トロロヅキ さん プロフィール

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トロロヅキさん: 安芸の夜長の暇語り
ハンドル名トロロヅキ さん
ブログタイトル安芸の夜長の暇語り
ブログURLhttp://tororoduki.blog92.fc2.com/
サイト紹介文安芸の歴史について戦国時代は毛利元就から幕末の浅野長勲まで。主に毛利元就の春霞集の訳を扱っています。
自由文神楽や郷土情報番組など割と自由に書き綴ってるブログです。興味がある方はどうぞ!!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供25回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2010/12/30 19:51

トロロヅキ さんのブログ記事

  • 鰐淵寺〜洞春院跡〜
  • 言っているそばから朽ちている標識・・・。って。あれ??おおおう!!洞春院跡!!!ええ!!まじで!!テンションだだ上がりです。洞春院ということは毛利元就の菩提寺あるいは追悼寺院があった場所。毛利元就寿像がここに祀られていたってことです。おおう!道が残っている!!おお!でかい!礎石跡?でしょうか。上の本堂なみの広さがあります。庭石もどきもありますが、多分庭だったんでしょう。こっちは辛うじて枯山水らしき [続きを読む]
  • 鰐淵寺〜デサント山盛り桃山時代の最先端
  • 石垣を堪能しつつ目指す本堂へ。おおうでかい!大宰府天満宮のような構えです。天正5年でこれを立てられるような財力があったんじゃなあ。すごいなあ。あ、でもまだ上層部が都に行ったことがないので地方色がかなり強いつくりとなっています。例えば、ここ。これは細い木を組み合わせた格子ではなく木を掘り抜いてつくったもの。八千代の神社でみたのとそっくりです。こちらのほうが細工技術は難しい。天井の格子も格式高くするな [続きを読む]
  • 出雲・鰐淵寺の石垣特集その1〜算木積み的な何か〜
  • 毛利元就の肖像画はいくつかありますが、その中でも一番古く、かつ依頼主が元就本人の肖像画が鰐淵寺のものです。鰐淵寺の元就さんの肖像画は白ひげでふくよかめに描かれたもの。一方で息子の隆元が注文した元就さんの肖像画をみると顎は細く、髪も黒々としています。2枚とも寿像。生きている間に描かれたのに何故このように違うのか。肖像画は一度描いたら注文者にみてもらい、色々と直して完成させていたので注文者本人の意向が [続きを読む]
  • 出雲大社〜毛利氏関係〜
  • 歴友と出雲旅行に行って参りました。まずは出雲大社。空は快晴。桜は満開。綺麗だったのでつい参道で長居してしまいました。大国主命と国造りの神話。出雲大社の祝詞が神話のあらましと共に看板に書かれていました。「さきみたま くしみたま まもりたまひ さきはへたまへ」最近物覚えが悪いので頭の中でぶつぶつ繰り返して手水鉢へ。手水鉢の奥では車祓いをされていました。ボンネットからトランクに至るまで全部開けて祈っちゃ [続きを読む]
  • 四国攻めと隆景
  • 秀吉の四国攻めの契機は、長宗我部元親が土佐と伊予の2カ国を安堵してもらうことに「異議あり!!」と唱えた隆景のせいで始まったんじゃないのか。前にそうおっしゃられていた先生がいらっしゃってどうなんだろうと疑問に思っていたのです。まあ、道直時代から実質隆景領に近い状態なのと休戦協定破って攻めてきたのは長宗我部の方なのでそりゃあ普通は激怒するだろうとは思うんですが・・・。小早川家文書214号書き下し文「尚 [続きを読む]
  • 戦国時代と柿の木と
  • 以前、安芸高田市歴史民俗博物館で開かれた講座で「島根に広く分布している西条柿は毛利軍が継ぎ木して持ち込んだものではないか。」というのを論文発表したと講師の先生から聞いて、何それぶちおもろい!!と検索したらありました。「街道を往った西条柿 〜遺伝資源 西条柿の古木調査研究〜」中央図書館で貸出可だったので見にいきました。いつも県立図書館に行くのですが、中央図書館も結構良い棚ぞろえでした。広島城の過去の [続きを読む]
  • 「毛利元就展」感想
  • 下関市立美術館で開催されている毛利元就展に行ってきました。下関だから新幹線でぴょいといけるなと思っていたら・・・。遠かったです、長府。新下関から山陽線に乗り換えたのですが山陽本線なのにベースが1時間に2本・・・。宮島行きなんて昼間でも10分に1本あるのに何で!?しかも長府駅から下関市立博物館まで2kmあるのでバスを見たら1時間に2本・・・・。山口県、観光増を狙うなら道路整備よりバスや電車の本数を増 [続きを読む]
  • 小鳥と隆元と幸鶴と
  • 毛利家文書606号書き下し文「珍しからず候へども、小鳥百籠これ進め候 任せ見るの来ばかり候 恐々 2月2日 隆元 幸鶴殿 進之候」私訳「あんまり珍しくもないだろうけど 小鳥を100籠ほど渡します。 任せますからしっかり面倒をみてください。 2月2日 父より 幸鶴へ 渡して下さい」隆元から輝元(幸鶴)へ鳥を送った手紙です。輝元はこの頃鳥にはまっていたらしく次の書状にも鳥の話題があります。ただ、100 [続きを読む]
  • 「瀬戸の鷹 小早川隆景」を読んで
  • 友から「瀬戸の鷹 小早川隆景」という本を借りました。(泉 淳著 叢文社 1989年発行)元就さんが広島弁だし、基本登場人物が広島弁(正確には備北言葉?)。と聞いていたので、わくわくしながらページを開きました。物語は郡山合戦の少し前から。武田氏家臣熊谷氏の話からスタート。元春の嫁さんの叔母さんの腰入りが熊谷信直と武田光和の間にひと悶着を起こします。そんな感じで、全国的にはマイナーな安芸国人達の名前が [続きを読む]
  • 「清盛・元就と宮島」感想
  • 秋山先生が宣伝なさっていた県立大学で開かれている「清盛・元就と宮島 −名誉教授菅原範夫先生収集近世資料を読み解く−」を出張がてら見に行きました。詳しくはこちらPDFファイルです。因みに扇で招いているのが清盛さん。女性に導かれている子どもが松寿丸時代の元就さんです。毛利元就の浮世絵であれば厳島合戦が有名です。陰徳太平記は江戸時代に三大軍記物と呼ばれるほどベストセラー。なので浮世絵にも結構題材として使 [続きを読む]
  • 「郡山城と城下の構造を再考する」講義録
  • 今日は秋山先生の講義を聴きに吉田歴史民俗博物館にいって参りました。先生が講座を吉田で開かれるようになられてから、もう27年も経つんだそうです。その中で「郡山城」をテーマに話をされたことが過去にも何度かあり、今回は過去のものをベースに城と城下町について再考されちゃったことをお話されてでした。確かに吉田郡山城はテーマになることが多く、過去の吉田の公開講座では、●三浦先生の「毛利の城」12●山城シンポジウ [続きを読む]
  • 「長宗我部元親と四国」感想
  • 今、伊予で月に1回ほど戦国時代の歴史講座が開かれているのです。「芸予土」の瀬戸内海挟んだ戦国時代のお話。石谷家文書など新出書状がまだまだ出てくるように、伊予と土佐と安芸の三国関係はまだまだ研究途上。そもそも長曽我部氏が四国統一したのかどうか、河野氏は毛利氏とどこまで連帯していたのか。まだまだ謎は尽きず、講座に行きたいのですが、10時までに松山行けない・・・。まあ、歎いていてもしかたないので、そうい [続きを読む]
  • 石見銀山展行ってきました
  • ちょっと時間ができたので、石見銀山展に行ってきました。出雲大社にお参りして、おみくじの結果に衝撃を受けてああ、やっぱりかぁと、とぼとぼ歩いていたら看板を発見。そうか!!銀山展してたんだ!!ありがとう!!神様!!と、中へ入りました。結果、入って良かったぁ!!!初見の展示品がたくさんあったのです!!図録と一緒に本多先生の本をゲットだぜ!!ポケモンNO!GO!の館内だけど!!これで一気にテンション上がり [続きを読む]
  • 「新出・隆景書状と厳島合戦前夜の山里合戦」感想
  • 先日、津田で行われた秋山先生の「厳島合戦前夜の山里合戦」を聴講しに参りました。市電廿日市駅から緑バスに乗って津田まで行きました。道中、御敷畑山合戦のあった峠を通ったんですが、すごいヘアピンカーブでした。その途中に、明石のバス停がありました。陶方の宮川さんと激戦になった場所で、亡くなったとされる岩がバスの窓から見えるんだそうです。私は見逃しましたが・・・。・・・ていうか、こんな急な所で戦ったん??と [続きを読む]
  • 父・毛利元就危篤につき
  • 墓前祭があったので、この間見た書状を。吉川家文書1209号書き下し文「先書に申す如く候、上の御煩い今度了簡に及ばず事に候、 御下の儀、いかが候はん哉。 勝事にて候、御心遣い申す事無き候、 元春御下向の事は、某許の趣によるへき候条 爰許より相定められ候て仰せられずの由、 輝元仰せられ候、其口又上口所々正体無く罷り成り候々 此の表の儀も分もなき体たるへき候 御相談折節ため隆家、信直、貞俊、道良御参上候 [続きを読む]
  • 西園寺公望、毛利元就贈正一位承認書
  • 元就さんの生前の階位は従五位下からスタートし、正親町天皇の即位に献金したことで従四位下になります。大江氏は源平藤橘から洩れている家で、数の少なさもあってかあまり政治的な活躍をしていません。そのため、辛うじて堂上家に名を連ねていても所属は最下層の半家。位を貰えたとしても従三位が限度。毛利家は武家なので公家の大江よりも上の位を得ることはできません。なので、従四位下の位だけでは感謝しきれないと正親町天皇 [続きを読む]
  • 「小早川隆景と名島城・博多」感想
  • 隆景講座、第2回は九州での隆景の動向について主に名島城を軸にお話がありました。講師は福岡市埋蔵文化財センターの大庭康時さん。九州で大庭さん!と思ったんですが御出身は静岡・・・。残念ながらあの大庭さんのご子孫関係ではなさそうでしたが前回が四国、今回は九州と時系列的に繋がっているお話だったので大変面白かったです。考古学的な観点からすれば隆景が博多に入ったのは中世というよりも近世への過渡期。また、隆景の [続きを読む]
  • 2017年歴史講座まとめ(毛利氏や戦国関係、安芸中心)
  • 歴史講座が次から次へと押し寄せてくるのでここらでちょいと表を作っとこうと思います。ようはうちの備忘録です。気になるのをピックアップしたのですがすでに重なっているので多分全部は無理。7月1日(土)  「志道広良・道良父子と毛利元就の戦国時代史」   広島大学 岸田先生   白木公民館    13:30から16:30   申し込み:要 (6月30日まで)7月2日(日) 「安芸高田の山城調査最前線〜松尾 [続きを読む]
  • 小早川隆景展:感想
  • 三原で開かれている隆景展に行きました。三原にあるものだけではなく、ゆかりの地から色々と出てきていますし、今回初出品のものなどもあったので、かなり見ごたえがありました。特に徳寿丸時代の書状。きちんと徳寿って書いてあります初見だったのでじっくり見たんですが、何と言うか、一文字一文字とても丁寧に書かれていてゆっくり書いたせいか所々筆先が揺れてます・・・・。右筆にしては丁寧過ぎて、ひょっとしてこれ徳寿の自 [続きを読む]
  • 隆景講座「小早川隆景の伊予支配」感想
  • 三原で開かれた平成29年度の第一回の隆景講座に行って参りました。今年が築城450年ということで今年度は最後の講演会・・・・。どうせなら吉田の博物館のように毎年開いて欲しいなあと思います。隆景さんはぼちぼち人気が出ているようで、京都の黄梅院のついったーは隆景の名前が入ってからりついーとが伸びているのでこういう講座も継続して頂ければと思います。で、今回の先生は藤田達生先生。三重大学教育学部の先生で荘園 [続きを読む]
  • 関ヶ原で空弁当その3「関ヶ原と酒と空弁当」
  • 続いて小西さんとこの陣へかんとり〜ろ〜ど♪と歌いたくなるような綺麗な景色ですがこの道の先には幟がはためき陣所に続いています。辿りついたのは小西さんの陣所。小西行長も首謀者として処刑された方。そしてそのまた奥に大谷さんとこの陣所が見えてるはずです。意外と遠いなあ・・・・。多分田んぼを避けて陣を張ったからぽつんぽつんとなったんでしょうが、街道から一直線に来る相手に対し包囲網的な布陣・・・。東軍の魚鱗に [続きを読む]
  • 関ヶ原で空弁当その2「石田三成・島津義弘陣所跡」
  • 三成さんの陣所には馬防柵を復元したものが据えてありました。さすがは実質大将。本当はもっと下の原っぱにないと意味がないんですがね。と武将隊の福島正則さんが教えてくれました。で、少し小高くなっている丘をとことこ登ると石田三成陣所跡。この郭の南からは関ヶ原を展望することができます。最初は優勢だった西軍ですが南宮山に陣取っている毛利・吉川や長曽我部などは動かず、小早川秀秋が東軍に旗幟鮮明すると近くに居た他 [続きを読む]
  • 関ヶ原で空弁当その1「関ヶ原は原っぱだった」
  • 朝一のみどりの窓口で「広島から関ヶ原まで切符一枚」と発注し、行ってきました関ヶ原。本日は晴天なり。本当に雲ひとつない青空で気持ち良かったです。今年は出掛ける日が晴れることが多くて何だか嬉しいです。雨予報の宮島も結局くもりで、青空を時折真上に展開することができましたし、うん。関ヶ原は本当に「原」でした。ただッ広い!丘の小高いところではためく指しものもよく見えます。丸餅は黒田さんとこ。黒田長政が竹中さ [続きを読む]