はんきち さん プロフィール

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はんきちさん: 新・はんきちのつぶやき
ハンドル名はんきち さん
ブログタイトル新・はんきちのつぶやき
ブログURLhttp://hankichi.exblog.jp/
サイト紹介文音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供320回 / 365日(平均6.1回/週) - 参加 2010/06/27 20:56

はんきち さんのブログ記事

  • キャメラマンから見た逸話(番外編)
  • 小津映画で長年撮影キャメラマンを担当した厚田雄春へのインタビューが大分前に本になっていて、神保町でそれを手に入れることができていた。『小津安二郎物語』(蓮實重彦、筑摩書房)。小津さんは、亡くなられても大切に守られているなあ、と実感。撮影秘話ではなく、例の件について話されたところを記す。(蓮實)・・・川崎長一郎や武田麟太郎の小説に、小田原芸者のことを書いたのがありますね。それに小津さんの話も出て来る [続きを読む]
  • 人づての噂話は相手にしてはならないとは思えども
  • 小津安二郎監督の、もうひとつの世界を垣間見てしまったような、しかし、人づての噂話は相手にしてはならないと、昔から教えられてきたからそのまま放置しておくべきだと放念したいような、複雑な気持ちで読了した。『泡 裸木 川崎長太郎花街小説集』(川崎長太郎、講談社文芸文庫)。小説だから、そしてまた書き手が長年、或る女を巡って小津をライバル視してきたから、そういう事柄を二割三割差し引いたとしても、そこには映画 [続きを読む]
  • そして静かにシェーンベルクを聴き始める
  • シェーンベルクの音盤が見つからず、グールドのピアノ演奏集をネットで発注したところで、古いモノラル録音のものがあったことを思い出し、静かに聴き始めた。1曲目はベルクのピアノソナタ 作品1。このオッかない、さみしい、遥か彼方の惑星のさらにその先に放り出される様な旋律に、僕はいつも身震いして、その先をあまり聴いていなかった。熱心に聴かずでもBGM的に流していて、ふと旋律が心地よく感じられる瞬間をつかめられれば [続きを読む]
  • 次から次へと聴きたい音楽が
  • 『グレン・グールドといっしょにシェーンベルクを聴こう』(渡仲幸利、春秋社)を読了。これは、音楽史とグレン・グールドという人の思想にまったくもって僕が不勉強だったことが分かり、それとともに、とってもシェーンベルクの曲が聴きたくなった。“けっきょく、グールドがえぐり出したかったものは、バッハを相手にしてもシェーンベルクを相手にしても、いずれの場合も作曲力だ。たぶん、その観点からバッハに対抗できる作曲家 [続きを読む]
  • たゆたわず、霧消す
  • 「たゆたわず、霧消す」という感じだった。読了した『たゆたえども沈まず』(原田マハ、幻冬舎)の一言感想。ヴィンセント・ヴァン・ゴッホとその弟テオ、そして、日本の浮世絵を西洋に売り込んだ画商たちとの交感を描いた小説なのだけれど、筋書きがあらかじめ決まっているような、驚きや発見を味わうようなところがあまりない作品だった。小説の題材に、美術や画家たちの生き様を取り扱うのは難しいなあと思った。絵画そのものが物 [続きを読む]
  • 「小津安二郎外伝」の衝撃
  • 雑誌『文学界』の2013年8月号に収録された中編評論「小津安二郎外伝 〜四人の女と幻想の家〜」(照井康夫)を読了。そうだったかもしれない、という、うすらうすら予測していたことが、そこに明らかにされていた。密やかにはぐくまれていたもの、抑えても抑えきれない気持ちが伝わってきて、とても心に重く沈降した。男はそうなるものなのだ、抗えない甲斐性なのだと思うとともに、凄惨な戦争の記憶からうなされる毎日から逃れる術だ [続きを読む]
  • 笠智衆の回顧録を味わう
  • 小津映画が観たいなあと思いながら、最近スクリーンで観られる機会がどんどん減っているような気がする。そんななか、笠智衆の回顧録『小津安二郎先生の思い出 大船日記』(扶桑社)というものが出ていることをようやく知って、ネットで古本を買い求めた。これは肩肘張らずに語られた言葉を起こしたもので、読む方にとっても肩の力を抜いて読めるもので面白かった。“娘の結婚式の後、一人で家に帰った僕が、椅子に座って、リンゴ [続きを読む]
  • 『婚約者の友人』の音楽
  • 件の映画では、『自殺』というエデュアール・マネの絵画が婚約者の友人だと称する男の心境を描き、そして結婚することになっていた女も、その絵画に対する興趣を掻き立てられていく。しかし二人を結び付けていくのは、絵画だけではない。音楽もそこに介在する。・ショパン:ノクターン 第20番 嬰ハ短調 遺作・・・ヴァイオリンとピアノのデュオで。(こういう組み合わせも良いのだと分かる。)・チャイコフスキー:弦楽四重奏曲 [続きを読む]
  • 『婚約者の友人』に感銘する
  • 友人から紹介されて観に行ったのだけれど、これを見逃していたら、生きているうちの映画観のなかの大きな部分を逸失していたかもしれないという感覚にとらわれた。フランソワーズ・オゾン監督による映画『婚約者の友人』(原題:Frantz)。→http://www.frantz-movie.com/ストーリーの詳細を語るまい。ネタバレにしてしまってはならない、神聖な領域を感じる作品で、しかしその主演女優の崇高なまでの美しさについてだけは触れてお [続きを読む]
  • 深川から江戸へ、江戸からジャポニズムへ
  • 今日は昼前から下町逍遥。深川江戸資料館は、その時代の街並みの風情を再現していて面白かった。清澄庭園は、込み入った下町のなかにぽっかりと空いたオアシス。大きな池の周りを歩くだけでもひと汗かく。そして、小津安二郎が卒業した明治小学校に向かう。ここは自分の母親の生家にも近く、もちろん母親もその卒業生だ。昭和初期の佇まいは何処にも残っていないのは、昭和20年の東京大空襲で壊滅的に焼け尽くされたからで、平穏健 [続きを読む]
  • 人が生き時が流れていく・・・『光の犬』
  • 小説『光の犬』(松家仁之、新潮社)。またも深い感慨とともに読了した。この感覚をなんといってよいのだろうか。人が生まれ、外界と交わり、人々と交感し、気付き、愛し、愛され、時には衝突し蔑み、そして時の流れともに老いていく。そういう、古来からずっと繰り返されてきた人類の営みは、現在もなにも変わりなく、そしてそれが生きるということなのだということを静かにしらせてくれた。主人公のひとりが次のように語る。“ピ [続きを読む]
  • 極めて秀逸なエッセイ・・・そこにも音楽があった
  • 詩人が書くエッセイが好きだ。神保町でこれまた見つけたのが『屋上への誘惑』(小池昌代、岩波書店)。そこにも音楽についての小篇があった。“アンコールのブラームスの途中であった。過去の延長のように感じられていた時間が、ふと、逆流してきたような錯覚を覚えた。私は今、三十七歳。いつまで生きるのか、わからないけれど、その見えない終局から、「今」に向かって、時間が押し寄せ、がけっぷちに立たされたような、気持ちに [続きを読む]
  • 笑って堪えて、我が身を省みる
  • こちらも、これまで全く知らなかったけれども、現実を真正面から突いていてとっても面白かったエッセイ。笑って堪えて、我が身を省みるところ多々あり。『クラシック100バカ』(平林直哉、青弓社)。新聞のコンサートやCD評論を書く評論家などに対しての辛口コメントも冴えまくる。思わず拍手をしそうになる。一貫していることがらは、自分の感性、自分の耳を信じなさい、ということ。ときどき迎合しているだろう僕自身のことも振 [続きを読む]
  • 『東京暮色』の価値
  • 神保町で仕入れた『小津安二郎の悔恨 帝都のモダニズムと戦争の傷跡』(指田文夫、えにし書房)を読了。まえまえから喉の奥に仕えていた骨が取れたような気がした。『東京暮色』の評価などについて合点がいったからである。“暗いというなら、成瀬巳喜男の1955年の『浮雲』はもっと暗い救いのない話だが、成瀬なら許せる。それは成瀬の資質だからだ。だが、松竹の盟主の小津にこう暗い作品を作られては、日本映画界は成立しない。 [続きを読む]
  • やはり足が向かった神田古書まつり・・・時の過ぎゆくままに
  • 11月になったなあ、と思いながら三連休の最終日をどう過ごそうか朝刊を読んでいたら、はや、神田神保町古本まつりが最終日になっていると知った。あれまあ、俺としたことが、と少々狼狽しながら意を決して身支度を始めていた。家人は僕よりもあとから起きてきた。いきなり決めたことを悟られてはなるまい。おはようの挨拶のあとは、何食わぬ顔で「今日はいつものように古本まつりに行くんだけれど、どうする?」と問う。と、どうし [続きを読む]
  • シューマンの音楽に浸る
  • ああ、こういう音楽に浸りたかったのだ、と思った。仲道郁代のシューマン・ファンタジー。「年齢を経てくるとそれには(未来ということには)限りがあるということが分かってきて、でも限りがあるからなおさらその、瞬間瞬間を感じることのできる感覚が愛おしくなって、輝くようになってくるというね、だからそういった大切な思いを音にしたいなというのが今回のアルバムです。」このように彼女はビデオトレイラーのなかで語る。こ [続きを読む]
  • 次元を変えて遠ざかるしかない
  • おそらくあのことが書かれているのだろうと思いながら読んだのが『超一極集中社会アメリカの暴走』(小林由美、新潮社)だった。ブログ知人が読まれていて気になったのだ。そしてページを繰るごとに、どんどんと重い気持ちになっていった。アメリカ合衆国という国が持っている超競争社会、集中と搾取の世界の構図を、だいたい知ってはいても、その現実を赤裸々に見せつけられると自分の気持ちは沈んでいった。あとがきで、著者はつ [続きを読む]
  • 小手先でこねくり回さない設計
  • 小手先でこねくり回さない設計・製造というものはこういうことなのか、ということを読みながら思った。『フォルクスワーゲン & 7thゴルフ 連鎖する軌跡』(岡崎宏司、 日之出出版 )。戦略の核はプラットフォーム設計。自動車産業のみならず、半導体やあらゆる製造業領域でそれが叫ばれながら、実践できているのは唯一、欧州企業だけだ。そしてVWは確実に他社をリードしている。それはどうして可能になったのか。原理原則を極めな [続きを読む]
  • 男の苦渋と諦観・・・自己批判に意味はあるのか
  • 戦前から戦争、そして戦後を生きてきた男の半生を回顧しつつ、日本の市井の人々の気持ちや反応を鮮やかに描いた作品だった。そして男にとって、自己批判をすることにどのような意味があるのかを考えさせられた作品だった。カズオ・イシグロの『浮世の画家』(ハヤカワ文庫)。ブログ友人の紹介に感謝。いかに自己批判を重ねようと、そこに至るまでに辿った足跡は、彼や彼女の考えや判断、決意の積み重ねで、だからそれをいかに強いた [続きを読む]
  • 草臥れていると逆に元気がつく演奏
  • 草臥れていると逆に元気が出る音楽があるものだと思った。シューベルトの弦楽四重奏曲 第14番ニ短調「死と乙女」。ジュリアード弦楽四重奏団による。陰鬱なる曲なのに、音盤ジャケットの奏者たちの写真の実に朗らかなることよ。恐るること勿れ。怯むこと勿れ。そう語ってきているように思えてならない、みちのく路の晩秋である。■疲れたときについ頼んでしまうカレー。昨日のシーンから。 [続きを読む]
  • 集めて繋げた時間旅行
  • 古本屋から映画館、純喫茶からジャズ喫茶、食べ物屋から飲み屋まで、広く深く書き綴ったエッセイ集だった。『東京 時間旅行』(作品社)。オリンピックで東京の街が変わったのではなく、荒廃した街を再生すべく、市街のデザインや使い勝手、暮らしのインフラを整えるためにオリンピックが招致された、ということも史実に基づき紐解かれてある。さすが鹿島さんだけのことはある。さまざまな紙面に書いてあった幾つかのエッセイの寄 [続きを読む]
  • 長閑に昭和が流れる駅前喫茶
  • シャーデーのファーストアルバム『ダイヤモンド・ライフ』が静かに流れていた。気になるかならないかのぎりぎりの音量で、それは静かな空気にしっくりと合っていた。左隣に座っていた老齢の男が口を開いた。「マスター、今年は阪神、もう少しやったね。」「そうやな、あかんかったな。藤浪なんか20勝してもおかしゅうないんやけど、3勝やからな。どないしてるのやろね。」「そういえばハンケチ君もそうやな。」「ハンケチ君、そう [続きを読む]
  • 虚しさのなかに一縷の光を探す
  • 活字がなかなか追えずにいた。二週間かけて、一冊の小説を読んだけれども何も頭に入らなかった。作品は短篇集で、それはよい感じのものなのだが、それでも頭に入らなかった。どうしたものか。選挙の開票速報に、ただただ虚しさを感じ、ああ、この予感がああさせていたのかな、と思い当たった。今は、シューベルトの弦楽四重奏曲 第14番ニ短調を繰り返し聴いている。そして虚しさのなかに一縷の光を探す。 [続きを読む]