sodo さん プロフィール

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sodoさん: 粗土ログ
ハンドル名sodo さん
ブログタイトル粗土ログ
ブログURLhttps://ameblo.jp/pocotrabajo/
サイト紹介文ラテンアメリカ(特に中米)、国際結婚、ベジタリアン、武術(合気道、空手)などの記事が中心です。
自由文勝手なことをブログに書いていますが、偶然読んだ人がいて、何か引っかかることがあれば幸いです。
僕の記事または考えは、原理主義的な偏った内容とならないように「中庸」を心がけています。
中間のどっちつかずという意味ではなく、自らの心を指針とし、客観的科学的な検証情報は素直に拝聴しながら、意思は明確に示していきたいと努力する毎日です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供29回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2010/12/24 13:01

sodo さんのブログ記事

  • 会社で仕事をするときはいつもパソコンの前にいる
  • 会社で仕事をするときはいつもパソコンの前にいる。周りの人たちもそうだし、多くの国でも事務職というとそんなものだろう。こんな風景が当然となってから、まだ20年も経っていない。20年ほど前、コンピュータは設備投資の対象であったかと思う。これからはパソコンで仕事をする時代になるだろうからと会社を説得してもうまくいかず、僕は自腹でパソコンを買ったことがある。値段は、当時の給与一か月分くらいだったか。家族を [続きを読む]
  • 天気予想
  • 大きな地震が起きなければいいねと、雲をみながら妻が心配していた。妻の予言?は結構当たるから、なかなかあなどれない。でも正直な僕の気持ちでは、大地震などがあって都市の機能が少し麻痺するくらいの日常の方が生活しやすい。電気はあるから便利なので使うけれど、無ければ無いで少し息抜きをした生活へと意識を向けることができる。止まった時には、復旧作業を医療設備などの重要か所に集中してもらいたい。元気な人は、暫し [続きを読む]
  • 戦争の当事者
  • 夏になると日本の戦争経験者、たとえば僕の親やその兄弟などは「もう絶対に戦争を起こしてはならない」と常に言う。もちろんその通りで、起こしてはならないと思うのだが「もう、と言うけれど、戦争はまだ終わっていないのでは」と、余計なことを僕はつい言い返したくなる。日本国内での小さな戦争だけではなく、世界規模の戦争はまだ終わってはいない。本当に僕が言いたいことは「戦争を終わらせなければならない」ということ。戦 [続きを読む]
  • 夏なのに寒くて震える
  • この酷暑の中、職場の冷房はさらに強く稼働する。寒い。外に出ると、この強い日差しさえ気持ち良く感じる。昼は体を暖めるため、少々遠くまで昼食に出る。暑い。職場に戻ると、汗が冷えて再び寒いと感じる。そもそも暑い夏に、しかも日中に仕事をすることが不自然。職場を冷やして働くことが、疲れた身体に何らかの薬を打ってまで働くことと同じように思える。風のある丘の木陰で、何もせずボンヤリしたい。(sodo)     ●にほ [続きを読む]
  • 子供への虐待
  • 虐待された末に幼い命が失われてしまうという報道があると、とても嫌な気持ちになる。自分の子供を虐待する親の気持ちがわからない。いや、よく考えてみると少しは分かるのかもしれない。 自分がまだ若い親だった頃、泣き止まなかったり言うことを聞かなかったりする子供に苛立ったことはある。そんな時、自分はどうしていたかを思い出してみた。僕は、子供に対して苛立った自分の感情を抑圧するのはよくないと思った。 親にも感情 [続きを読む]
  • 初夏の香り
  • 昔、子供のころには毎日が感動の連続だった。今、同じ場面に遭遇しても感動しない。でも今も時々、そのころ感動していた時のような感情が再生することがある。 風の香りがなんだか懐かしく感じる。時間も当時のようにゆっくりと流れてゆく。頭の中に、夕日や小川の流れの景色が広がる。 嗅覚で呼び戻された記憶がきっかけに、忘れていたはずの過去のさまざまな記憶がそれに結びついて思い出される。過去の自分に戻りたいとは思わな [続きを読む]
  • 背中に眼が無い人
  • 満員電車で毛皮のフードを付けていたり、後ろに大きく髪を束ねていたりする人が目の前にいるととても困る。特にその毛や髪の高さが、その人の後ろに立つ僕の顔あたりにあると鼻がくすぐられてクシャミが出そうになる。そういったとき、この人は「背中に眼が無い人なんだな」と僕は思う。近頃では大きなバックを背負っている人も目立ち、これもまた満員電車では後ろに立つ人の迷惑になっている。狭い歩道を歩いていて、後ろから走っ [続きを読む]
  • 優しいふりができないような時代
  • 映画監督の高畑勲氏が逝去されたという報道で、生前のインタビュー映像が流れていた。「優しいふりができないような時代になったらどうなるのかをある意味でリアルに見せたいと思った」と、映画『火垂るの墓』について語っていた映像。その語った思いを聴いて、この方は人の本質を理解されているのだという印象をあらためて僕も感じた。この映画『火垂るの墓』は、作家である野坂昭如氏の戦争体験を題材にした小説が原作。戦争に翻 [続きを読む]
  • イヤな大人になるということ
  • 子供の頃はあんなに可愛かったのに、今ではなんともイヤな大人になったな。そんなことを感じることがある。親戚だったり近所の子供であったり小さい頃から見続けていて「どうしてこうなったのか」と、ある時になってそう感じるのだ。イヤな大人とは、どういう大人なのか。考えてみると、子供が大人になる過程で変わっていったのではなく、イヤな面が変わらずに身体だけ大人になっているんだと気づく。偏った成長といえるのであろう [続きを読む]
  • 二進法に閉じ込められた不自由な世界
  • ペーパーレスなどと云って、書類も画像もデジタルに集約して行く。これが未来の姿で先進的だと思われている。けれどもデジタルは所詮、二進法の世界。先進的だとえわれても「1」か「0」、「はい」か「いいえ」のどちらかしかない不自由な世界。この閉じられた不自由な世界には、やはり限界がある。だからデジタルに集約される情報も、あくまでもデジタルに変換できるレベルの情報。とはいっても、デジタルに変換できない情報って [続きを読む]
  • 今の自分の痛みは過去に自分が傷つけた人々の痛みだ
  • 今まで僕が一番強烈に感じた痛みは、結石によるもの。実に、のたうちまわるほどの痛みであった。このときもそうだけれど、この痛みを受けるほど自分は過去に他人を傷つけてきたのかと考えていた。人は知らないうちにでも、直接ではなくとも他人を傷つける。例えば地球の裏側で起こっている紛争で多くの人が殺戮されていれば、そのことに無関心でいることは加害者側に加担しているようなもの。「日本は平和だな〜」と呑気でいること [続きを読む]
  • 日本人ではなくなるときがある
  • 会社の同僚に、妻と一緒にいるときの僕は日本人ではないみたいだといわれた。時々、自分でもそう気づくことがある。もう10年以上も前の話だけれど、妻と一緒に歩いていて一人でひょいとある店に入ったら外国人はお断りだといわれたことがある。風貌は日本人ではあるけれど、何かしぐさや表情がちょっと変わるのだろうと思う。いわゆるオーバーアクションだったり、困ったときうれしいときの表情がはっきり出たりするのだろう。自 [続きを読む]
  • プロレスと武道
  • プロレスについては偏見も多く、「見世物興行であり純粋な格闘技ではない」と批判さることもある。そんな意見も間違いではないのだろうけれど、僕はどちらかというとプロレスに武道の面を感じる。競技ではない武道の組み手や立会いにおいては、対峙する両者の息(気)を合わせることが大切。そういった、対峙する両者の息(気)を合わせるというようなところが、プロレスにもあると感じるのである。例えば競技であれば、相手の弱点 [続きを読む]
  • 卒業式の涙
  • 卒業式と聞いて、「別れ」を連想するのが日本人だといわれる。学校の教育課程を修了して卒業できることは、とてもうれしいことなのになぜ悲しむのか。そんな疑問を、来日した当時の妻がよく話していたことをこの季節に思い出す。小学校でも留年のある国で育った妻にとっては、卒業することのうれしさは日本のそれとは大きく異なる。日本のように、同級生がほとんど皆いっぺんに卒業する国は世界には少ないと思う。だから日本の卒業 [続きを読む]
  • カプチン会と赦し
  • カプチン・フランシスコ修道会(カプチン会)の、ペトロ・ボン・エッセン神父様にお会いする機会があった。来日されてから60余年、御年87歳。会の名称由来ともなっている頭巾の付いた特長のある茶色い修道服で、颯爽と立つ姿が印象的だ。修道会の神父は、とにかく祈る。その姿を見ると、この世の平和は彼らの祈りの賜物だと誰もが信じてしまうだろう。ペトロ神父様も当然ながら、祈りに祈る。今回、「赦し(ゆるし)」について [続きを読む]
  • 感謝は代償なのか
  • 「何もしてもらっていないのに感謝するなんて」という意見を時々耳にする。感謝することを、何かをしてもらったことに対する代償と考えるならばその疑問にも納得がいく。僕自身は感謝を何かの代償だと考えたことはなく、そのような意見を持つ人をおかしな人だと思っていた。しかし周りの人の話を聞くとそうでもないようで、感謝を何かの代償だと捉えている人は意外と多い。例えば買い物をする際に店員に「ありがとうございます」と [続きを読む]
  • 冬季オリンピック
  • 今回の冬季オリンピック、日本の報道では主催国と停戦中であるその隣国が主役。なので、競技自体の結果を報道で目にすることが少ない。その話は置いておいて、いつも思うことは、氷や雪の上だけで行う競技がオリンピックにまでなることの不思議。それほど多くの国々が、氷や雪に覆われる長い時期を持っているということなのだろう。子どもの頃は、なぜ寒い地域に人が住んでいるのだろうと、これもまた不思議に思っていた。暖かい土 [続きを読む]
  • 灰の水曜日
  • 今年の今日は、キリスト教会歴の「灰の水曜日」となる。復活の日までの約40日間を四旬節と呼び、その期間は生活を節制し特に食事は質素にする。その始まりの日が「灰の水曜日」。40日間というのは、イエス様が出家する前に砂漠で苦行(断食)を行った期間。それに倣って、「この期間は我々凡夫も節制しよう」とした伝統。しかし凡夫は、「この期間が明けたら肉をたらふく食おう」といって肉祭り(カーニバル)を始めてしまう。 [続きを読む]
  • 病がやって来る頃
  • 病はなぜ存在するのかということを、常々考えるようになったのは年齢のせいだろうか。どんな病であっても、その病自体あるいは患い暮らす日々に何の意味があるのだろうかとも考える。釈尊の出家のきっかけは「死と病」などの「苦」であったと説明されることもあるように、このテーマは人がこの世に生きる間の宿題と言っても良いのだろう。この年末年始に、数日間も高熱が続いた僕の身体。病中も病後も、いくつもの気付きを得て回復 [続きを読む]
  • 今までの日本では....?
  • 成人の日当日に、晴着レンタル会社が所在不明となった事件。もう一つは、カヌーの日本代表級の選手がライバルの飲み物に薬物を混入した事件。新春からイヤな事件の報道が続いているけれど、国外では珍しくないような事件ともいえる。何も疑わずに取引で前金を払うことは、昨年の旅行会社の似たような事件のように、日本人の「信用」に関する緩さが裏目に出たのか。日本ではスポーツマンシップなどと言っているけれど、国際的にスポ [続きを読む]
  • 赤服のサンタ・クロース
  • 7歳の女の子が、サンタ・クロースの絵を教会の黒板に描こうとした。それを見た神父が「それはただのコカ・コーラの宣伝だ!」と言ってやめさせたので、女の子は泣いてしまった。無邪気にサンタさんの絵を描こうとした女の子と、そのモデルとなるサンタ・ニコラウスに敬虔な思いを持つ真面目な神父。先日目にした、クリスマスを迎える準備を進めるキリスト教会での出来事。赤い服のサンタ・クロースは、コカ・コーラまたはクリスマ [続きを読む]
  • 何処にいても防犯カメラが
  • 今は何処にでも録画される監視カメラが設置されていて、「これでは悪いことが出来ないな」などと言われる。だから「監視カメラ」と呼ばずに、「防犯カメラ」と呼ぶ。また、顔だけではなく容姿の撮影も法令では個人情報の保護対象となっているので、録画する目的を明確にしなくてはならないという理由もある。けれども監視しているという事実には変わりはなく、いつ何処で誰が何をどのようにという、何故(Why)以外の5W1H情報が記録 [続きを読む]
  • 足指の痛みからの気づき
  • 近頃は足指、母趾などが痛むようになってきた。通風かとも思ったけれど、検診値に異常は無い。そこでしばらく歩き方を変えてみたところ、痛みは無くなって一安心。今まで僕は、足指で地面を掴んで蹴るように歩いていた。武道を嗜む者であれば、足指は鍛えるべきだと思っていたから。しかし、足指とそれを鍛えることは大事だけれど、常に負担をかけていたら壊れてしまう。さて、歩き方を変えたことで気づいたことがある。足指をあま [続きを読む]
  • 犯罪者と自分との違いについて
  • 大きな事件が起こると、その加害者と自分自身の違いがどこにあるのだろうかと考える。物心ついたときから、そんなことを考える習慣がある僕は普通の子供ではなかったのかもしれない。しかし考えれば考えるほど他の人たち、例えばある事件の加害者を執拗に批判する人と、批判されている加害者の差も大きいわけではないと感じてしまうのだ。誰もが自分自身が間違っている、あるいは罪を犯して生きているとは考えないし考えたくない。 [続きを読む]