okado さん プロフィール

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okadoさん: okadoのブログ
ハンドル名okado さん
ブログタイトルokadoのブログ
ブログURLhttp://okadosblog.blogspot.com/
サイト紹介文湘南の歴史・自然・文化・伝説の記録です。
自由文鎌倉を中心とした湘南の歴史・自然・文化・伝説を巡る旅の投稿です。ときには湘南から離れた神社や寺院の記事も投稿しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供1114回 / 365日(平均21.4回/週) - 参加 2010/11/21 16:06

okado さんのブログ記事

  • 源頼朝を開運へ導いた熱海のパワースポット
  • 十国峠360度大パノラマ十国峠は伊豆や熱海と箱根を結ぶ交通の要所。源頼朝も伊豆配流の時代に伊豆山権現や箱根権現を参拝したときに、十国峠からの絶景を拝んだことでしょう。頼朝の子で三代将軍の源実朝は二所詣の際に「箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ」と詠んだのだといいます。日金地蔵日金地蔵は、流人の源頼朝が信仰した地蔵尊。十国峠にある東光寺の本尊。のちに鎌倉に幕府を創設した頼朝は、鎌倉 [続きを読む]
  • 鎌倉十三仏
  • 仏教では、人が亡くなると、十三の仏様が姿を変えた十三王によって裁決されるとされています。一番明王院初七日(7日目)秦広王(不動明王の化身)二番浄妙寺二七日(14日目)初江王(釈迦如来の化身)三番本覚寺三七日(21日目)宋帝王(文殊菩薩の化身)四番壽福寺四七日(28日目)五官王(普賢菩薩の化身)五番圓應寺五七日(35日目)閻魔王(地蔵菩薩の化身)六番浄智寺六七日(42日目)変成王(弥勒菩薩の化身)七 [続きを読む]
  • 鎌倉の三大洋館
  • 鎌倉文学館前田利嗣の鎌倉別邸として建てられ、1936年(昭和11年)、16代当主利為によって改築された鎌倉を代表する洋風建築物(国の登録有形文化財)。古賀邸1916年(大正5年)、三菱銀行重役の荘清次郎の別荘として建てられた洋館。旧華頂宮邸1929年(昭和4年)に華頂宮博信侯爵邸として建てられた洋館(国の登録有形文化財)。右上のフルスクリーンで大きな画像に。☆ ☆ ☆ ☆ ☆親族が集まるときに考え [続きを読む]
  • 鎌倉の寺院と邸跡
  • 壽福寺(源義朝邸跡)宝戒寺(北条執権邸跡)妙隆寺(千葉胤貞別邸跡)妙本寺(比企能員邸跡)大寶寺(佐竹屋敷跡)實相寺(工藤祐経邸跡)収玄寺(四条金吾邸跡)光則寺(宿谷光則邸跡)長壽寺(足利尊氏邸跡)英勝寺(太田道灌邸跡)〜参考〜安達盛長邸跡碑(甘縄神明神社) [続きを読む]
  • 鎌倉検定で楽しむ海蔵寺
  • 鎌倉検定の過去問と情報!※太字は鎌倉検定の問題文より。写真を ・タップすると情報ページへ移動します。☆ ☆ ☆ ☆ ☆海蔵寺は1394年(応永元年)の建立。開山は心昭空外(源翁禅師)、開基は上杉氏定。山号は扇谷山。底脱ノ井門前の湧き水は鎌倉十井の一つ底脱ノ井。仏殿(薬師堂)本尊の薬師如来鎌倉十三仏詣の霊場の一つである海蔵寺の本尊の薬師如来像は、坐像の胴体部分に、もう一つの薬師の顔を納めた珍し [続きを読む]
  • 鎌倉検定で楽しむ英勝寺
  • 鎌倉検定の過去問と情報!※太字は鎌倉検定の問題文より。写真を ・タップすると情報ページへ移動します。☆ ☆ ☆ ☆ ☆現在では鎌倉唯一の尼寺となった英勝寺は、代々水戸徳川家の姫君が住職を務めたため、水戸御殿と呼ばれていました。ただ・・・六代の清吟尼を最後に水戸家からの住持は絶え、徳川家の支援によって維持されていたのだといいます。☆ ☆ ☆ ☆ ☆2013年(平成25年)、境内の仏殿・山門・鐘 [続きを読む]
  • 2017鎌倉文学館「秋の文学スタンプラリー」
  • 円覚寺・建長寺・鶴岡八幡宮・江ノ電鎌倉駅・長谷寺をめぐって、ゴールが鎌倉文学館。☆ ☆ ☆ ☆ ☆鎌倉文学館http://www8.plala.or.jp/bosatsu/bungakukan.htm鎌倉文学館は、加賀百万石前田家の別邸として建てられ、16代当主利為によって改築された鎌倉を代表する洋風建築物。秋のバラ10月中旬から11月中旬が見頃。バラ園http://www8.plala.or.jp/daisho/kamakura/sizen/bungakukan-bara.htmlバラ園には、およそ200 [続きを読む]
  • 特別展「鎌倉彫の仏具」〜鎌倉彫資料館〜
  • ☆ ☆ ☆ ☆ ☆鎌倉彫は、宋の工人陳和卿(ちんなけい)が持ってきた彫漆工芸「紅花緑葉」をもとに、運慶の子康運が作った仏具がはじまりと考えられています。彫漆工芸は、漆を何百回も塗り重ねた漆の層に彫刻を施すもので、手間も時間もかかり費用もかかりました。そこで考え出されたのが、木に彫刻してから、その上に漆を塗るという方法。初めは宋の影響が残されていましたが、次第に日本独自の工芸品へと変化していきました [続きを読む]
  • 鶴岡八幡宮が遷宮された日
  • 『吾妻鏡』によれば、1180年(治承4年)10月11日、走湯山(伊豆山)の專光坊良暹が鎌倉にやってきました。翌12日の寅の刻(午前4時頃)、源頼朝は鶴岡宮を小林郷の北山に遷しました。暫くの間の別当職には專光坊良暹が付き、大庭景義が事務担当者に任じられています。鶴岡宮は1063年(康平6年)8月に源頼義が石清水八幡宮を勧請して由比郷に創建された社。1081年(永保元年)2月には源義家が修理をしていま [続きを読む]
  • 2017建長寺・円覚寺の宝物風入
  • 2017年の建長寺と円覚寺の宝物風入は、11月3日から5日まで。☆ ☆ ☆ ☆ ☆〜参考〜(宝物の一部)宝物を拝観するには、入山時の拝観料(大人300円・小中学生100円)とは別に、特別拝観料(大人500円・小中学生300円)が必要となります。☆ ☆ ☆ ☆ ☆〜円覚寺舎利殿の公開〜舎利殿円覚寺では、宝物風入に併せて、国宝の舎利殿が特別公開されます。☆ ☆ ☆ ☆ ☆建長寺http://www8.plala.or.jp/ [続きを読む]
  • 沼津港の大型展望水門「びゅうお」
  • 沼津港の「びゅうお」は、2004年(平成16年)に竣工した大型展望水門。津波対策のために造られた水門です。展望室からの眺め。富士山雲に隠れてしまっていますが・・・☆ ☆ ☆ ☆ ☆沼津港は駿河湾に面した港湾。市場の裏側にはたくさんの飲食店や土産物屋。☆ ☆ ☆ ☆ ☆沼津という地名がはじめて登場する文献は、鎌倉幕府の記録『吾妻鏡』。鶴岡八幡宮に建築する神宮寺の材木が、伊豆国狩野山の奥から沼津の海に [続きを読む]
  • 熱海駅前の足湯「家康の湯」
  • 1604年(寛文2年)、徳川家康は7日間にわたって熱海に逗留して湯浴みをしたのだといいます。三代家光は御殿を築き、四代家綱は熱海の湯を江戸城まで運ばせ「御汲湯」と呼ばれていました。御汲湯が最も盛んに行われたのが八代吉宗の頃で、1726年(享保11年)からの9年間に3643樽が江戸城に運ばれたのだそうです。熱海駅前の足湯「家康の湯」は、家康の湯浴みから400年を記念して熱海温泉組合によって整備されまし [続きを読む]
  • 熱海の起雲閣〜大正・昭和ロマン〜
  • 起雲閣は、1919年(大正8年)に築かれた別荘。岩崎別荘、住友別荘とならんで熱海の三大別荘と賞された。1947年(昭和22年)には旅館となり、熱海を代表する宿として山本有三、志賀直哉、谷崎潤一郎、太宰治、舟橋聖一、武田泰淳など、日本を代表する文豪たちにも愛されてきた。現在は熱海市の文化財として一般公開されている。染殿の湯起雲閣敷地内の源泉地付近を染殿という。平安時代に京都の粟田口の僧で、熱海に流さ [続きを読む]
  • 熱海:伊豆山神社
  • 関八州の総鎮護・伊豆山神社。手水舎の紅白龍尾は箱根芦ノ湖に、頭が伊豆山の地底にあって、温泉の湧くところは、龍の両眼、耳、鼻、口なのだと伝えられています。また、赤は母親、白は父親を表し、夫婦和合、家内安泰、縁結びの象徴となっているのだそうです。伊豆山神社伊豆山神社は、古来、「伊豆山大権現」または「走湯大権現」とも称され、源頼朝が崇敬した神社。頼朝・政子の腰掛石光り石道祖神雷電社前に置かれている「光り [続きを読む]
  • 河津三郎祐泰の血塚〜伊東:伊豆高原〜
  • 河津三郎祐泰の血塚1176年(安元2年)10月、伊豆に流されていた源頼朝を慰めるため、伊豆・駿河・相模の武士が集まって、奥野で巻狩りが催されました。その帰路、伊東祐親の嫡男河津祐泰が、所領問題で恨みを抱いていた工藤祐経に殺害されるという事件が起きました。血塚は、河津祐泰が命を落とした場所に供養塚として建てられたのだと伝えられています。☆ ☆ ☆ ☆ ☆椎の木三本河津祐泰は、大見小藤太と八幡三郎に射 [続きを読む]
  • 鎌倉市の天然記念物
  • 鎌倉市の天然記念物。赤字で紹介している写真を ・タップすると情報ページへ移動します。☆ ☆ ☆ ☆ ☆荏柄天神社のイチョウ瑞泉寺のオウバイ光則寺のカイドウ壽福寺のビャクシン英勝寺のワビスケ浄智寺のコウヤマキ円覚寺仏殿前のビャクシン円覚寺方丈のビャクシン浄光明寺のマキ浄智寺のタチヒガン大慶寺のビャクシン浄智寺のビャクシン安養院のマキ鶴岡八幡宮マキ鶴岡八幡宮のケヤキ御霊神社のタブノキ瑞泉寺のフユ [続きを読む]
  • 鎌倉検定で楽しむ浄智寺
  • 鎌倉検定の過去問と情報!※太字は鎌倉検定の問題文より。写真を ・タップすると情報ページへ移動します。☆ ☆ ☆ ☆ ☆浄智寺は、北条時頼の三男宗政の菩提を弔うために、子の師時らによって建てられます。創建年は1281年(弘安4年)以降と考えられています。開山は大休正念・兀菴普寧・ 南洲宏海。鎌倉五山第4位臨済宗円覚寺派総門総門には寶所在近の額。甘露ノ井甘露ノ井は、総門横の小さな石橋の脇にある。 [続きを読む]