fukase さん プロフィール

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fukaseさん: 脳と心を基にしたMEカラーセラピー深瀬啓介のブログ
ハンドル名fukase さん
ブログタイトル脳と心を基にしたMEカラーセラピー深瀬啓介のブログ
ブログURLhttps://ameblo.jp/exmind/
サイト紹介文仙台のカラーセラピスト深瀬啓介の脳科学と心理学を基にした色彩心理・MEカラーセラピーの研究ブログ
自由文脳科学と心理学を基に開発された『MEカラーセラピー』と一般社団法人MEカラーセラピー協会代表理事の深瀬啓介の研究の日々を綴ったブログです。色の意味や心理的・生理的効果なども紹介しています。
http://ameblo.jp/exmind/theme-10066729148.html
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供8回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2010/08/18 16:57

fukase さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 仙台11月13日-17日『5センチの細密風景画展』開催!
  • 2017年11月13日から17日まで、カフェTiTiさんで5センチの細密風景画の展示会を行います。そろそろTiTiさんの暖炉にも火が灯る季節です。あの静かでお洒落な空間で、アンティークな雑貨に紛れて小さな小さな絵を展示いたします。店内の至る所に隠れていますので、是非探しに来て下さい。■場所:カフェ TiTihttp://www.titi-cafe.top/宮城県仙台市宮城野区鉄砲町中5-8(仙台駅東口BIG前)■日時:2017年11月13日〜17日[営業時間] 7 [続きを読む]
  • 【感情は自己責任4】感情への対応の訓練
  • 前回までの感情への対応の前提をまとめると、感情への対応とは「自分のことを労わって、感情を知覚し、受け入れ、攻撃以外の方法を選択して行動し、その結果を受け止め、解決できないのであれば方法を変える」ということになる。 なので、感情への対応を強化していくためには「感情発生のメカニズムと認知の歪み、防衛機制について学び、感情への対応方法を多数考えておき、感情に対応する心の力を養うための認知の訓練を行 [続きを読む]
  • 【感情は自己責任3】感情への対応:後編
  • 今回は感情への対応の前提(5)〜(7)である。 (5)攻撃は良い結果をもたらさない。 自分が感じ取った感情に対応するために他者に助けを求めるのは構わないが、それで感情が解決できなかったとしても他者を攻撃するしか選択肢がないわけではない。多くの人は無意識的に攻撃の選択を行うかもしれないが、その選択はあまり良い結果を生み出さない。 攻撃機制には、怖い言葉や暴力のような直接的な攻撃の他に、 [続きを読む]
  • 【感情は自己責任2】感情への対応:前編
  • パート1では、感情が引き金であっても「選択されて起きた出来事の責任は本人にある」とした。そして、「責任」とは「選択責任」のことであり、そこに「善悪」は含めないとした。ここでも責任という言葉を使うが、その定義は同じとする。 責任の定義がとても重要な理由は、責任とは「自分が引き受けて行わなければならない任務」のことであるが、「責める」という言葉が入っているためか「責められることを任せられる」とい [続きを読む]
  • 【感情は自己責任1】感情の知覚と責任について
  • 感情を扱う時に押さえておくべき基本の流れはこうである。 1:感情の知覚→2:感情への対応の選択→3:行動→4:結果 ネガティブな感情の発生には様々な原因はあるだろうが、それは認知行動療法では「認知の歪み」つまりは「間違った思い込み」によるものがほとんどであるとされている。そうであるなら、 1:認知の歪み→2:その認知を刺激する出来事→3:感情の知覚→4:感情への対応の選択→5:行動→ [続きを読む]
  • 物質と心の結びつきについての余裕のある視点
  • 物質と心がどのように結びつくかということを説明するのはとても難しい。なぜなら、実は物質とは何で心とは何かもわかっていないからである。 私は、「わかった!」という日が来るのではなく、「明確に一つの定義に当てはめようとするのが問題だったのか!」ということがわかる日が来るのだろうと予想している。 その理由は、観察する者がいなければ状態を確定することはできないからだ。観測者によって現象が定められ [続きを読む]
  • やることの精査:貢献か犠牲か
  • 誰かと会っていて、話しをしている時に、相手に対してもっと良い何かを閃く、そしてそのことを自分は手伝うことができる。 しかし、よく考えてみれば私は一人しかいない。しかもそれは私しかできないことではない。それなら一旦手放す必要があるのだが、どうしても私は提案して動いてしまう。しかも無料で… こうなると犠牲しかない。果てしない犠牲の先に、べつに何も起こらない。あまりに犠牲と愛を混同しすぎている [続きを読む]
  • 「神を信じているのですか?」に対する答え
  • 「神を信じているのですか?」「何かの信仰を持たれているのですか?」 私は瞑想講座や癒しのセッションを行う時や絵画展を開いている時によくこんな質問を受ける時があります。瞑想講座で神の話しをすることはないですが、そう聞いて来る人はたぶん「瞑想」を宗教的なまたはインド哲学的な修行のように捉えているのでしょう。 でも、「神を信じているのですか?」と聞かれれば、それは瞑想や癒しのセッションとは関係 [続きを読む]
  • MEカラーセラピー特別資料を今だけ【無料】ダウンロード!
  • ついに【MEカラーセラピー特別資料】と【色と心理全7回メール講座】の二つを無料(今だけ)で公開しました!!!11年の研究をまとめた最新の癒し理論とMEカラーセラピーの紹介を公開したのは、通信講座が難しいことから皆さんのご要望になかなかお答えできなかったこともあり、何かできないかと考えて今回の無料配信に至りました。色の占いではなく、対話の技法として色を使うことができないだろうかという考えから、言葉以 [続きを読む]
  • 名取8月27日『マインドフルネスヨガ』ヨガ×瞑想
  • 2016年8月27日(土)宮城県名取市のスタジオサンライトにて『マインドフルネスヨガ』ヨガ×瞑想〜カラダとココロを癒すひととき〜を開講いたします!!!優しいヨガと楽なマインドフルネス瞑想を体験する講座です。マイナスイオン発生装置と波動スピーカーによる心地良い癒しの空間で、土曜の午前中にカラダとココロを癒すひとときを過ごしませんか!講座後は近くでランチを楽しみますので、是非ご参加下さい。※参加費にランチ代 [続きを読む]
  • 認知の告白3 “あれ”を細かく観察する
  • 先日、男性のヨガの先生とお会いした時、初めて逆立ちのポーズを生で見ることが出来ました。私はヨガにはなってでないのですが、昔真似をしたことありました。もう力技です。呼吸は完全に止まっています。先生のポーズはもっとしなやかで、呼吸も出来ていて、ゆったりとした動きで、重力を感じさせません!凄いです!それより印象に残ったのは、赤いオーロラの中に強いオレンジ色の層が重なったメラメラと立ち登る、身体を取り巻 [続きを読む]
  • 認知の告白2 “あれ”へのアクセス
  • “あれ”に意識を向けると、カーテンが開くように新しい層?が出てきます。その層は机の引き出しみたいなもので、私にさまざまなイメージを与えてくれます。このことを私は「アクセス」と言っています。インターネットのサイトにアクセスするのに近いからです。アクセスで得られるイメージは映像だけではありません。音や匂いや温度、感情なんかもあります。小さい頃、宮城県美術館で見たカンディンスキーの絵には音がありました [続きを読む]
  • オーラ? 認知の告白1 “あれ”について
  • 昔からゴッホの絵の背景のウネウネは心象表現だとか聞いてそんなわけないだろうと思っていました。言ってはいけないものだと思って黙っていたのですが、“あれ”はたぶんゴッホには本当に見えていたのだと思います。スーラの点描画は、スーラ自身にはそんなふうに見えていた訳ではないらしいけど、あの粒々は絵の具を混ぜない新しい混色技法というよりも、“あれ”を描いていたんじゃないかと思うくらい似ています。“あれ”はオ [続きを読む]
  • 相互関係をデザインする「クリエイティブなエネルギー」
  • 例えばカタツムリの殻があまり汚れていないのは何故か、モルフォ蝶の羽の色は日光に当てても色褪せないのは何故かなど、自然の中にある実は凄い仕組みを少し知った時、自然というのは相互的関連性の上でとても細かくデザインされているものであると私は感心する。“誰が”というよりも、それぞれが自ら関係性を創り出しているようにも思える。たぶん、環境との関係性を上手く構築出来ると生存の可能性が高まるのだろう。さらに新 [続きを読む]
  • 仙台5月22日「MEカラーセラピー体験会」
  • 5月22日(日)「MEカラーセラピー体験会」を開催いたします。日曜は気分を変えて、色と心の世界を楽しんでみませんか♪色を選んでイメージを答えていく、決めつけない、タイプ分けしない「ありのままの心をそのまま扱う」カラーセラピーの体験会です。初めての方でも男性の方でも気軽に参加できます!今回はカラーセラピストの高橋 沙知(たかはし さち)先生による体験会です。講座の終了後には会場近くにあるオシャレなカフェ [続きを読む]
  • 普通の景色(光の粒と霧のようなもののこと)
  • 景色を見ているとあらためて不思議に思う。生まれてからずっとこんな景色を見ていたけれど、今まで誰も“これ”に触れないし、子どもの頃に何度か大人に聞いてみたけれど誰も話さないので、“これ”については話してはいけないことなのだと勝手に考えていた。でも、僕には確かに“これ”が見える。見えるものを否定しようがない。景色はとても小さな光の粒で出来ている。“これ”を荒くすると、きっとPhotoshopのノイズを加えると [続きを読む]
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