ALEX さん プロフィール

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ALEXさん: Boots strap
ハンドル名ALEX さん
ブログタイトルBoots strap
ブログURLhttps://ameblo.jp/polyglotism/
サイト紹介文小さな外国語スクールの代表者が発信する日常的なエッセイ。 好奇心と知性的な笑いを心がけている。
自由文2009年暮れよりはじめて、
どこまで続くかな?

おっ、まだ続いている!

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供354回 / 365日(平均6.8回/週) - 参加 2010/08/06 10:00

ALEX さんのブログ記事

  • 「小説」という言葉の語源はどこに?
  • 19世紀のフランスにアルフォンス・アレー という、おもにコントやブラックジョークを書いていた小説家がいる。彼は、まっとうに机の上でもの書く小説家ではなく、カフェやバーで、仲間と呑んだり、エリック・サティのイージーリスニングのようなピアノ演奏をを聴きながら、「思い浮かんだんだ〜」とばかりに筆を進め、その場で書いてしまうという芸当を行なっていた。書いた短編小説は、その数、1500にも及ぶ。ほとんどが、 [続きを読む]
  • 何でも一歩から、良ければ次々接ぎ木されるもの
  • 松尾芭蕉の句に「里古りて 柿の木もたぬ 家もなし」とある。これは伊賀上野で詠んだ句。この上野は古くからある街で,その古さにそうように、柿の木が無い家はないほどだ」となる。芭蕉には柿がよくあう。京都・嵯峨野に落柿舎(らくししゃ)と呼ばれる草庵がある。ここは芭蕉の弟子である向井去来の草庵だったものだが、ある日、一夜にして柿が落ちてしまったことにより、この名が付けられた。俳人と柿とは相性がいいのか柿の句が多 [続きを読む]
  • 何事も、古き世のみぞ 慕わしき?
  • 何かにつけて「昔は良かった」と口癖のように言う人がいる。人の心やマナーを見るにつけ「昔は良かった」という心理に傾くようだ。これは明らかに老人の弁。この言葉を口にするようになったら老人というところかも知れない。『徒然草』の22段に、「何事も、古き世のみぞ慕わしき。今やうは無下にいやしくこそなりゆくめれ。古代の姿こそをかしと見ゆれ」と出てくる。わかりにくいので簡単に現代語に置き換えると、「何ごとにつけ [続きを読む]
  • そんなへっぴり腰とナマクラ刀では 人は斬れまい
  • 時代劇を描いた劇画(漫画)に、とある剣客が相手を見据えながら、一言、「むむっ、お主(ぬし)できるな?!」と呟くシーンがある。咄嗟に相手を見抜いてこんなことを口にする。少年時代にはこういったものが好きだった。江戸時代の剣客・黒田恒太郎の『回想録』を読んでいると、そんなシーンを彷彿とさせるような記述を見つけた。その部分を抜粋すると、「まず、相手の顔を見て、勇怯、正邪、傑風の相を見る。ついで、体格、体術の修 [続きを読む]
  • ♪忘れられないの〜あの人が好きよ〜
  • 『恋の季節』という古いヒット曲があったが、季節と恋とは、どこか密接な関係がある。春夏秋冬、どの季節にもそれぞれの恋があるものだが、描く恋は、春に芽生え、夏に燃え、晩秋には別れが似合うところがある。恋を求めてさすらう人物に伝説の人物としてドン・ファンなる人物がいる。彼は、どんな女性でもいいということではない。自分の理想とする女性を求めて彷徨う男。トルストイの書いた『ドン・ジュアン』の一節に「どの女も [続きを読む]
  • 何ものからも解放される「自由」とは?
  • 「人は自由なものとして生まれたが、どこもかしこも鉄鎖につながれている」という書き出しで著されているのがルソーの『社会契約論』。人は決して自由ではないと言いたいところなのだろう。人は、生まれたその瞬間には、何者にも縛られない人だが、生を享けてその人生を歩もうとすれば、多くのしがらみがあることに気づかされる。そんなものから解放されたいという気持ちになるのも理解できる。小説家・丹羽文雄は多くのそんなしが [続きを読む]
  • またもや掌編小説『お玉ヶ池の怪』(泉鏡花に捧ぐ)
  • 「この間、秋葉原の駅から家までタクシーに乗ったんだけどサァ。その運転手、お玉ケ池の前を通らずにワザワザ大回りしたんだよ。運転手に、これはおかしんじゃねぇかって言ってやったんだよ。そうすると200円返してくれたんだ。それで良しとしたんだけど、今日もまた、同じ運転手に当たっちゃってさ。やっぱりお玉ケ池の前を通らないで大回りしたんだよ。このヤロウと思ってね、なんで近い道を遠らねぇんだって言ってやったら、 [続きを読む]
  • 怪事件「トゥーソン殺人事件」(短編小説・完結編)
  • 「彼から国に帰る前に見せたいものがある、ということでこの街トゥーソンにやってきました。アリゾナ砂漠の中にあるこの街に何があるのか?彼が言うままについてきただけです」マルグリットは噛みしめるように言った。ふと聴衆の一人、穴のあいたテンガロンハットをかぶった髭面の男がヤジを飛ばした。「ここには何もありゃしねえよ。あるのは砂漠だけ。おっとサボテンもあるよ」聴衆から笑い声が起こった。「そうなんです。私も驚 [続きを読む]
  • 怪事件「トゥーソン殺人事件」(短編小説その1)
  • 「法廷では、君のありのままを話すんだ」白髪の老弁護士のティモシーがマルグリットに、やさしく説いて聞かせた。マルグリットは広く美しい額の眉間にうっすらとしわを寄せながら、「ありのままって、私が言っているようなことを陪審員の方々は信じるでしょうか?」不安げに言った。ティモシーがもう一度、諭すように、「荒唐無稽のように思うかも知れんね。だけども、自分が体験したことを誠実の話すんだ。それがすべてだよ」弁護 [続きを読む]
  • 怪事件「ルモワーヌ事件の顛末」(読み切り瓦版)
  • 時に「怪事件」と呼ばれるものが起こるもの。その一つ、世は今を去ること100年あまり前のフランスはパリでの出来事。この事件の重要な登場人物は、ルモワーヌという名の電気技師。この男、ダイヤモンドを人工的に作る方法を発明したと吹聴し、持ち込んだところが当時の大会社ド・ピア・ダイヤモンド鉱山会社。彼が説くダイヤモンドを作る方法に必要なものは、わずかに炉と少しばかりの石炭。社長であるジュリアス・ワーナー卿の [続きを読む]
  • 何ごとにも使い回しがきく「独りごと」
  • 上島鬼貫は江戸時代中期の俳諧師。鬼貫に対するよくある紹介では「東の芭蕉、西の鬼貫」などの表現をされる。作風は、ユーモラスなものが多い。紹介の意味で、二句ばかり挙げると、「行水の 捨てどころなし虫の声」「昔やら 今やらうつつ 秋の暮れ」などが代表的。俳諧についてのエッセイ『独(ひと)りごと』なども著している。そこには彼流の飾らない俳諧論が展開されている。『独りごと』の中の一つ「ほど拍子」という小見出し [続きを読む]
  • 「この人にして、この疾(やまい)あり」
  • 「この親にして、この子あり」という諺がある。「このような優れた親があるからこそ、こんなにりっぱな子が生まれるのだ」の意味で使われる。これは、子供を褒める意味よりは親を褒める言葉として使われる。ただ、これを皮肉って、逆の意味で当てつける場合もある。「こんな悪ガキ、誰に似たんだろうね?!」の意味で「この親にして、この子あり」と言われることもある。また、別の諺に、「この人にして、この疾(やまい)あり」とい [続きを読む]
  • 「学」はあってもバカはバカ?
  • 電車の車内吊り広告を見ていると、とある月刊誌の見出しが出ていた。週刊誌や月刊誌の広告が車内吊りにはよく出ており、満員電車の中で、ぼーっとしながらそこに出てくる見出しに興味をおぼえることは多々ある。そんな広告を見て駅の売店で衝動的に買ってしまう、広告する方は、それが狙いで、うまく嵌まってしまうといったところだろうか。見出しの一つに「学はあってもバカはバカ」という見出しが眼を惹いた。そこには揶揄するよ [続きを読む]
  • 「ああ言えばこう言う」は侮辱の言葉?
  • 日本語の言葉に「ああ言えばこう言う」という表現がある。注意のつもりで一言、相手に言えば、理屈やへ理屈を捏(こね)ねて直ぐさま返答してくる。それは、決して心地の良い回答ではなく、ネジ曲がったような回答をイヤミを含めながら浴びせ返してくる。こういったタイプの人は、決して折れることはない。将棋の「千日手」のように、終わる糸口が見つからなくなるまで続くことになったりする。Aビアスの『悪魔の辞典』から、「ああ [続きを読む]
  • ウラをかいたつもりが逆手に取られ...
  • かつてはオレオレ詐欺と呼ばれていたものが今は「振り込め詐欺」と総称されるようになったという。一連の様々な詐欺に汎用される言葉として選ばれたようだが、今ひとつ、シックリくる呼び方でないような気がする。時々逮捕されるというニュースがあったりするが、たいてい、出し子と呼ばれる末端の一人。なかなか大物が逮捕されるところには至らない。この「振り込め詐欺」による昨年一年間の被害額は370億円ほどもあったという [続きを読む]
  • アーティストとカネの関係についての考察
  • アーティストとカネは相容れぬ仇同士のようなところがある。ちょっと思い浮かべてみるだけでもヴァン・ゴッホやモディリアーニなど、カネと縁遠い生活を送ったアーティスが浮かんでくる。そんな生活を過ごしたがゆえにモディリアーニの青春は輝いて見え、シャルル・アズナヴールのシャンソン『ラ・ボエーム』が悲しくも心打つ。象徴派詩人として知られるマラルメ(Stéphane Mallarmé)は、詩人の賞にその名が冠されるほどの高邁な [続きを読む]
  • 何が隠されているのか?その背後...
  • 月 いづこ 鐘は沈みて 海の底         芭蕉松尾芭蕉のこの句は、長旅の疲れを流すべく山中温泉に浸かり、北陸方面から敦賀に至る道中での宿で詠まれた句。ちょうど十五夜となる日のこと、宿の主(あるじ)から近くにある「鐘ケ崎の沈鐘」のいわれを聞いていた。その鐘ケ崎と名付けられたのは、お寺の梵鐘となるべき鐘がその岬に沈んでいる。それに因(ちな)んでつけられたもの。芭蕉が訪ねたこの日は、あいにくと空には月が [続きを読む]
  • 釣りの妙諦は「運・勘・根」というが...
  • 今日、ゴロッとしながら小説家・開高健の釣りエッセイ『オーパオーパ!!』を読んでいると、釣りの妙諦というものに出くわした。彼が説く釣りの妙諦とは「運」「勘」「根」というものらしい。確かに「運」がなければ何も始まらないし、はじめのうちは運だけで釣果があったりするもの。ビギナーズラックとも呼ばれるものも一つの「運」。「運」は、強い味方。釣り名人になろうとすれば、必要なのは、何と言っても「勘」。これが全てを [続きを読む]
  • 生き残りをかけた非情なる戦いか?
  • 今年も余すところ数カ月となった。こんな季節になってくると、そろそろ言われるのが流行語大賞。既に様々な候補が挙げられている。それぞれの時代を反映するような言葉が連ねられている。この流行語大賞が始まったのは1984年。この第1回新語・流行語大賞新語部門で銅賞となった言葉に「スキゾ人間」と「パラノ人間」というもの。もはや死語になっている言葉らしく、こういった人間の分類を言えば「?」という反応がかえって来るに [続きを読む]
  • 他人の日記の覗き見は御法度だが...
  • 日本最古のカナを使った文学としては『土佐日記』が一番古いものとされる。作者はもちろん歌人でもある紀貫之。書き出しは、「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」とあるごとく女性が書いたように表現している。「日記」と言えば、人に見せるために書くものではないが、日本の古来からある、このような「日記」は日を追いながら表現して行くもの。また、近代では文学者の日記は人気があり、それが出版につなが [続きを読む]
  • 自然を模写したものか、模写から自然を発見するのか?
  • ジョン・ラスキンが書いた『ヴェネツィアの石』を読んだ。これは、おもにゴシック建築としてのヴェネツィアのサン・マルコ寺院について書かれた大著。もう、とっくに絶版になっていると思っていたが、新刊本があることを知り買い求めた。ラスキンはこの本を通して自らのゴシック建築の蘊蓄(うんちく)を滔々と語っている。この著書こそ大伽藍のようでもあるという評を下す人もいる。この本を片手にサンマルコ寺院を回ると違ったもの [続きを読む]
  • わがブログで、一番検索されたキーワード
  • 今年も、残りあと100日を切ったという。わがブログも、数えてみればスタートから2800回を越えていて、このまま行けば早春を迎える頃には3000回を越すことになる。この中で一番検索される記事は、仏教詩人と言われた坂村真民さんの詩『念ずれば花開く』の英訳を掲載したもの。私自身の記事というより、それが一番の検索の対象となっている。彼は九十有余歳に至るまで詩を詠み、真夜中から早朝に至るまで地に額をつけ川原 [続きを読む]
  • フランス人は ”キワモノ” が好き?
  • フランスで有名な日本人と言えば、おそらく一番に来るのがビートたけしこと北野武。カンヌ映画祭の常連であり、コメディアンであり映画監督でもあるというマルチなところが人気の根本的なところだろう。そして、先日発売された、ビートたけしの名で書き下ろした恋愛小説『アナログ』が話題を呼んでいる。マルチが、さらに増えたというところでもある。フランス人は、歴史的に見てもキワモノが好きである。常人ではない人物たちを好 [続きを読む]
  • 映画の中のシブい「名わき役」たち
  • 日本映画を代表する監督言えばすぐに挙がるのが、黒澤明、小津安二郎、山田洋次など。それぞれに独特の主役となるべく予定されていたような人物が居る。黒澤には三船敏郎、小津には原節子、山田には渥美清。もし、お互いがなかりせば彼らの傑作映画は生まれなかっただろうと断言できる。もっとも重要な監督の仕事は主役を張れる人物をいかに見つけ出し、適役に仕立て上げるかということでもある。いい主役級の俳優に巡り会えない監 [続きを読む]