春野公麻呂 さん プロフィール

  •  
春野公麻呂さん: 自然、戦跡、ときどき龍馬
ハンドル名春野公麻呂 さん
ブログタイトル自然、戦跡、ときどき龍馬
ブログURLhttps://ameblo.jp/kochi-romp/
サイト紹介文四国と山口の坂本龍馬の脱藩の道や街道、戦争遺跡、無名の景勝地や山、鉄道廃線等を紹介
自由文全国で唯一、高知市から下関市迄の坂本龍馬の脱藩の道250キロを踏査した龍馬研究家兼郷土文筆家。他の龍馬街道も含めると往復の総踏査距離は1,000キロを軽く超える。
一寸変わった史跡も紹介。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供101回 / 365日(平均1.9回/週) - 参加 2010/05/12 22:47

春野公麻呂 さんのブログ記事

  • 大洲市河辺町の滝巡り(2)三久保の滝
  • [巨大岩壁下流の滝]蛇渕から県道56号を2キロ少々上がると谷を渡る右急カーブになるが、この谷の上流に三久保地区の滝「三久保の滝」が懸かっているので、カーブ路肩に駐車する。 谷の右岸(西岸)の踏み跡を辿る。6月時にはユキノシタの群落があった。数分から10分ほどだったと思うが、谷に段々の滝が懸かっているのが見える。滝と言えるのは二つほどだが、上の滝には沢登り装備がないと厳しかったと思う。この辺りの沢幅は狭く、ど [続きを読む]
  • 希望の党が犬猫殺処分ゼロに+観音寺市の野良猫名所(1)
  • [琴弾公園・巨石付近の「笑い猫」]希望の党は公約とは別に将来実現させる政策として「希望への道しるべ~12のゼロ~」を発表した。隠ぺいゼロや満員電車ゼロ、花粉症ゼロと共に注目すべき政策がペット殺処分ゼロ。私も前から殺処分ゼロにするための有効な方法論と施設(「完璧な」動物愛護センター)を考えており、それが高知県にあればいいと思っているが、自民党政権下と県の経済優先主義では叶うことはないだろう。 私の方法論は後 [続きを読む]
  • 希望の党が犬猫殺処分ゼロに+観音寺市の野良猫名所(1)
  • [琴弾公園・巨石付近の「笑い猫」]希望の党は公約とは別に将来実現させる政策として「希望への道しるべ~12のゼロ~」を発表した。隠ぺいゼロや満員電車ゼロ、花粉症ゼロと共に注目すべき政策がペット殺処分ゼロ。私も前から殺処分ゼロにするための有効な方法論と施設(「完璧な」動物愛護センター)を考えており、それが高知県にあればいいと思っているが、自民党政権下と県の経済優先主義では叶うことはないだろう。 私の方法論は後 [続きを読む]
  • 山中でコンクリート壕を発見!(南国市)
  • [戦争遺跡・かまぼこ型壕と素掘り壕群]拙著等で米軍は昭和20年10月30日、鹿児島県南部から本格上陸する(11月1日)前の陽動作戦として、高知県に上陸する計画を立てており、日本軍もそれを察知し、高知海軍航空基地の西方の山並みに縦深に陣地を築いていたことを述べた。 拙著では最も海岸に近い琴平山陣地、ブログでは秋葉山の片山トーチカ群、ヤマケイサイト投稿記事では大森山から蛸ノ森(147m)周辺尾根の陣地について解説した。未 [続きを読む]
  • 龍馬と猫島ファンに朗報!大洲市の冨屋邸が宿泊施設に
  • [歴史資料ギャラリーも併設]坂本龍馬と沢村惣之丞の脱藩時、四国最後の宿となった愛媛県大洲市長浜町の豪商・冨屋金兵衛邸が、私が同市河辺町で講演を行った9月23日、茶房と歴史資料ギャラリーを併設した素泊まり宿泊所としてオープンした。 龍馬らが旅立った長浜港からは、龍馬が脱藩後、薩長同盟締結に向けて奔走していた際、船の潮待ちで立ち寄った青島(→龍馬の滞在した海軍島)への定期船が出ていることもあり、龍馬ファンにと [続きを読む]
  • 大洲市河辺町の滝巡り(1)蛇渕
  • [巨大魚の淵は今・・・]愛媛県大洲市役所河辺支所の観光部署は近年、滝の発掘に力を注いでおり、既知の滝を入れるとその数は26に及ぶ。中には滝と呼ぶことに首を傾げるようなものもあるが、職員の情熱には頭が下がる。 前に投稿したドルメン隧道を探訪した日、各滝の観光資源としての活用を考察するため、地元観光協会と共に町内の滝巡りをしたので、各滝を紹介していきたいが、今回紹介する蛇渕は支所側では「滝」と見做していな [続きを読む]
  • 大洲市河辺町の滝巡り(1)蛇渕
  • [PS][巨大魚の淵は今・・・]愛媛県大洲市役所河辺支所の観光部署は近年、滝の発掘に力を注いでおり、既知の滝を入れるとその数は26に及ぶ。中には滝と呼ぶことに首を傾げるようなものもあるが、職員の情熱には頭が下がる。 前に投稿したドルメン隧道を探訪した日、各滝の観光資源としての活用を考察するため、地元観光協会と共に町内の滝巡りをしたので、各滝を紹介していきたいが、今回紹介する蛇渕は支所側では「滝」と見做して [続きを読む]
  • この世の地獄・立山室堂血の池地獄
  • [火山ガスと真っ赤な血の池群]以前、山岳避暑地三景や黒部渓谷下ノ廊下の記事で触れた、日本最高所の温泉や最高所のトンネル(立山黒部アルペンルート)を擁す富山県・立山の登山基地、室堂(標高2450m)だが、ここは夏と秋では景色が一変する。 夏場は緑が眩い高原で、点在する火口跡である池も碧く鮮やかなのだが、9月末以降の秋、景観が様変わりして、室堂を取り囲む高山群の山肌は茶褐色となり、点在する池の一群、血の池群(上の [続きを読む]
  • 初公開!愛媛県第二位の落差120mの千段滝(面河渓周辺)
  • [林道から15分なのに探訪者なし]以前、愛媛県久万高原町にある四国一の渓谷・面河渓よりも水の色が美しいその支流・鉄砲石川を紹介した(→『四国最高水質の大渓谷に注ぐ清流の川』及び→『四国最高水質の大渓谷に注ぐ清流の川(2)』)が、その川の更に支流の谷には愛媛県第二位の落差を誇る千段滝(せんだんのたき)が懸かっており、鉄砲石(火縄銃の形状をした石)の下方やや手前の林道沿いには看板まで建っている。更にその下の鉄砲 [続きを読む]
  • 謎の隧道から滝が!土佐清水市の海岸段丘滝群
  • [素掘り隧道滝から落差30mの滝まで]以前、素掘り隧道から落下する滝として松山市の不動滝、海岸段丘滝として徳島県牟岐町の白滝等を紹介したが、海岸段丘にある素掘り隧道から落下する滝が高知県土佐清水市の足摺半島にある。武市伸幸氏の著書に掲載されている落差30mの千万滝の滝壺に向かう途中にある、砂浜に落下する滝である。隧道と滝の規模は不動滝の半分以下だが、隧道内に入ることができ、滝の天辺から海を見下ろすことが [続きを読む]
  • 日本一の水質・面河川源流の落差102mの御来光の滝へ
  • 愛媛県久万高原町から高知市へと流れる四国屈指の大河・面河川(仁淀川)が国の検査で日本一の水質に認定されたことは以前述べた。面河川は愛媛・高知県境からやや西方の河川管轄が変わる箇所で仁淀川と名を変える。 一般観光客が探勝できる面河川の最上流部は四国一の渓谷・面河渓だが、登山愛好家や沢登り愛好家は源流域に懸かる愛媛県第三位の落差を誇る巨瀑・御来光の滝まで行くことができる。現在は降雨が少ない日が続いている [続きを読む]
  • 愛媛県一フォトジェニックな滝・機滝と皇子渓谷
  • [百神滝と酷似した機滝]以前紹介した四国一記念撮影に適した滝・百間滝(百神滝)に酷似した滝が愛媛県四国中央市の赤星山(1453.2m)登山道の一つにある皇子渓谷に懸かっている。この渓谷は伊予風土記によると、斉明天皇が道後温泉に行幸された際、天皇の皇子で後の天智天皇が訪れたとされている。 渓谷は結晶片岩からなり、所々岸は切り立っており、無数の滝を懸けている。その中に六つほどの顕著な滝があり、最上部の滝は大雨時に [続きを読む]
  • 発見!落差200mの四国最大の滝探訪ルート
  • [ネット初公開ルート]前回の記事で述べた高知県本山町の赤滝だが、展望所からは全体像が見えない。展望所から見える範囲の滝の落差だけでも、これまで四国一と思われてきた高瀑を超えているが、まだ瀑布は下に続いており、最下段の飛瀑を合わせると高知新聞社刊の「滝をゆく」に掲載されていたように、落差は約200mとなる。 以前触れた西日本一ではないかと思われる奈良県の中ノ滝(245m)はロッククライミング経験者でないと探訪 [続きを読む]
  • 廃線跡上の真の四国最大の滝・赤滝は探訪不可か(本山町)
  • [落差は150mを優に超える]かつて「探訪できる」四国一の滝・高瀑(たかたる・132m)を解説したが、武市伸幸氏の著書で「落差約60m」と記述されていた高知県本山町の赤滝が、実際の落差は150~200mあることが滝の展望所に立って実感できた。高瀑を超えているのは一目瞭然で、役場に問い合わせても「見た目は100m以上ある」とのことだった。 滝は清流・汗見川支流、桑ノ川のそのまた支流の断崖に懸かっており、滝の展望所は対岸の桑ノ [続きを読む]
  • 陸軍野砲トーチカと門型トーチカ(南国市)
  • (1) 蔵福寺島トーチカ南国市教育委員会が発行している掩体やトーチカ等戦争遺跡のリーフレット「掩体は語る」は何年かおきに改訂されているもようで、最新版には物部川沿いの蔵福寺島に残る「蔵福寺島トーチカ」が掲載されている。 南北に長く、南面に砲口、北面に出入口があり、側面は川石を貼り付けて偽装している。南北に長いのは、中に野砲を据えていたため。これは米軍が舟艇で物部川を遡ってきた時のために築造したもの。 [続きを読む]
  • 私の唯一の自作演歌歌詞
  • 昨夜、テレビ番組「あなたが聴きたい歌の4時間スペシャル」で作詞家・阿久悠を特集していた。いつもながら、昭和には情感豊かな歌が多かったなと思う。当方も昭和60年代から平成初期、「日本レコード制作協会」会員として、会誌に毎号、自作の自由詩や歌謡詩、童謡詩を投稿していたが、その中で唯一、演歌詩があった。昨夜の番組にも出演していた八代亜紀をイメージして作った歌詞である。 【海は荒波恋模様】(昭和62年作)(1) 岬 [続きを読む]
  • 真実のよさこい伝説紀行(10・特別編)
  • 純信、お馬、慶全による幕末の恋愛スキャンダル「よさこい物語」を取り上げた本シリーズは4年前、完結したが、その時のシリーズで取り上げなかった香美市の二ヶ所の史跡を紹介したい。 (1) 吉祥寺跡(土佐山田町楠目談議所)純信は五台山竹林寺脇坊・南ノ坊住職になる前の弘化年間頃、浦照山成就院吉祥寺の住職になっていた。この寺には純信の弟・松蔵(江渕六弥)が寺男として勤めていたから、その縁もあってのことかも知れない。が [続きを読む]
  • 龍馬は何のために土佐市の新居坂(宇佐坂)を通ったのか
  • [ジョン万次郎が通った記録はあるが]高知県土佐市新居の本村トンネル北口東側には、宇佐坂(新居坂)津波避難所の看板があり、その先のY字路の古道入口には、この古道を坂本龍馬やジョン万次郎が通ったと言われている旨の朽ちた看板が立てかけられている。万次郎がハワイで暮らしていた宇佐出身の仲間と共に嘉永5年10月1日、ここを通ったことは河田小龍の『漂巽紀略』から読み取れるが、龍馬が通った記録はない。 宇佐坂は遍路道 [続きを読む]
  • 初公開!司馬遼太郎が歩きたかった龍馬の板屋への道
  • [国境付近には斬首された土佐人の墓が]以前、司馬遼太郎が「竜馬がゆく」で述べた、坂本龍馬が高知県仁淀川町から愛媛県久万高原町へと抜けた松山街道(土佐街道)の内、土佐で最後の番所「橘番所」跡付近の街道を記事で紹介したが、県境から愛媛県側の街道について紹介したい。尚、「松山街道」とは、土佐から松山藩中心部へと抜ける街道の総称。「土佐街道」も同様に何種類も存在する。 4年ほど前、なぜ司馬遼太郎がこの街道に注 [続きを読む]
  • 廃線跡随一の景勝滝と無名激流滝群(魚梁瀬森林鉄道)
  • [水谷不動の滝とフォトジェニックな滝]過去何度も触れた、鉄道廃線跡として国内初の国定文化財となった高知県中芸地方の魚梁瀬森林鉄道(二系統の本線のみの遺構)。森林鉄道としては四国一で日本屈指の総路線営業距離を誇る。戦前からこの本支線沿い随一の景勝地だったのが、北川村小島の「水谷不動の滝」。廃線跡橋梁から遊歩道があり、三つの滝が連続する。水量が多く、轟音を轟かせている。昔は修験の修行場で、仏堂や石仏が祭 [続きを読む]
  • ドランクドラゴン塚地氏先祖邸跡が城跡と共に消える
  • [先祖邸は入野城の縄張か]以前、高知県黒潮町に残る塚地武雅氏の先祖や祖父母関連地を紹介し、先祖邸前を走っていた土佐西街道を坂本龍馬が16歳時に歩いていたことについて解説したが(→ドランクドラゴン塚地の先祖と龍馬 )、最近、その先祖邸跡が背後の中世の入野城跡と共に、今後開発で消滅することが分かった。 先祖邸跡(上の写真)にはバイパス道路が通り、入野城跡は宅地として開発される予定。入野城跡南方に「本番ヤシキ」 [続きを読む]
  • 私が講演で語った土佐浪士の新事実等
  • [窪田真吉(真田四郎)の謎や佐々木高行の妹の夫]昨日、高知県高岡地区(戦前の旧高岡郡エリア)文化財保護連絡協議会総会に於いて講演を行った。内容は次の通り(当日の配布資料)。 演題:窪田真吉や龍馬等幕末の人物と街道[A・窪川の志士・窪田真吉(真田四郎)](1)真吉が土佐を出るまで(2)忠勇隊での真吉(3)高杉晋作と共に長州藩海軍局を急襲する真吉(4)明正寺での切腹の謎と墓の向きの謎 [B・谷干城の遠戚の谷氏](1)佐々木高 [続きを読む]
  • ネット初公開!巨岩地下掘下げ隧道と獅子岩と無名滝(大洲市河辺町)
  • [ドルメン隧道とライオン岩と樽落しの滝]これまで各種素掘り隧道・トンネルを紹介してきたが、100トンを超える巨岩の底の地面を掘り下げて造った水路隧道は極めて珍しい。掘下げた結果、隧道の両端は大石と岩のため、類を見ないような「ドルメン隧道」が誕生したのである。 工事時期は詳らかではないが、水路パイプがまだ日本(四国)になかった頃なので、明治か大正時代ではないだろうか。全長は十数メートルほどか。 周囲の地形 [続きを読む]
  • 海軍第23突撃隊(8)司令本部と回天基地・其ノ四(完)
  • [回天よ、永遠に]串ノ浦南西のY字路まで引き返すと、今度は上の道路を車で移動する。三差路の谷間に来ると、そこが先日触れた、須崎鉱業所トロッコ鉱石積込場跡(2枚目写真は'07年時)。三差路南東角がその跡地だが、トロッコトンネルも鉱山遺構も跡形もなくなった。そこから北西に進む道路が拙著で解説したトロッコの軌道跡。 途中、三基の回天の横穴壕が看板付きで保存されている。これが公道沿いでは唯一奥まで入ることができ [続きを読む]