札幌ナザレン さん プロフィール

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札幌ナザレンさん: 希望のことばー札幌ナザレン教会講壇からー
ハンドル名札幌ナザレン さん
ブログタイトル希望のことばー札幌ナザレン教会講壇からー
ブログURLhttp://nazach.exblog.jp
サイト紹介文札幌ナザレン教会の牧師、古川修二の礼拝メッセージをブログで配信中
自由文札幌ナザレン教会牧師、古川修二の礼拝メッセージ。毎週日曜の礼拝にて、分かりやすい聖書からのメッセージをブログで配信しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供46回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2010/06/11 19:40

札幌ナザレン さんのブログ記事

  • 祝福の祈り
  • ■聖書の箇所 創世記48章1〜16節 ヤコブは、人生最後の、そして最良の大切な仕事をしようとしていました。それは、子どもを祝福するということでした。息子ヨセフが自分の枕辺に来たとき、ヤコブは、力を振り絞って床の上に座りました。今、ヤコブは自分が祝福されただけではなく、自らが祝福の源となって、息子ヨセフを祝福し、そして孫を祝福したいと言ったのでした。 9節「私のところに連れて来なさい。彼ら... [続きを読む]
  • 生きている者の神
  • ■聖書の箇所 創世記28章10〜22節 ヤコブは、「見よ。わたしはあなたとともにいて、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない」という神の約束の言葉を聴きます。主なる神はこの時、「共にいる」ということと、あなたに約束したことを果たすまであなたを決して見捨てないと約束してくださったのでした。 ヤコ... [続きを読む]
  • 受け継がれる祈り
  • ■聖書の箇所 創世記26章12〜25節 主イエスの山上の説教の中に、「柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐからです」とあります。アブラハムの子、イサクは、この柔和さを与えられた人です。そして、その柔和さ、へりくだりの心のゆえに、地を受け継いだ人でした。 イサクは、忍耐と望みの末に、平和と自由を手に入れることができ、主への感謝の思いで、ゲラルの地より、彼が住んでいたべエル・シェバに... [続きを読む]
  • 主の前に立つ
  • ■聖書の箇所 創世記18章 18章16節以降で、御使いたちは重要なことをアブラハムに語りました。それは、ソドムとゴモラのさばきのことでした。聖書に、「神の慈愛と峻厳とを見よ」という御言葉があります。このさばきを聞いたアブラハムは、必死にとりなしの祈りを致します。すると、主は、ソドムの町に10人の正しい人々がいたら、町全体を赦すとまで約束されました。しかし、ソドムの町には、その10人がいな... [続きを読む]
  • この世で生きる
  • ■聖書の箇所 マタイ5章13〜16節   メッセージ 久保木 勁師 宗教改革によって誕生したプロテスタント教会には、「改革された教会は改革され続けられなければならない」という命題があります。ですから、ルターの宗教改革(1517年)から500年になるプロテスタント教会の歴史は、改革の連続と言えます。 19世紀初頭に、ハンス・ニールセン・ハウゲというノルウェーのルター派の指導者が「実践的キ... [続きを読む]
  • 望みつつ信じる
  • ■聖書の箇所 創世記15章1〜6節 人生において、神様を信じる大事な瞬間があります。普通、私たちは、目に見える証拠に寄りすがりながら神とその働きを信じるのですが、時にそうした目に見える証拠やしるしがないときも、神とその祝福を信じるのです。神様はそのような信仰者を求めておられます。そして、そのような人々を友と呼び、彼ら、彼女らを通して、真に偉大な神の業を行い続けてこられました。 アブラハム... [続きを読む]
  • 心を高く上げよ
  • ■聖書の箇所 創世記13章 主なる神は、ロトと別れたアブラムに、「目を上げよ」と言われました。「目をあげてあなたのいる所から北、南、東、西を見渡しなさい。すべてあなたが見渡す地は、永久にあなたとあなたの子孫に与えます」と。 この時のアブラムにはロトと別れた寂しさがあったと思います。しかし、条件の悪い地で何とか生き抜こうとしていたアブラムに、主なる神は、語りかけるのです。「あなたの目を足元... [続きを読む]
  • 信じて前進する
  • ■聖書の箇所 創世記11章27〜12章9節 三つのことをお伝えします。第一は、主なる神は、お語りになられる神、それも私たち一人一人に御言葉をもってお語りになられる神であるということです。1節に、「主はアブラムに言われた」とあるとおりです。二つ目は、主なる神は私たちを祝福されるお方であるということです。2節に、「わたしはあなたを祝福し」とあるとおりです。「主なる神は私たちにご自身の祝福を与... [続きを読む]
  • あなたが生きる意味
  • ■聖書の箇所 マタイ25章14〜30節 この譬えから教えられることは、神と私たちとの関係です。それは、神様は私たちの主人であり、人間はその神の僕であるという真理です。そのように神を、私たちの人生の主人として見出すことができることが最も大事なことです。そして、この主人は、しばし旅に出て、その財産をそれぞれの能力に応じて、ある者には5タラント、ある者には2タラント、ある者には1タラントとして... [続きを読む]
  • 燃えて輝くともしび
  • ■聖書の箇所 ヨハネ1章19〜34節 導入:自分の死後どのように人々に覚えていてもらいたいかを考えましょう。また、自分の神様からの最終評価がどのようであるか考えましょう。聖書におけるいくつかの例? エノク(創世記5:24); ドルカス (使徒の働き9:36); アベル(ヘブル書11:4)? 裏切り者のユダ; 疑い深いトマスバプテスマのヨハネがイエス様から受けた評価(ヨハネ5:33-35... [続きを読む]
  • 隣人になる
  • ■聖書の箇所 ルカ10章25〜37節 ユダヤ人とサマリヤ人の間に、激しい敵意があったことを考えれば、このサマリヤ人は、傷ついた旅人にとり、最も助けてくれそうにない人でした。しかし、この人はそこで、苦しんでいる人を見て、気の毒に思い、その場でできる最善の世話をしました。そして、主イエスは、「わたしの隣人とは、誰のことですか」と質問した学者に尋ねたのです。「三人のうち、誰が強盗に襲われた人の... [続きを読む]
  • 神の愛の広がり
  • ■聖書の箇所 マタイ18章15〜35節 一万タラントの負債のある者が、王のもとに連れて行かれて、決算をしなければならなくなりました。最終的な返済を求められたのです。一万タラントとは、途方もない借金です。それに対して彼が仲間に貸していた金額は、相当な金額ではありますが、彼が王に対して負っていて、赦された膨大な額に比べるとわずかな金額でした。しかし、彼は赦すことができませんでした。このたとえ... [続きを読む]
  • 神のガイダンス
  • ■聖書の箇所 詩篇119篇105節   メッセージ  久保木 勁師 ガイダンスは、「指導」を指す日本の教育用語になっていますが、英語では、特に「神の導き」を指す重要なキリスト教用語なのです。その「神の導き」が「み言葉」によってであることを、この119篇の作者は、有名な105節で示そうとしています。しかも「あなたのみ言葉は、わたしの〜、わたしの〜」とあるように、この105節が作者自身の個... [続きを読む]
  • み言葉によって生きる
  • ■聖書の箇所 詩篇1篇1〜3節、Ⅱテモテ1章1〜7節 詩篇1篇の作者は、人間の真の幸いを知っていました。人間とは、人の間で生きる存在ですから、誰と共に生きるかということで、その人格に決定的な影響を受けます。ですから、詩人は、「悪しき者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に座らない人は幸い」と語っています。 幸いな人の生き方は、神様に敵対する者との交わりと一線を画している... [続きを読む]
  • 聖書の目的
  • ■聖書の箇所 ヨハネ20章24〜31節 マタイによる福音書の最後の場面に、次のように記されています。「さて、11人の弟子たちはガリラヤに行って、イエスが彼らに行くように命じられた山に登った。そして、イエスに会って拝した。しかし、疑う者もいた」と。 主イエスを礼拝する11人の弟子たちの中にも、疑う者がいた。それが現実でした。そのように、主イエスを礼拝する現代の私たちの中にも、様々な疑いがあ... [続きを読む]
  • 万事を益となされる神
  • ■聖書の箇所 ローマ8章28、29節 メッセージ 平原 知之宣教師 今日の聖句は苦難の中にある人生の葛藤に対して、パウロが主の恵み、哀れみを示してくださる事をはっきりと断言していますが、私達の宣教の地でもこの様な主の恵みを体験することがあります。 一人の人生に望みを失いかけた青年が信仰を持ったのですが、この青年に起こった悲劇の中から、その方の兄弟姉妹に全く考えもしなかったような福音の扉が... [続きを読む]
  • 罪を赦す権威
  • ■聖書の箇所 ルカ5章17〜26節 四人の人々は、中風の人と心を一つにして、主イエスならば、必ず助けてくださるに違いないと信頼して、最後まで突き進みました。主イエスは、彼らの信仰を見て、「人よ、あなたの罪は赦された」と言われたのでした。 イエス・キリストは、この人にもうあなたの罪は赦されましたと、宣言されているのです。しかし、その宣言を聞いて、律法学者とパリサイ人たちは、反発します。「神へ... [続きを読む]
  • キリストのように
  • ■聖書の箇所 テモテ第二  2章1〜21節 メッセージ 川原崎 晃 師 パウロは、イエス・キリストにとらえられ、彼の存在と生涯に刻み込まれていました。それゆえに、「イエス・キリストを思い起こしなさい」と勧めています(8節)。Ⅰ.共に恵みの主に仕える 1〜8節 パウロは、キリストによる過去・現在・将来にわたる大いなる救いの恵みに与っていることに堅く立ち続けていました(1章9〜10節)。弱さ... [続きを読む]
  • 新しく生まれる
  • ■聖書の箇所 ヨハネ3章1〜21節 ローマ人への手紙10章17節に、次のような御言葉があります。「したがって、信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から来るのである」と。 信仰とは、イエス様を救い主として信じること、その言葉を聞いて信じることです。キリストの言葉を聞いて、その言葉を素直に受け入れてください。心に信じて、本当にそうです。アーメンですと、言ってください。そのとき... [続きを読む]
  • 一切の秘訣
  • ■聖書の箇所 ピリピ4章12、13節   メッセージ 久保木 勁師 ここで、使徒パウロが言っている「秘訣を心得ている」の「秘訣」とは、「物事に対処するのに特別に良い方法」のことであり、「心得ている」とは「身につけているということ」なのです。それを、11節では、「学んだ」と言っているのですが、それは、テレビのCMにも使われている「何かを学ぶのに、自分で経験する以上に、いい方法はない」という... [続きを読む]
  • 約束の虹(父の日歓迎礼拝)
  • ■聖書の箇所 創世記9章1〜17節 洪水物語が伝えるメッセージは、基本的には、神は人の罪を見逃すようなお方ではないということです。しかし、それだけではありません。洪水の後、暗く、憂鬱な空に現れて美しく輝いていた虹を、神さまはご自分の愛と真実の約束の保証として、私たちに指し示してくださったのです。 神は言われます。この虹を見たら、わたしは思い起こす、と。私たちは虹を見落とすかもしれません。思... [続きを読む]
  • 神と共に歩む
  • ■聖書の箇所 創世記6章5〜9節 ノアについて、信仰の書と呼ばれるヘブル人への手紙11章には、次のように記されています。7節、「信仰によって、ノアはまだ見ていない事がらについて御告げを受け、恐れかしこみつつ、その家族を救うために箱舟を造り、その信仰によって世の罪をさばき、そして、信仰による義を受け継ぐ者となった」と。 ノアは主の前に恵みを得た幸いな人でした。そのように、私たちはただ神の恵み... [続きを読む]
  • すべての人に注がれる神の霊
  • ■聖書の箇所 使徒行伝2章1〜21節 昔、主の霊は、ごく限られた一部の指導者たちの上に注がれていました。しかし、主イエスがすべての人々のために十字架におかかりになり、すべての人々のために死からよみがえられた後は、主イエスを信じるすべての人に、わけへだてなく主の霊が注がれるようになりました。 17節に「神がこう仰せになる。終わりの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。そして、あなたがたのむ... [続きを読む]
  • 待望と祈り
  • ■聖書の箇所 使徒行伝1章6〜14節 宗教改革者ジャン・カルヴァンは「キリストの昇天」について、次のように述べています。 「キリストは天に上げられ、肉体は、われわれの目の前からは取り去られた。だが、それはなお地上の信仰者たちのもとに、ともにいることをやめたのではなく、以前よりも、もっと有効な力をもって、天をも、地をも支配されるためであった。」こうして、キリストの弟子たちが、キリストの証人と... [続きを読む]
  • あなたは、どこにいるのか
  • ■聖書の箇所 創世記3章 創世記3章は、聖書全体を凝縮した箇所であると言われています。神によって造られ、「はなはだ良かった」と記された人間がどのようにして神に対して罪を犯し、堕落していったのかということが、誰にでも分かる印象的な表現で描かれている箇所です。6節に「女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共に... [続きを読む]