ALEX さん プロフィール

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ALEXさん: Boots strap
ハンドル名ALEX さん
ブログタイトルBoots strap
ブログURLhttps://ameblo.jp/polyglotism/
サイト紹介文小さな外国語スクールの代表者が発信する日常的なエッセイ。 好奇心と知性的な笑いを心がけている。
自由文2009年暮れよりはじめて、
どこまで続くかな?

おっ、まだ続いている!

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供365回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2010/08/06 10:00

ALEX さんのブログ記事

  • 「真」と「贋」どっちがどっち?だが...
  • 「詐欺」に関する事件は数えきれないほど存在する。世の中にある真贋論争も数えきれないほど。偽物を本物と偽ってお宝を手に入れようとする輩も後を絶たない。詐欺師の枠に入る人物として、わが興味をそそったのは18世紀のイギリスの詩人トーマス・チャタートン(Thomas Chatterton)。この人物17歳9カ月の若さで、ヒ素による自殺で生涯を終えている。彼は誕生前に父を亡くし、代々教会の執事の家系であったため幼い頃より教会 [続きを読む]
  • 「青天の霹靂」とならぬように危機回避の場所
  • 「青天の霹靂(へきれき)」という言葉がある。予想だにしなかったような事が突然起きることを意味する言葉。突然起こるような事で良いことはあまりない。従って、内容的には地震などの天災、予想外の悪いことなどに使われる。この「霹靂」はカミナリのこと。すなわち、晴れているのに突然襲うカミナリ。通常、雷などは、雨が降ったり遠くから雷鳴などの兆候があってから、「来るべきものが来た」としてカミナリと登場となるが、突然 [続きを読む]
  • 『ポルターガイスト』などのホラーよりも怖いもの
  • 一説によると犬の嗅覚は人間の100万倍〜1億倍ともいわれる。そんな特性を生かし犯人を探し当てるために警察は犬を使って捜査することもある。犯人の持ち物の匂いを嗅がせると辿った道のりを的確に当てたりする。そんなものを見せつけられれば、人間の嗅覚はどうしようもなく鈍感に思えてくるが、哺乳動物の中では、むしろ、かなりいい方だという。もちろん個人差は大いにある。人によっては、からっきし匂いに鈍感な人もいる。こん [続きを読む]
  • 様々なことは、逆説こそ「真」なり?
  • 18世紀の思想家ヴォルテール(Voltaire) が残した言葉「キミが言うことには一切同意はできないが、キミがそれを言う権利は死んでも守る」というのがある。ヴォルテールはその時代の叡智とされた人物。上記の言葉は「あなたが言う言葉は承服できないが、それを発する言論の自由だけは、私が守る」という意味になる。これはいかにもフランス人を表す言葉。かつて隔週新聞「シャーリー・エブド」が何者かによって襲撃された時、パリ [続きを読む]
  • 「奇跡の一枚」に喜んではいけないよ!
  • 「奇跡の一枚」というものがある。たいてい、本人とは似ても似つかないほどうまく撮れた一枚の写真のことを言う。本人であることは間違いないのだが、メイクや撮る角度一つで驚くような出来栄えのものが撮れることがある。いつの頃からか、この写真はそう呼ばれている。この一枚によって思わぬ幸運を得た人間もいれば、命を落とすことになった人までいる。写真の発明は1839年。その前までは写真ではなく「肖像画」がその代わり [続きを読む]
  • 「ファミリア・ストレンジャー」から何も変わらない?
  • 「ファミリア・ストレンジャー」という言葉がある。この意味を探ってみると、ファミリアは「親しい・よく知っている」、そして、ストレンジャーは「よそ者・知らない人」などの意。これを合わせると、顔とかよく知っているがどういった人なのかは知らない、という意味となる。松尾芭蕉の句に「秋深き 隣は何を するひとぞ」という句がある。(まだ秋でもないが)晩秋のこと、芭蕉が臥せっている時に詠んだ句とされる。隣で物音がし [続きを読む]
  • 歴史を賭けた戦い「天道是か非か?」
  • 司馬遷といえば、中国の前漢時代の歴史家。『史記』の著者でもある。彼の発した言葉に「天道是か非か?」というのがある。この意味は「果たして『天道』と呼ばれるものがあるのか、ないのか?」。『天道』というのは「天の摂理」の意。中国人に古くから親しまれている書『老子』の第79章の一節に「天道無親、常與善人」とある。「天道というものは公平無私で、常に善人に味方する」の意。すなわち、天の摂理というものが存在し、そ [続きを読む]
  • プルーストの時代とココ・シャネル
  • 夏になればフランスではプルーストの特集が組まれることが多い。彼の著書『失われた時を求めて』は3000ページに及ぶ大著。時間を持て余したヴァカンスに読むのが良かろうということでの企画でもあるのだろう。この著書の時代背景は1880年代半ばから1919年ごろまでの社交界。誰が数えたか知らないが、意味のある登場人物だけでも500人ほどになる。キワドイ人物が出てくることも多く、出版当時、スキャンダル好きなパ [続きを読む]
  • 世界の献立を見ると 意外なものが美味かったりするが...
  • 小説家・開高健は小説家というより、エッセイストと言った方がしっくりいく。エッセイストというものは、たいてい、何らかの専門性があるもの。彼はベトナム戦争に従軍記者として出かけたり、カナダや世界の渓流釣りなど型破りな冒険的な側面もあれば、ワインや食通を自任しているところがあった。その「食通」というのも幅が広い。高級フランス料理などから珍味、怪味に至るまで広範囲なる食について多くを語る。彼のエッセイを読 [続きを読む]
  • あの頃は 専業主婦と百貨店の時代だった?
  • デパート不況が言われるようになって久しい。かつて隆盛を誇ったデパートが次々と閉店に追い込まれている。デパートのターゲットは当然ながら「日中に自由に買い物をする権利のある人」。昔は10時開店、6時閉店と決まっていた。こんな時間帯に買い物できるのは、よっぽどのブルジョワか、中産階級のいわゆる専業主婦。”企業戦士”と呼ばれる主人を送り出し、あとは自由。おまけに給与が振り込まれた銀行のキャッシュカードを握 [続きを読む]
  • 都市には「思想」が必要だ
  • 先日、バレエを見るために京都に行った話を書いた。当地から京都は通勤や通学をしている人もあり、実際さほど遠いところではない。時々、美術展のために訪ねたりもする。大学時代は、友人を訪ねて住むほどに入り浸っていたこともあった。そのため、地名を聞くだけでその辺りの風景が思い浮かぶほどでもある。ただ、今回、比叡山や東山を目にした時、あまりに変わっていないことに驚いた。もちろん、四条烏丸などは全くもって変化し [続きを読む]
  • ニセものか、本物かを判別するのは難しい?
  • 『徒然草』八十八段に小野道風の書いた『和漢朗詠集』という話が出てくる。小野道風は、平安時代中期(西暦900年頃)筆の達人。一方、「和漢朗詠集」が編纂されたのが1018年頃。小野道風が亡くなってから編纂されたもの。そんな「書」があろうハズもない。そこで、その持ち主に『それは贋作ですよ』と直接的な表現ではなく、婉曲的に「それは、あろうハズもないものですね」と言うと、その持ち主は、「あろうハズもないものが [続きを読む]
  • 「広告」と「景観」これらを解決する道のりについて
  • パリを歩くと、緑に塗られたしゃれた広告塔が街角に立っているのを見る。この名称は「モリス広告塔(Colonne Morris)」と呼ばれるもの。これがスタートしたのは1860年代というから今から150年ほど前のこと。それまで、映画案内のポスターが公衆トイレに貼られたり、空き家、高架下の壁などに貼られ、まさに無法地帯のような有様だったのを規制した。ところが、ポスターがないと不便なことも多い。新しい演劇を知る手だけがな [続きを読む]
  • 「忘却」こそ最大の「能力」だというが...
  • アルベール・カミュの言葉に「人間の最も大きな能力は忘却である」というのがある。この言葉は納得できない気がする。人間には「忘却」があるからこそ、もはや、コンピュータに及ばない。忘却は欠点。この欠点があるからこそ、様々な努力をしないわけにはいかない。「忘却」を防止するために、スマホの「リマインダー」に記録したり、アラームが鳴るように設定したりする。試験勉強もこの「忘却」という欠点との格闘と言ってもいい [続きを読む]
  • 子供は、みんな丸いものが好きだが...
  • 子供は「丸いものが好き」というものがあるようだ。世界的な人気キャラのトップはディズニー。その中でも一番人気はミッキーマウス。これは3つの円を組み合わせただけ。子供はそれをミッキーと認識する。キティも丸ければ、ドラえもん、アンパンマンも。ほとんどの子供の人気キャラはまん丸に近い。これを心理学的に見れば、子供は先鋭的で攻撃的なものを嫌い、丸い、柔らかいものを好む傾向があるという。豊満な乳房が好き。そこ [続きを読む]
  • 「無償の行為」と呼ばれるものを探ると...
  • 「無償の行為(Acte gratuit)」と呼ばれるものがある。「無償(gratuit)」とあるが、この意味は無報酬という意味ではなく、「何らの利害関係もなく、無動機で行われる行為」のこと。もう少し説明すると、殺人などが利害や動機なく行われること。「理由なき殺人」とも呼ばれるもの。すなわち、無動機で行われる犯罪。これで一番よく知られるのは、アンドレ・ジイドの『法王庁の抜け穴』。 「この小説に出てくるのはラフカディオという [続きを読む]
  • 逆走台風 密かに呟く「クロップシュトック」と...
  • 台風一過という言葉の意味は、ただ単に台風が過ぎ去ったというより、辛い時期が過ぎ去ったという安堵の気持ちが込められている。たいていは、それを表現するかのような晴れた空へと変わってゆく。ところが、最近は、むしろ、それにも増して厳しい雨をもたらしたりと、そんな安堵を与えてくれない。 ゲーテの『若きウェルテルの悩み』 に、にわかな雷雨で打ちのめされた庭のシーンが出てくる。その変わり果てた庭をガラス窓越しに [続きを読む]
  • 『万葉集』の中で異彩を放つ 笠 郎女(かさのいらつめ)
  • 『万葉集』の中で異彩を放つといえば真っ先に挙げたいのが笠 郎女(かさのいらつめ) 。万葉後期の女性歌人。大伴家持に贈った相聞歌(そうもんか)が特に知られている。すなわち、恋愛歌。これらは24首にも及ぶ。そして、譬喩歌を含め、29首の歌が収められている。いずれも、大伴家持に贈った歌だが、激しく、熱い思いが込められた歌がほとんど。これを相聞に名を借りた「歌」に対する情熱なのか、実際に大伴家持に対する「熱い思 [続きを読む]
  • ジャポニズムの隆盛の頃、パリで上演されたバレエ "Le Rêve"
  • フランスで一番権威がある文学賞といえば、「ゴンクール賞」。これは、文学に造詣の深かったゴンクール兄弟にあやかってその名を冠したもの。この文学賞は1902年にスタートしている。この兄弟、れっきとした貴族。兄をエドモン・ド・ゴンクール、弟をジュール・ド・ゴンクールと呼び、特に兄の方は1896年に没するまで日記を書き続けていた。その日記を読めば、当時のジャポニズムがどれほど隆盛したかがわかる。浮世絵はも [続きを読む]
  • 「奇妙な時代」の「奇妙なアート」の散策
  • イタリアの中央部に位置するラツィオ州にボマルツォ(Bomarzo) という小さな街がある。そこで有名なのが怪物公園(Parco dei Mostri) と称されるもの。正式名称は「聖なる森(Bosco Sacro)」。建築されたのは16世紀の半ば頃だという。これは当時の領主であったヴィッチーノ・オルシーニ(Vicino Orsini) の発案で作られたもの。怪物公園の入り口この公園の入り口がこんな風になっているところから察するとさぞや中身は?と思わせる如 [続きを読む]
  • 「大学は意味のないことを教えることが要諦である」
  • 文筆家・内田百?の言葉として後々まで残してもらいたいのは「大学は意味のないことを教えることが要諦である」というもの。今や大学改革と称して効率や「費用対効果」を願う風潮が席巻している。愚の骨頂と言いたいところ。大学の先生といえば、以前ならば、やたらと「休講」したり、出欠もとらず、最後にレポート提出で単位をくれる教師の人気が高かった。情報を得て、いかにサボるかが大学生活の手腕の見せ所であり、要領よく送 [続きを読む]
  • ビートルズ『All You Need Is Love』を聴きながら...
  • 私は味わったことがないが、人に「怒る楽しみ」というものがあるようだ。我が生業からいえば「小さな外国語スクール」を30年近く経営している。そんな仕事柄、怒る立場にない。むしろ、小さいとは言えサービス業の端くれ、苦情を受ける立場になる。そのため「怒る楽しみ」を奪うことに細心の注意を払うという小市民的な発想で、なんとか命脈を保ってここまできたとも言える。こちらも老境に入ってきたせいか、「怒る」こともなく [続きを読む]
  • モノノ怪(け)」が入り乱れて、妖気を漂わせる
  • 日本の古代の小説や説話集には「モノノ怪(け)」と呼ばれる存在が出て来る。これは、怪奇な存在で、死霊の場合もあるが、生きている人の想念がその人から飛び出して我知らないところで災いを起こしたりするもの。『源氏物語』の「夕顔」の段に、光源氏と夕顔の逢瀬のさ中、褥(しとね)を共にしていた時、宵も過ぎ光源氏がウツラウツラして夢を見た。美しい女がそばに座り夕顔のもとで何やら恨みがましい言葉を口にしている、というも [続きを読む]
  • 「ギュスターヴ・モロー」の画集を開けば...
  • 時としてギュスターヴ・モローの画集を開けることがある。一つ一つの作品を朧(おぼろ)げな眼(まなこ)で追ってゆく。この画集の中で見たいものといえば『サロメ』であることを知ってはいるが、それを否定したい気持ちで次々繰ってゆく。だけども『サロメ』のページまで来ると、その手が止まる。『サロメ』モローは印象派の画家たちと時代を同じくしているところがあるが、決して印象派に染まることはなかった。印象派には結構な決め [続きを読む]