トロロヅキ さん プロフィール

  •  
トロロヅキさん: 安芸の夜長の暇語り
ハンドル名トロロヅキ さん
ブログタイトル安芸の夜長の暇語り
ブログURLhttp://tororoduki.blog92.fc2.com/
サイト紹介文安芸の歴史について戦国時代は毛利元就から幕末の浅野長勲まで。主に毛利元就の春霞集の訳を扱っています。
自由文神楽や郷土情報番組など割と自由に書き綴ってるブログです。興味がある方はどうぞ!!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供36回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2010/12/30 19:51

トロロヅキ さんのブログ記事

  • 「瀬戸の鷹 小早川隆景」を読んで
  • 友から「瀬戸の鷹 小早川隆景」という本を借りました。(泉 淳著 叢文社 1989年発行)元就さんが広島弁だし、基本登場人物が広島弁(正確には備北言葉?)。と聞いていたので、わくわくしながらページを開きました。物語は郡山合戦の少し前から。武田氏家臣熊谷氏の話からスタート。元春の嫁さんの叔母さんの腰入りが熊谷信直と武田光和の間にひと悶着を起こします。そんな感じで、全国的にはマイナーな安芸国人達の名前が [続きを読む]
  • 「清盛・元就と宮島」感想
  • 秋山先生が宣伝なさっていた県立大学で開かれている「清盛・元就と宮島 −名誉教授菅原範夫先生収集近世資料を読み解く−」を出張がてら見に行きました。詳しくはこちらPDFファイルです。因みに扇で招いているのが清盛さん。女性に導かれている子どもが松寿丸時代の元就さんです。毛利元就の浮世絵であれば厳島合戦が有名です。陰徳太平記は江戸時代に三大軍記物と呼ばれるほどベストセラー。なので浮世絵にも結構題材として使 [続きを読む]
  • 「郡山城と城下の構造を再考する」講義録
  • 今日は秋山先生の講義を聴きに吉田歴史民俗博物館にいって参りました。先生が講座を吉田で開かれるようになられてから、もう27年も経つんだそうです。その中で「郡山城」をテーマに話をされたことが過去にも何度かあり、今回は過去のものをベースに城と城下町について再考されちゃったことをお話されてでした。確かに吉田郡山城はテーマになることが多く、過去の吉田の公開講座では、●三浦先生の「毛利の城」12●山城シンポジウ [続きを読む]
  • 「長宗我部元親と四国」感想
  • 今、伊予で月に1回ほど戦国時代の歴史講座が開かれているのです。「芸予土」の瀬戸内海挟んだ戦国時代のお話。石谷家文書など新出書状がまだまだ出てくるように、伊予と土佐と安芸の三国関係はまだまだ研究途上。そもそも長曽我部氏が四国統一したのかどうか、河野氏は毛利氏とどこまで連帯していたのか。まだまだ謎は尽きず、講座に行きたいのですが、10時までに松山行けない・・・。まあ、歎いていてもしかたないので、そうい [続きを読む]
  • 石見銀山展行ってきました
  • ちょっと時間ができたので、石見銀山展に行ってきました。出雲大社にお参りして、おみくじの結果に衝撃を受けてああ、やっぱりかぁと、とぼとぼ歩いていたら看板を発見。そうか!!銀山展してたんだ!!ありがとう!!神様!!と、中へ入りました。結果、入って良かったぁ!!!初見の展示品がたくさんあったのです!!図録と一緒に本多先生の本をゲットだぜ!!ポケモンNO!GO!の館内だけど!!これで一気にテンション上がり [続きを読む]
  • 「新出・隆景書状と厳島合戦前夜の山里合戦」感想
  • 先日、津田で行われた秋山先生の「厳島合戦前夜の山里合戦」を聴講しに参りました。市電廿日市駅から緑バスに乗って津田まで行きました。道中、御敷畑山合戦のあった峠を通ったんですが、すごいヘアピンカーブでした。その途中に、明石のバス停がありました。陶方の宮川さんと激戦になった場所で、亡くなったとされる岩がバスの窓から見えるんだそうです。私は見逃しましたが・・・。・・・ていうか、こんな急な所で戦ったん??と [続きを読む]
  • 父・毛利元就危篤につき
  • 墓前祭があったので、この間見た書状を。吉川家文書1209号書き下し文「先書に申す如く候、上の御煩い今度了簡に及ばず事に候、 御下の儀、いかが候はん哉。 勝事にて候、御心遣い申す事無き候、 元春御下向の事は、某許の趣によるへき候条 爰許より相定められ候て仰せられずの由、 輝元仰せられ候、其口又上口所々正体無く罷り成り候々 此の表の儀も分もなき体たるへき候 御相談折節ため隆家、信直、貞俊、道良御参上候 [続きを読む]
  • 西園寺公望、毛利元就贈正一位承認書
  • 元就さんの生前の階位は従五位下からスタートし、正親町天皇の即位に献金したことで従四位下になります。大江氏は源平藤橘から洩れている家で、数の少なさもあってかあまり政治的な活躍をしていません。そのため、辛うじて堂上家に名を連ねていても所属は最下層の半家。位を貰えたとしても従三位が限度。毛利家は武家なので公家の大江よりも上の位を得ることはできません。なので、従四位下の位だけでは感謝しきれないと正親町天皇 [続きを読む]
  • 「小早川隆景と名島城・博多」感想
  • 隆景講座、第2回は九州での隆景の動向について主に名島城を軸にお話がありました。講師は福岡市埋蔵文化財センターの大庭康時さん。九州で大庭さん!と思ったんですが御出身は静岡・・・。残念ながらあの大庭さんのご子孫関係ではなさそうでしたが前回が四国、今回は九州と時系列的に繋がっているお話だったので大変面白かったです。考古学的な観点からすれば隆景が博多に入ったのは中世というよりも近世への過渡期。また、隆景の [続きを読む]
  • 2017年歴史講座まとめ(毛利氏や戦国関係、安芸中心)
  • 歴史講座が次から次へと押し寄せてくるのでここらでちょいと表を作っとこうと思います。ようはうちの備忘録です。気になるのをピックアップしたのですがすでに重なっているので多分全部は無理。7月1日(土)  「志道広良・道良父子と毛利元就の戦国時代史」   広島大学 岸田先生   白木公民館    13:30から16:30   申し込み:要 (6月30日まで)7月2日(日) 「安芸高田の山城調査最前線〜松尾 [続きを読む]
  • 小早川隆景展:感想
  • 三原で開かれている隆景展に行きました。三原にあるものだけではなく、ゆかりの地から色々と出てきていますし、今回初出品のものなどもあったので、かなり見ごたえがありました。特に徳寿丸時代の書状。きちんと徳寿って書いてあります初見だったのでじっくり見たんですが、何と言うか、一文字一文字とても丁寧に書かれていてゆっくり書いたせいか所々筆先が揺れてます・・・・。右筆にしては丁寧過ぎて、ひょっとしてこれ徳寿の自 [続きを読む]
  • 隆景講座「小早川隆景の伊予支配」感想
  • 三原で開かれた平成29年度の第一回の隆景講座に行って参りました。今年が築城450年ということで今年度は最後の講演会・・・・。どうせなら吉田の博物館のように毎年開いて欲しいなあと思います。隆景さんはぼちぼち人気が出ているようで、京都の黄梅院のついったーは隆景の名前が入ってからりついーとが伸びているのでこういう講座も継続して頂ければと思います。で、今回の先生は藤田達生先生。三重大学教育学部の先生で荘園 [続きを読む]
  • 関ヶ原で空弁当その3「関ヶ原と酒と空弁当」
  • 続いて小西さんとこの陣へかんとり〜ろ〜ど♪と歌いたくなるような綺麗な景色ですがこの道の先には幟がはためき陣所に続いています。辿りついたのは小西さんの陣所。小西行長も首謀者として処刑された方。そしてそのまた奥に大谷さんとこの陣所が見えてるはずです。意外と遠いなあ・・・・。多分田んぼを避けて陣を張ったからぽつんぽつんとなったんでしょうが、街道から一直線に来る相手に対し包囲網的な布陣・・・。東軍の魚鱗に [続きを読む]
  • 関ヶ原で空弁当その2「石田三成・島津義弘陣所跡」
  • 三成さんの陣所には馬防柵を復元したものが据えてありました。さすがは実質大将。本当はもっと下の原っぱにないと意味がないんですがね。と武将隊の福島正則さんが教えてくれました。で、少し小高くなっている丘をとことこ登ると石田三成陣所跡。この郭の南からは関ヶ原を展望することができます。最初は優勢だった西軍ですが南宮山に陣取っている毛利・吉川や長曽我部などは動かず、小早川秀秋が東軍に旗幟鮮明すると近くに居た他 [続きを読む]
  • 関ヶ原で空弁当その1「関ヶ原は原っぱだった」
  • 朝一のみどりの窓口で「広島から関ヶ原まで切符一枚」と発注し、行ってきました関ヶ原。本日は晴天なり。本当に雲ひとつない青空で気持ち良かったです。今年は出掛ける日が晴れることが多くて何だか嬉しいです。雨予報の宮島も結局くもりで、青空を時折真上に展開することができましたし、うん。関ヶ原は本当に「原」でした。ただッ広い!丘の小高いところではためく指しものもよく見えます。丸餅は黒田さんとこ。黒田長政が竹中さ [続きを読む]
  • 「吉川元春とその時代」展:感想
  • お天気が良いので岩国に行ってきました。お目当ては吉川史料館で開かれている「吉川元春とその時代」展会期は3月16日〜6月18日なのですが行ける時にれっつらごーと行ってきました。天気がいいのでお城も見えます。土曜の雨と風で桜も散ったのかなと思ったのですが花の咲く時期がソメイヨシノよりも遅いしだれ桜はまだ咲いていました。散った後の赤と緑と薄紅が混じるのもなかなか風情があって私は好きです。散策をちらっとし [続きを読む]
  • 宮島・桜めぐり〜清盛の経塚から豊国神社まで〜
  • 多宝塔から桜の谷間をぐるっとまわると切りとおしに出ました。ついでなので切りとおしの先の清盛の経塚へ。丁度展望台のようになっており景色が一望できました。多宝塔も見えます。ズーム!とっても綺麗だったのでしばらく休憩して今度は大聖院まで歩きました。途中、滝の小路で古い石垣と桜を見かけました。苔むす石垣と桜の木。この組み合わせが好きです。大聖院を上がると食堂が開かれていたので六角うどんなるものを食べました [続きを読む]
  • 宮島・桜めぐり〜多宝塔〜
  • 宮島八景というのがありまして桜は大元浦と詠まれているのですが大元浦までちょっと遠いのでたちまち多宝塔へ。細い道の上に桜の木が生えています。本当はこの奥に樹齢数百年の大きな楠木があったのですがこれも残念ながら枯れて切り株だけ残っています・・・。階段の途中から見た厳島神社。谷間にも桜がたくさん。多宝塔が見えました!階段の両側も桜並木が続きます。多宝塔到着。皆さんお花見されてました。この多宝塔の丘から見 [続きを読む]
  • 宮島・桜めぐり〜厳島神社編〜
  • 桜が咲いたので宮島へ行ってきました。新調したカメラでばしばし景色を撮ってきました。人で混雑するフェリーを降りるとさっそく桜が!神社周辺よりも山際に桜が多いのですがまずはきちんと参拝をと一路神社へ。ううん、大分潮が引いています。宮島に行く時には潮汐表をみて出掛けます。宮島観光協会のHPで調べれるのですがあいにく、中潮・14時干潮・・・。どうせなら満潮の宮島も見たかったのですが雨の予報が曇りになっただ [続きを読む]
  • 元就関連史跡ウォークラリー
  • あ、行ってきました「わくわく元就ウォークラリー」元就さん関連の史跡を巡ってポイントゲットすれば豪華賞品がもらえる!因みに優勝賞品は高級和牛「元就牛」他にもお米とかお酒とか・・・・。ちょうどお米もないからお米でもいいな〜。あ、でもどうせなら元就牛がいいな〜・・・・。と配られたウォークラリーマップ。写真をヒントに関連場所を巡るもの。ああ、ここかと地図と参考資料片手にすぐわかりましたが、明らかに歴史より [続きを読む]
  • 益田の毛利元就饗応膳
  • 今回、試食できたのは饗応膳のほんの一部です。大内さんが将軍御成りの食事を出した献立数に比べると少ないのですがそれでも7献35菜3汁にもなる豪華なものだったようです。全てを復元するには今では捕獲できないものも含まれているので難しいのですが、レプリカの展示がありました。まずは初献手前の土器(かわらけ)にはお酒とそれから御湯漬けが入っていたそうです。例のお年寄りには固くてよう食べれんと言われたアレ・・・ [続きを読む]
  • 歴食サミット於益田・「毛利元就饗応膳」感想
  • 歴食サミットというものが出来ておりまして去年は発祥地・山口で大内御膳が食べられたのですが今回は益田、毛利元就を益田氏がもてなした時の再現料理を食べんがため益田まで行ってきました。匹見峡まではよく行くのですが、益田までとなると遠いので高速バスで行きました。・・・益田行きの高速バスで加計や千代田に行くこともできるんですね。じゃけ〜、予約いらんのかあと納得しました。ていうか、途中で津和野市通るので、市内 [続きを読む]
  • 永禄聞書「毛利元就の謀」
  • 私が毛利元就を好きになった、惚れたきっかけはその戦略の手際良さです。丁度、碁を習い始めた頃でした。最初はどんな地も殺したくなくて必死に打って石を助けようとしていました。でも、アテられた1目を助けようと石を置けばおくほど、大石が取られて投了。そういうことを繰り返すうちに、盤面の全ての石を救う事は無理で、諦めなければいけないこともあると学びました。株の世界でも何でも人は損をすればするほど損を取り戻そう [続きを読む]
  • 「大友ぶっつぶそうぜ!」戦国時代の島津と毛利
  • 島津家久が「八木の渡しで迷子になった!!」といいながらも天正前期のどんぱちしている時に安芸の国内を徒歩で旅行してる話や隆景が有馬温泉で休養中に島津家宛てに「有馬なう。秀長殿と一緒に湯治中。」と手紙を書いていたり、九州平定の仕置きでは島津との交渉は恵瓊と隆景があたっていたりと意外と島津と毛利は仲が深そうだなあと思ってちょいと調べました。が、国デジの大日本古文書家分けの公開になくて東編のデーターベース [続きを読む]