jhm さん プロフィール

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jhmさん: I shall be released
ハンドル名jhm さん
ブログタイトルI shall be released
ブログURLhttps://jhm1998.exblog.jp/
サイト紹介文函館のどこかを撮っています。たまに旅先の写真も撮ります。時々毒を吐きます。
自由文函館よ、世界に届け。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供202回 / 365日(平均3.9回/週) - 参加 2011/01/04 10:29

jhm さんのブログ記事

  • 船見町と弥生町の花たち
  • 西部地区の歩道には花がたくさん植えてある。そして、立派ものではなくとも、素朴な輝きで私たちの目をさりげなく楽しませてくれる。閉校になった西小学校の敷地道端沿いに、今年は刈られることも、踏みつけられることもなく伸び伸びと成長していた。ちょっとした空地にはさりげなくプランターで花を育てている。もちろん外人墓地にはこんなにたくさんのものも。そしてけっこう多いのが、歩道の植樹帯の使われていない土を利用して [続きを読む]
  • 私と三井グループとの関係
  • 今日中学校時代の還暦記念同期会が五島軒であった。そこで、「あの人は今」のような話をしているうちに、やれやれここ何年かは三井系と縁があるなと思った。まず今年の4月に東京に行った時、葉山の方の勧めで行ったのが、できたばかりの東京ミッドタウン日比谷だった。これは三井不動産が企画施工したものだった。そして、泊まったホテルが三井不動産系の「ホテル ザ セレスティン 東京芝」であった。またまた、昨年夏に泊まっ [続きを読む]
  • これらの夕景は何を話し始めるだろうか?
  • ここ何年かはあまり夕景を撮らなくなった私が久しぶりに撮ってみた。何かを狙うというより、こんな風に撮ってみたらどうなるのだろうかという単純な思いで撮った。いわゆる感動的な夕陽や夕景を撮るつもりは毛頭ない。大切なのは、そこに街や人や生き物たちが写っているかどうかだ。それが自分にとって大切だと思った。というより、自然にそんな写真を撮っていた。これらの夕景は10年後の自分に、あるいは人々に何を話し始めるのだ [続きを読む]
  • 猫の街、入舟町・船見町・弥生町
  • 十字街からドック方面に向かうと、大町あたりから急激に猫密度が高くなる。具体的な棲息数調査をしたわけではないが、実感としてそう思えてしまう。上の写真は、入舟町の山背泊を歩いた時に撮ったものだが、特別猫に会いたいと思っていなくても、ご覧の通り猫は当たり前のようにそこにいる。近付いてみる。こんなにいた。うち一匹が私に近付き、首ゴロゴロをねだってきたので(そのような顔をしていた)、やってあげたがその時は写 [続きを読む]
  • 入舟町の庶民の和洋折衷住宅の解体
  • 今日、町内会費を支払うためにすぐ近くの入舟町会館に行った。するとその向かいの家が解体作業中となっていた。建物は写真で見てお分かりになる通り、特別目を惹くような豪奢なものとはかけ離れたいたって庶民的な和洋折衷住宅だ。だから誰にも注目もされない。私もきょうたまたま町内会館に行かなければ気付かなかっただろう。でも、函館の街並を作るこのような庶民的な和洋折衷住宅は、知らず知らずのうちに街の大切なパーツとな [続きを読む]
  • 生まれて来た役割
  • 人生60年近く生きていると、自分の生きている中での役割がわかってくる。それは、その時は意識しなくても始めた仕事であるとか、普段の人間関係の中で自然とあてがえられる立場などから、自分という人間がこの世で存在している役割を自覚してくるようになった、ということだ。それは自然とそういう役割が与えられる機会が増えるとだんだん自分でも「そういう役割が自分にはあるのかな?」と思えてくるものだ。中には、他の誰かがや [続きを読む]
  • クラウドファンディングのリターン品、揃いました
  • 先日クラウドファンディングで写真集の資金調達をするとお話ししていましたが、出資に対するリターン品がやっと揃いました。本日はそのイメージだけですが、公式にReadtforのページが出来上がりましたら、正式にご紹介させていただきます。こちらの声に耳を傾け、ご協力いただけた関係者の方々には大変感謝しています。とても素敵なものになると思いますよ(笑)あっ、でもメインは私の写真集です。本人も忘れるところだった(笑) [続きを読む]
  • 自分の旅に出かけよう
  • 2014年より毎年必ず行っている奥入瀬、そして青森。今年は夏に行ってみたいと思っている。考えてみると、いつも秋にばかり行っていた。特別紅葉を目当てにしていたわけではない。たまたまのそのシーズンになると、というより雪が降る前までには行っておきたいからなのかもしれないが、毎年結局9月から11月の間に行っていた。今度は夏に行きたい。そして、行こう行こうと思っていただけで実現させていなかった、私の祖先が住んでい [続きを読む]
  • 人は脚から死んで行く
  • ある高齢者がそう言っていた。「だから毎日歩くようにしているんだよ」私もそう思う。でも、ただ歩くのも大変だ。長時間歩くには、時間を忘れる風景とそれを楽しむ自分が必要だ。私には幸い、西部地区というご近所とカメラがある。歩く理由はいっぱいある(笑)おかげで、酔いの勢い(体の麻痺?)があると本町から入舟町まで歩いて帰ることができる。はい、狙い目は酔った時です(笑)いつもお読みいただきありがとうございます。 [続きを読む]
  • 2013
  • 2013年、私にとっては鍵となる年だった。いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つの お願いします。(笑) にほんブログ村 [続きを読む]
  • プロジェクトは進んでいます
  • 時々お話ししていた写真集のプロジェクトは少し時間がかかりながらも進んでいます。現在、Readyforというクラウドファンディングと手続きを進めており、たぶん7月中旬にはその詳細をお知らせできるのではないかと思っています。函館が好きな方、特に、少し嫌いだけれどやっぱり函館が好きだという方には是非ご覧になっていただきたいものになるのではないかと考えております。クラウドファンディング、購入型のプロジェクト資金調 [続きを読む]
  • モートラックとグレントファース
  • 先日、あるバーでグレントファースを飲んだ。実はこれ、お任せでお奨めで選んでもらった2本の内の1本だ。選ばれたもう1本は、モートラックだった。こんな風に、さも知っているかのように話し始めたが、両方とも全く知らないシングルモルトだった。自宅でネット検索して初めて知るお酒だ。そもそも、シングルモルトだけでも夥しい数のものが出ているのに、その中の1種類など私には知る由もない。どんなに色々飲んでも、まだまだ知ら [続きを読む]
  • 平成は大地震の時代
  • 平成は震災の時代だった。まだ平成が終わったわけではないが、もういい勘弁してくれと言いたくなるほど、私たち日本人は目を覆いたくなるような悲惨な光景を目の当たりにされてきた。平成の震災による悲劇は北海道南西沖地震から始まった。それは平成5年7月12日午後10時17分、私はちょうど仕事から遅く帰り函館駅前付近を走っている時だった。突然車のハンドルが左側にぐいぐいと引っ張られた。右側に何度ハンドルを切ってもそれ以 [続きを読む]
  • 歴史の中の弁天町
  • あまり知られていないことですが、江戸時代から現在まで、函館において(旧亀田村は除く。江戸時代は市街地が全く離れていた。現代で言うと函館市と大沼ぐらい離れた感覚ではないかと想像する)その町名が残っているのは弁天町と大町だけなのです。どうしてそうなったのかという経緯はわかりませんが、弁天町は江戸から明治に変わっても函館の中心部の役目を持ち、人口が密集する函館でも重要な「街」であった。しかし、市電が整備 [続きを読む]
  • 今、函館で自分ができること
  • それは飲食店の紹介でもない。きっと黙っていても誰かがやるだろうし、実際たくさんの人が行っている。函館の写真を撮ること。これも誰でもやっていることでしょう。私もやっています(笑)ではあまり人がやっていないことは?函館を物語にすること。このような写真の中でも物語りがある。いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つの お願いします。(笑) にほんブログ村 [続きを読む]
  • 函館の写真集、作業開始しました
  • 以前作るとお話ししていました、函館の写真集、本日やっとクラウドファンディングの方と第一回目の打ち合わせをいたしました。クラウドファンディング、知らない方にはなじみのないものかもしれませんが、ネット上で資金調達をし、目標額に達したら資金が用意され制作にとりかかり資金提供してくれた方にリターンを提供するという「購入型」になると思います。提供する物は基本的にはネットによって調達されたお金を使って写真集を [続きを読む]
  • 何も語らぬ函館の人々(ブログ開始から8年半)
  • 函館に戻った年の翌年1月10日、このブログは始まった。それから今日でちょうど8年半になった。この記事で記事総数2,732。年平均でいうと約321の記事を投稿したことになる。勤務日数より多い(笑)ずっと誰かに媚びることなく自分の正直な記録として続けてきた。それは言葉で表現されたり写真で表現されたりしていた。とても個人的で一方的な記事の連続であった。そして、このブログを読んでいる人たちの声は聞こえてこない。それは [続きを読む]