hosshi さん プロフィール

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hosshiさん: あなたの中には素晴らしいものがある
ハンドル名hosshi さん
ブログタイトルあなたの中には素晴らしいものがある
ブログURLhttps://ameblo.jp/ik-hoshino/
サイト紹介文イエス・キリストを信じるクリスチャンです。
自由文私は私を強くしてくださる方によって何事でもすることができるのです。(ピリピ人への手紙4:13)
神とともに歩むビジネス、そして日々の歩みを綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供76回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2010/08/29 15:05

hosshi さんのブログ記事

  • 忠実なしもべ
  • 天の御国は、旅に出るにあたり、自分のしもべたちを呼んで財産を預ける人のようです。マタイの福音書25章14節キリスト者はタラントをいかに用いたかによって裁定される。恵みにどう応答しているか!神からの恩恵を受けている。栄光を神にお返しする。天と地を造られた主を礼拝せよ。恵みに応答するよう召されている。あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりの時に現されるように用意されている救いをい [続きを読む]
  • あわれみ深い者は幸いです
  • 平日礼拝はマタイ5章7節から学びました。最初に3節から振り返りました。心の貧しい者は幸いです。自分はもうだめなんだ。悲しむ者は幸いです。罪・咎・過ちを悲しんでいる。柔和な者は幸いです。へりくだる。義に飢え渇く者は幸いです。神からの賜物、神の義を第一に求める。あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるからです。 マタイ5章7節あわれみとは、他の人のところに入っていき、聞いて行動する。かわいそ [続きを読む]
  • みことばに踏みとどまれ
  • そのとき、人々はあなたがたを苦しみにあわせ、殺します。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての国の人々に憎まれます。マタイの福音書24章9節苦しみというものは、本能的に避けたいと全身が反応します。いやだな、これから辛いことが起きるのかと。主イエスに従っていくのなら、神を第一にして歩むのならば、その中で苦しみは起こることであり、それを受け入れます。今の境遇の中で、福音宣教を選び取っていく中で、戦 [続きを読む]
  • わざわいを過ぎ越す
  • その血は、あなたがたがいる家の上で、あなたがたのためにしるしとなる。わたしはその血を見て、あなたがたのところを過ぎ越す。わたしがエジプトの地を打つとき、滅ぼす者のわざわいは、あなたがたには起こらない。出エジプト記12章13節平日の出エジプト記の学びは、主がエジプトにくだされるわざわいの10番目です。これまでの9つのわざわいも凄まじいものがありましたが、ファラオの心は頑なです。ここに人間の頑なさを見るこ [続きを読む]
  • 福音の厳しさの中にある愛
  • エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者よ。わたしは何度、めんどりがひなを翼の下に集めるように、おまえの子らを集めようとしたことか。それなのに、おまえたちはそれを望まなかった。マタイの福音書23章37節神は私たちを愛し、忍耐を持って、わたしのところに来なさいと言っておられます。しかし、人の心はかたくなで、神様の救いのご計画を受け入れることができない。それどころか、 [続きを読む]
  • キリストを阻むもの
  • ところが彼らは気にもかけず、ある者は自分の畑に、別の者は自分の商売に出て行き、残りの者たちは、王のしもべたちを捕まえて侮辱し、殺してしまった。マタイの福音書22章5〜6節クリスチャン1世である私は、一般的な日本人の家庭で育ち、家には神棚や仏壇があり、初詣やお彼岸、お盆など意味を深く考えずにその行事に参加していました。パリサイ人や宗教学者のように一つの教えに徹底的に取り組んでいき、そのことが人生そのも [続きを読む]
  • 神の忍耐と災害
  • 出エジプト記、10の災いのうち6までを振り返ってみます。1ナイル川の水を血に変える2蛙を放つ3ぶよを放つ4虻を放つ5家畜に疫病を流行らせる6腫れ物を生じさせる昨日は出エジプト記、7〜9の災いを学んだ。この災いが、どれほどのものなのか、人間の常識を超えたものであることは間違いない。7 雹を降らせる雹が降り、火が雹のただ中をひらめき渡った。それは、エジプトの地で国が始まって以来どこにもなかったような、きわめて激 [続きを読む]
  • 要石
  • 家を建てる者たちが捨てた石、それが要の石となった。これは主がなさったこと。私たちの目には不思議なことだ。マタイの福音書21章42節かなめ石を捨てる。最も大切なものを捨ててしまう。民のリーダーがそれをしてしまう。かなめの石がなかったら何ができるでしょうか?それが無かったらめちゃくちゃですね。しかし、私たちは最も大切なものを見もせず、脇に置き、取るに足らないことに汗を流し、取り組んでいて、人の目に良いこ [続きを読む]
  • 皆に仕えるようになりなさい
  • 「人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来たのと、同じようにしなさい。」マタイの福音書20章28節ただただイエス様のところに行く。何事も利己的な思いや虚栄からするのではなく、へりくだって、互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい。それぞれ、自分のことだけでなく、ほかの人のことも顧みなさい。キリスト・イエスのうちにあるこの思いを、 [続きを読む]
  • 区別をする
  • 「わたしは、わたしの民をあなたの民と区別して、贖いをする。明日、このしるしが起こる。」出エジプト記8章23節「しかし、主はイスラエルの家畜とエジプトの家畜を区別するので、イスラエルの子らの家畜は一頭も死なない。」出エジプト記9章4節区別をするということに目がとまりました。神の選り分け。主は、ノアを洪水から、8人を救い出され、ソドムとゴモラの時は、義人ロトを火と硫黄のさばきから救い出された。キリスト者は [続きを読む]
  • 神様との関係
  • すると見よ、一人の人がイエスに近づいて来て言った。「先生。永遠のいのちを得るためには、どんな良いことをすればよいのでしょうか。」マタイ19:16 金持ちの青年の気持ちの中に、何かをすれば良いものがいただけるという考えを見ることができます。私たちも人間が作り上げた環境の中で、何かをして人に認められよう、ひいては神様に認められたいという思いが潜んでいるのではないでしょうか。私たちは、神様の前に良いと認めら [続きを読む]
  • 罪の赦し
  • そのとき、ペテロがみもとに来て言った。「主よ。兄弟が私に対して罪を犯した場合、何回赦すべきでしょうか。七回まででしょうか。」イエスは言われた。「わたしは七回までとは言いません。七回を七十倍するまでです。マタイの福音書18章21〜22節赦されることについて深い学びをすることができました。私たちは、神様にとてつもない負債があります。それを帳消しにしてもらうには、何を差し出せば良いのでしょうか?私たちには何 [続きを読む]
  • 頑なな人
  • そこでモーセとアロンはそのように行った。主が彼らに命じられたとおりに行った。出エジプト記7章6節ここにしもべの姿勢を見ることができます。主に命じられたことだけを行なう。思い煩うことをやらない。それでもファラオの心は頑なになり、彼らの言うことを聞き入れなかった。主が言われたとおりであった。出エジプト記7章13節頑なな心、私たちは自分自身を手離したくない。いろんな神々、いろんな大事なものを握っています。し [続きを読む]
  • 神と心を一つにする
  • イエスは言われた。「あなたがたの信仰が薄いからです。まことに、あなたがたに言います。もし、からし種ほどの信仰があるなら、この山に『ここからあそこに移れ』と言えば移ります。あなたがたにできないことは何もありません。」マタイの福音書17章20節山を動かすことのおできになる神を信じることができるかどうか。神と心を一つにしているかどうか。信仰とは神の声を聞くこと。どうしても自分なりのやり方で何かをしようと考 [続きを読む]
  • キリストの恵み
  • ですから、自分がどのように歩んでいるか、あなたがたは細かく注意を払いなさい。知恵のない者としてではなく、知恵のある者として、機会を十分に活かしなさい。悪い時代だからです。エペソ人への手紙5章15〜16節キリスト者として歩むのに、知恵が必要です。みことばの通り、今は悪い時代でキリストから目を逸らすものは溢れています。いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって、父である神に感謝 [続きを読む]
  • 大きな光を見る
  • タイ洞窟、13人全員が生還。凄い。凄すぎる。彼らは、狭くて暗いところに何日間もいた。私は特に狭いところは苦手だ。?タイ洞窟:13人全員が生還 最後の5人救出 - 毎日新聞このことから教えられることはたくさんある。私たちは平和に見えるところにいて、あたかもこのままの状態で歩むのが良いと考えている。しかし、ある意味、世という暗闇の中に私たちはいる。この世界は敵の国であって、本来私たちが住むべきではなく、私 [続きを読む]
  • 粉々に崩れる
  • それからイエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。自分のいのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者はそれを見出すのです。」マタイの福音書16章24〜25節罪から来る疲れとメッセージで言われました。私たちは、肉体的にも精神的にも疲れます。罪のゆえに歩んでいることのダメージは、様々なところに波及して [続きを読む]
  • 時が良くても悪くても
  • 昨日の平日礼拝を感謝します。週の半ばに兄弟姉妹と会えること、主を礼拝できる恵みを感謝します。 ところで、私は礼拝後、タクシー乗務を翌朝の10時までしました。一つ一つの仕事を心から感謝します。この仕事は本当に興味深い仕事で、様々な方にお会いできます。そして、ほとんどが乗る方をこちらが選べないというところです。そして、主が働かれています。主は一乗務に必ず一回は私の信仰のことを話す機会を作ってくださってい [続きを読む]
  • カナン人の女の信仰
  • しかし、彼女は言った。「主よ、そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパン屑はいただきます。」マタイの福音書 15章27節カナン人の女の信仰から教えられます。とにかく彼女は食らいついていきましたね。主は必ず聞いてくださると信じていました。主は、信仰を引き出すために、敢えて沈黙されます。何をやっても何の変化もない。少しへこたれます。しかし、そんな時でも、私は主だけでいいんだ、というところに立 [続きを読む]
  • モーセの召命と私たちの召し
  • モーセは神に言った。「私は、いったい何者なのでしょう。ファラオのもとに行き、イスラエルの子らをエジプトから導き出さなければならないとは。」出エジプト記3章11節主の召しに応答する。このことで、戦いはおきます。聖書の学びは出エジプト4章でした。みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。忍耐の限りを尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。テモテへの手紙 第二4章2節ど [続きを読む]
  • 来なさい
  • イエスは「来なさい」と言われた。そこでペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスの方に行った。マタイの福音書14章29節「来なさい」とイエス様に言われた時、ただその言葉に従うことが大切です。人間的にとても理解できないことであっても、神であられる主が言われることに従うのです。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。今私が肉において生きているいのちは、私を愛し、私のために [続きを読む]
  • 父の愛
  • こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとへ向かった。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけて、かわいそうに思い、駆け寄って彼の首を抱き、口づけした。ルカの福音書15章20節父の日礼拝と映画を観る会は、とても素晴らしい時となりました。心から感謝します。自分の罪を知れば知るほど、父なる神様の赦しの大きさを知ります。これが、恵みであって、自分で何かをしたからではないことです。「とんでもないこ [続きを読む]
  • モーセの召命
  • 主は、彼が横切って見に来るのをご覧になった。神は柴の茂みの中から彼に「モーセ、モーセ」と呼びかけられた。彼は「はい、ここにおります」と答えた。出エジプト記3章4節出エジプト記3章の学び、モーセが神様と会う場面が描かれています。また、神様から召されるのも描かれています。さて、ここでモーセは80才であったことに驚かされます。人間的に見ると、日本だと60才で定年でこれからゆっくりと過ごそうかという時です。ミデ [続きを読む]
  • 隠された宝
  • 天の御国は畑に隠された宝のようなものです。その宝を見つけた人は、それをそのまま隠しておきます。そして喜びのあまり、行って、持っている物すべてを売り払い、その畑を買います。マタイの福音書13章44節この世界はサタンに奪われた。主なる神様との関係を失った。私たちは神に属していますが、世全体は悪い者の支配下にあることを、私たちは知っています。ヨハネの手紙 第一5章19節キリストは悪魔に売り渡されたものを、この [続きを読む]
  • 悲しむ者は幸いです
  • 悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるからです。マタイの福音書5章4節 主なるまことの神様との正しい関係にないことを知り、自分がみじめな罪人であることを悲しみます。人は神様に似せて造られましたが、神様から離れて罪をおかしました。イエス様が私たちのすべての罪をその身に負われ、十字架で死んでくださいました。イエス様が十字架でご自分の死によって、私たちの罪を処分してくださいました。日々押し寄せてくる肉 [続きを読む]