karu さん プロフィール

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karuさん: 悲しい笑いを葬り去ろう
ハンドル名karu さん
ブログタイトル悲しい笑いを葬り去ろう
ブログURLhttps://kanasiiwarai.com/
サイト紹介文外してしまった笑い。主には駄洒落(ダジャレ)を葬ってやろうというサイトです。
自由文画鋲がガビョーン
車が来るまで待とう
ネタが無いから寝た
とか、そんなんばっかりのサイトです
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供40回 / 365日(平均0.8回/週) - 参加 2010/07/14 12:00

karu さんのブログ記事

  • ペリー公園に行ってみた
  • ここ最近は黒船来航について書いているということもあり、そう言えば自分の家から電車で一時間くらいの場所に浦賀はあるので遅れて取った夏休みを利用して行ってみようかな等と思って調べてみたらペリー公園なるものが存在していることが […] [続きを読む]
  • ペリーと日本の化かし合い
  • いよいよ、日本側は戸惑いを隠し切れないまま、一方のペリーは巨大戦艦から大砲を打ち鳴らしながら日本と開戦出来ないという事情を隠して両者は第一回目の邂逅を果たす事となりました。 取り敢えず偽者を送り込んでみる いよいよ浦賀沖 […] [続きを読む]
  • 金の影響で嫌な奴になる!?
  • 前回、人とは影響を思った以上に影響を受ける生き物だということを書きました。しかし調べてみると人間というのは結構複雑な生き物のようで考えてもみない予想外の影響を受ける事もあるようです。 斯く言う筆者も前回は掃除の影響につい […] [続きを読む]
  • 人は影響を受ける生き物である
  • 昔から部屋の掃除や片づけはしっかりやりなさいと親から子供へと伝え続けられています。それでも片づけられない人間の数は多く、知人の中でも部屋を片づけるには焼却処分か業者に依頼するしかないのではないだろうかという人が居たりと簡 […] [続きを読む]
  • ペリーが来航した背景
  • 幕末を調べると思うのですが、幕末の始まりというのは黒船の来航によって幕府の力が弱体化していることが周囲に知れ渡ったことから始まっているように思えます。詰まる所、幕末というのは表面的には天皇を始めとした朝廷という権力が存在 […] [続きを読む]
  • 「忍耐は消耗する」
  • それでは前回に引き続き「ファスト&スロー」ダニエル カーネマン著をの第3章の怠け者のコントローラーを読んでのものとなります。 タイトルからすると自分も怠け者なので、これを容易に正してくれて人生の成功者の階段を登らせてくれ […] [続きを読む]
  • 島津斉彬の目論見
  • 藩主となった斉彬は意欲的に技術開発を行い艦船製造や武器製造、工業開発を順調に行っていましたが薩摩に帰って来た斉興は斉彬が自分が借金を懸命に返して必死に貯めた金を蘭癖によって無駄遣いする斉彬と見ただろうと想像します。特に斉 […] [続きを読む]
  • 島津斉彬の地均し
  • 西郷どんを見始めて書き始めたブログですが、気付けば島津斉彬とは一体何者なのだろう?となり未だに西郷隆盛が大島に遠島(でも、年間6石の扶持米があったそうなので懲罰的な意味合いよりも身を隠すという意図の方が強いかも、まぁ彼の […] [続きを読む]
  • 斉彬の野望
  • 島津斉興から薩摩藩主としての地位を正に四苦八苦して継いだ斉彬ですが、斉興が懸念していた通り今まで溜めた資金を湯水の如くじゃぶじゃぶ使って斉興の苦労なんぞ知ったことかと薩摩の近代化を推し進め始めます。 薩摩は海外からの脅威 […] [続きを読む]
  • 島津斉彬の跡を継ぐ者
  • 苦労人の斉彬 斉彬は実に苦労の多い藩主であったと思います。 藩主になるにも斉興と御家騒動として表沙汰にならぬ様に苦慮しながら何とか持ち堪えて藩主となったのは43歳です。当時の家督相続の年齢は20歳程度で行われる事が多かっ […] [続きを読む]
  • 篤姫の覚悟
  • 篤姫の生まれ 後に徳川将軍家定の御台所となる篤姫は天保6年12月19日(1836年2月5日)に生まれました。父は島津本家から分かれた御一門四家の一つである今和泉島津家の10代目当主である島津忠剛。元は26代島津家当主島津 […] [続きを読む]
  • 将軍家で側室が重要な理由
  • 江戸時代の将軍には俗に大奥三千人とも言われる女性達の中から女性を選び放題という何とも羨ま、いえ不埒な場所が存在していた訳ですが、そんな所で将軍が享楽に耽ってばかりいれば、そりゃあ幕府も崩壊するわ!!等と思っていたら、意外 […] [続きを読む]