へちま さん プロフィール

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へちまさん: 写真帖
ハンドル名へちま さん
ブログタイトル写真帖
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/yajimak2000
サイト紹介文スエデンボルグとスピリチュアリズムに基づく魂の法則
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供371回 / 365日(平均7.1回/週) - 参加 2010/10/30 17:09

へちま さんのブログ記事

  • 死後の生活に備える単純な真理
  • 今日最も必要なのは、単純な基本的真理です。 ・墓場の向こうにも生活がある、 ・人間は決して孤独な存在ではなく、見捨てられることもない、 ・宇宙の隅々まで神の愛の温(ぬくも)りを持つ慈悲深い力が浸透し、一人一人に導きを与えている、これらは人間の全てが知っておくべきことです。また誰にでも手に入れられる掛けがえのない財産なのです。私達(天使)は人間の精神によって色づけされた信仰体系には関心ありません。大 [続きを読む]
  • 自分自身を強制して悪と誤謬に抵抗する
  • 人間は自分自身を強制して善いことを行い、主から命じられることに服従し、真理を語らなくてはならない。それが『主の御手の下に自分自身を卑しくする』こと、または神的な善と真理の至高の権能[力]に自分自身を委ねることである。このことは、僅かな言葉では説明できないアルカナを含んでいる。ある霊たちは世における生活の間に、「善は全て主から発しており、人間自身では何一つ行うことができない」と告げられていたため、何 [続きを読む]
  • 心の真実の鐘を鳴らす日常生活
  • 人は神秘を学べば、何か道が開けると思いがちです。しかし、霊的神秘は言葉で伝わるものではなく、貴方がその神秘に触れるための行為によるのです。世の全ての書を読み、知識を知り尽くしても、人は依然無力です。それに至る道は唯一つ、貴方の日常生活如何(いかん)です。どんなに願い、憧れ、欲求しても無駄です。肝心なのは人類への現実の奉仕です。その奉仕が床掃除であったり、人の嫌がる仕事であったり、嫌いな人のために身 [続きを読む]
  • 人間のスフィアを作る日常の考えと言動
  • 覆われているもので現わされないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはない。だから、あなたがたが暗闇で言ったことはみな、明るみで聞かれ、奥の間で耳にささやいたことは、屋根の上で言い広められる。(ルカ12・2−3)人間が現世で考え、語り、行ったことは、何であれ、一つとして隠れはしない。こうしたものがスフィアを作るのであり、人間がこの世にいる間にも、身体の中の霊から流れ出ており、その者の性質 [続きを読む]
  • 神と融合して個別性を失うことは無い
  • 魂が死ぬなどあり得ない。進化しようと大変な努力を払って、自己の一番高い進化段階に達した後、魂が無に帰すとしたら、矛盾するだろう。一つはっきりさせておこう。魂は不死だ。進化するために宿った、夫々の体が死ぬだけだ。魂は進化すると神に近づくが、個性を失うことは死ぬに等しいことなので、神と融合して個別性を失うことはない。むしろ、その魂の意志が益々創造主の意志に近づき、自発的に神聖なる計画の一部となる。上記 [続きを読む]
  • 天界から力をもって流入する生命
  • 天界にいて、この上もなく理知があり、また信仰の真理から知恵のある者達は、力の一切を主に帰して、自分には何一つ帰さない程にも、へり下っている。彼らは光栄と喜びを、支配することには置かず、仕えることに置いている。彼らはこうした状態にいる時、他の者にまさって支配しており、また光栄と喜びを覚えている。が、それでも、それは支配を求める愛から発するのではなく、他者に仕えることを求める情愛である愛と仁慈の情愛か [続きを読む]
  • 身を低くし神の意を受け入れる人間
  • イエスは皆に言われた。「私について来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、私に従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、私のために命を失う者は、それを救うのである。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか」(ルカ9・23−25)イエス磔刑の物語は、イエスの大いなる愛を示すものですが、一事が万事、これはまた、すべての試練や苦 [続きを読む]
  • 神の摂理を理解するための基礎
  • 人間は、その唇の言葉と身体の行動により自然界の中にいるが、同時に、その理解の思考と意志の情愛により霊界にいる。 霊界とは天界と地獄が意味されており、両者とも極めて完全な秩序を持って配置されている情愛と、そこから発する思考の多様性とに応じて無数の社会に分割されている。これらの社会の真中に人間はおり、その社会と関連しなくては考えたり欲したりする能力を些かも持たない程にも、その社会に縛り付けられている。 [続きを読む]
  • 上方に目を向けた純粋な喜びの心情
  • 人間の魂は不思議な機械です。思いのままに、沢山の放送局に波長が合わせられる受信機です。 欲望と不安うずまく暗い幽界にでも、生活全てが神の美の表現である領域へも、もし望むなら、遠くの星々までも。しかし、これを使いこなすには、無辺の美の世界へ参入する方法を学ばねばならないのです。祈っている時、心に神を思っている時、ふと清らかな波長に触れ、素朴な幸福感にひたることがあります。このような清々しい感覚は心の [続きを読む]
  • 聖い観念に密着した汚れ(冒涜)
  • 冒瀆とは何であるかを知る者は僅かしかいない。冒瀆(ぼうとく)には色々なものがある。信仰の諸真理を全く否定する者は、それを冒瀆しない。しかし、信仰の諸真理を知っている者は、それを冒瀆する。特に、それらを承認して口に語り、他者に信奉するように説教し、しかも憎悪、復讐、残酷、姦淫の中に生き、聖言から引き出す多くの物を歪曲して自分の中に確認し、それら(諸真理)を醜悪な悪の中に浸す者こそ、冒瀆する。人間に( [続きを読む]
  • 外へ向けてのより広い愛
  • 家族的情愛や恋愛が間違っている、と言うのではありません。外へ向けてのより広い愛の方が上だと言っているのです。排他性の内向きの愛よりも開放的な外向きの愛の方が上です。いかなる資質にも上等のものと下等のもの、明るい面と暗い面があるものです。家族的な愛は往々にして排他性を帯びます。いわゆる血のつながりによる結びつきです。それは進化過程における動物的段階の名残りである防衛本能によって支配されていることがよ [続きを読む]
  • 真理を受容する努力と善の情愛
  • 容器の中に容(い)れられている本質的なものと容器とは別のものである。 容器は自然的なものであるが、その容器の中に容れられている本質的なものは霊的なものであり、天的なものである。聖言における表現は、自然的な物質的な容器であって、その中に霊的な天的なものが宿っている。が、それらは内意に拠らない限り、明らかにされない。全般的に、記憶知と知識は真理に対する容器であり、また、真理そのものは善に対する容器であ [続きを読む]
  • 感情を知ることで生まれる叡智
  • アストラル下部(幽界、地獄)に住む霊魂は、感情面で殆ど進歩していない魂だ。彼らは幼い魂だったり、又、ある程度古い魂であっても感情を成長させることができなかった。アストラル下層にとても知的な魂がいたとしても、その知能を他の魂に害を与えることに使用して、まだ感情を発達させていなければ、賢いとは言えない。叡智というのは感情を知ることで生まれる。我欲(エゴ)にまみれて幸せを知らない彼らは不幸なのだ。我欲を [続きを読む]
  • 自惚れと傲慢に臨む万軍のエホバの日
  • 人間の誇った眼は卑しくされ、人間の高ぶりも低くされ、その日、エホバのみが高く崇められるであろう。万軍のエホバの日は、誇り高ぶっている者全ての上に臨んで、その者は卑しくされるであろう。凡ての高い山の上に、凡ての高くそびえた塔の上に、垣根をめぐらした壁の凡ての上に(エホバが)臨むからである(イザヤ2・11,18)「塔」は自己礼拝である。人間が自分自身を他の者の上に高めて礼拝される程になる時、自己礼拝は [続きを読む]
  • 地上と霊界の交信チャンネルの原理
  • 大霊(神)とは法則のことです。宇宙は原因と結果の法則で動いています。ある人間的な存在(神)が、それはやってよろしい、それはいけません、と指示しているのではありません。地上と霊界の交信にも原理があります。その原理に「善人にしか使用できません」という規約を設けるわけにはいかないのです。同じ交信チャンネルを善霊でも悪霊でも使用できるのです。他界後に地縛霊となってしまうような地上生活を送った場合、それは利 [続きを読む]
  • 真理を知ること以上に重要なことはない
  • 木はその果によって知られる(マタイ7・16)凡て善い果を結ばない木は切られて、火に投げ入れられる(マタイ3・10)誤謬の信念は、人が真理を欲念に混ぜ合わせる時、または自己と世を求める愛を真理に支持させる時、無限に増大する。その時、無数の方法で彼らは真理を歪曲し、これを強制して(自己と世を求める愛に)一致させる。人間が支持する欲念はその者の意志の生命を形作り、誤謬の原理または信念はその者の理解の生命を形作 [続きを読む]
  • 愛の波動を感受し伝達する「寛容な人」
  • 愛は、広義では、他者のことを自分自身のことのように感じる能力と定義される。愛は実際に存在し「生命の本質」または「魂の素」の強い振動として顕れ、霊的次元から物質次元へと、メンタル・アストラル体を経て全ての存在次元に伝わる。愛の顕現は、エネルギー的には最高の振動エネルギーであり、星の光のように最も明るい光となる。この愛の波動は、光の波動と同様に、伝送し知覚することが可能だ。人は真の愛を体験すると充足し [続きを読む]
  • 心が人間を造る
  • 人間は、その顔と身体の故(ゆえ)に人間ではなく、その理解の智慧と意志の善の故に人間であり、是(これ)らが完成するにつれて彼は人間となる。生まれた時の人間は如何なる獣(けもの)よりも愚かであるが、その心が種々の教訓によって形作られる時、人間となる。なぜなら、心が人間を造るから。或る動物は人間のような顔付きをしているが、推理したり合理的に行動することは出来ない。何故なら、彼らは自然的な愛に刺激される本 [続きを読む]
  • 線路上のコンバインの夢
  • 数日前の朝、目覚める直前の夢です。平らな地面に2本のレールが直線で敷かれ、電車のような物?が進んできます。(下の絵を参照)電車のような物は、上部に横長の窓が水平に並び、下部がスカートのように広がっており、幅が数百メートルと巨大に見えます。(但し、普通のレール幅から考えると数メートルかも知れません)車輪は見えませんが、地面に接するような高さでレール上を、ユックリと、こちら方向に迫ってきます。最初は、 [続きを読む]
  • 地上の決戦により天使と兄弟になる
  • 福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子供、畑を捨てた者は誰でも、今この世で迫害も受けるが、後の世では永遠の命を受ける。しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。(マルコ10・29−31)人間と天使の同胞性を知る人は殆どいません。「人類同胞」と言えば、すぐに低次元の心で、社会的平等や財産の共有などを考えます。これは地上的な同胞の概念ですが、私共が語る同胞とは、これではありませ [続きを読む]
  • 誤謬を語る人間の剥奪と試練
  • 『縛られている者』は、誤謬のために剥奪(はくだつ)の中に、また試練の中にいる者達を意味している。「牢にいる者」は悪に縛りつけられていて、しかもそのことを知っている者である。例えば、試練に置かれ、その大半は自分が悪に縛りつけられていることを知っている者である。『牢屋に入れられ、そこに縛って置かれること』は、善に向って誤ったことを語ることに係わる試練に入れられることを意味している。足の裏の真下とその周 [続きを読む]
  • 自己省察における指導霊との交流
  • 良心の声を明瞭に聞くには、しばらくの間、頭の中のおしゃべりを止めて、日常的な心配事から頭を解き放とうとしなければならない。独りの静かな時間を設け、自分の欠点やその日の行動を内省してみる。そして、心から願えば、必要な答えを見出す助けや、試練にしっかりと立ち向かえる力が与えられる。良心の声は、我々をおだてるものではなく、ひいきもせず嘘もつかず、我々のエゴを不快にすることも言う。霊的に交信できるチャンネ [続きを読む]
  • 奈落の霊は攻撃するが天使達は守る
  • 天使達は悪霊と魔鬼が人間の下で意図し企てることを注意深く絶えず観察しており、その人間が堪えるに応じて悪をたわめて善に変えるか善の方へ向わせる。主(神、守護霊)が人間を導き、また守る手段となっている天使達は、その人間の頭の近くにいて、仁慈と信仰を吹き込み、その人間の歓喜はどちらに向いているかを観察し、その人間の自由を妨げずに為しうる限り、その(欲念の)歓喜を和らげ、それを善に向けることが彼らの任務で [続きを読む]
  • 人間の義務に気づき神性(仏性)を自覚する
  • 貴方の行為は現在の貴方という人格全体から生み出されるのです。これまでに行ってきたことの結果が今の貴方であり、今の貴方が行うことが未来の貴方を創るのです。因果律は一瞬の途切れもなく、しかも完ぺきに働いています。人間界では国家が定めた法律を誤魔化すことができますが、大自然の摂理をごまかすことはできません。なぜなら、魂にはそれまでの行為の結果が永久的に刻み込まれており、その有りのままの姿が貴方であり、そ [続きを読む]
  • 悪に悪を報復することを求めない天使
  • 貴方がたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。しかし、私は言っておく。悪人に手向かってはならない。誰かが貴方の右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。貴方を訴えて下着を取ろうとする者には、上着も取らせなさい。求める者には与えなさい。貴方から借りようとする者に、背を向けてはならない。(マタイ5・38−42)この言葉を文字に従って理解してならないことは誰にでも明白である。右の頬 [続きを読む]