はんきち さん プロフィール

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はんきちさん: 新・はんきちのつぶやき
ハンドル名はんきち さん
ブログタイトル新・はんきちのつぶやき
ブログURLhttps://hankichi.exblog.jp/
サイト紹介文音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供340回 / 365日(平均6.5回/週) - 参加 2010/06/27 20:56

はんきち さんのブログ記事

  • 唸ってしまうクラシック音楽の入門解説書
  • クラシック音楽の入門解説書は、あまたに有るが、経験に裏付けされた独断と洞察は非常に面白かった。実用的にためになり、かといえば音楽評論家の書くものよりは蘊蓄は薄いので我慢できる。さらに値段も手頃だから万が一肌が合わなくても諦めもつく。『クラシック音楽とは何か』(岡田暁生、小学館)。次のような感じだ。“古代バビロニアで囚われの身になっているユダヤ人たちが祖国を懐しんで歌う、ヴェルディの《ナブッコ》の有 [続きを読む]
  • 珠玉の短篇とはこういう作品かもしれない
  • 珠玉の短篇とはこういう作品を言うのかもしれないと思った。『ゴットハルト鉄道』(多和田葉子、講談社文芸文庫)。出だしから引き込まれる。はじめ凄くて中がパッとしないやつもあるわけだけれど、この作品は違った。“ゴットハルト鉄道に乗ってみないかと言われた。ゴットハルトという名前の男に出るくわしたことは、まだない。ゴットは神、ハルトは硬いという意味です。古い名前なので、もうそういう名前の男は存在しないという [続きを読む]
  • 「未来」に「希望」を託し「発展」したい
  • 「未来」に「希望」を託し「発展」する、というようなことが、夢の話やら昔話にならないようにしなくては、と思った。「偽善と自己保身」「利権と私利私欲」がテレビ画面に蔓延している様を見ていると、第一義の「真摯と品行方正」が茫漠と霞んでいることに気づくからだ。共同してしっかりと正しく仕事にあたる。そうしないとお天道様が見ているぞ。そんなモヤイ像の声が聞こえてきた。 [続きを読む]
  • 呟く言葉に思わず驚く
  • 街角を歩いていて、知らずうちに自分だけに聞こえる小声で呟いているときがある。その思わず呟いた言葉に驚き、もう一度それを小さな声で反芻していたりもして、その延髄反射的な出来事と其処から立ち昇る記憶が、ほんのり甘い砂糖菓子のような余韻をもたらす。そういう言葉の発現があったことに思わず口元が緩んだりもする。「みどりちゃん」・・・制服が緑色の女子小学生を見ての言葉。駅前に停まった車からドアを勢いよく開けて [続きを読む]
  • 粋な日本語を喋りたい
  • 読み始めた本がどうもいつか読んだような気がして、しばらくしてそれは始めの出版時から題名が変更されてすこし改訂増補されたものだと分かった。『小津映画 粋な日本語』(中村明、ちくま文庫)。その原著は『小津の魔法つかい』(明治書院)。それでも結構楽しめて、それは読んだ内容を人は如何に忘れるかということを証明するプロセスのよう。一連の小津映画が登場人物や背景の設定を少しずつ変えながら、繰り返し作り上げられ [続きを読む]
  • 銀座の風呂の物語
  • このあいだ成瀬巳喜男監督の映画『銀座化粧』を観て、その中で銀座6丁目の三十間堀跡に出来た東京温泉の実物を目の当たりにして嬉しがっていた。こんどは昭和史エッセイのなかにそれがあり、益々興味津々になった。『ぼくの東京全集』(小沢信男、ちくま文庫)。“そしてこの三十間堀跡には、すでに大衆のための壮大な温泉デパートが出現して、一風呂百円の湯銭をとっているのである。私は少女を伴い、そこの中央玄関を入れば、白 [続きを読む]
  • 不機嫌な人々の時代
  • 「不機嫌な人々」が多くなった、とブログ友人がこのあいだ書いていた。確かになあ、と思った。僕にも経験がある。知人同士の場合は大変丁寧なのだけれど、一旦その枠から外れたとたん、相手に対していかにも不機嫌に接する人たちが増えた(ように感じる)。・家電量販店の店員に食って掛かっているひと(品質保証書の範囲内でしか対応されませんよ)。・満員電車でぎゅうぎゅうなので、押されていると、逆に小突いてくるひと(スト [続きを読む]
  • 「群衆の時代」はまだ続いている
  • 「群衆の時代」はまだ続いているのだと思った。読み始めた映画評論集『映画とキリスト』(岡田温司、みすず書房)のなかで、著者はイエス・キリストを罵倒したり石を投げつけたりする群衆、あるいは兵士たちによってキリストが拷問されることに歓喜をあげる群衆に関して、次のような一節を引用している。“それよりも関連が深いと思われるのは、フランスの心理学者にして社会学者、ギュスターヴ・ル・ボンによる「群衆心理」をめぐ [続きを読む]
  • ホロヴィッツの魔法の指先
  • ロシアに生まれ育ったホロヴィッツが61年ぶりに祖国に帰国してモスクワで開いたリサイタルのDVDを買い求めて演奏を見たとたんに椅子から転げ落ちそうになった。ピアニストは肩肘を全く張らない。それだけではなく、両手は鍵盤と平行に、そして極めて近接している。その指先は鍵盤の上を左右に動くだけで魔法のようにそこから音が発せられる。指先は白鍵黒鍵を叩いているはずなのに、その素ぶりが見えない。いったいどうやって音が [続きを読む]
  • 虚心が作り出し溶けあうバッハの響き
  • 「不滅のバッハ伝道師」という副題がついたムック本の表紙に誘われて買い求めていて良かった。『カール・リヒター』(KAWADE夢ムック)。よく見ると「永久保存版」「生誕90年記念」とまである。様々な媒体に発表されたり記事にされた小編の数々で、それは読み応えがある。しかしやはり珠玉なのは、皆川達夫によるリヒターへのインタビューだ。1969年にただ一度来日した際の記録はとても興味深々。リヒターはミュンヘン・バッハ合唱 [続きを読む]
  • 絵本が最初の詩との出会いになるとよい
  • 穂村さんにまたも刺激された。『ぼくの宝物絵本』(穂村弘、河出文庫)。“外国の食べ物、例えば中国やベトナムのお菓子などを食べたとき、「ん?」と思うことがある。おいしいかまずいのかわからないのだ。確かに甘いんだけど、そのなかに色々な「よくわからない変さ」が混ざっているようで、その「味」に混乱するのである。(中略)『かばくん』を初めて読んだとき、この「味」に似たものを感じて興奮した。”(「6 絶滅寸前の [続きを読む]
  • げに恐ろしきは教育の力
  • “げに恐ろしきは教育の力です。いかに年月が経とうと教育の怖さを噛みしめないわけにはまいりません。教育を一方的に管理する国家があったことを忘れてしまっては、悪夢はますますそのなかでほくそ笑むばかりです。現に愛国心の涵養を公然と口にする政治家が国会内でも増えていっています。(中略)教育のなかで本当のことを教えるとはどういうことか。正しいことを教えるとはどういうことかをこびりついた宿題のように考えますが [続きを読む]
  • 歴史の波に翻弄されるのではなく漕ぎ渡ることだと知る
  • ようやく戦前の東京を舞台にした一大絵巻を読了した。『雪の階』(奥泉光、中央公論新社)。昭和史に深く記憶を刻む大事件に向かってストーリーが進んでいるとはつゆ知らず、しかしそれは終末に近づくにつれて抗いない宿命のようなものとして受け入れてゆかざるを得ない。ノンフィクションとフィクションが複雑に交錯し、登場人物が語っている言葉なのかと思っているうちにそれは別の人の追憶のなかの言葉だと分かったりする。文体 [続きを読む]
  • 夢の中でも何処かで小説に繋がる予感
  • どう考えてもドイツというような、彼方にシュヴァルツヴァルトの森林の山肌が見えるだけの荒涼たる原野のなかに僕はいた。その地で或るものを受け取るためでそれはこれまで培ってきた成果だった。そんな僕のことを追ってきた賊たちがいて、その輩たちは拳銃で僕を威嚇する。自分の宝を奪われてなるものかと思いながら必死で走り去ろうとしていたところで目が覚めた。丁度読んでいた小説が、ドイツと関わる戦前の日本の華族界を舞台 [続きを読む]
  • 新たな旅の始まりの朝
  • 三月四月は卒業と出発の月。家人の一人もコンクリートの籠の中に移り住んだ。引っ越しを手伝って手を振って遠くまで見る。寂しさが自然と湧いてくる。家に戻って空っぽになった部屋を眺める。杉村春子のように勢いつけてぐるっと回る気力も無でない。笠智衆の気持ちがよく分かる。「皮を剥きポトリと落とす林檎なり」新たな旅立ちの記憶が刻まれた。■サクラチル アラタナタビノ ハジマルアサ [続きを読む]
  • 「ふらり旅」 vs. 「酒場放浪紀」
  • 「ふらり旅 いい酒いい肴」と「酒場放浪紀」を比べて考えあぐねていたら、太田さんは会社の先輩だからという訳ぢゃないけどこっちがいい、と友人からすぱっと言い放たれたことを思い出した。この一冊を買い求めてパラパラと読んでみたらその理由がわかって、それは「静かに眺める眼差し」で其々の酒場の良い所を捉えていることだった。そして誇張し過ぎず持ち上げし過ぎず、何が特徴なのかを記している。『銀座の酒場を歩く』(太 [続きを読む]
  • マニアックな日記に思わず笑みを漏らす
  • 『雨の日はソファで散歩』(種村季弘、ちくま文庫)は楽しめた。ご自身では徘徊老人日記と称しているけれども、その行動範囲は広い。場所だけでなく過去の記憶とその深さの範囲も広い。だからそれは徘徊ではなくて逍遥なのだ。戦後間もないころの新橋駅前の川は、生活用水が流れ込まず深山幽谷の清水同様に澄み切っていて、土橋のうえから水底に白魚が見え、それが手づかみで捕れそうだったということに驚いたりもする。途中でいき [続きを読む]
  • 思わず誘われてしまうことを反省する
  • 半分騙されたような形だが自分が悪かった。「売れてます! これはびっくりした すごい勉強になる 超わかりやすい 絵画鑑賞が楽しみになった 驚きの連続!」とまで帯にあれば、ヤバい若しや乗り遅れているのか?と思うのは無理もない。絵画の裏話をしっかりと紐解いてくれている、と言いたいところだけれど、なにか物足りない。どこかでこの感覚に浸ったことがあることまで思い出した。「なぞなぞ大じてん 小学2年生7月号ふろ [続きを読む]
  • 九割五分の疎外感の恍惚
  • 友人から紹介してもらった映画評論集は手強かった。九割五分は観ていない作品で、しかしそれでもとても楽しめるのはやはり著者ならではの造詣によると思った。『映画の中にある如く』(川本三郎、キネマ旬報社)。どうしてそんなに記憶しているのですか、と訝しくなるほどに、作品を良く観ていて、さらにBGMの音楽までも知り尽くしているから、読む方はもうタジタジになる。ああ、あの作品のあそこにはそんな曲が流れていたのか、 [続きを読む]
  • 「西脇順三郎は馬鹿ね」・・・明朗奔放なるヒト
  • 『須賀敦子の本棚』(文藝別冊、KAWADE夢ムック)は彼女の作品と足跡、そして人となりというものを様々な切り口から描いたもので、その編集姿勢は清々しく、心地よい一冊だった。そのなかで次のような記載があって、ハッとした。“・・・自身はそのころ、賢治が好きだったと書いています。松山: 賢治は彼の詩のリズムが好きだったようです。つまり『銀河鉄道の夜』が好きだとかそういうことは言っていません。「雨ニモ負ケズ」が好 [続きを読む]
  • 花曇りの空の下で
  • 東に西にと桜前線沿いに動き回っている。うっすらと雲が掛かったような按配の空は、花粉なのかPM2.5なのか良く分からないけれども、間違いないのは日本中が花見に浮かれていること。証人喚問やら株価下げのあれこれはその酒の肴になること請け合いだ。そんななか、やはりこのことは重く頭に肩にのしかかる。冷静に考えてみれば花見や証人喚問や株価どころではない訳で、薄曇りの空が隅々まで快晴になるような清々しい状態まで折り [続きを読む]
  • 東京に戻って見つけた春
  • 北の地はまだ桜の気配もせず、少しずつの暖まりを待っている。外套は要らなくなりつつあるから、もう間もなくだとは思うのだけれど、兆しはどこに探せば良いのだろう。答えのない問いの答えを探すような按配で、そんなままでいたら春など見つからずに、あっと言う間にまた夏、そして冬と移ろうのかもしれない。そんなことを考えていたら、季節の移ろいというのは欧州ではなかなか難しい、ということを嘗て聞いたことをいきなり思い [続きを読む]
  • いつか、ケーテンの地へ
  • バッハのことを幅広い視点からしかし端的に看破し云い当てたなあ、という感慨に満ちた書だった。ようやく読み進めた『バッハ=魂のエヴァンゲリスト』(磯山雅、講談社学術文庫)。“たいていの音楽家の場合には、オルガンという雄大な楽器がその人の個性を圧倒し、その人の人間的息づかいは、楽器の普遍性の前に、吸収され平均化されてしまう。このためオルガン音楽は、いきおい、抽象的な傾向を帯びてくる。ところが、バッハはみ [続きを読む]
  • 桜はどこにあるのかと
  • バタバタとする日々が続いている。桜が開花してもう満開だと知ったけど、ええもうなのか、ちょっと待ってくれよと思うほどだ。毎日のように東京に行っていて週末も足を運んでいるのに、花を愛でる暇もないから、どうも腹の虫の居所が悪い。先週の仕事の最後のほうでノルマンディーの街で、美味くて安いビストロで管を巻いて居たのが嘘のよう。 [続きを読む]
  • 「電車幼児」に化す電車男の心境
  • 終点まで乗ってみたい電車に出会った。なにしろそれは1号で、行き先は日本一の山である。その山に登って天空を味わいたいという人たちと、あんな山に登るなんて詰まらない見るだけで充分さという人たちが居て、僕はもちろんそのどちらかなのだけれど、そういう無駄な議論は別としても乗らざるを得ない気持ちに駆られる。「特急 ふじさん1号」発車オーライ。行ってきます!幼稚園児の心境である。 [続きを読む]