DUGON(ジュゴン) さん プロフィール

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DUGON(ジュゴン)さん: 幸せを約束する聖書の言葉
ハンドル名DUGON(ジュゴン) さん
ブログタイトル幸せを約束する聖書の言葉
ブログURLhttp://d.hatena.ne.jp/Dugon/
サイト紹介文あなたが聖書のみ言葉に接するとき、心に満足と喜び平安が与えられます。
自由文日々、神様が私共に与えてくださる聖書のみ言葉を通して、生きる力と助けを得たいと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供134回 / 365日(平均2.6回/週) - 参加 2010/06/15 11:18

DUGON(ジュゴン) さんのブログ記事

  • 終りの時には
  •  使徒行伝2章16節から21節の聖句を読むと、預言者ヨエルの預言の約束は、ペテロの時代に成就して、今日まで、その成就は続いていると述べられています。 それは、信じている全ての人に聖霊が与えられ、聖霊の力によって、福音が伝えられ、求める人々が救われていくと述べられているのです。使徒行伝2章16節〜21節「そうではなく、これは預言者ヨエルが預言していたことに外ならないのである。すなわち、 『神がこう仰 [続きを読む]
  • 祝福に満ちた望み(5)…天国に対する確信へ至らせる
  •  「恵み」というのは、私たちを待ち望むようにさせるのです。 それは「祝福に満ちた希望」、あるいは「イエス・キリストの栄光の現れ」である再臨を待ち望むようにするのです。 「恵み」は、再臨を待ち望むように教える、訓練するのです。 エレン・ホワイトは著書「各時代の希望」で次のように述べています。 「キリストの死より以下のものでは、主の愛をわれわれのために、効力あるものとすることができない。われわれが、主 [続きを読む]
  • 祝福に満ちた望み(4)…私たちを変える恵み
  •  「恵みは」 私たちが、不信心と現世的な欲望を捨てさせるというのです。 この世の生活、この世の考えに従った生活、それを捨てる。 別の言葉で言うと、そのような世的な生活に死ぬということです。そのことはバプテスマ(洗礼)でよくあらわされています。 バプテスマの時に水に入る。それは古い自分に死に、又、この世の生き方を捨てるということです。 ところで、それで終りではありません。 「この世で、思慮深く、正し [続きを読む]
  • 祝福に満ちた望み(3)・・・すべての人に神の恵みがあらわれた
  •  ところで、そのような生活は、何を土台にして生まれてくるのでしょうか。 年老いた男も、女も、若い男も、奴隷も、神様の教えに相応しい生活はどこからくるのでしょうか。 その土台となることがテトス人への手紙2章11節、12節にでています。 「実に、すべての人々に救いをもたらす神の恵みがあらわれました。その恵みは、わたしたちが不信心と現世的な欲望を捨てて、この世で、思慮深く、正しく、信心深く生活するように [続きを読む]
  • 祝福に満ちた望み(2)・・・教えにかなった生活
  •  テトス人への手紙 「2:1しかし、あなたは、健全な教にかなうことを語りなさい。 2:2老人たちには自らを制し、謹厳で、慎み深くし、また、信仰と愛と忍耐とにおいて健全であるように勧め、 2:3年老いた女たちにも、同じように、たち居ふるまいをうやうやしくし、人をそしったり大酒の奴隷になったりせず、良いことを教える者となるように、勧めなさい。 2:4そうすれば、彼女たちは、若い女たちに、夫を愛し、子供を愛し、 2:5慎 [続きを読む]
  • 祝福に満ちた望み
  •  「アメージング・グレイス」という賛美歌をご存知だと思います。 この曲の作詞者ジョン・ニュートンは1725年、地中海航路の船長の一人息子として生まれました。母は信仰が深く、息子が将来牧師になることを念じて、3才の時から教育を初め、聖書、教理問答、賛美歌を教えました。 彼は極めて頭脳が優秀で、記憶力が抜群でした。 しかし、この母が7才になる直前に亡くなり、彼は父の職業を継ぐことになり、二年の学業を終 [続きを読む]
  • 今も生きている神(4)・・・「実を結ぶ」
  •  ドイツに、よく知られたゴルヴィッツァーという牧師であり、神学者がいました。 ナチが力を持っていた時、ヒットラーに勇敢に抵抗した牧師でした。 ヒットラー政権は、抵抗力のある牧師たちを戦線に送り出す方法をとったのです。 ゴルヴァイッツァー牧師も抵抗するので戦線に送り出されました。 東部戦線でソ連軍の捕虜となり、シベリヤで捕囚生活をするようになりました。 そのシベリヤの何年かの生活の中で、戦線に持って [続きを読む]
  • 今も生きている神(3)・・・神の言葉に力がある
  •  エリヤの祈りの中に、天から火が降って、ささげものを焼き尽くすその目的が記されています。 37節 「主よ、この民にあなたが神であること、又あなたが、彼らの心を翻されたのであることを知らせてください。」 新共同訳では、 「主よ、あなたが、神であり、彼らの心を元に返したのは、あなたであることを知るでしょう。」 イスラエルの民は、迷いから覚めて、本当の神が誰であるかを悟り、遂に、神に立ち返り、バアルの祭 [続きを読む]
  • 今も生きている神(2)・・・「主が神である」
  •  真の神様を現わす方法として、直接バアルの祭司と預言者エリヤが対決したのです、 そのことを通して、どちらが真の神を信じているかが明らかになるのでした。 具体的には、 列王記上18章23節〜 18:23われわれに二頭の牛をください。そして一頭の牛を彼らに選ばせ、それを切り裂いて、たきぎの上に載せ、それに火をつけずにおかせなさい。わたしも一頭の牛を整え、それをたきぎの上に載せて火をつけずにおきましょう。 18 [続きを読む]
  • 今も生きている神(1)
  •  旧約聖書列王記17章1節には 「ギレアデのテシベに住むテシベびとエリヤはアハブに言った、「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます。わたしの言葉のないうちは、数年雨も露もないでしょう」。とあります。 北王国イスラエルがここ3年間飢饉で苦しんでいました。 神様が、17章1節にあるように、エリヤを通して、アハブ王に告げたように、雨が降らなかったのです。  その原因は列王記上18章18節 [続きを読む]
  • 主の祈り(4)・・・神に憩う
  •  私たちは、人生において、様々な悩みに直面します。また悩みを自分の内に持って生活しています。 悩みの中にあって「天にいますわれらの父よ」と呼びかけるときに、地上から解き放たれて、地上をご覧になり、全てのことをご存知である神に憩うことができるのです。 神の大きなみ心と、支配の内に、様々な悩みや困難の中で導かれていくのを知るのです。 「天にいますわれらの父よ、  願わくは御名をあがめさせ給え、  み国 [続きを読む]
  • 主の祈り(3)・・・イエス・キリストと共なる祈り
  •  私たちが、「天にいますわれらの父よ」と呼びかける時、その時、イエス様と一つになって祈っているのです。 本当の意味で、父なる神様を、「父」、「お父さま」と呼べるお方は、イエス様以外いないのです。 私たちが、神様を、「天にいますわれらの父」と呼べるのは、イエスを信じ、イエスと一つになっているので、イエスをお兄さんとして、私たちは、その弟、妹になることができたからです。 旧約の聖所の神殿で香(薫香)を [続きを読む]
  • 主の祈り(2)・・・神様の電話番号
  •  ルードルフ・ボーレンという人が、ある時、電話をかけました。 ダイヤルを回すと、話し中の信号が聞こえます。 暫くして又呼んでみます。まだ話し中でした。 もう一度やってみました。まだ話し中。何という長い話をしているのだろうと腹を立てながら、ハット気がついてみると、自分の電話番号を何度も回していたのです。 そのような経験をボーレンは、主の祈りという書物の中で書いているのだそうです。 他人の電話番号を回 [続きを読む]
  • 主の祈り(1)
  •  マタイによる福音書6章9節から13節は、「主の祈り」と呼ばれているところです。「だから、彼らのまねをするな。あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである。 だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えく [続きを読む]
  • キリストのみ名によって立ち上がる(3)・・・一方的な神の恵み
  •  使徒行伝(使徒言行録)3章3節の終りに「施しをこうた」とあります。 ところがペテロとヨハネがしたことは、「わたしを見なさい」と注意を促し、「金銀はわたしにない。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」と命じたのです。 勿論、ペテロとヨハネは手を取って起こしてあげました。 すると不思議なことに、立ちどころに癒され、歩き回ったり、踊ったりして神を賛美しなが [続きを読む]
  • キリストのみ名によって立ち上がる(2)・・・物ように置かれている存在
  • 使徒行伝3章1節〜10節「3:1さて、ペテロとヨハネとが、午後三時の祈のときに宮に上ろうとしていると、 3:2生れながら足のきかない男が、かかえられてきた。この男は、宮もうでに来る人々に施しをこうため、毎日、「美しの門」と呼ばれる宮の門のところに、置かれていた者である。 3:3彼は、ペテロとヨハネとが、宮にはいって行こうとしているのを見て、施しをこうた。 3:4ペテロとヨハネとは彼をじっと見て、「わたしたちを見 [続きを読む]
  • キリストのみ名によって、立ち上がる
  •  「現代のヨブたち」 ハンセン氏病に罹った人たちが、その中で信仰を持つに至り、どうやって生きてきたかということを書いてある文章です。 ・・・15才になった時、自分の異常に気がつき、赤十字病院に行って、実に簡単に「あなたはハンセン氏病だ」と言われた。 その宣言に自分はもう死んだ方がいいのではないかという思いになったのです。 その当時、ハンセン氏病患者であるということは、とても厳しいことでした。 家族 [続きを読む]
  • しなやかに生きる・・・(2)
  •  「しなやかに生きる」という言葉は、植物の竹の弾力性のある性質を連想し、この言葉をお話の題に選びました。 それは、ガンになり、亡くなっていった一人の医師が、自分の苦しい闘病生活を、丁度雪の重さによって、今にも折れそうで折れない竹に例えて、生きていくことを詩に書いていたことを思い出したからです。 辞書で「しなやか」という言葉を調べてみると、「(曲げても形がくずれず)弾力に富んだ柔らかさがあるさま」と [続きを読む]
  • しなやかに生きる
  • 詩篇37篇の聖句が目に留まりました。詩篇37篇1節〜40節37:1悪をなす者のゆえに、心を悩ますな。不義を行う者のゆえに、ねたみを起すな。37:2彼らはやがて草のように衰え、青菜のようにしおれるからである。37:3主に信頼して善を行え。そうすればあなたはこの国に住んで、安きを得る。37:4主によって喜びをなせ。主はあなたの心の願いをかなえられる。37:5あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ、主はそれをなしとげ、37:6 [続きを読む]
  • イエス・キリストをあらわす・・・(2)
  • 使徒行伝16章25節には、「真夜中ごろ、ペテロとシラスとは神に祈り、さんびを歌いつづけたが、囚人たちは、耳をすまして聞きいっていた」とあります。 エレン・ホワイトはその著書の中で、「ほかの囚人たちは、奥の獄屋から祈りと歌が聞こえてくるのを、驚きながら聞いていた。彼らは夜のしじまを破って聞こえてくる悲鳴やうめき、のろいや悪口には慣れていたが、陰気な地下室から祈りやさんびの言葉が上ってくるのをこれま [続きを読む]
  • イエス・キリストをあらわす
  •  教会の働きを考えて、成功しなければと考えると、そこには自分のエゴ、利己心が出ることがあります。 エレン・ホワイトの著書「患難から栄光」の中に、パウロは十字架のイエス・キリストを伝える。それがパウロの目的であったと記されています。 私たちは何かと計画するとき、それが成功するかどうか、人間的基準で判断するのでなく、イエス・キリストの十字架を伝える、それを掲げることが第一でなければならない。その時に人 [続きを読む]
  • 喜びのクリスマス
  •  マタイによる福音書2章1節は「イエス」という言葉で始まります。 「イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき…」 イエス・キリストが、この物語の中心であり、主人公であることを示しています。 イエス・キリストは、王でありメシアです。 同じく1節の終りに「占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来た」とあります。 東方と言うと、聖書では、現在のイランからイラク、シリアを含む地域 [続きを読む]
  • 神の御子(3)・・・キリスト以外に救いも解決もない
  •  ヘブル人への手紙1章3節の後半に、 「そして罪のきよめの業をなし終えてから、いと高き所にいます大能者の右の座につかれたのである。」とあります。 罪のきよめとは、十字架のイエスのみ業、十字架の死を指しています。 イエスの十字架の死は、私共1人1人にとって、罪をきよめるためでした。イエスの十字架の死なくしては、私たちの罪の赦しと清めはないのです。 イエスは、十字架の死を遂げましたが、そのまま墓に横た [続きを読む]