としぼー さん プロフィール

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としぼーさん: 福島の戊辰戦争
ハンドル名としぼー さん
ブログタイトル福島の戊辰戦争
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/toshikatu0214
サイト紹介文福島県北地方を自転車で徘徊?しながら、歴史や自然を楽しんでいます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供34回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2011/02/06 17:12

としぼー さんのブログ記事

  • 最近の天体撮影画像
  • 最近晴れた夜がようやく訪れ霊山へと繰り出しています。アサシン彗星も現れ少しばかり賑わいを増しています!写真は・・スバル・ハート星雲付近アサシン彗星は次のページ!スバルはBORG9cm、その他はタムロンズーム150−600 150mmでの撮影です。赤道儀はビクセンSX2、MGENデザガイドです。 [続きを読む]
  • 秋はアンドロメダ座大星雲の季節!
  • 霊山と松ヶ房ダム駐車場で二日間撮影した写真を合成しました。両日ともに途中で曇ってしまい・・まともな時間を稼ぐことができませんでした・・BORG 90FL EOS60DaISO1600 1分露出×35コマ  5分露出×9コマビクセンSX2赤道儀 MGENオートガイダー使用 [続きを読む]
  • 水害で流失した幸橋と川原町の光景
  • いつの写真か不明なのですが伊達町と瀬ノ上の間に流れている摺上川で水害があったようです。アルバムの前後に国防婦人会伊達支部?のような集合写真がありますので大東亜戦争が始まる直前のころかもしれません。家並は川原町の民家のようです。現在ある火の見櫓付近から摺上川方向を見ると写真のように見えると言えなくもないです?ただ道の奥は摺上川の土手だと思うんですが・・ずーっと下がってますよね・・?現在は堤防が高いの [続きを読む]
  • hideki kobayakawaさんの写真の現地を見に行く!旧伊達町
  • 昭和の香りいっぱいです・・私が18歳で高校を卒業して社会人一年生のころ46年前の伊達町を疾走!!する福島交通軌道線。なつかしいですねえー。当時豊橋市からわざわざこの路面電車を撮影に来たhidekiさんのおかげで生き生きとした姿に接することができます。当時も私はカメラマニアで一眼レフも交換レンズも持っていましたが・・・あまりに当たり前すぎる電車の光景に目もくれませんでした。リアリズムをわかっていなかった・・ [続きを読む]
  • hideki kobayakawaさんの写真 現地を見に行く!
  • hideki kobayakawaさんの福島交通軌道線の写真を久しぶりに拝見しました!ずいぶん間がありましたが・・共に病を得て体を大事にしているこの頃です!さて福島に路面電車があったころの・・保原町中村電停付近の今昔です。左手のお宅の塀が同じなのが非常に判別しやすい目標となります・・塀に窓があって特徴的です。さて・・とにかくご覧ください!!どうですか・・ロマンチックでしょう!!現在は↓どうでしょう・・塀の窓の奥の [続きを読む]
  • コンテスト応募写真
  • そういえば・・2月に「リアル縄文写真コンテスト」というのがあったんです。それで二席に選ばれました!年金生活になりまして暇をこいてますので・・ちょっとチャレンジして楽しもうと思ったんです。この写真は選ばれたものではありませんが・・それより好きなのでまず貼ります! [続きを読む]
  • 久賀の大島護国神社と歴史資料館に立ち寄った
  • 世良修蔵は第二次長州征伐(久賀護国神社の案内板にも「長州征伐」記されていたので四境戦争という呼び方にこだわらないことにした)での周防大島の戦いで幕府軍を撃破するに功績があったとされているため、大島での戦争を見ようと思った。久賀の大島護国神社に行けばなにがしかの書き付けがあるだろうし途中に民俗資料館があり係員に気の利いた方に聞いてみたい気もした。歴史民俗資料館は平屋で数棟に分かれて渡り廊下でつながっ [続きを読む]
  • 久賀の大島護国神社と歴史資料館に立ち寄った
  • 世良修蔵は第二次長州征伐(久賀護国神社の案内板にも「長州征伐」記されていたので四境戦争という呼び方にこだわらないことにした)での周防大島の戦いで幕府軍を撃破するに功績があったとされているため、大島での戦争を見ようと思った。久賀の大島護国神社に行けばなにがしかの書き付けがあるだろうし途中に民俗資料館があり係員に気の利いた方に聞いてみたい気もした。歴史民俗資料館は平屋で数棟に分かれて渡り廊下でつながっ [続きを読む]
  • 世良修蔵の墓地・招魂碑から椋野をながめる
  • 大島周回道路から右手に折れて世良修蔵の墓目指して車を走らせるが、海岸から何ほども離れていないのに里山の景色があらわれて、道は狭くてカーブが多くて運転は難儀する。しかも場所がわかりにくい。ようやく案内板を発見し車を止めて手作りのような石段の急坂を登って行くと熊笹が視界をさえぎってしまって、ひどい山中をさまよっているような不安な気分になってくる。突然わけの分からないバタバタともガサガサでもないけたたま [続きを読む]
  • 世良修蔵の墓地・招魂碑から椋野をながめる
  • 大島周回道路から右手に折れて世良修蔵の墓目指して車を走らせるが、海岸から何ほども離れていないのに里山の景色があらわれて、道は狭くてカーブが多くて運転は難儀する。しかも場所がわかりにくい。ようやく案内板を発見し車を止めて手作りのような石段の急坂を登って行くと熊笹が視界をさえぎってしまって、ひどい山中をさまよっているような不安な気分になってくる。突然わけの分からないバタバタともガサガサでもないけたたま [続きを読む]
  • 周防大島 椋野の世良修蔵の墓
  • タイトルを「椋野の世良修蔵の墓」としたのは・・世良修蔵の墓はココだけではないからである。福島市稲荷神社の北東角にもあるし宮城県白石の白石城を望む丘の上にも立派な墓がある。さらに首実検の後で埋めたとされる白石市のすでに廃寺となっているが月心院の墓地にもあったようで現在では慰霊碑が建立されている。なお、この月心院というのは戦国の武将真田幸村の戒名をとったものだ。仙台藩と六文銭の旗印で有名な上田の真田と [続きを読む]
  • 周防大島 椋野の世良修蔵の墓
  • タイトルを「椋野の世良修蔵の墓」としたのは・・世良修蔵の墓はココだけではないからである。福島市稲荷神社の北東角にもあるし宮城県白石の白石城を望む丘の上にも立派な墓がある。さらに首実検の後で埋めたとされる白石市のすでに廃寺となっているが月心院の墓地にもあったようで現在では慰霊碑が建立されている。なお、この月心院というのは戦国の武将真田幸村の戒名をとったものだ。仙台藩と六文銭の旗印で有名な上田の真田と [続きを読む]