sodo さん プロフィール

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sodoさん: 粗土ログ
ハンドル名sodo さん
ブログタイトル粗土ログ
ブログURLhttps://ameblo.jp/pocotrabajo/
サイト紹介文ラテンアメリカ(特に中米)、国際結婚、ベジタリアン、武術(合気道、空手)などの記事が中心です。
自由文勝手なことをブログに書いていますが、偶然読んだ人がいて、何か引っかかることがあれば幸いです。
僕の記事または考えは、原理主義的な偏った内容とならないように「中庸」を心がけています。
中間のどっちつかずという意味ではなく、自らの心を指針とし、客観的科学的な検証情報は素直に拝聴しながら、意思は明確に示していきたいと努力する毎日です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供82回 / 365日(平均1.6回/週) - 参加 2010/12/24 13:01

sodo さんのブログ記事

  • 粗食を選択できる贅沢
  • 我が家の冷蔵庫は、常にスペースを半分以上は使っていない。いつも入っていてスペースを占めているのは、僕のビールと豆乳と冷凍青汁。食料は、安い時の買いだめをしない。実家の母は、大型冷蔵庫に溢れてドアが閉まらないほど食料を溜め込んでいる。子どもの頃は、僕はそれがとても嫌であった。太平洋戦争そして敗戦後は食糧事情が悪く、母はそんな時代に育った。母はもう80歳をとうに超え、食事などはそれほどの量が要らない。 [続きを読む]
  • 妻のハロー効果
  • ボクシングの亀田家三男の奥さんがテレビに出ていた。見た目も素敵な彼女はメキシコ人女性で、結婚して2年目。ボクサーである夫に尽し支える姿が微笑ましい。このボクシング家族を、僕はちょっと苦手に感じていた。けれども男のイメージなんて、その奥さんの印象で変わってしまうもの。この亀田家の親父さんに顔が最も似ている三男だけれど、なんとなく彼に好印象を持てるようになった。実は、この手は僕もたまに使ってきた。自分 [続きを読む]
  • 素敵ですねと言われること
  • 近頃、例えば「奥さん素敵ですね」と他人から妻を褒められることが嬉しい。若い頃は、そう言われていたかどうかもあまり覚えていないほど他人の目には興味が無かった。今は僕らも歳をとってきて、幾分かの持たねばならぬ責任感を自覚している。その責任感の中に外見、他人からどう見られているかということについても意識するようになった。特に着飾ったり無理な化粧をするわけではなく、老いて自分の顔に自信を持つことの意味など [続きを読む]
  • 9月19日のメキシコ地震
  • 前日18日にメキシコ人の友人と飲みながら、32年前の9月19日に起こったメキシコ地震の話をしていた。そして、今回も同じ日に大地震が起こったことに驚いた。この因縁についても考えたいけれど、先ずは皆の安全と復興を祈る。その日、過去の地震を教訓にした避難訓練も行われていたというが、その成果はあったのだろうか。報道で見る限りは、地震で崩れやすい建物等の構造への改善は進んでいないようだ。さて、このような時だけれど [続きを読む]
  • 駅名表示や案内板の外国語表記
  • 駅名表示や案内板の外国語表記に中国語やハングル文字が増えているのは、国際化社会だから仕方ないのかなと思っていた。今夏、英語圏に住んでいるけれどスペイン語が主言語の義父が来日して、これらの表記は国際化とはあまり関係ないのだなと気づいた。国際化のためであれば日本語と英語の表記があれば十分である。それ以上の言語の記載があると目障りだし、他国語対応が必要なのであればスペイン語表記の無いことが不自然。さらに [続きを読む]
  • 義父との日本旅行など
  • Los Angelesに住む妻の父親は、先月までちょうど1ヶ月間を日本に滞在した。初めての来日であり、興味と驚きの毎日であったようだ。きれいな道路、きれいな空気、緑の多さ、人の多さ、ビルの多さ、食べ物の種類の多さなど等。特に食べ物に関しては、その新鮮さや店頭のパッケージの繊細さに先ず驚いていた。食事を提供する店もレストラン、居酒屋、スナック、バー、ファストフード店、小料理屋など等。そして寿司屋、鰻家、天ぷら [続きを読む]
  • 遠距離恋愛
  • 息子が付き合っている女性が大学を休学して、米国に留学した。付き合っているといっても、彼女が留学すると知った最近になって告白したばかり。遠く離れた場所での生活が始まる前に、お互いの意思を確認しておきたかったのだろう。二人の恋愛が遠距離にあることは、旅立つ者にとっては心の支えにもなるけれど、待つ身にとっては寂しいもの。しかしながら、この離れた期間は二人のつながりを試すことのできる時間ともなる。僕たち夫 [続きを読む]
  • 人を選ぶこと人を活かすこと
  • 会社等で従業員が必要なときには、人を採用することになる。その際は当然ながら、人を選ぶという過程が発生する。人を採用する際の面接技法や評価テスト等は数え切れないほどあるけれど、最後は人が決定する。だからなのかそういうものなのか、せっかく採用してもその人が思うように働いてくれるとは限らない。そうなるとその人には辞めていただくか、あるいはどうにか育ててその人の能力を活かす道を探ることとなる。ここが経営者 [続きを読む]
  • 優しくすることと敬うこと
  • 転ばぬように手を貸して、歩みも合わせてゆっくりと。目線を低くして、「へ〜、そうなんだ〜」「自分でできるんだ〜、エライね〜」「おじいちゃん、これ危ないから触っちゃダメでしょ」などとタメ口をきく。少々弱った老人に対して、優しく接する若者は頼もしい。しかしながら、老人に対して優しく接してはいるんだけれど、敬ってはいないのではと感じることもある。優しくする行為は、少し間違えれば相手を低く見下していると捉え [続きを読む]
  • 義父の初来日
  • 義父、つまり妻の父が初めて日本にやってきた。箸も畳も初めてづくしの、日本文化に戸惑う典型的な外国人を身近で見る毎日。その姿が、とても可愛らしく見えるといったら失礼か。近頃の観光で来日する欧米人は、箸もたくみに使うような日本文化に慣れた人が多い。けれども家族等を尋ねる目的での来日、そして高齢である場合はそういうわけにはいかない。しかしながら、そんな戸惑いを義父本人も楽しんでいるようで僕たちも安心して [続きを読む]
  • 優劣と平等
  • 犬畜生にも劣るといわれて、ほとんどの人は気分を害する。でも、何が劣っているんだろうかとか、犬畜生より劣っていて何が悪いんだろうかと考えてみるとよくわからなくなる。劣っているということの基準が何であるのか、明確でないことがほとんど。優劣は何かを基準として比べると、優れた者と劣った者が明確となる。例えば足の速さを基準とすると足の速い者と遅い者、両者における「速く走る能力」の優劣が分かる。足の遅い者は、 [続きを読む]
  • 寛容であれ
  • 寛容でありたいと、この頃の僕は強く思う。小さなミスも許さないという風潮が日本社会に蔓延している。この厳しさは、主に他者に対して向けられるのだ。自分に対して、または自分の利害に関することには他者であっても黙認する。それなのに自分以外、外向けには厳しすぎるのだ。不正や誤りに対して厳しく接することは悪いことではないけれど、先ずは自分自身に向けてそうあるべきだ。自分を観ること、自分自身が先ずどうあるべきか [続きを読む]
  • 純粋にありのままに
  • 純粋とかありのままとか、誤魔化さない自分でいるべきだという風潮が流行っている。それが正しいことではあるけれども、本当に純粋なのかありのままなのかということに関して追究されることは少ない。その多くは「純粋」「ありのまま」といいながら、ただ自分の欲望を表に出したに過ぎないからだ。ほとんど誰もが、本当の自分の姿が分からない。この世で身に付けてきた事柄で覆われ過ぎて、自分自身の姿が見えなくなっている。それ [続きを読む]
  • 手すりにつかまる
  • つまづいたとき、とっさにつかまっていた手すり。そこに常にあるものだと思っていて、つまづく度に無意識に手を伸ばしていた。その手すりが、いつの間にか無くなっていた。つまづいたときに、いつものように無意識に手を伸ばす。しかし、そこにはつかまるものが何も無い。伸ばした手は空を切り、そこで初めて手すりに頼っていたことを知る。親に頼らず生きてきたつもりだった。今でも頼るつもりは無いけれど、困ったときに親の顔が [続きを読む]
  • 旅を楽しむように生きる
  • 旅を楽しむとは、移動の途中も楽しむこと。歩いて、汽車やバス、飛行機に乗っている間も、景色や街の動静、気温、香り、人々の動向などなどを観て感じる。移動の途中をただの目的地までの経路だと考えると、その旅程はただの消費する時間となってしまう。こんな当たり前のことだけれども、仕事の出張等で旅行するときのように、近頃の僕は旅をしていても目的地までの旅程を楽しんでいないことがある。気がついてみると、何ともった [続きを読む]
  • 優しい人々
  • 近頃続けて2回も、親子三人乗り自転車が走行中に倒れる現場に遭遇した。この自転車は、本当に危なっかしい。しかし今回はその話ではなくて、自転車が倒れた際の周りの人々の反応。そういったアクシデントがあると、僕は根拠もない義務感からか無意識に助けに行ける体勢をとる。けれども今回の2件は、その体勢をとっただけで助けに行くことをしなかった。それは、既に助けてくれる人が駆けつけていたからである。この頃気づいたの [続きを読む]
  • 忘れていた記憶が突然よみがえる
  • 過去の忘れていた記憶が、突然よみがえることがある。その記憶に関連付いた何かとの遭遇がきっかけとなることもあるけれど、まったく突然あるいは夢の中でその記憶が出現するようなこともある。その瞬間は忘れていたと思ってしまうことだけれど、思い出すということは忘れていなかったということ。なぜそんなことが起こるのかを考えて、仮設を立ててみた。その忘れていたと思っていた情報を記憶していた脳の部分が消滅するとき、そ [続きを読む]
  • 読心術
  • 人の心を読めたらいいなと、多くの人は思っているのだろうか。誰もがもうすでに、いつも人の心を読んでいるものだと僕は思っているけれど。問題となるのは、読む人が持つ「読解力」であり、この力の差が誤解を生む。文字さえ読めれば誰もが本を読める。けれども一つの本を読んでも、読む人それぞれに理解は異なる。まるで違う本を読んでいるかと思うほど理解が異なることさえある。人の心を読むときであっても同じ。ひとりの人の心 [続きを読む]
  • 来世での結婚
  • 「来世に生まれ変わったら、同じ相手と結婚したいですか?」夫婦何組かでの集まりがあると、そんな質問をされることがある。先日も友人家族何組かとバーベキューをしながら、そういった話題に。なんとほとんどが、「来世は勘弁して欲しい」といった回答。もちろん半分くらいは、真面目に答えていないのかもしれない。でも僕は、結構こういった質問には真面目に答えるのだ。「もし来世があって今の妻に出会うことがあれば結婚したい [続きを読む]
  • 代々木にそびえ立っていたポプラ
  • もう10年以上前になるだろうか、JR代々木駅から2〜3分の界隈に一本の大きなポプラがあった。20メートルは優に超えているその木は、代々木一丁目の代表的な巨木としての存在感を示していた。そんな巨木は僕の働く会社の敷地内にあり、毎年秋から冬にかけて大量の落ち葉を掃く仕事を僕等に与えてもいた。それが過去の話となったのは、僕の職場が引越しし、その後に発生した大型台風で巨木は倒壊したから。地面に倒れた巨木は [続きを読む]
  • パンチングミット
  • 父と子の幼いころの思い出として、よくキャッチボールをしたことが挙げられたりする。けれども野球を全くしない僕、そして我が息子はキャッチボールをしたことがない。その代わりに僕ら父子は、何度か二人で空手のスパーリングをした。その道具の一つとして、グローブとパンチングミットを我が家に持っていた。グローブは使わなくなり、大きさも合わなくなったのでかなり昔に処分したけれど、パンチングミットだけはまだ使えるので [続きを読む]
  • 「足るを知る」のスゴさ
  • 「足るを知る」というのは、今ある状態で(不足を感じながら)満足しなさいという意味ではない。「足るを知る」というのは、(今既に)足りていることを知るのだということ。つまり、望んでいることもこれから望むようになることも、全て私たちが既に持っているということを理解しなさいという意味。この意味は、このまま説明して理解してもらうしかないのだけれど、なかなか理解してもらうことが難しい。けれども重要なことだから [続きを読む]
  • 花々も観てもらいたいというエネルギーを出している
  • 我が家から駅に向かう途中、街路樹と共に鮮やかな花が植えられている。けれども朝の通勤時間を急ぐ人々は、そんな花には見向きもしない。「全国都市緑化よこはまフェア」という催しの一環で、今の時期は特にたくさんの花を観ることができるのに。急ぎながらも花を見ながら歩く僕は、他の人からは少し頭の緩い人に見えるかも。そう思いながらも「花々も観てもらいたいというエネルギーを出しているな」などと考える僕はやっぱり頭が [続きを読む]
  • 人間関係の問題解決を他者に依頼する
  • 生きる上で起こる苦労などの問題のほとんどが人間関係。その問題(カルマ)を解決するために、人はこの世に生まれて来たとまで言う人もいる。もしそれが本当であるならば、人間関係における問題解決は自分の力で行わなければならないということになる。確かに僕自身もそう思うことがあり、人間関係における問題解決を公的機関や弁護士、または組織的システムなどに依頼することの多くなった昨今の潮流に疑問を感じる。もちろん暴力 [続きを読む]
  • 祈願
  • 神頼みは好きではないのだけれど、今までに何度か祈りに助けを求めたことがある。その中でも今までで一番強く祈ったゆえ鮮明に憶えているのは、妻が脳動脈瘤の手術をしたとき。開頭して脳を露出させる手術というものは、考えないようにしようとしても悪い結果を想像してしまう。もちろん手術は成功し、祈った神や周りの助けてもらった人たちには多大なる感謝の気持ちを持った。もう5年経つけれど、あのときのことは忘れないように [続きを読む]