プーちゃん さん プロフィール

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プーちゃんさん: いつか迎えに来てくれる日まで
ハンドル名プーちゃん さん
ブログタイトルいつか迎えに来てくれる日まで
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/youchan1201/
サイト紹介文たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供337回 / 365日(平均6.5回/週) - 参加 2010/07/09 15:46

プーちゃん さんのブログ記事

  • 消滅 (2)
  • 最近、かみさんの夢を見ていない。夢の中で、かみさんは死んじゃったんだなぁ…と想い、寂しいような、哀しいような、何とも表現しがたい絶望的な気持ちになることはある。だが、かつては頻繁に見ていた再会の夢、かみさんと触れ合い、かみさんと俺とが「ひとつ」になり、全身が至福で満たされるような夢は見ていない。何故かみさんの夢を見なくなったんだろう。かみさんはどこかに逝っちゃったのかもしれない。かみさんは消滅して [続きを読む]
  • 堕ちるところまで堕ちていこう。
  • ここ数日、気圧が低くて毎日のように雨が降っている。気温も急に下がったようだ。そんな天候も「鬱」に影響を与えているのかもしれない。だが正確に言えば、俺は「鬱病」ではない。「死別反応」もしくは「複雑性悲嘆」と言う方が正しいそうだ。まぁ、正式な病名なんてどうでもいい。症状は似たようなものだからだ。全身がダルくて鉛のように重たい。何もかもが億劫だ。たっぷり寝たはずなのに、眠気が抜けない。心が深く落ちている [続きを読む]
  • かりそめの穏やかさ
  • かみさんが亡くなってから1か月後。俺は抗鬱剤と抗不安剤、睡眠薬を飲み始めた。薬のおかげで、なんとか眠れるようになったのは有り難かった。だが、半身を削り取られたような「感覚」は消えない。胸のあたりにポッカリ空洞ができてしまったような「感覚」も無くならない。周囲の世界が俺から遠のいてしまったような「感覚」にも取りつかれている。最愛の人を亡くした者に必然的に伴う「感覚」を、薬で消そうとすることには無理が [続きを読む]
  • コールタールの海の中で
  • あまりにも静かだ。聞こえてくるのは俺自身の「ため息」の音くらいなものだ。あまりにも冷たい。かみさんのいない世界の空気が、俺の肌を切り裂く。静寂と冷たさに押し潰される。あまりの苦痛に気が狂いそうで、大声で叫び出したくもなる。静かで冷たい空気が、俺の胃を圧迫し、吐き気をもよおす。かみさんが亡くなってから数年が経ったのに、いまだに俺は、この静けさと冷たさに慣れることができない。・・・かみさんがいてくれた [続きを読む]
  • 世界は地獄だ。
  • 10月14日の土曜日。朝6時前に目が覚めた。俺はいつものとおり、かみさんの仏前に座って線香を手向けた。しばしの間、かみさんの遺影を見つめる。当たり前だが、かみさんの表情に変化はない。俺は微かに落胆した。バルコニーに出てタバコを吸った後、部屋に戻り、かみさんにお供えをした。そこまで終えると「やるべきこと」が何も無い。夜のお供えをするまで時間を持て余してしまう。仕方がないので、俺は近所のコンビニに行き、ウ [続きを読む]
  • かみさんと一緒に歩いた秋
  • ネクタイを締めて出勤しようかなぁ…と思えるほどに涼しくなった。網戸だけを閉めて室内にいると、気持ちの良い風が入ってくる。10月も中旬に入り、ようやく秋らしくなってきたようだ。かみさんの生前、秋には大きなイベントがなかった。春にはかみさんの実家に遊びに行って、北海道の大自然や美味しい食材、澄んだ空気を満喫する。夏には二人で海外に行って、観光をしたり、マリンスポーツを楽しむ。冬にはかみさんの誕生日がある [続きを読む]
  • 俺にも愛する人がいるんだ。
  • 俺のかみさんが死んじゃった。世界で一番大切な人が死んじゃった。自分の最愛の人を亡くすこと。こんなに悲しいことはない。これほど不幸なことはない。そう思っていた。・・・心理学における「社会再適応評価尺度」によれば、「配偶者との死別」は人間にとって、最も辛い出来事だとされている。確かに俺にとって、自分の人生の中で、「かみさんの死」よりも辛い出来事は無かったし、これからだって無いだろう。幼少時には、両親か [続きを読む]
  • 届かない感謝 〜かみさんの愛妻弁当〜
  • かみさんは毎日「愛妻弁当」を作ってくれた。俺が頼んだわけでもないのに、かみさんは毎日「愛妻弁当」を持たせてくれた。俺が忙しくて、毎晩「午前様」で帰宅するような部署にいたときは、二食分もの「愛妻弁当」を作ってくれた。俺は「毎朝作ってたら大変でしょ?」、「そんなことまでしてくれなくてもいいのに…」とは言った。甲斐甲斐しく弁当を作ってくれる彼女の姿を見て、俺は切なくなってしまったのだ。だが、かみさんは「 [続きを読む]
  • 廃人のように
  • 平日の朝だ。当然、会社に行かなければならない。それにも関わらず、鬱がひどくて身動きできないことがある。数年前ならこんな日は、何の躊躇もなく会社を休んでしまっただろう。優秀な部下たちに任せておけば、仕事に支障を与えることはなかったからだ。だが、4月に配属された部署は違う。課長がいなければ仕事が回らない。俺が出勤しないわけにはいかないのだ。(部下たちが無能だから、というわけではない)重く沈み込んだ心に [続きを読む]
  • フラッシュバック
  • 俺は落ちていた。いわゆる「抑鬱状態 (死別反応)」だ。鉛のように心が重たい。粘度の高いコールタールの海の中にいるみたいだ。心の重さが、あまりにも苦しい。そこから少しでも這い上がりたくて、俺はウィスキーに溺れ、抗鬱剤と抗不安剤を多めに飲んだ。酒と薬のせいだろうか。意識がボンヤリしてしまった。朦朧とした意識のまま、俺はかみさんの仏前に座った。真っ暗な部屋の中、光の源はロウソクだけだ。俺は線香に火を点け [続きを読む]
  • スケープゴート
  • 容子ちゃんが死んじゃった。俺は最愛の人を喪ってしまった。世界で一番大切な人がいなくなってしまった。俺は自分の半身を削り落とされた。激しい苦痛に悲鳴をあげた。俺の心臓のあたりに大きな穴が穿たれた。茫然とし、かつ泣き崩れた。かみさんが息を引き取った瞬間、俺の人生も終わった。世界は足元から崩れ去ってしまった。俺は悲しかった。とても悲しかったんだ。・・・そんな俺を、世界は「スケープゴート」にした。俺は「中 [続きを読む]
  • 「想い出」が増えない。
  • かみさんが亡くなってから、「想い出」が増えない。「あの時はこんなことをしたよな…」とか、「あんなことをして楽しかったよな…」とかそんな風に振り返ることで、心の温かくなるような「想い出」が増えない。かみさんが亡くなって以来、楽しいこととも、嬉しいこととも、面白いこととも無縁の生活をしているのだ。「想い出」が増えないのは当然のことだろう。ただ悲しくて、寂しくて、そんな生活の中に「想い出」などが生まれる [続きを読む]
  • 憎悪の対象
  • あまりにも虚しい。生きてることがバカバカしい。つまらない。退屈だ。心が重たい。そして。とっても寂しいんだ。・・・それでも勤務時間中はまだマシだ。仕事に追われてバタバタしていると、気晴らしにもなる。「気晴らしにもなる」と言えば語弊があるかもしれないが、要は現実に向き合わずに済むし、「本当の自分」から目を反らすこともできるのだ。かみさんがいないのに、俺はいったい何のために頑張っているんだろう…そんな疑 [続きを読む]
  • 空を見上げる。
  • かみさんは空が好きだった。とりわけ晩夏から初秋にかけての空が大好きだった。休日、かみさんと俺がバルコニーで洗濯物を干している。すると、かみさんは初秋の空を見上げる。「空が高くなってきたね〜」と言うのは、この時期の彼女の口癖みたいなものだ。かみさんの声を聞き、俺も空を見上げる。確かにかみさんの言うとおり、空が高くなったような気がする。かみさんは「そろそろ秋だね〜」と言う。俺も「そうだね〜」と応える。 [続きを読む]
  • 100歳を越えた老人たち 〜死ねないことも地獄だ〜
  • テレビでニュースを視ていたら、どこかの自治体の首長が、100歳を迎えた老人の住む特養ホームを訪問していた。マスコミもたくさん押し掛けて、写真を撮ったりカメラを回したりしていた。首長はマスコミの前で、老人に記念品や花束を贈っていた。敬老の日。毎年繰り返される光景だ。ああいうイベントの趣旨は、いったい何なんだろう?「100歳になったお祝い」という体裁ではあるが、知事や市町村長の政治的な意図も透けて見える。そ [続きを読む]
  • かみさんの写真を見つめる。
  • かみさんの写真を見つめる。闘病中のかみさんの姿がそこにある。癌であったにも関わらず、写真の中で、かみさんは笑っていたり、おどけていたりする。その表情に悲壮感はない。明るくて、実年齢より遥かに幼くて、可愛らしい表情ばかりだ。写真を見つめていると、やはり想う。愛おしい…と想うんだ。彼女は俺の大切な人だ。世界で一番大切な人だ。抱きしめてあげたいな…と想う。髪を撫でてあげたいな…と想う。抱きしめてあげるこ [続きを読む]
  • あの世 〜安らぎの場所〜
  • ここは自宅のリビングだ。かみさんが元気だった頃ならば、俺が最も寛ぐことのできる場所だったはずだ。あらゆる義務と責任から解放されて、心と身体を弛緩させることのできる場所だった。かみさんと他愛のない会話をしたり、かみさんと一緒に食事をしたり、かみさんと一緒にテレビを視たりする場所だった。まるで二匹の猫のように、かみさんとじゃれ合って、二人で一緒に笑っている場所だった。だが、かみさんのいないリビングは、 [続きを読む]
  • 『般若心経』と狂気の日々 (改稿)
  • かみさんの49日法要の日。読経に来て下さった坊さんに、闘病中のかみさんの写真を見てもらった。俺は坊さんに言った。「自分が癌だと分かっていたのに、明るい表情をしてるでしょう?」すると坊さんは言った。「それはね、お二人の絆です」この言葉を聞いた瞬間、俺の身体の真ん中から涙が噴き出してきた。続けて坊さんは言った。「夫婦は特別です。また会えますから」「容子さんは聡さんの傍にいますから」涙が溢れて止まらなかっ [続きを読む]
  • 深層に隠された本心
  • 早朝6時には目が覚める。退屈で、カラッポで、虚しい休日の始まりだ。重たい身体を起こし、かみさんの仏前に座る。線香を手向け、かみさんの遺影と位牌を交互にを見つめる。そして深いタメ息をつく。ゆっくりと立ち上がり、バルコニーに出てタバコを吸う。朝早いせいか、人の気配はない。今日一日をどうやってやり過ごそうか…と考える。だが、何をしたらいいのか分からない。一日の長さを想うと気が重くなる。部屋に戻り、かみさ [続きを読む]
  • アンパンちゃん 〜かみさんが生きた証〜
  • かみさんが元気だった頃。俺はコンビニで買い物をする習慣がなかった。コンビニを利用するのは、たまにタバコを買うときくらいだ。そのタバコでさえ、通勤途中に駅の売店で買うことが多かった。そのためコンビニに入るのは、月に1度か2度程度だった。・・・かみさんが亡くなってから。俺はコンビニの常連客になった。朝食と夕食はコンビニで確保しているし、酒やタバコもコンビニだ。なんとなく、近所のスーパーへ行く気になれな [続きを読む]
  • 月命日の落涙
  • 9月27日の水曜日。この日は、かみさんの月命日だった。俺は朝6時前に起床した。そして自分の内面を覗き込んだ。すると、意外に冷静な自分がそこにいた。どうやら「命日反応」は影を潜めたらしい…と思っていた。・・・冷静だからと言って、人生を肯定できるようになったわけではないし、世界を受容できるようになったわけでもない。ちっとも楽しくなんてないし、面白いことなんて何にもない。人間なんて大っ嫌いだ。すべてが滅ん [続きを読む]
  • 俺だって知りたくなかったんだ。
  • かみさんが亡くなったとき、俺はまだ41歳だった。あのころ俺の周囲 (俺の友人や知人たち) には、誰一人として伴侶と死別した者はいなかった。あれから7年が経った。今でも俺の友人や知人、会社の同僚の中には、伴侶を亡くした人など一人もいない。俺と同世代の人々はもちろんのこと、俺より10歳以上も年上の人たちの中にも、伴侶を喪った人は一人もいない。どうやら普通では起こり得ないことが、俺の身の上に降りかかってしまっ [続きを読む]
  • 結婚指輪の悲哀 (7)
  • ラッシュアワーの地下鉄の中。周囲を見ると、結婚指輪をはめている人が大勢いる。ふとした瞬間、その指輪が俺の視界に入る。指輪の持ち主は無表情だが、夢中になってスマホを弄っていたり、本や新聞を読んでいたりする。その姿には、生きることへの余裕のようなモノが感じられる。人生は過酷であり、世界は残忍なんだということを知らないで済む人たちの姿がそこにある。きっと、みんな幸せなんだろう。あの人たちと俺との違いは何 [続きを読む]
  • 希望という名の狂気
  • 俺の「理性」は知っている。かみさんが俺を残して死んでしまったことも、俺が「この世」にいる限り、二度とかみさんに逢えないということも、死ぬまでの間、俺はずっと独りぼっちで、ずっと寂しくて、ずっと哀しいんだろうということも知っている。ポッカリ空いてしまった穴が塞がることはなく、半身を削ぎ落とされたような感覚が薄れることもなく、生きることがどんなに苦痛だろうと、死ぬまでの間、それらと共存していかなければ [続きを読む]
  • 潰れてしまえばいいって思うんだ。
  • 本当はとっても哀しいんだ。本当はとっても辛いんだ。生きてることがバカバカしくて、虚しいんだ。かみさんの死が、俺の「何か」をザックリと引き裂いた。その傷は、自らの存在を誇示しているかのようで、いつだってズキズキと痛む。涙が溢れそうだ。それでも俺は、会社にいる時間帯ならば、いくらでも立ち直ったフリを装うことができる。部下たちと談笑することもできる。仕事に集中しているフリをすることもできる。俺が哀しみを [続きを読む]