K2 さん プロフィール

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K2さん: 青の傭兵
ハンドル名K2 さん
ブログタイトル青の傭兵
ブログURLhttp://k1968k.blog106.fc2.com/
サイト紹介文ヴァンフォーレ甲府愛してます。 週末/サッカー + 平日/書評+映画+写真
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供365回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2010/09/09 23:23

K2 さんのブログ記事

  • ウインド・リバー
  • アメリカ、ワイオミング州。先住民族が住む深い雪に囲まれたウインド・リバーで、地元のベテランハンターであるコリー・ランバート(ジェレミー・レナー)が女性の遺体を発見する。FBIの新人捜査官ジェーン・バナー(エリザベス・オルセン)が派遣され、1人で捜査を開始するが雪山の厳しい自然環境や不安定な気候で難航する。ジェーンは、ウインド・リバー一帯に詳しいランバートの手を借りて調べを進めていく。  2015現在、 [続きを読む]
  • ザ・プレデター
  • 家に届いた箱の中に入っていたもので遊んでいた少年は、謎めいた装置を起動させてしまう。装置からシグナルが発信され、さまざまな惑星で生物をハンティングしてきた地球外生命体プレデターがやって来る。地球に到着し狩りを始めて人々を震え上がらせるプレデターに傭兵たちが対抗しようとするが、人知を超越した格闘や殺害のスキル、異種交配を経てきたことで遺伝子レベルであらゆる能力がパワーアップした彼らに苦戦を強いられる [続きを読む]
  • 純平、考え直せ
  • 対立する組の幹部の暗殺を命じられたチンピラ坂本純平(野村周平)は、偶然出会った会社員の山本加奈(柳ゆり菜)と一夜を共にする。鉄砲玉になると言う彼にあきれながらも放っておけない加奈は、決行までの3日間、純平と一緒に行動すると決める。彼女は暗殺をやめて逃げようと純平に持ちかけるが、彼の決意は固かった。 年は若いが昔堅気なチンピラ坂本純平は、対立する組織の幹部殺害を命じられる。慕う若頭にも感謝され、粋に感じる [続きを読む]
  • アウェー徳島戦結果
  • ・中二日だけれど、先発変更はバホス→ジエゴのみ。 状況が状況だけにスクランブルっすね。 あぁ、ボチボチ黄色累積が怖いな。・対する徳島はトップ下に前川を起用して、シシ―ニョと岩尾のポジションを入れ替え。 これが当たって甲府をくるしめた。以下かいつまんで・・・・5分 CKから小西のミドルシュートが甲府選手に当たってこぼれたところをウタカが押し込んで先制の判定。 しかし、完全なオフサイドポジションという事 [続きを読む]
  • 2018.10.16 徳島戦(A)
  • 甲府( 11位/勝点49 )徳島(  8位/勝点54 )J2最恐最強の2TOPバラルとウタカ擁する徳島。前節は京都相手に攻撃の構築すら出来ずに零敗。4連勝目指した甲府は好ゲーム展開しつつもスコアレスドロー。まぁ、色々厳しくなったかな(-_-;)。詳細プレビューは、にほんブログ村/サッカー/甲府、にほんブログ村/サッカー/徳島 それぞれご覧あれ。     [続きを読む]
  • ホーム新潟戦結果
  • 小出のスーパーなブロックに、高野のクロスに、道淵の決定機、岡のスーパーセーブ互いにストロングポイント引き出した末のドロー。リーグ序盤ならば、好ゲームの一言だったけれど、ここに至っては・・・・・・・・・はい、中二日でアウェー徳島戦に切り替えましょ。詳細レポは、にほんブログ村/サッカー/甲府、にほんブログ村/サッカー/徳島 それぞれご覧あれ。     [続きを読む]
  • 2018 秋のミニ歴史旅  足利城
  •  佐久を7時過ぎに出発して、織姫公園到着は9時くらい。登口駐車場は既に満車なんで、奥の駐車場へ。そっちも8割埋まってた。 [ 足 利 城 ]天喜年間(1053年〜1058年)、足利成行による築城が定説。足利成行は藤原秀郷系列で天喜2年(1054年)に足利に入り、藤姓足利氏の租となった。源姓足利氏に取って代わられたのは平安末期の事。足利荘に入った源義康は足利城に入らず、麓に居館を構えた。以下、4度の攻防戦が史実として [続きを読む]
  • 2018 秋の歴史旅 12 〜 亥鼻城
  • [亥鼻城]1126年、大維常重による築城とされるが諸説ありあり。この大維常重の子が、源頼朝の側近となる千葉常胤。文献では1516年に落城&廃城となっているけれど、室町中期に本佐倉城が本拠となっていて、亥鼻城はそれ程重視されてなかった。1968年、模擬天守風の郷土博物館完成。充実感半端ないっす。城に向かって弓を番える銅像(笑) 北斗の拳とのコラボ6年間千葉市民だったので、色々思い出す光景。     [続きを読む]
  • 2018 秋の歴史旅 11 〜 大多喜城
  •  久留里城から再び房総の山間を走って大多喜城へ。この複雑な地形が里見の上総制圧を阻害したのは間違いないですね。観光物産センター駐車場から二の丸公園を経ての登城。[大多喜城]1521年 真里谷信清による築城で、一族の真里谷朝信が在城1544年 真里谷朝信は里見家重臣正木時茂に討たれ、正木氏が入城1581年 城主正木憲時は謀反疑われ粛清。里見家から城代が送られる1590年 小田原征伐で上総は没収され徳川 [続きを読む]
  • 2018 秋の歴史旅 10 〜 久留里城
  • 館山から80分弱のドライブで久留里へ。上総内陸部が予想以上に山間地で少し驚いた。[久留里城] 室町中期、真里谷武田氏が真里谷城の支城として築城したとされる。1535年 真里谷氏を駆逐した里見義堯はこの地を本拠すべく大改修。1578年 家督争いを制した里見義頼の岡本城が本城となり、久留里城は支城に。1590年 小田原征伐で上総は没収、久留里城は徳川家康に接収。現天守は1979年、浜松城模擬天守をモデルに [続きを読む]
  • 2018 秋の歴史旅 9 〜 館山城
  • [館山城]1580年 里見義頼による築城で完成後は城代が入った。1588年 里見義康が岡本城より本拠移す。1614年 里見忠義改易(大久保忠隣改易連座)、倉吉(名目3万石)配流となり廃城。現模擬天守は1982年、丸岡城を模して建造。八房像大河ドラマ絶賛誘致中だけど、どうしても里見八犬伝のイメージ強すぎてNHK土曜9時枠しか思いつかない。すっごく気持ちいい景色。倉吉で里見忠義に殉死した藩士8名の供養塔で、里 [続きを読む]
  • 2018.10.6 東京V戦
  • 甲府  (14位/勝点45)東京V ( 5位/勝点60)前節栃木戦での選手交代でも顕著だった好々爺ロティーナの采配の妙。本日は緩そうで緩くない東京VのDF陣 vs 甲府の攻撃陣がポイント。純粋に試合そのものは面白そうなんだけれど、本日は終日仕事なんだな (´;ω;`)ウゥゥ帰宅が21時過ぎかな。詳細プレビューはにほんブログ村/サッカー/ヴァンフォーレ甲府にほんブログ村/サッカー/東京ヴェルディそれぞれ御参照下さい。   [続きを読む]
  • 2018 秋の歴史旅 8 〜本佐倉城
  • 関宿城から本佐倉城へは社会人新人時代に散々利用した16号線1択で、これが当然の大渋滞。予定時間を大幅にオーバーした挙句、17時で閉館するスタンプ設置場所の中央公民館探すのに手間取って時間ロス。因みに単独の建物かと思った公民館は酒々井役場庁舎の中に有って、パンフレット関係は実に充実していた。更に城までの道路が最悪。カーナビが最初に示したルートはエクストレイルでは到底無理な車幅で、次のルートも削り出し [続きを読む]
  • 2018 秋の歴史旅 7 〜 関宿城
  • [関宿城]築城年代は確定されていないが、鎌倉公方家臣簗田氏による築城。戦国期は古河公方側近として後北条氏に対抗したが叶わず、1574年の第三次関宿合戦で大敗、以降没落した。関宿藩 関東移封時より最重要拠点とされ、歴代藩主は幕閣中枢を歴任した。すなわち貧乏。1590年 久松松平康元  上之郷 → 2万石 のち4万石    家康異父弟1616年 久松松平忠良        → 美濃大垣5万石1617年  [続きを読む]
  • 2018 秋の歴史旅 6 〜 逆井城
  • [ 逆井城 ]享徳年間(1452年〜1454年)、逆井常宗の築城とされる。―― 逆井常宗は"小山義政の乱"で知られる小山義政の五男。天文5年(1536年) 古河公方方の逆井常繁は後北条の大道寺駿河守と筑波で合戦し、討死したと云われるが諸説有り。遅くとも天正初期には後北条氏の属城となり、北条氏繁が城主となって城を改修。氏繁没後は氏舜、天正8年以降は氏勝が城代となる。天正18年(1590年)の小田原征伐で廃城となった。平成元 [続きを読む]
  • 2018 SEP-Activity
  • football甲府 0−2  町田栃木U 2―1 浦安Castle足利城 ( 栃木県足利市 )鑁阿寺 ( 栃木県足利市 )烏山城 ( 栃木県那須烏山市 )小田城 ( 茨城県つくば市 )逆井城 ( 茨城県坂東市 )関宿城 ( 千葉県野田市)本佐倉城 (千葉県酒々井町) 館山城 ( 千葉県館山市 )久留里城 (千葉県君津市 )大多喜城 (千葉県大多喜町)亥鼻城 ( 千葉県千葉市中央区 )book「白頭の人」 富樫倫太郎「天才はあ [続きを読む]
  • 2018 秋の歴史旅 4 〜 小田城
  • [ 小田城 ]1192年(建久3年) 常陸国守護に任命された小田氏の祖・八田知家による築城と云われる八田知家は宇都宮宗綱(八田宗綱)の四男。 保元の乱で源義朝に就き、頼朝挙兵時も最初から参加した古参で、頼家将軍就任時には、鎌倉幕府の十三人の合議制の一人に選ばれた重鎮。南北朝期に入ると、当主・小田治久は南朝方に属し、小田城は常陸南部における南朝方の拠点となり、北畠親房も入城したと伝わる。戦国期に入ると常陸国 [続きを読む]
  • 2018 秋の歴史旅 2 〜 烏山城
  •  烏山高校向いの寿亀山神社横に駐車場。結構な斜面(-_-;) [ 烏 山 城 ]1418年 下那須家初代那須資重による築城で、永正11年(1514年)の那須氏統一後は、那須氏の居城として使われた。 戦国期、再三に渡り佐竹氏に攻められ、その都度撃退したものの、小田原遅参であっさり改易。後々紆余曲折有って大名で烏山に復帰。烏山藩 下線 で記事移動します。1590年 織田信雄1591年 成田氏長  忍 → 2万石 [続きを読む]
  • 菊とギロチン
  • 大正末期、関東大震災直後の日本では軍部の力が増し、それまでの自由できらびやかな世界は終わりを迎えようとしていた。人々が貧しさと先の見えない不安に息を詰まらせる中、東京近郊に女相撲一座“玉岩興行”が到着する。一座には剛腕の女力士たちのほかに、元遊女の十勝川(韓英恵)や家出娘たちもいた。 関東大震災後の東京近郊。夫の暴力から逃れ女相撲の一座に飛び込んできた花菊の姿から映画が始まる。彼女達の相撲興行を見 [続きを読む]