列伝 さん プロフィール

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列伝さん: きょうのもののふフォト列伝
ハンドル名列伝 さん
ブログタイトルきょうのもののふフォト列伝
ブログURLhttps://ameblo.jp/yamazakibakufu
サイト紹介文熱く散って逝った源平・南北朝・戦国・幕末のもののふ達の、フォト・レクイエム列伝です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供129回 / 365日(平均2.5回/週) - 参加 2010/09/28 22:44

列伝 さんのブログ記事

  • ●大阪余話・中央区 船場発 ここが緒方洪庵の適塾か、ここに懐徳堂が
  • 大坂の陣史跡を巡りながら、しばし立ち寄り。チャリはこれが魅力。淀屋橋駅近くの繁華街へ。ここに適塾が。 高校日本史教科書は、化政文化の紹介で、日本各地につくられた私塾として、「儒学者広瀬淡窓が豊後日田で開いた咸宜園、蘭学者緒方洪庵が大坂で始めた適塾、長門・萩に開設された吉田松陰の叔父が設立した松下村塾などが有名である」と記述する。 また、庶民の教育をめざす郷校の一つとして、「大坂の懐徳堂は、18世紀初め [続きを読む]
  • ●大坂の陣 大坂城発 城内にて自害せし人々…
  • 大坂夏の陣最期。後藤又兵衛、真田信繁、木村重成ら、戦死。毛利勝永、真田大助、大野治長らは城中に撤退してきた。 私の大坂城初見参ははるか中学のころの修学旅行。旅行前に見た大坂城のこの写真には目を見張った。これはすごかった! なんという石垣の高さ! 大手門の立派さ! 千貫櫓はまるで天守閣のよう。そしてそびえ立つ巨大な天守閣! まったく松本城の比ではないこのような大城を早く見たかったことを思い出す。これは [続きを読む]
  • ●雷電以来の快挙となれ! 御嶽海よ
  • いよいよ明日勝てば優勝!となった御嶽海。 普段は稀勢の里、高安に声援を送る列伝なれど、さすが今場所の、我が郷土・木曽郡上松町出身の御嶽海の活躍には胸躍る。 「勝率第一位、負け数わずか10敗、天下無類の力士」の異名をとる雷電為右衛門は、我が信州出身、だが番付は大関だった。長野県出身の幕内優勝力士となれば、明治以来初めてのことという。となれば、雷電以来の快挙となる! また長野県は横綱も輩出していない。東京 [続きを読む]
  • ●蝦夷北海道発 雨波風雲霧……あぁ知床、美幌峠、屈斜路湖へ
  • ムムム、天気最悪なれど、知床岬までクルーザー船は出港するという。いざ、知床半島の岬へ。すごい雨風波!あこがれの海に直接崖から落ちる滝がこれ、うーん。水量が少ないみたいな。 野生のヒグマは…「ほら、あそこに小熊が…」と、案内されたが雨の中、見えず。 ますます波高し、風強し、雨強し。「これ以上は波高く危険ですので、船を引き返します」 ああ。 「♪知床の岬に〜はまなすの咲くころ〜              [続きを読む]
  • ●信州 咆哮するもののふ達 三十三将星「戸田康長」地道な出世魚の生涯
  • ⇒下の巻夜光稲荷社は、思わぬところに祀られていた。 松本市内、城東の旧善光寺街道に面した味噌店・萬年屋さんは創業180年という老舗である。城の天守閣から西へ1キロほど。その広大な萬年屋さんの敷地内に、なんと康長ゆかりの夜光稲荷社は祀られ、逸話が代々伝えられていた。 「明治の頃、藩の家臣の屋敷地を当家が買い受けた際に、敷地内に残されていた夜光お稲荷さんをそのまま引き継いで、以来当家でお祀りしております」サ [続きを読む]
  • ●蝦夷北海道発2 「霧の摩周湖へ…」
  • 特急北斗で、函館から札幌へ。途中、駒ケ岳・大沼あたりの景観はよかった。札幌着。天気は思わしくない。 札幌は大都会だなぁ。東京と街並みも駅構内も同じ、雑踏にてマスクがほしかった。人の姿も表情も、街ゆくクルマの多さもまさに大都会。 札幌の旨いジンギスカンと思ったが…。 天気はどんどん悪くなる。翌日特急北斗で一路釧路へ。4時間。なかなか広大な蝦夷の大地の写真が撮れない。 「むかし来た時さ、『ただいま、牛が [続きを読む]
  • ●《蝦夷・五稜郭発》土方はぁん!、歳三さ〜ん
  • さあ、五稜郭ぞ。大昔、来ているのだが記憶はほとんどなし。 信州の五稜郭(龍岡城)と比べるとさすが巨大、大きい。 タワー展望台から全容を一望。入口に函館戦争供養塔が。鳥羽伏見の戦いから始まった戊辰戦争は、ここで終結した。 郭内も広い、石垣もかなり堅固、そして堀も広い! 「一面のたんぽぽ 一面のたんぽぽ 蝦夷広し」 五稜郭の戦いといえば、土方歳三。こりゃまったく逆光。 前から土方、榎本武揚、黒田清隆。 戦 [続きを読む]
  • ●《蝦夷北海道漫遊記》まずは函館ヘ、五稜郭へ!
  • 《大阪関西紀行》をしばし中断。 《函館発》 ブーンと新幹線にて津軽海峡を潜って、ああ、何十年ぶりの蝦夷・北海道へ来たぞぉ~! なんと相棒は何十年前とおんなじ面子じゃ。かっこよくいえば、高校テニス県ダブルス優勝コンビ!しかしあのころの精悍な?面影はもはや無〜し(泣)。 あんときゃ3週間たっぷり北海道縦横無尽・東西南北、制覇の旅じゃったわ。されど今回は、あはれ5日間、体力の差歴然(泣)。 グチはさておき。まず、 [続きを読む]
  • ●《大阪・四条畷発》小楠公、辞世を板戸に刻み出陣す
  • 初めて四条畷神社(大阪府四条畷市)を参詣。境内は荘厳な雰囲気が漂っていた。桜井の別れの楠木父子の石像がここにも。 小楠公こと、楠木正行(まさつら)を祀る広大な神社。神社一帯は、1348年の四条畷の戦いの古戦場ともいわれている。 正行は父・正成と、「?青葉茂れる〜♪」桜井の駅で別れ、故郷へ涙を流して帰った時は11歳ぐらい。あれから20年余、父の遺志を継いで南朝方5000の兵を従え、挙兵した。しかし敵・高師直の兵は大軍 [続きを読む]
  • 【越中・般若野古戦場発】義仲軍破竹勢いはこの地から!
  • 北陸路を加賀からさらに下って東へ向かう。倶利伽羅峠の古戦場のおよそ15キロ東。砺波平野の真ん中あたりの地。 ここに、般若野の合戦古戦場碑、そして「弓の清水(しょうず)」の史跡が。古戦場碑は清水の裏山林中で、いささか見つけにくい。 この前は、まったく気づかなかった。 寿永2(1183)年5月、砺波平野に平家の平盛俊軍6000が進軍してきた。倶利伽羅峠決戦の直前のこと。平家が般若野に陣を留めている知った義仲軍の先陣・ [続きを読む]