境爲名 引無量福故。從等流果爲名 感無量果故。從異熟果爲名」此何縁故唯有四種者。釋第二句。此即問也」  對治四種多行障故者。答。由治四障故唯四種」  何謂四障者。問」  謂諸瞋害至建立慈等者。答。不欣慰以嫉爲體。正理云。如契經説。慈能斷瞋。悲能斷害。喜斷不欣慰。捨斷欲・貪・瞋。(T第41巻433ページA段)【訓読】「 [続きを読む]
  • 四無量心3−四無量心と四障ー
  • 【本文】論曰。無量有四。一慈二悲三喜四捨。言無量者。無量有情爲所縁故。引無量福故。感無量果故。此何縁故唯有四種。對治四種多行障故。何謂四障。謂諸瞋害不欣慰欲貪瞋。治此如次建立慈等。不淨與捨倶治欲貪。斯有何別。毘婆沙説。欲貪有二。一色二婬。不淨與捨如次能治。理實不淨能治婬貪。餘親友貪捨能對治。(T第29巻150ページB段) 【訓読】論じて曰く。無量に四あり。一には慈、二には悲、三には喜、四には捨なり。 [続きを読む]