プーちゃん さん プロフィール

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プーちゃんさん: いつか迎えに来てくれる日まで
ハンドル名プーちゃん さん
ブログタイトルいつか迎えに来てくれる日まで
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/youchan1201/
サイト紹介文たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供357回 / 365日(平均6.8回/週) - 参加 2010/07/09 15:46

プーちゃん さんのブログ記事

  • なるようにしかならない。
  • スケジュールが立て込んでいてクソ忙しいためだろうか。職場で会いたくない人に会わなきゃならない予定が入ってるからだろうか。それとも肝臓の調子が悪いせいだろうか。多分いろんなことが重なってしまったんだろう。俺は疲れてしまった。生きていることに疲れてしまったんだ。早く死にたい。早く消えたい。早く逃げ出したい。大きなストレスとプレッシャーが、俺の心と身体に重く圧し掛かっている。とてもじゃないが、俺には抱え [続きを読む]
  • かみさんの微笑み
  • かみさんが亡くなってから数年が経つ。その間、俺はずっと「後を追いたい…」という想いを抱えて生きてきた。だけど…どんなに悲しくても、どんなに寂しくても、俺は堪えて生きてきた。どんなに虚しくても、どんなに無意味だと思っても、俺は歯を食いしばって生きてきた。死にたい…と呟いたとしても、自ら命を絶つ度胸なんて無かった。今だって、自死する勇気なんか無い。だが。もういいんじゃないか…と思うようになった。生きる [続きを読む]
  • 世界の果て
  • 世界の中心で、多くの人々に囲まれていても、俺は淋しい。雑踏の中、人々の笑い声に囲まれていても、俺は淋しい。無視されているわけではない。ましてや、誰かに石を投げつけられるわけではないし、罵詈雑言を浴びせられるわけでもない。ただ単に、かみさんが亡くなったことなど眼中にない人々に囲まれているだけだ。そんな場所にいるとき、俺はただ虚空を見つめ、茫然と佇み、心の中で涙を流す。「世界の中心」にいるとき、俺は淋 [続きを読む]
  • 闘病をふりかえる。(3)
  • いまだに「闘病記」を書き終えていない。それなのに「闘病をふりかえる」のも変な話かもしれない。だが、かみさんの闘病中の記憶は、俺の脳裏に深く刻み込まれている。その記憶が、ときおり俺の全身を揺さぶる。その記憶を吐き出したい。吐き出すことで、改めてそれらの記憶を鮮明にしたい。かみさんが味わった悲しみや不安、恐怖を忘れてはならない。そして、二人で過ごした濃密な時間を忘れてはならない。そんな衝動に駆られ、こ [続きを読む]
  • 花子さんの悲劇(あるいは喜劇)
  • 花子さん(仮名)という人がいる。既に70歳になる高齢の女性だ。花子さんが40歳代半ばだった頃。彼女のご主人は、病気で亡くなったそうだ。花子さんと俺は、「伴侶を喪った者同士」という縁(?)で、わずかな交流を持つようになった。交流と言っても、面識があったわけではない。伴侶と死別した方々の集うサイトを通じ、メッセージのやり取りをしていただけだ。メッセージとは言っても、花子さんが俺に宛てて直接メッセージをくれ [続きを読む]
  • 生きてることがバカバカしい。
  • 前向きと後ろ向き。明るいと暗い。ポジティブとネガティブ。その他にもいろいろとあるが、あまりにも単純な二元論だ。そんな陳腐な二元論を見ると、俺は笑ってしまう。いや、違う。笑ってしまうのではなく、「嘲笑ってしまう」のだ。物事を単純化しないと理解できない人は、二元論を大上段に振りかざす。おそらくスカスカな脳ミソしか持ち合わせていないんだろう。だが、それを責めるのはカワイソウだ。その人の脳ミソがスカスカな [続きを読む]
  • かみさんがかわいそうだ (5)
  • 1日が終わろうとしている時間。俺はかみさんの仏壇の前に座りこむ。そして、酒に浸る。仏前に座っているからといって、かみさんの遺影や位牌ばかりを見つめているわけではない。俺の視線は、あちこちを彷徨っている。落ち着かずにキョロキョロとしているわけではない。単に、視線が定まらず、俺の目があちこちを漂っているだけのことだ。テレビをぼんやり眺めたり、本を数ページだけ読んでみたり、線香の煙を目で追ってみたり、う [続きを読む]
  • 現実の再確認 〜俺は「独りぼっち」なんだ〜
  • 2月12日の月曜日。3連休の最終日のことだ。まだ早朝の5時半だというのに、目が覚めてしまった。気分は優れない。とても深く落ち込んでいる。俺の中は真っ黒だ。鬱だ。あんまりにも不快だ。もう一度、寝てしまおう…とも思ったが、気が昂っていて眠ることができない。沈んでいるくせに、昂ってもいるなんて、訳が分からないかもしれないが、そんな日もあるさ…と諦めて、俺は寝床から出た。仏前に座った。かみさんに線香をあげて [続きを読む]
  • 希死念慮をめぐって
  • きっかけがあるのは間違いない。だが、その「きっかけ」を言葉で表現することができない。たぶん言語化できたなら、俺はちょっぴりだけ自由になれるような気がしている。言葉にできないからこそ、俺は蝕まれるんだ。希死念慮が噴き出してくるんだ。どうしようもないんだ。死にたくなるんだ。消えたくなるんだ。自分が自分の意識と調和していない。自分が自分の身体と摩擦を起こす。不協和音に耐えられず、俺は自分を破壊したくなる [続きを読む]
  • マッタリしないほうがいい。
  • 俺と俺の妹は、両親から虐待されて育った。高校生の頃、俺はとっくに親に愛想を尽かしていた。大学に入り、俺は家出をした。俺は新聞奨学生になり、新聞配達と集金をして、学費と生活費を自分で稼ぐようになった。新聞奨学生の寮には風呂が無い。あるのはシャワー室だけだ。俺は家出をしてから大学3年生の終わりまで、一度も風呂に入ったことが無かった。朝刊を配達し、シャワーを浴びてから大学に行く。大学から帰って来て夕刊を [続きを読む]
  • 世界は幸せな人のためにある。(2)
  • 街を歩いているとき、すれ違う人々。テレビを見ていると、そこに出ている人々。みんな幸せそうだ。みんな楽しそうに笑っている。近い将来、自分の伴侶やお子さんが死ぬ。そんなことがあり得るんだということを理屈では分かっていても、今、目の前にある現実としては捉えていない。世界はそんな人々で作られている。能天気な人々が、能天気に生きていくために世界は存在している。幸せな人々の、幸せな人々による、幸せな人々のため [続きを読む]
  • 俺はいったい、何のために生きているんだ?
  • たぶん俺の上司(部長)も、俺の同僚(課長クラスの人)も、俺の部下たちも。みんながみんな、俺は「立ち直った」と思っているんだろう。かつての同僚たちも、大学時代の友人も、それどころか親友たちでさえも。みんながみんな、俺は「前を向いて生きている」と思っているんだろう。俺の心の奥底には、深くて大きな哀しみが、独りぼっちの寂しさが隠れている。俺の身体の真ん中には、生きることへの虚しさが、未来への絶望が、すべ [続きを読む]
  • 共有
  • かみさんは専業主婦だ。朝飯と夕飯は俺と一緒に食卓を囲むが、昼飯はひとりぼっちで食べなくてはならない。自分で料理をして昼飯を食べる日もあるが、外食をすることも多かったらしい。豊洲駅の周辺はもちろんのこと、銀座や有楽町、あるいはお台場近辺、さらには東京駅周辺や日本橋、池袋にまで出かけてランチを食べていたそうだ。たまたま入った店なのに、料理がとても美味かったりする。そんなとき、かみさんはいつも言っていた [続きを読む]
  • 呪詛
  • かみさんが死んじゃった。俺にとって、世界で一番大切な人が死んじゃった。俺のたった一人の家族が死んじゃった。俺は独りぼっちになってしまった。かみさんが死んじゃった。怖かっただろうに…痛かっただろうに…それでも生きようとしていたのに…俺のために、必死で生きようとしてくれたのに…それなのに、かみさんは逝ってしまった。何故かみさんと俺だけが、こんな目に合わなきゃならないんだ?コイツらでもなく、アイツらでも [続きを読む]
  • 愛した者の責任
  • かみさんが亡くなった直後のことだ。手元供養という言葉を知った俺は、「遺骨ペンダント」を手に入れた。ペンダントが小包で届いた日の夜のこと。俺は骨壷を開き、かみさんの遺骨を取り出して、和紙の上に並べていった。ほぼ全ての遺骨を並べ終わるころ、ペンダントの中に入りそうな小さな骨を、ようやく見つけることができた。その小さな骨をペンダントの中に納め、俺は自分の身に着けた。あの瞬間の感覚は、今でもはっきりと覚え [続きを読む]
  • 魂のふるさと
  • かみさんがいなくなってから。土日や祭日、俺には会話をする相手がいない。かみさんが元気だった頃。家の中は、あんなに賑やかだったのに、今では静まり返っている。心なしか、空気も冷たくて、淀んでいるような気がする。そんな俺を心配してか、時折お義母さんや義弟くんたちが、電話をくれたりもするのだが、それも毎週というわけではない。俺の方から電話をしてもいいし、実際に電話をすることもあるのだが、あまり甘えすぎるの [続きを読む]
  • かみさんを守りたい。
  • かみさんが死んじゃった。かみさんはもういない。それなのに、俺の中にはいつだって、「容ちゃんを守ってあげたい…」という想いが蹲っている。「かみさんを守りたい」という気持ちが、俺の心の真ん中から噴き出してくる。その想いは、あまりにも切ない。だって、守りたい人は、もはやこの世にいないのだ。どんなに守ってあげたいと想っても、守りたい人が俺の隣にいないのだ。対象を失ったのにも関わらず、沸き上がってくる想いに [続きを読む]
  • 明日なんか無い…って言われたい。
  • 生きていれば、いずれ良いこともあるよ…かみさんが亡くなって以来、時々そんなことを言われる。こんなことを言うのは、俺の親族や友人たち。死がどこか遠くにあると思っている人々だ。生きていれば、いずれ良いこともある…この言葉の中に、「明日は素晴らしい」、「未来は希望に満ちている」というニュアンスが含まれているのを感じる。そのニュアンスと俺との間に摩擦が起こり、俺の皮膚を傷つける。もちろん、親族や友人たちが [続きを読む]
  • 逢えないことが確実ならば…
  • 先日の記事に書いたとおり、俺はまだ、かみさんの遺骨を埋葬していない。仏壇は自宅のリビングにあって、骨壷は仏壇の傍に置かれている。俺は骨壷を眺めながら、想い出や物思いに耽る。かみさんが俺の視線を受けとめてくれているような気もするが、きっと錯覚なんだろう。骨壷を見つめているときだけではない。俺はいつだって、どこでだって、かみさんに想いを馳せることができる。仕事に集中しているときだけは、かみさんへの想い [続きを読む]
  • 埋葬
  • かみさんが亡くなってから1年4か月が過ぎたころ。俺は公証役場で「遺言公正証書」を完成させた。遺言の要点は2つだ。1つめ。俺が死んだとき、現金、預貯金、死亡保険金、有価証券、その他の債権、不動産など、財産のすべてを2人の義弟(かみさんの弟たち)に遺贈する。2つめ。俺が死亡した後、義弟たちは遺体を火葬して、かみさんの遺骨とともに、菩提寺の「夫婦墓」に埋葬する。この2つの遺言を、義弟たちは快く引き受けて [続きを読む]
  • 安らぎ 〜死の疑似体験〜
  • まただ。また「カラッポ」になってしまった。心が重たくて、気分が落ち込んでいる。微かに不安感も蹲っているようだ。だが、それらは放置しておけばいい。日常の生活に支障はない。問題なのは、無気力になってしまうことだ。会社に行く気力がない。部下たちと雑談する気にもなれない。飯を食う気力もない。タバコを吸いに行くのも面倒だ。かみさんが亡くなってから、時折そんな精神状態に陥ってしまう。涙が出てくるわけでもなく、 [続きを読む]
  • 容子ちゃんのコタツ
  • 東京では、例年にないほど寒い日が続いている。関東地方に寒波が来ているらしいのだ。先週に引き続き、今週も雪が降るかもしれないそうだ。かみさんの実家(北海道)に比べ、東京の寒さは身に凍みる。一方、北海道の寒さは、どこか暖かい。変な言い方かもしれないが、北海道の寒さには「包容力」があるのだ。それに対し、東京の寒さは「痛い」。皮膚を切り裂くような、人々を排除しようとするような、そんな冷たさがあるのだ。俺は [続きを読む]
  • 特別なことじゃない…なんて言えない。
  • 人間は誰だって、いつかは死ぬ。誰かが死ぬたびに、誰かが遺される。だとすれば、死別なんて「たいしたこと」ではない。特別なことでも何でもない。ありふれた日常の一幕にすぎない。人間という種のうちの「一匹」が死んだからといって、大騒ぎすることではないし、悲しむほどのことでもない。自分にとって、最愛の人が死んでしまったとしても、時間の経過とともに、その人が「最愛の人」ではなくなってしまうことだってある。そう [続きを読む]
  • 死ぬときは一緒がいい。
  • 世間には、いろんな夫婦がいる。その中には、仲の悪い夫婦も少なくない。俺の親戚(おじ・おば)や友人、部下たちを見回せば、家庭内別居の夫婦なんてザラにいる。何年も口をきいていないとか、顔を合わせばケンカばかりとか、別室で生活していて普段は顔も合わせないとか、そんな夫婦は決して珍しくはない。子供のことは愛してるけど、奥さんのことは愛してないと公言する人だっている。そんな夫婦であれば、片方が亡くなったとし [続きを読む]
  • 諦観
  • ここ最近、やたらと眠い。毎晩7時間前後は寝ているし、土日なんて12時間近くも眠っているのだが、それでも日中、やたらと眠い。肝硬変になり、肝機能が低下しているせいかもしれない(ちなみに、肝機能が低下した場合、過度の眠気が起きる場合もあるが、逆に不眠になる場合もあるそうだ)。また、全身がダルい。疲労感・脱力感・倦怠感がハンパじゃない。これも肝硬変の自覚症状だが、身体が重たくて仕方がない。眠気がひどいせい [続きを読む]