綾杉 るな さん プロフィール

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綾杉 るなさん: ひもろぎ逍遥
ハンドル名綾杉 るな さん
ブログタイトルひもろぎ逍遥
ブログURLhttps://lunabura.exblog.jp/
サイト紹介文「香椎宮古宮はスピカを祀る振る宮だった」の謎解きから始まった。神話と伝承を訪ねて神社をぶらぶら歩き。
自由文古宮・元宮と聞けば行かずにおれない。人を見かけたら突撃インタビュー。
星の伝承があったよ。シリウス、アンドロメダ、スピカ、ポラリス、北斗七星。
古代馬、古代鉄、海上の高天原、君が代のルーツなどなど、日本の夜明けを彩る伝承たちが目の前に広がる。
蘇る古代の日本。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供290回 / 365日(平均5.6回/週) - 参加 2010/05/28 14:55

綾杉 るな さんのブログ記事

  • バスハイクの準備
  • バスハイクの準備今日は来月のバスハイクのスケジュール詰めをしました。このバスハイクも14回目になります!福岡市の西部、鳥飼八幡宮や小戸大神宮など、神功皇后が渡海する前後の話がメインの地域になります。そして、せっかくだから小戸妙見にも♪最近、龍のエネルギースポットとして人気が高い神社です。壱岐真根子を祀る壱岐神社にも参り、そのあと那珂... [続きを読む]
  • 行ってきました
  • 行ってきました13回 バスハイク名島神社福津〜東区のバスハイク、行ってきました。心配した雨もシャワーのような雨が時々降る程度でした。晴雨兼用の傘が日傘になったり、雨傘になったり。ラスト前の名島神社の名島城址で本降りになり、筥崎宮は次回に回すことにしました。今回はブログではよく紹介する神社ばかりです... [続きを読む]
  • 5月の熱帯夜
  • 今夜は夜の10時を過ぎても部屋の温度が28度を下がりません。昨日もそう。5月の熱帯夜なんて、ありえへん。6月1日が衣替えなんですがね。庭のシャクヤクは珍しく長持ちしています。例年は花の頃に嵐が来て一晩で花を全部散らすのです。今日は真鍋のシリウスをまとめていました。ブログには既に「シリウスの和名」と... [続きを読む]
  • ウーナ40 岩蔵天山神社 七歳の童女に神が懸かった
  • ウーナ40岩蔵天山神社 七歳の童女に神が懸かった さて、今日は岩蔵の天山神社の紹介をしよう。天山の麓にある三つの下宮社のうち、一番東に鎮座している宮だ。九州横断自動車道で長崎に向かい、小城パーキングに新たに設置されたスマートICから下りていくと、すぐに三叉路に当たる。右折して祇園川沿いに遡っていくと、まもなく天山酒造が右手に見える。その正面が岩蔵天山神社だ。ここ... [続きを読む]
  • 第3回 歴史カフェ小城 「佐賀の女神たち」のご案内
  • 第3回 歴史カフェ小城 「佐賀の女神たち」のご案内佐賀には多くのヨド姫神社があります。そこにはヨド姫、トヨ姫、トヨタマ姫などの女神たちが祀られています。ヨド姫とは有明海から寄せる津波を知らせる女神です。トヨ姫とは海神から秘宝の干珠満珠を授かった巫女(みこ)で、武雄で亡くなりました。神功皇后の妹にあたり、武雄神社に祀られる武内宿禰の妻でした。また、トヨタマ姫とは海神... [続きを読む]
  • ウーナ39 「あめやま」と「てんざん」
  • ウーナ39「あめやま」と「てんざん」 先日の画像からチェリーが山の名を特定してくれた。なんと、「あめ山」と「天山」がある。左端のピークが「あめ山」だそうで、その頂上すぐ下に「天山神社上宮」があるという。右のピークが「てんざん」だ。何故、このように二つの似た名前となったのか。... [続きを読む]
  • 第2回小城 歴史カフェでした 
  • 今日は小城鍋島家Tenでの歴史カフェ。ご参加の皆様、ありがとうございました。今日は藤原房前(ふささき)と持統天皇の話。まさに、ここに房前は来た、という当地だからこその臨場感があります。やっぱりすごい所だったんだなあ。お茶タイムの時、天山に手を合わせているうちに不思議なことがあったという話を聞きました。遠い飛鳥時代から現代に至るまで、見えない力が働いていることを改め... [続きを読む]
  • 明日は小城 日本遺産の条件
  • 明日は小城 日本遺産の条件 最近、歴史カフェや講座などの前日は他のテーマに触れないようにして、頭の中をシンプルにするように心がけています。それで、動かすのは身体の方。掃除をチョコマカやって過ごしました。天山神社関連の話を明日もするのですが、実はまだ神社には行っていない。現地入りせずに話をするのは初めてです。そこで、明日は早めに出て案内していただくことになりました。... [続きを読む]
  • 第13回 バスハイク 安曇の里のご案内
  • 第13回 バスハイク 安曇の里のご案内来週、5月18日(金)は「歴史と自然をまもる会」主催のバスハイクです。神功皇后シリーズもいよいよ渡航前の状況に差し掛かりました。このブログの原点ともいえるエリア、海の見える神社ばかりをまわります♪ご案内は私です^^天神を8:30分に出発して、まずは宮地嶽神社参拝です。① 宮地嶽神社と宮地嶽古墳(下69)福津市宮司元町7-1... [続きを読む]
  • ウーナ38 持統天皇4 対馬を守れ
  • ウーナ38持統天皇4 対馬を守れ 讃良(さらら)皇女が27歳の時、父が死んだ。父とは天智天皇のことだ。その直前、夫の大海人皇子は皇位継承の問題から皇太子の位を譲り、吉野に逃れた。讃良皇女は10歳の子を連れて夫についていった。しかし、夫は反旗を翻して戦い、勝利すると天皇に即位した。壬申の乱だ。讃良皇女は皇后になった。皇后が42歳の時、天皇が崩御した。我が子... [続きを読む]
  • ウーナ36 七つの珠9 任務完了
  • ウーナ36七つの珠9 任務完了 2018年5月2〜3日。昨日と今日、ゴールデンウィークのさなか、私たちは宗像大島に一泊二日の旅をした。海関係の七つの神社を探し出し、それぞれに珠を一つずつ奉納するミッションの期限は3月中だった。私たちは無事にそれを済ませた。代わりに受け取った法具を奉納するのは5月3日と指定されていた。場所は大島の... [続きを読む]
  • ウーナ35 天智天皇
  • ウーナ35天智天皇 額田王が愛したのは大海人皇子。すなわち天武天皇だったという。このあと、天武が出てこようとしたが、押しのけて出て来たのは天智だった。菊如が私に「質問をして」というが、当時、私も天武と天智の違いさえよく分からなかった。「てんちてんのうですか」と尋ねると「てんじ」と訂正された。次からは一問一答。すでに一部は「ことのかたり」に書いている。「何... [続きを読む]
  • ウーナ34 ヌカタノキメ
  • ウーナ34ヌカタノキメ さて、前回、額田王の事を書いたが、菊如からその具体的な話が知らされた。宗像の猿田峠にある豊日社で、古代の物部が鼻息荒く言ったのは「ヌカタノキメの鏡は何処に行ったのだ!ここに無いではないか!」ということばだった。「ヌカタノキメとは額田王の事ですか?」と尋ねると、「あーそうだ!」と答えたという。「ヌカタノキメ」という発音は珍しい。「妃女... [続きを読む]
  • 歴史カフェ お礼 
  • 歴史カフェ お礼 今日はゴールデンウイークの行楽日和でしたが、多くの方が歴史カフェに参集してくださいました。ありがとうございました。一つの講座の準備に何週間か、かけるのですが、繰り返しながら少しずつ掘り下げていって、大きな枠組みを描き出す段階にたどり着いたのだなあと感慨深いです。一つ謎が解ければ、また次の謎が生まれる世界。こ... [続きを読む]
  • 羌人(きょうじん)にやっと会えた
  • 羌人(きょうじん)にやっと会えた 先ほど、NHKで「四川美人谷」が放映された。本当に美人ばかりで見とれたが、頭には「かふり」を被っていた。埴輪の女性と同じ被りものだ。取材されていたのはギャロン・チベット族ということだが、もともと羌人(きょうじん)がルーツだったという。羌人は旧唐書には「東女国」と書かれている女王国の民だ。番組... [続きを読む]
  • ルソン足 筑紫舞と高良玉垂宮絵巻
  • ルソン足 筑紫舞と高良玉垂宮絵巻筑紫舞に「ルソン足」と呼ばれる所作があります。足を上げた画像があったので、宮司に見ていただいて、「ルソン足」ということを確認しました。このルソン足、高良玉垂宮縁起絵巻の磯良像を見ると、その足がそっくりなのです。 高良山に伝わる絵巻ですが、志賀島で磯良が黄金の亀に乗って踊りながらやってくるシーンが描かれています。この磯良に対... [続きを読む]
  • にっき
  • 昨日、ある用件で、書類がどっさりと届きました。200枚近い書類の厚さは2センチ近く。急に読むことになりました。(;’∀’)内容は書けませんが、脳味噌の中でも、普段使わないエリアを使ったためか、ブログ用の脳味噌は真っ白。今夜もまた、真っ白なのでありました。♪ [続きを読む]
  • 邪馬台国論ではなく
  • 邪馬台国論ではなく倭国とは何処にあった国か。今回の歴史カフェでは、それを中国正史から、一部ですが、ピックアップしていきます。邪馬台国論争をみていると、その位置を持論に結び付けるために、データを変えてしまう傾向がみられます。そこで、今回は試みとして、邪馬台国を全く無視して、倭国の所在地を示す文も並べて読んでみようという試みもします。た... [続きを読む]
  • 邪馬台国論ではなく
  • 邪馬台国論ではなく倭国とは何処にあった国か。今回の歴史カフェでは、それを中国正史から、一部ですが、ピックアップしていきます。邪馬台国論争をみていると、その位置を持論に結び付けるために、データを変えてしまう傾向がみられます。そこで、今回は試みとして、邪馬台国を全く無視して、倭国の所在地を示す文も並べて読んでみようという試みもします。... [続きを読む]
  • 歴史カフェ「アントンイソラ」の詳細です
  • 歴史カフェ「アントンイソラ」の詳細です「日本書紀」で一番長いのは「神功皇后紀」ですが、そこには安曇磯良の名がありません。また、豊浦宮に新羅軍が上陸して皇居を襲撃し、天皇と皇后を守って筑紫の将軍、阿部高麿、助麿兄弟が討ち死にした記録もありません。神功皇后の御座船の舵取りをした磯良の伝承を拾い出し、その半生を描く... [続きを読む]
  • ようやく集大成かな
  • ようやく集大成かな福津の歴史カフェの準備にいそしんでいますが、アントンイソラについては既にこれまでも、何度か話をしています。例えば、『高良玉垂宮神秘書』の解説をすれば、玉垂命としての磯良の話となり、『志賀島所聞録』を紐解けば、やはり磯良神のことになります。また、方向を変えて磐井の末裔たちの話をしても、安曇族の話に戻ってきます。アベ一族が安曇族だからです。中国正史... [続きを読む]
  • ウーナ33 額田王
  • ウーナ33額田王 ぬかたのおおきみ 鸕野讚良(うののさらら)が13歳で叔父の大海人皇子に嫁ぐ前、大海人皇子には既に複数の子が生まれていた。一人は宗像徳前の娘・尼子娘(あまこのいらつめ)との間には武市皇子。そして、前年には額田王との間に十市皇女(とおちのひめみこ)が生まれていた。653年のことだ。この時、大海人皇子は23歳だったが、額田王の年齢は分からない。多分、... [続きを読む]
  • ウーナ32 持統天皇2 草壁皇子は福岡生まれ
  • ウーナ32持統天皇2 草壁皇子は福岡生まれ 草壁皇子が福岡生まれとなると、がぜん、身近に感じてしまう。これまでは全く遠い存在だった。私たちは九州の歴史の、何を、いったい知っているのだろうか。タイトルは草壁皇子だが、その母の持統天皇の筑紫滞在などを考えてみたい。持統天皇がまだ鸕野讚良(うののさらら)と呼ばれていた頃の話だ。夫の天武天皇は大海人皇子と呼ばれていた... [続きを読む]