はんきち さん プロフィール

  •  
はんきちさん: 新・はんきちのつぶやき
ハンドル名はんきち さん
ブログタイトル新・はんきちのつぶやき
ブログURLhttps://hankichi.exblog.jp/
サイト紹介文音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供332回 / 365日(平均6.4回/週) - 参加 2010/06/27 20:56

はんきち さんのブログ記事

  • 食べもの飲みもの、三つを選ぶとすると・・・
  • うむむ、またあのハズレ系だったな・・・。と思いながら読了。『なにごともなく、晴天。』(吉田篤弘、毎日新聞社)。雑誌『サンデー毎日』での連載が一冊にまとめられたものだった。あっちの系だから普通ならば本にしないほうが著者のために良いとおもうのだけれど、と一端の読者のように書く。出版業のメカニズムは謎だ。そうは言っても気に入ったフレーズはあった。“姉さんいわく、自分はパンとベーコンとコーヒーさえあれば生 [続きを読む]
  • 人が人を理解できるときが訪れるまで
  • 時間というのは吉田健一の小説的に纏綿と味わい深く流れることもあれば、なかなか流れてゆかずそこに居ることがどうしようもなく詰まらなくなって、焦燥を通り越してある種の苛立ちにまで達することもある。先日は会社の同僚との飲み会。はじめの頃は仕事の課題や進め方難しさ、担当者の性向やら向き不向きなどあれこれ言い合って時間は流れてゆく。非建設的な時間だけれども各人が持っているだろう鬱屈やら不満、不安を解放させて [続きを読む]
  • 失われてゆくものごとの大切さを改めて感じる
  • おお〜っ、久しぶりに触れたなあこの言葉に、と本当に懐かしくなった。「あぶりだし」である。白い紙にレモンや蜜柑などの果汁を付けた毛筆で絵や字を描く。書いたときには見えなくても、ストーブや火に近づけてかざすと、そこだけが焦げて茶色く焦げる。水彩画みたいに黄色から茶色までいろいろな濃さになって、ストーブの火に火照った頬の感覚とともに幻想的な気持ちになる。『献灯使』(多和田葉子、講談社文庫)では、そんなこ [続きを読む]
  • 毎日をこんなふうに処していきたい
  • 始めは百目鬼恭三郎のことが頭を過ったけれども、坪ちゃんが薦めるやつだから違うだろうと直ぐに思い直した。『活字狂想曲』(倉阪鬼一郎、時事通信社)。副題があってそれは「怪奇作家の長すぎた会社の日々」である。著者名だけでなく流石にギョッとする。「そこは誤字の嵐だった。(中略)押し寄せる印刷物、耐えがたきカイシャ、やがて鬱憤は爆発し・・・。思わず吹き出さざるにはおれない〈会社の民族誌〉の登場!」本の帯にそ [続きを読む]
  • せわしない師走に心温かくなる
  • 中学校時代の仲間との忘年会に出た。毎年のことながら、数十年前の繋がりがいま目の前に変わらずそのまま活き活きと存続していることに驚く。孫も設けたという人たちもいるなかで、それでも精神年齢は15歳までの心で僕らは繋がっている。人間、それぞれが様々な辛苦や幸せを味わって、なんとかいまこの日まで生きてきている。けれど、あのときの仲間が元気でいる、ということに触れるだけでも、これからもまあ、ようよう頑張ってい [続きを読む]
  • 「国家 対 フリッツ・バウアー」を観る
  • 録画してあった映画『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』を観た。2015年のドイツ映画だ。原題は、Der Staat Gegen Fritz Bauer、「国家 対 フリッツ・バウアー」だ。シンプルだけれど洒落ている。日本での題名はどうしてこんなにインチキ臭いやつを付けるのか、一般市民を馬鹿にしているにもほどがある。ナチスドイツの犯罪の実態を暴くべく、まずアイヒマンを裁くことに注力した検事長フリッツ・バウアー。ブラジルに [続きを読む]
  • 流されていくかのようで力強く生きる女たちの物語
  • 作風が変わった。これまでは、どちらかといえば、流され、首を垂れて仕方なく運命を許容していく女たちだった。しかしこれは、流されていくかのように見えながら、それを自らの潮流に変えて力強く生きていく女たちの小説だった。『霧(ウラル)』(桜木紫乃、小学館文庫)。紹介してくれたブログ友人に感謝。僕がこれまで読んだ桜木さんの作品は、その舞台が全て北海道だった。この作品もその類に漏れず北海道で、それも最も東の国 [続きを読む]
  • 保存運動を興したくなる字体
  • ほの青い炎がちろちろと揺れるかのような、そして嘗てそこで起きた事件に繋がっていまいそうな不安に満ちた字体に出遭った。いつものように街角を彷徨いながら辿り着いた道端でのことだ。一部の字は崩され繋がり、まるで悶えているかのよう。そうかと謂えば文化を示そうと力が込められた点が入ったりもしている。この字体は何という名前なのだろう。美しさと脆さと滅びが交錯したこの文字は、必ずや後世に残さねばならない。「字体 [続きを読む]
  • 唖然としながらひれ伏した推理小説
  • ようやっと下巻を読了し、なーるほど、なーるほど、と何度も頷いた。『カササギ殺人事件(下)』(アンソニー・ホロヴィッツ、創元推理文庫)。“作中でわたしが、「ミステリとは、真実をめぐる物語である ー それ以上のものでもないし、それ以下でもない」と明言しているが、これはまさに作者の声といっていいだろう。本書は、そんな根源的ミステリ観に根ざした、ミステリを読む楽しみってこういうことだったよな、とあらためて [続きを読む]
  • ウイスキー & シネマ
  • 田宮二郎は映画の中でカッコよく酒を飲んでいたけれど、実生活では全く飲めない人だったそうだ。元麻布の自宅に沢山の映画関係者を招いてパーティを開くのも好きだったそうで、飲兵衛の僕などからすれば、どうやって酒なしで酔狂な者共に伍して対していけたのか不思議だ。藤田嗣治のような、ある種の諧謔性と純粋無垢さで対峙したのか、あるいはその場も全て演技で処していったのか、じっくりとお話しを聴いてみたい気がした。『ウ [続きを読む]
  • 『田宮二郎の真相』を読んで元麻布に出掛けた
  • 『田宮二郎の真相』と題する、未亡人に取材した事柄をまとめた本を読んでしばし呆然とした。石田伸也著、青志社刊。この本は友人が読んだあとにそれをそのまま貰ったもので、彼が説明もなく僕にそれをくれた理由が何も言わなくても分かるような気がした。ニヒルな切れ味鋭い二枚目俳優として、怜悧さとダンディさに溢れながら、理路整然と自分の解釈で演技を語り、また人にいい含める。まあそりゃそうだろうなと思うことであろうと [続きを読む]
  • カササギに捕まる
  • saheiziさんとmaruさんが読み終えて、それはそれは快活そうなので今週の出張の際に読み始めて昨日上巻を読了。『カササギ殺人事件』(アンソニー・ホロヴィッツ、創元推理文庫)。おお、やっと犯人が分かったか!でもその動機ややりざまはどうなんだ?と下巻を繰り始めたら、何だか雰囲気が違う。おいおい、どうしたんだよ、殺人事件の話に戻してくれよ。推理小説の原稿を読んでいる出版社の人の話になってしまっている。トルティ [続きを読む]
  • ほんの序章に過ぎなかった・・・『二十五年後の読書』
  • これはまだほんの序章に過ぎないのだ、と読み終えて思った。そしてこのあと刊行されるという、本編となるだろうもう一冊の小説を、少しでも早く手にしたいと思った。『二十五年後の読書』(乙川優三郎、新潮社)。小説家と書評家、そして元恋人とカクテルのバーテンダーが出てくる、一見、片岡義男か小池真理子の小説のようだけれども、その内面は内省と深耕と、その結果としての凝集がそこここに表れている。“良くないものを良く [続きを読む]
  • 遥か遠く彼方から響いてくるフォーレ
  • ジャケ買いは往々にして想像通りのものが得られてあまり例外はない。オディロン・ルドンの ”Le Christ en Silence”が使われたこの演奏は、まさにその絵のイメージ通りで、微睡むような瞑想のなかに遠くから響いてくる。いつまででも静かに聴いていられてこころ落ち着くものだった。いくつも持っているフォーレのアルバムの中でも手放せない一枚になった。ついでに書き添えておくと、これも例のチェーン店での280円シリーズの一枚 [続きを読む]
  • 柚子づくしが待つ冬
  • 雲一つない快晴の日曜日は、自宅から少し北に入った隣街で行われていた農業まつりを訪れた。神奈川の西の方に住んでいたときにもこういうイベントはあったけれど、千葉でも開催されていて嬉しい。美味しそうなものを見つける楽しさだ。農業共進会による農産物の品評会も設けられていた。腕によりをかけて作った野菜、果実の数々。展示が終わったら、入賞したもの以外は即売会に移ると知り、急遽一緒に来ていた家人たちに連絡して、 [続きを読む]
  • 弾け迸るエネルギーの『英雄』
  • 「『英雄』を聴いたことがないやつは、これから聴け」というような凄味の塊の音盤に出会った。この人の指揮はバロックは安心だけれど、それ以外では期待外れもあるから、ちょっと躊躇しながらも値段に負けて買い求めたのだったけれど、あにはからんや、素晴らしき邂逅。知っている人からは「当たり前やんけ」と言われそうだけれども、大学を出たあと20年くらいはクラシック音楽から遠ざかっていた唐変木だから仕方がない。バッハを [続きを読む]
  • ムーティを知った日
  • フィラデルフィア管弦楽団のお膝元の街をこのあいだ訪問して、リッカルド・ムーティへの深い賛辞を知って少し気になっていた。あの濃い顔つきからして僕には苦手のタイプで、強いて聴こうとはしてこなかったムーティ。本当はどんな男だったのだろう。そんななか、何れの街にもあるあの古本チェーン店の棚のなかに彼とフィラデルフィア管弦楽団によるブラームスの交響曲全集(ハイドン変奏曲と祝典序曲、悲劇的序曲入り)があって、 [続きを読む]
  • 東山魁夷記念館を訪れる
  • 昨日は東山魁夷記念館を訪問。そこは友人の社員寮が有った辺りで(市川の下総中山)、曾てよく訪れた場所だと分かったのは到着したころだった。ドイツ風の建物がそこにはあって、周囲の住宅が目に入らなければ、彼の地の街角に佇んでいるかのような錯覚を覚える。記念館のなかには魁夷の絵が常設展示されていて、画家の足跡を辿る資料やビデオ放映などもあって楽しめた。秋の日差しが薄雲を通して柔らかく頬に当たった。 [続きを読む]
  • マーラーによる心温まるシューベルト讃歌
  • マーラーが編曲したシューベルトの『死と乙女』の弦楽合奏版を聴いている。これはおっかなさや陰鬱さとは無縁の、心温かなシューベルト讃歌だと思う。心快活となるその旋律は、マーラーがシューベルトのどこをどう気に入ったのかが時折見え、その静かなる憧憬の念、謙虚に思いを伝えている姿勢に感銘する。■曲目シューベルト:[1]「死と乙女」D.531[2] (マーラー編) 弦楽四重奏曲第14番 D.810 (弦楽合奏版)■ジェフリー・テイト([ [続きを読む]
  • 日記シリーズを読了する
  • この間の神保町古本まつりの出版社ワゴンセール(すずらん通り)で買い求めた「本の雑誌社」の坪内祐三・日記シリーズ(サイン本)の最後を漸く読了。『三茶日記』。結局年代を遡るようにしてシリーズを読んでいったのだが、それは結構良かった。ああ、こういう経緯があったからそうなっていたのね、とか、その本はあとでああなったんだね、とか気づくことや分かることが続くので、種明かしみたいになっていて楽しめる。それにして [続きを読む]
  • 謎が謎を深めるショーウィンドウの記憶
  • 遠くへの出張が終わって、普通の週日の仕事パターンに戻った。いろいろな折衝、会議、合意。はたまた摩擦や干渉、暗礁。考えてみれば課題にぶち当たって、ごちゃごちゃあれやこれやと思案したり井戸端して、まあまあ、さっ、こうしてみまひょか、止まっていても、まあしゃあないし、と前だと皆が思うような無難な方角へ進めていくのが毎日だ。そんなとき旅先での写真を繰っていたら、おおっ、と目がぱっちり開くようなやつのたころ [続きを読む]
  • 曇り空のなか微睡む朝
  • 出張から出張へと、一人でタスキリレーをするかのように移動する。今日は西に向かう。途中で東京駅丸の内中央口で書類を投函。このポストは、『東京中央郵便局』扱いになり、それも『東京駅とJPタワー』の風景スタンプものを押してくれるから嬉しい。自分が受け取る郵便ではないのだけれど、それでも投函するときには少しだけ得をした気分になる。心しないといけないのは、投函口を間違えると、風景スタンプ付きではないものが押さ [続きを読む]