河野真樹 さん プロフィール

  •  
河野真樹さん: 河野真樹の弁護士観察日記
ハンドル名河野真樹 さん
ブログタイトル河野真樹の弁護士観察日記
ブログURLhttp://kounomaki.blog84.fc2.com/
サイト紹介文専門紙記者・編集長として約30年活動してきた法曹界ウォッチャーがつづる弁護士の付き合い方、生態、裏話
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供60回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2011/01/03 10:37

河野真樹 さんのブログ記事

  • 弁護士「プロフェッション」の行方
  •  この社会で、弁護士がいかに専門的職能として、筋を通せる存在であり続けられるかは、私たちにとって極めて重要で現実的な問題だと思います。彼らの抱える経済的事情によって、あるいは「政治的」とする批判によって、彼らが本来、手を差し伸べられるものに手を差し伸べられなくなったり、沈黙をすることは、結果的に社会にとって望ましくない、この職能の形であり、そのツケは結局、国民に跳ね返ってくるのです。 「プロフェッ [続きを読む]
  • 弁護士の「生存」と「改革」の価値
  •  いうまでもないことかもしれませんが、「改革」の結果をもろにくらっている現在の弁護士たちが、いかに生存していくか、という問題と、これから弁護士がどうあるべきか、という問題は、残念ながら一致しない、必ずしも同じ解決策が導き出されるとはいえません。 例えば、業界として最も深刻に受けとめられるべき志望者減にしても、現在の経済状態でも、弁護士は生存できるということを既存の弁護士が証明すればよし、と考える人 [続きを読む]
  • 「改革」と弁護士の「リアル」
  •  日弁連が「もっと知りたい弁護士の世界」と題した新しいパンフレットを作成しました。日弁連のホームページには、こう書かれています。 「弁護士と聞いてどんな人をイメージしますか?実は弁護士といってもその働き方や思いは人それぞれ。ドラマや映画で見かける姿は、ほんの一面でしかありません。もし弁護士について、もっとリアルな姿を見てみたい!と思ったら、ぜひこのパンフレットをめくってみてください。実際の弁護士の [続きを読む]
  • 日弁連の「失敗」への姿勢
  •  「日弁連は失敗を認めない組織である」という捉え方をする会員が以前より増えた印象があります。こういう話をすると、「いや、日弁連は昔からそういう体質だ」という一部ベテランの声も聞くことになります。日弁連の主導層のなかにある、ある種のプライドや運動方針的な考えから生み出される、「無謬性神話」を貫こうとする姿勢が、かつてなかったか、と言われると、判断は難しいものになります。 ただ、冒頭の印象は、明らかに [続きを読む]
  • 「普通の業者団体」という選択と欲求
  •  大きく括ってしまえば、日弁連・弁護士会には、弁護士法1条の弁護士の使命に由来する「人権擁護団体」という性格と、弁護士という資格者が加盟している「業者団体」という性格があります。しかし、現実的には、これまで圧倒的に前者の色彩が強い団体だったといえます。会主導層の意識も、ずっとそちらから会運営を捉えてきたととれました。 しかし、弁護士会外の人間と話すと、このことが日弁連・弁護士会という存在への理解に [続きを読む]
  • 「給付制」と「社会還元」をめぐる日弁連の印象
  •  昨年12月に法務省が発表した、司法修習生「給費制」の事実上の復活といえる、いわゆる「給付制」に関連して、確認した制度方針が法務省のホームページに掲載されています(法務省「司法修習生に対する経済的支援について」)。その「主な確認事項」には、平成29度以降採用予定の司法修習生(修習71期以降)に対する給付制度新設、給付金額、貸与制の併存とともに、次のような一文が書かれています。 「給付制度の導入に合わせ,司 [続きを読む]
  • 弁護士ポータルをめぐる認識とリスク
  •  ネット上で見る、弁護士のいわゆるポータルサイトについて、坂野真一弁護士が最近、自身のブログで、注意を促しています。 「例えば、あるポータルサイトが○○に強い弁護士を掲載していますとか、○○に強い弁護士を厳選しましたと記載していたとしても、それはまず、正確な表示ではない」 「サイト運営者が、弁護士に離婚に関する解決事案を提出させて審査するわけでもないし、そもそも弁護士の真の実力は実際に戦ってみない [続きを読む]
  • 弁護士「貧富」への認識というテーマ
  •  かつてのように左右(イデオロギー)ではなく、いまや上下(ベテランvs若手)で分裂していく(している)という見方は、弁護士会の一つの現実を言い当てています(「『左傾』とされた日弁連の本当の危機」 「弁護士会意思表明がはらむ『危機』」)。ただ、実はこれよりも、いまやある意味、もっと露骨に、そして切実に会員が感じ始めている分裂は、やはり貧富ではないか、と思います。 こう言うと、弁護士の中からは、この仕事では個々 [続きを読む]
  • 「生き残り」策に引きずられない法科大学院中核論
  •  法科大学院制度の見直し論をめぐり、法科大学院関係者や弁護士会内の制度擁護派が直視しようとしていない点があります。それは、率直にいって、今の方向が、制度存続のためのものなのか、それとも本当に法曹養成制度のためのものなのか、ということ。別の言い方をすれば、今、見えてきている方向は、本当にあるべき法曹養成から逆算されているのか、という点です。 いまや法曹界内多くの人の認識として、結果的に法科大学院は今 [続きを読む]
  • 「改革」の先に登場した「アディーレ」
  •  今では当たり前のような、弁護士とその利用者が広告によってつながる関係を、この方向を受け入れた、多くの弁護士が果たして本心から望んでいたのかといえば、甚だ疑わしいといわなければなりません。以前も書いたように、日弁連は弁護士の業務広告について、1987年に「原則禁止・一部解禁」、2000年に「原則解禁」と舵を切りましたが、当初、それを選択した弁護士たちの広告に対する反応は極めて鈍かったのです(「『改革』が曖 [続きを読む]
  • 弁護士の使命と事業者性をめぐる現実的視点
  •  一事業者である弁護士が、ある種身を削って、公益的な仕事を行っていくことの無理が、いまや普通に弁護士の口から聞かれます。弁護士法の「基本的人権の擁護と社会正義の実現」という弁護士の使命に対する解釈としては、あくまで有償案件、つまりは事業者として成立する仕事を手掛けるなかで実現されていけばよい(そうした業務のなかでも十分にこの規定が意味をなしている)ことの方を強調する人は、かつてから弁護士会のなかにも [続きを読む]
  • 弁護士「多様性」後退という結果
  •  弁護士の「多様性」は、利用者市民に直接跳ね返ってくるテーマといえます。専門的資格業という意味では、試験と修習を経て、一定の資質や能力が限りなく均一に備わっている、そのことを出来る限り、現実的に、資格が保証しているという形以上に、利用者市民が安心できるものはないはずです。資格のあり方としては、付与する側も、支える側も、それを理想として、あるいは究極の目標として、それに近付ける努力をすべきだし、その [続きを読む]
  • 法曹志望者減と「改革」の実相
  •  今回の司法改革の先に、深刻な法曹志望者減という事態が来るかもしれないことは予想できなかったのか――。ある意味、不思議なことですが、法曹界のなかで、弁護士の増員政策と法科大学院を中核とする新法曹養成制度導入の、一つの「結果」が現れた今、こういう問題の立て方をする人に、ほとんどお目にかかりません。現実的に弁護士の需要を含め、予想できなかったから(予想を間違えたから)、こういう結果になっている、というこ [続きを読む]
  • 伝わっていない司法試験「選抜機能」の危機
  •  千葉県弁護士会の及川智志会長が9月13日付けで、今年の司法試験結果を受けた声明を発表しています。合格者数を1000人以下とすることと、予備試験合格者数を不当に制限しないことを政府に求める、という基本的な要求は、2012年以来、毎年、司法試験結果を踏まえて、同会会長が声明として発表してきた内容と変わりません。ただ、今年の会長声明には、この要求の前に、次のような内容が加わっています。  「当会は、平成29年司法 [続きを読む]
  • 弁護士「心得違い」論に対する姿勢
  •  今回の司法改革が、この国の弁護士について浮き彫りにしたものの一つとして、弁護士に対する「心得違い」論の根深さがあるように思えてなりません。端的にいえば、弁護士の姿勢批判というべきもので、弁護士自身の姿勢転換の決断ひとつで、事はどうにでもなる、社会が利益を得る方向で改善し得る、という見方です。 そもそも「改革」は、マスコミの取り上げ方も含めて、そうした期待感を煽るものであったことは事実であり、さら [続きを読む]
  • 「改革」自己目的化への視線
  •  法科大学院関係者の中からは、相変わらず、制度存続のために、もっと便宜が図られていい、という論調が聞かれます(「法科大学院『本道』をめぐる現状認識と自覚の問題」)。そして、法科大学院の撤退に注目する大新聞も、これを批判的に取り上げてはいません。 最近も、朝日新聞が法科大学院の相次ぐ募集停止に注目しながら、司法試験合格実績が低い未修コースを実績校に絞ったり、大学法学部と大学院の連携を強める検討が始まっ [続きを読む]
  • 破壊された関係をめぐる無理への認識
  •  個人経営型の法律事務所が、当たり前のように新人弁護士の受け皿になり得ていた時代には、それなりに分かり易く、無理のない両者の関係が存在していました。経営弁護士が新人弁護士に期待したのは、自分が獲得した仕事を忠実にこなす労働力であり、新人はあくまで給料を与える労働者でしたが、そこには基本的に二つの認識があったようにみえました。 一つは新人が新しい仕事を獲得するのは所詮期待できないし、それは無理という [続きを読む]
  • 「改革」と弁護士処遇をめぐる誤解
  •  一時代前の多くの弁護士たちには、基本的に自分たちが社会から処遇されないなどいうことは考えられなかったと思います。少なくとも、正当に処遇されないかもしれないという不安感は、たとえ報酬に対する依頼者の不満に接することがあったとしても、希薄だったのではないでしょうか。 それは、この「改革」に対する彼らの当初の受けとめ方のなかでも、変わらなかったようにみえました。弁護士の間では、いわゆるこれまでの自分た [続きを読む]
  • 「町弁」衰退がいわれる「改革」の正体
  •  いわゆる町弁(マチベン)の衰退がいわれ続けています。業界内でも、その将来性についての悲観的見方は強まる一方にみえます。「改革」の増員政策の影響が直撃したのが、この町弁であるという見方も、いまや弁護士のなかでは一般的です。増えても需要は増えない「改革」の結果は、この仕事で従来主流だった個人開業型の弁護士モデルにとって、最も酷な経済環境をもたらした(「『自由業』弁護士の終焉」)。そして、その中からは、事 [続きを読む]
  • 「改革」が曖昧にした弁護士業と商業主義
  •  弁護士の業務広告の「解禁」が注目され出したころ、ある広告業界の人間が、これに懸念の声をもらしたのを覚えています。「弁護士・会は大丈夫だろうか」と。もともと全面禁止されていた弁護士の広告が、1987年に「原則禁止・一部解禁」となったときも、2000年に「原則解禁」となったときも、広告業界では、これに注目し、そこにビジネスチャンスがないかを模索する動きがありました。 しかし、当初、同界関係者からは、ほどなく [続きを読む]
  • 変わらない弁護士報酬「不評」から見えるもの
  •  相変わらず、弁護士会外の人間からは、弁護士報酬の高さについて不満の声を聞きます。ネットなどで情報にアクセスでき、弁護士側もかつてに比べれば情報開示に積極的になっているわりに、一般的には依然として相場観のようなものが形成されていない、ということは、以前も書きました(「弁護士報酬をめぐる不安感と不信感」)。  額の高さの不満には、どうして安くならないのかという根本的な疑問が張り付いています。弁護士の数 [続きを読む]
  • 議論すべきことを遠ざける「改革」推進派論調
  •  「弁護士報酬お布施論」といわれても、知らない弁護士はいまや多くなっているようです。「ミスター司法改革」といわれた、故・中坊公平弁護士が提唱し、その後、弁護士会のなかでも、現実離れ論の代表格のような扱いをされてきた論です。当初の「改革」論議そのものを知らない弁護士が増えているなか、それが言われたという事実を知らないのは当然ですが、はじめから弁護士は専門サービス業であると認識して、この世界に来た人か [続きを読む]
  • 法科大学院関係者の「印象操作」から見えるもの
  •  ある職業の養成過程がどんなに充実しているとうたっても、その職業自体に魅力がなければ、その過程を人が目指さなくても当たり前です。養成過程とその職業は、一体となって、そのことを考えなくてはならないはずです。養成過程の負担がその職業につくメリットを上回ることも、養成過程を存続させるために、職業自体の現状を考慮しないという発想も、本来、出て来ないはずと思えます。そして、今回の「改革」をめぐる法科大学院制 [続きを読む]
  • 「実現可能性」から逆算されていない弁護士像
  •  かつての司法改革論議について、触れた話をすると、以前から弁護士会のなかには、「いまさらそんなことをいっても仕方がない」といった反応をする人たちがいます。要は、「改革」路線は既に選択されてしまったのだから、これからどうすべきかを問題にすべきであって、過去を振り返るのは建設的ではない、というのです。 趣旨は分かりますし、こうした論調に納得される方もいるようですが、やはり不思議な感じがしてきます。選択 [続きを読む]
  • 弁護士の「地位」と失われつつあるもの
  •  「弁護士の地位」という言葉から、今、弁護士会内の多くの会員は、まず、どういうことを思い浮かべるのでしょうか。「改革」の増員政策によって、弁護士がこれまでにも増して、競争や淘汰を意識するようになるなか、経済的に恵まれている、高い社会的地位に、これまでのようにあぐらはかけない、という自省に向う脈略で、この言葉をとらえる人はやはり少なくないように思います。 しかし、思えば、一時代前まで、この言葉は、主 [続きを読む]