yspringmind さん プロフィール

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yspringmindさん: ボローニャに暮らす
ハンドル名yspringmind さん
ブログタイトルボローニャに暮らす
ブログURLhttp://yspringmind.blog.fc2.com/
サイト紹介文Bolognaの日常生活を自分の視線の高さで語る、雑記帖みたいなもの。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供189回 / 365日(平均3.6回/週) - 参加 2010/07/19 03:25

yspringmind さんのブログ記事

  • 過ぎたこと
  • 蝉が鳴く日曜日の朝。息つく暇もなく鳴き続ける蝉の声に耳を傾けていると、窒息しそうになる。蝉の声を聞いているとじわりと汗が額に浮かぶ。子供の頃からそうだった。あの頃は、暑ければ暑いほど嬉しかった。今思えば不思議で仕方がないけれど、子供とはそもそも不思議な存在なのだ。それとも大人になると子供の気持ちを忘れてしまい、不思議に思えるのかもしれないけれど。兎に角いくら考えても、何故暑い夏が好きだったのか、思 [続きを読む]
  • 白いブラウス見つけた
  • 今週は、強い雨が何度か降って、急に空気が冷たくなった。雨で空気が清められたらしく、日差しが強い。澄んだ日射しは肌に痛く、アスファルトの照り返しですら目に痛い。昨晩は夜風が冷たく、眠る時こそいつだって窓を閉めてはいたけれど、食事時ですら窓を閉め切らずにはいられなかった。まるで山のよう。山の夜風は冷たくて、外を歩く時は夏だってコットンのセーターやジャケットが必要だし、家の窓は閉めておかねばうっかり風に [続きを読む]
  • 独り言
  • 暑い一日。30度に上がる予報が出てはいたから覚悟はできていたけれど、しかし家の中に流れ込む風すら生暖かいと、案外しんどいものである。昔、暑い夏が好きだった。暑ければ暑いほど良かったけれど、今となれば父や母が夏場は外出したがらなかった気持ちがよく分かる。子供だった私は、陽が照り付ける時間を好んで遊びに出たものだけど。帽子を被りなさい。昼寝をしなさい。栄養を取りなさい。母がいつも私の背後から声を掛けた。 [続きを読む]
  • 楽しい時間
  • 土曜日だというのに、間違えていつもの時間に起きてしまった。いや、実際はいつもの時間ではない。ふと目を覚ましたら窓の外が明るくて、えっ、と焦りながら時計を見るといつもの起床時間より30分ほど過ぎていた。目覚まし時計は鳴ったのだろうか。鳴ったのに無意識のうちに止めてしまったのだろうか。そんなことを思いながら慌ててベッドの中から抜け出して、キッチンに行くなりカッフェを淹れる準備に取り掛かった。寝過ごした、 [続きを読む]
  • 幻の人
  • 金曜日の晩を迎えてほっと安堵の溜息をつく。今週も無事に平日が終わった喜び。20代の頃にはそんなことを考えたことはなかったけれど、いつの頃からか平日が無事に終わったことを喜び、感謝して、週末を穏やかな気持ちで迎えるようになった。生きていくなかで様々なことを学んだからだろうか、昔よりも自分を取り囲む人達に感謝できるようになったからなのか。それとも自分を大切にするようになったからなのか。兎に角金曜日の晩は [続きを読む]
  • 月曜日の夕立
  • 夕方、雨に降られた。なんだってこう、帰り道に雨ばかり降られる。昼間に降ったって良いようなものの、と思ったところで思いだした。そういう季節なのだ。夕立。ちょっと素敵な響きが含まれている。棚から抜き取った本の間から、ひらりと落ちた写真。写っていたのは、私と相棒、そして私達と仲の良かった友人ふたり。私達は開いた口が塞がらぬほど若かった。この写真は覚えている。アメリカに暮らしていた頃の写真だ。7月初旬の夕 [続きを読む]
  • 銀の器
  • 今日も快晴。ジャスミンの勢いが凄い。先を争うように蔓が伸び、終いには互いが絡み合ってどうしようもなくなっている。もう少し前に棒を立てて誘導してあげるべきだった、と思うのは、毎年のことで今年初めてのことではない。こういうところが実にずぼら。我ながら進歩がないなあ、と思う。そんな自分に飽きれながら、収納戸棚の奥にあるものを取り出そうとして、あっ、と叫んだ。2本の似通ったプラスティックのボトル。よく似て [続きを読む]
  • 頑固で柔軟
  • 共和国記念日。イタリア国営放送では朝からその日を祝う様子をテレビで放映している。毎年のことだ。これを楽しみにしている人は思いのほか多い。と言っても、その祝典に携わる家族や、共和国設立時を通過した年配の人々が主であるけれど。近所の老人たちは朝からその放送を楽しんでいるらしく、朝から快晴で気温が高いこともあってどの家も窓を開け放っているから、そしてイタリアではテレビの音を大きくして見る人が多いこともあ [続きを読む]
  • 開放的な夕方
  • ここ数日、菩提樹の花が満開で、花の匂いに満ちている。それは家のテラスの目の前であり、職場からバスの停留所へと向かう道である。いい匂いだが、こうも満開で、こうも沢山咲き揃うと、匂いがきつくて堪らない。すっかり治ったと思っていた花粉症再発。また暫くの間、鼻がむずむずして困ることだろう。今日は金曜日。そして明日の土曜日は祝日。ふと思いついて、仕事帰りに旧市街に立ち寄った。このところ、仕事を終えると家に直 [続きを読む]
  • 仕立て屋さんに立ち寄った
  • 昨夜は満月だったが、夕方から雨が降り始めて止まなかったから、遂に月を見ることが出来なかった。始めは亜熱帯地方に降るような雨だった。スコール。そんな感じの雨。それがいつの間にか夏の初めによくあるような雷を伴う雨になり、夜遅くには静かで心休まる雨になった。窓を開けるとヒンヤリした空気が流れ込んで、火照った肌を癒してくれた。それにしても何と沢山の消防車が走り回ったことか。話によれば局地的に雨が降り洪水に [続きを読む]
  • 美しい人達
  • 穏やかな週末。少なくとも私は骨の髄まで酸素が行き渡っているような感じがする。何時も忘れがちな深呼吸を朝から幾度しただろう。良い証拠。これは良い証拠である。身体の力をすっかり抜いて、のんびり過ごす週末。必要だったと思う。先日、旧市街の食料品市場界隈を歩いていた時のことだ。その界隈には不釣り合いな感じの創作アクセサリーなるものを置く店の前で足を止めた。この店の前はどんな店だっただろうかと頭をひねるが、 [続きを読む]
  • 猫のこと
  • 連日素敵に晴れているボローニャ。日射しは既に夏同然だけど、吹く風が爽やかで、人々に初夏の喜びを与える。昔、この時期にサンフランシスコから引っ越して来た当時の私には、兎に角涼しい街からやってきたと言う理由から、ボローニャのこの気候を真夏のようだと思ったものだけど、今の私には分かる、これはまだ夏ではなくて、初夏、単なる始まりであることが。初夏とは何と心地よい響きなのだろう。足取りが軽くなるし、心も何処 [続きを読む]
  • 格好よくいこう
  • 火曜日は雨で始まった。想像するに雨は夜中に降り始めたらしく、朝起きて窓の外を眺めたらば既にじっとりと地面が濡れていた。起き抜けに窓の外を眺めるのが私の習慣で、いつの間にか相棒や猫の習慣となった。しかし彼らの場合は単に外を見るだけで、私のようにこの雨が一日続くのだろうかとか、雨で幕開けの一日は思いやられるとか、そんなことまでは考えないらしい。実に外を眺めるだけだ。それを私は羨ましく思う。何故なら私は [続きを読む]
  • 突風
  • 樹の枝が揺れている。ジャスミンの細い蔓もゆらゆら揺れる。天気はいいが風が吹く。しかし其れもうちの辺りだけに限ったことかもしれない。2年前の夏、日本へと発った日は風がとても強かった。真夏の真昼間で、いつもなら窓を開け放っておきたいところだったが、遂に家中の窓を閉めなければならなくなった。迎えの車が到着して、乗りこむなり言った。今日は風が強いから飛行機は大丈夫だろうかと。すると運転手が笑いながら、シニ [続きを読む]
  • 自分を大切にする日
  • 何か特別なことをしたでもないのに、昨晩食事を終える早々酷い疲れに襲われた。ベッドに潜りこむなり身体の芯から痺れるような眠気がやってきて、知らないうちに深い眠りについた。そんな私を見た相棒は、私がとても疲れている、私がここで生活していることで想像を超える苦労をしていると思ったらしい。今朝目を覚ますと相棒はとても優しく、今日は一日自分を大切にする日にするといい、みたいなことを言って外に出ていった。土曜 [続きを読む]
  • 贅沢なこと
  • 毎日夕方に雨が降る。それも私が職場を出る時間をめがけて雨が降る。何故だ。と空に問うが返事はない。明日もこんなならば折角の金曜日の夕方が台無しだ、と空に文句を言っておいたから、多分大丈夫だろう。そうであって欲しいと思う。相棒と出会ったのはサンフランシスコ。私は一生この街に暮らしたいと思っていたというのに、相棒に遭遇したことで人生の方向が変わってしまった。それが良いか悪いかは、私には分からない。ずっと [続きを読む]
  • 5月は行ったり来たり
  • 職場を出たところで雨が降り始めた。小粒の雹も一緒に。なのに少し先まで行ってみたら、どこを探しても雨跡などなかった。濡れた傘を持っていたらバスの停留所に居合わせた老女に何処で雨が降っていたのかと訊ねられて苦笑した。少し先のところで。結構降っていたのよ、と言う私に彼女は不思議なこともあるものねえ、と言って空を見上げた。旧市街の方の空が真っ黒なのを見つけて、シニョーラ、ほら、旧市街の方は雨は降っているに [続きを読む]
  • 有難くて嬉しいこと
  • 母の日を迎えて、海の向こうに居る母を想う。こんなに大きな大人になった今も、母にとっては私は子供のままであろう。勿論一人前の大人扱いをしてくれはするけれど、心配ばかりかけている、いつも心細くて母の後ろに隠れている女の子の印象が母の脳裏に染みついているに違いない。その証拠に母からの便りには、私が元気にしているのか、無理はしていないか、相棒と仲良くしているか、と、文面の裏側に、大丈夫かなあ、といった気持 [続きを読む]
  • 自転車屋さん
  • 昨晩の疲れが嘘のように、今朝は元気に目が覚めた。外は晴れ。外気は冷たいが、そのうち気温が上がるだろうと、空に浮かぶ雲を見てそう思った。家じゅうの窓を開け放って空気を入れ替えた。外気が家の中に流れ込むとレースのカーテンがふわりと膨らんで、一瞬もう初夏になったかのかと錯覚した。いや、錯覚ではないかもしれない。もしかしたら、初夏はもう目の前にまで来ているかもしれない。以前は朝食をバールでとるのが好きだっ [続きを読む]
  • 寄り道
  • 隣の家の庭は花盛り。薔薇が美しく咲いている。それに3日前まで気づかなかったのは何故だろう。そして此れほど見事な薔薇に育てたのは、隣の家族のいったい誰なのだろうと思いを巡らす。少なくとも3種類の薔薇があり、それぞれが20も30もの花をつけていて、花園という言葉がぴたりとくる。こんな素敵な庭にして、こんな美しい薔薇を咲かせて、と隣の人にばったり会ったら称賛しようと思っているのに、何故か誰にも会わない。いつ [続きを読む]
  • 昔通った街
  • 暑くもなければ寒くもない。今日が丁度そんな日だ。時折、雨粒が空から落ちてくるけれど、かと言って傘をさすほどでもない。ああ、降ってきたねー、と樹の下に逃げ込むと止み、歩きだすとまた少し降る。聞くところによればトスカーナの何処かの街では随分の雨が降って道が川のようになっているとか。そういえば先週はサルデーニャにも大量の雨が降って、その様子がテレビに映し出されていた。それを思えばこんなパラパラとしか降ら [続きを読む]
  • そら豆のこと
  • 仕事帰りに立ち寄った青果店の店主が、そら豆は今が一番安くて美味しいよ、と言った。そうだ、少し前までは、ちょっと驚くほど高値で手が出なかった。何しろ鞘は大きいけれど中の豆は小さいから、山盛り購入したいけれど足踏みしてしまうほどの値がついていたのだ。店主のその言葉でそら豆を購入することにした。シニョーラ、このくらい? ううん、その倍くらい。そうして手に入れた袋一杯のそら豆を手に提げて家に帰って来た。一 [続きを読む]
  • 気の早い人達
  • 窓の外に浮遊する綿毛たち。この時期はポプラの樹が放つ綿毛が舞飛んで、人々を脅かす。別に身体に悪いものではないけれど、これが目や鼻に入り込むと大変なことになる。特に私のような花粉症、鼻炎を持つ人にとっては、天敵というほどの存在なのだ。かと言って、気温が上がれば窓を閉め切りなどにはしていられないし、折角の良い天気の日に外を歩かないのも残念過ぎる。だから勇気を出して窓を開け、勇気を出して外に出掛けるのだ [続きを読む]
  • 素晴らしい人
  • ボローニャに肌寒い毎日が数日続きいた。流石にもう必要あるまいと仕舞い込んだ春先の薄手のセーターを再び引っ張り出して、足元にしても素肌を出さぬようにナイロンの靴下を履き、5月にしては寒すぎるこの気候が通り過ぎるのを息を止めるようにして待っている。私も、テラスの植物も、そして猫も。来週辺りは元通りになればよいけれど、と思っているのは周囲の人達にしても同じに違いない。世の中には素晴らしい人が存在するとは [続きを読む]
  • アカシアの樹
  • 薄曇り。肌寒いくらいだ。薄着で出掛ければ体が冷えてしまうに違いなく、温かいと思えば寒くなり、全く厄介な気候である。これもこの季節の特徴。油断がならぬ。昔からそんな風に思っていた。私がようやく10歳になったかならぬ頃の春、私達家族は田舎に引っ越した。そこは本当に驚くほど田舎で、最寄りの駅からバスに乗り、そしてバスを降りてから子供の足なら30分も歩くような場所だった。そんな場所に引っ越したのは父と母が土地 [続きを読む]