yspringmind さん プロフィール

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yspringmindさん: ボローニャに暮らす
ハンドル名yspringmind さん
ブログタイトルボローニャに暮らす
ブログURLhttp://yspringmind.blog.fc2.com/
サイト紹介文Bolognaの日常生活を自分の視線の高さで語る、雑記帖みたいなもの。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供189回 / 365日(平均3.6回/週) - 参加 2010/07/19 03:25

yspringmind さんのブログ記事

  • 美しい布地
  • 旧市街で見つけた。美しい布地。これは何に使うのだろう。日除けの為のカーテンにもよいけれど、ソファに張るのもよいだろう。それとも大きく切り取って額の中に納めたならば、絵画のように鑑賞することもできるだろう。春の花が満載の中に雉が存在するのを認めながら、ふと亡くなった舅のことを思いだした。舅が見たら喜んだだろう。彼は雉が大好きだったから。なかなか高そうな店で私には少し敷居が高いが、今度入ってみようと思 [続きを読む]
  • 旅先
  • 昨日、クリスマスツリーの飾りをひとつひとつ包みながら片付けていたところ、気が付いたことがある。4歳になったうちの猫。そろそろ子供心が抜けてツリーに登ることがなくなったようだとこの冬の様子を眺めながら思っていたが、いいや、そんなことはなかった。イタリアではツリーのてっぺんにPuntale di Nataleと一般的に呼ばれている先の尖ったものを飾るのだが、うちの其れは銀色のガラス製で、数年前に新調したばかりのものであ [続きを読む]
  • 向こう側の界隈
  • 寂しげな居間。今日は朝のうちにクリスマスツリーを片付けた。飾る時はわくわくしながら。片付ける時はちょっと寂しい。片付けに2時間もかかったのは、すっかり増えたオーナメントをひとつひとつ薄い紙に包まねばならなかったからだ。ヴィンテージのオーナメントは繊細なガラス製で、ちょっとしたことで壊れてしまうことが分かったからだ。普段なら面倒くさいと思うに違いないこの作業は、実はとても楽しかった。居間の一角を占領 [続きを読む]
  • 女性客
  • 長い一週間だった。休暇明けとはこう言うものだとは知ってはいたけれど、一向に片付かぬ仕事に目が回るような思いだった。しかし自分が好んでしている仕事なのだ。誰に頼まれたでもなく、誰に強いられたでもなく。そのうち落ち着くだろう。だから暫く辛抱強く居ようと思っている。そのうち明るい光が見えるさ、と思って。仕事帰りにいつもの店に行こうと思ったところで思いだしたのは、店が2週間の冬休みを取っていることだった。 [続きを読む]
  • 水曜日
  • 冬の休暇が終わって3日経った。緩い生活をしていた分だけ、この規則正しい社会生活が堪えるのは、私だけではないだろう。仕事帰りの寄り道散歩。寒くてどうしようもないのに、散歩は出来るだけしたいと思う。風邪を引かぬようにしなくては。バールに立ち寄って、ちょっと温かい飲み物でも頂くとしよう。うふふ。後2日で週末だ。  [続きを読む]
  • 笑み
  • ボローニャの硬水には毎年冬になると大いに悩まされる。其れも住んでいる界隈によって質が微妙に異なるのだが、近年暮らしている此の界隈の水質は、今までのどこよりも硬い。おかげで冬場になると指先がカサついてならぬ。いくら保湿クリームを塗っても一向に潤うことはない。ボローニャに暮らすようになってから幾度も住まいを替えたのは、より良い場所へと思ってのこと。事実、今住む場所は居心地抜群、文句の言いようもない。但 [続きを読む]
  • 春への歩み
  • 今朝、窓の外を眺めながら落胆の溜息をついたのは、快晴の予報が外れて、雪が降りそうな重い雲が空を覆っていたからだ。それに体調もよくない。と言っても単に扁桃腺が腫れる前兆みたいなものだけれど、私を落胆させるには充分で、散策に出ようと考えていたが辞めることにした。こういう時に無理をすると失敗してつまらないことになる、というのが長い人生の中で私が学び得たことのひとつなのだ。空はそのうち晴れるだろうが、今日 [続きを読む]
  • 旧市街で探し物
  • 昨晩は零下5度まで下がったボローニャ。そうとも知らずにぬくぬくと眠ることが出来た幸せ。今朝は、夜が明けて日が昇り、空が青くて気持ちが良いが、何時まで経っても気温が上がらなかった。私の冬の休暇も残り3日間となった。すっかり曜日の感覚が狂ってしまったのは私ばかりではないようだ。相棒もまた、妻が毎日家に居るせいで曜日が分から無くなったらしい。一昨日から毎朝カレンダーを確認するようになったのは、そうした背景 [続きを読む]
  • 銀を磨く
  • 快晴の木曜日。此の快晴をボローニャの人達は喜んでいるに違いない。それにしても寒くて、行きかう人達の着こみようと言ったらない。しかしそれもキリリと冷たい空気が空を青くしていると思えばいい。昨年末、といっても実に数日前のことで笑いを誘うのだけれど、兎に角その昨年末、近所のクリーニング屋さんに衣類を持ち込んだのは、自分の休暇が終わるまでにそれらを引き取りたいが為のことだった。働き者の女主人は店を1月2日か [続きを読む]
  • 寒い寒い
  • 新しい年は寒波で始まった。話によればローマあたりでは素晴らしい青空が広がっているようだが、ボローニャは濃霧。濃霧で朝が始まり、昼になると気まぐれに晴れ、夕方にはまた霧がやって来る。これがボローニャの冬なのだと思えばよいのかもしれない。元旦に洗濯したカーテンの白さが目に染みた。すると大窓用のレースのカーテンが酷く汚れて見える。ということで、朝から脚立を引っ張り出した。高いところが嫌いだが仕方あるまい [続きを読む]
  • 気分爽快
  • ゆっくり起床したのは昨晩遅くまで騒いでいたせい。騒いだと言っても相棒と私だけだから騒ぐ程度も知れたものだが、しかし年明けをスプマンテで祝い、ああでもないこうでもないとお喋りして、周囲から聞こえてくる打ち上げ花火の音で窓を開けて、つい先ほどまでしていた遅い夕食の片付けをして、やっと眠りについたのは夜中の2時過ぎのことだった。其れも、以前のように友人の家に行って大騒ぎのお祝いをしようものなら、家に戻る [続きを読む]
  • 私のモカ
  • 朝、カッフェを淹れたあと洗い忘れたモカ。そのモカを洗いながら、ふふふと笑みが零れた。一番小さいタイプのモカで、もう20年以上使い続けている。時々気合を入れて磨くけれど、大抵は水でサササと洗うだけのモカは年季が入っている上に取っ手が火であぶられて少し変形していて実に格好悪い。昔の私だったら、こんな汚いモカ、と言って新しいのに取り換えたいと言いだしたに違いないが、今の私はそうではない。古ければ古いほど良 [続きを読む]
  • 彼女のこと
  • 実感のない年末を過ごしながら、ふとアメリカに居た頃のことを思いだした。アメリカでの初めての年末は、友人と共同生活を始めて間もない頃のことだった。日当たりの良い広い部屋。南向きの大きな出窓。天井が高くて気持ちが良かった。唯一の難点は、私の部屋には扉がなくてプライバシーがなかったことだ。居間として使われていた部屋だったから仕方がない。それを承知でこの部屋を選んだのは私だったから、文句の言いようがなかっ [続きを読む]
  • 昔の風習
  • 休暇に入って一週間が経ち、すっかり曜日感覚が狂った。特に火曜日のクリスマスからがひどい。例えば一昨日の夕方、まだ日が暮れる前に家の最寄りの停留所でバスを降り、その足でクリーニング屋さんに立ち寄ろうと計画していたが、店はシャッターが下りていた。どうしたのだろう。具合でも悪いのだろうか。店主夫婦の健康を思いやりながら家に帰って来たところ、思いだした。そうだ、今日は木曜日だった、と。昔からボローニャの商 [続きを読む]
  • 丘の町へ
  • 快晴。2、3週間前に公道に塩が撒かれたのは道路が凍結しないようにとのボローニャ市による配慮だった。雪が降ってからでは遅いからと、事前の配慮が施されたのは実にイタリアらしくなかったと今思いながら笑みが零れる。おかげで道路の凍結による事故や混乱が起きず、今更ながら此の事前の行動は正しかったと感謝するところである。しかし、ばら撒かれた塩による汚れがひどい。どの車も全く汚れている。可笑しいくらい汚れていて、 [続きを読む]
  • 忘れもの
  • 旧市街へ行ったところ、フランスのクリスマス市が忽然と姿を消していた。あの大きな鉄鍋で炒めていた玉ねぎの匂いもなければ、少し焦げたソーセージの匂いもない。ワイングラスを片手にふらつく人は勿論いない。ひと月もの間、大きな郵便局前に居座って、人々に賑やかな雰囲気を提供していた其れが姿を消してしまった。淋しいと思った。でも、また来年。そうだ、また来年戻ってくれればいいと思う。暫く午後になると霧が濃くて辟易 [続きを読む]
  • シチリアのこと
  • 今日も祝日。外は驚くほど静かで、車が行き交う音も疎ら。家に閉じ籠もっている人が多いのかもしれない。快晴とはいえ、ガラス窓の向こう側は昼とてたったの3度だから。上階の4人家族は数日前にボローニャを脱出し、冬の休暇をボローニャ郊外の山の家かオーストリアの家で過ごしているのだろう。物音ひとつしない。階下に住んでいるふたりの女性も、家族の元に戻っているらしい。残っているのは隣の家族とうちだけ。それも数日の [続きを読む]
  • 霧がくる
  • ここ数日うちでブームになっているのが、今年の夏、帰省した時に奮発して手に入れた緑茶。私にはかなりの高価なものだ。店先で何種類も試飲させて貰って、うん、これ、これがいい、と決めてから値段を知って驚いたが、気に入ってしまったのだからしょうがない。あの時ケチって別のにしていたら、今頃後悔しているに違いない。美味しい緑茶。この旨みが分かるのは日本人ならではのこと、と言いたいところだけれど、丁度居合わせた外 [続きを読む]
  • 大切にしたいこと
  • 相棒が家に帰ってくるなり軽く握った両手を私の前に差し出した。数日前のことだ。どうやら、右と左、どっちがいい? と言うことらしい。11年前に他界した舅が、そんな様子を空の何処かから眺めていたら、やれやれ、君たちはまだそんなことをするのかい、と言って呆れるに違いないが、幾つになっても私達は、知り合ったばかりの、25年前と同じような子供じみた遊びをする。即座に私が向かって左側の手を指さすと、彼はにやりと笑っ [続きを読む]
  • 美しくて不思議なもの
  • 昨晩の満月が嘘だったように、今日は朝から空の様子が冴えない。太陽は分厚い雲の向こう側に存在するに違いないが、今日は私達の前に姿を現すことはないだろう。あと少しで一年を終えるのがまだ信じられないことのひとつだ。これでいいような気もするし、ちょっと待って、そんなに急がないで、という気分もある。どちらにしても時間を止めることは出来ないのだから、せいぜい充実した毎日にしたいものだ。さて、イタリアにはニュー [続きを読む]
  • 休暇の始まり
  • 昨夕、帰り道に見た月。明日の満月を控えて、限りなく丸く、微妙な色合いの光を放っていた。神秘的とでも言おうか。そんな風に見えたのは、ようやく今年の仕事を無事全て終えて、冬の休暇に入ることが出来たからなのかもしれない。最後の2週間は全てをきちんと終えることで頭が一杯で肩に力が入っていたから、引いた風邪に構っている暇もなかった。だからだろう、休暇に入って肩の力が抜けた途端に様々なことが体の中から噴き出し [続きを読む]
  • 寒いのに寄り道
  • 昨晩は全く酷い目に合った。旧市街に立ち寄って、さて、帰ろうかと思ったのが19時頃の事だ。ポルティコの下で寒さを回避しながらバスを待ったが、来ない。10分。20分。30分も経つと停留所にはバスを待つ人で混み合い、ひとり、ふたり、と数えてみたら30人を超えていた。数種類の回路のバスが通る筈なのに、何処行きのバスも、来ない。と、隣に立っていたご婦人に、どうしたのだろうかと話しかけてみたら、あら私はもう小一時間待っ [続きを読む]
  • 冬の朝
  • 昨晩、窓の外を眺めていたら、雪がちらついていることに気が付いた。あ、降りだした、と思ったのは、そのうち降りだすに違いないと思っていたからだ。零度前後を行き来するような寒い日で、空はと言えば午後になると鼠色の分厚い雲が垂れ込めて、嫌でも雪が降る予感をぬぐうことが出来なかった。暗闇に目を凝らして雪を眺める。積もるような類の雪ではなく、寧ろすぐに溶けてしまいそうな、直ぐに止んでしまいそうな類の雪だった。 [続きを読む]
  • 冬の休暇を前にして
  • 遂にやって来た本当の冬の寒さ。夜更けを待たずにやって来る零度。昼間も足踏みして上がらない気温。2度かあ、と街のデジタル温度計を見ながら吐息する。その吐息が白い煙となって空に昇っていく、それがボローニャの冬だ。しかしそれでも運がいいのは、旧市街を縫うようにして存在するポルティコ。このポルティコがなかったら、どれほど辛いことだろう。頭上を覆うようにして存在するポルティコが、寒さから私達を守っているのだ [続きを読む]
  • 自由
  • 帰り道の寒さ。これが近頃の問題だ。バスの停留所に佇む10分、15分がどうしようもなく辛い。ならば、と停留所3つ分くらいは平気で歩くようになった。じっとしているよりは良い、というのが理由だけど、しかしやはり外気を切って歩くのだから寒いことには変わらない。それも、あと1週間だ。ああ、来週5日間働くと冬の休暇になる。そう思うと、嫌でも顔がほころぶ。これをクリスマスの魔法、または休暇の魔法と私は呼んでいる。昨晩 [続きを読む]