牟礼鯨 さん プロフィール

  •  
牟礼鯨さん: 夕立鯨油
ハンドル名牟礼鯨 さん
ブログタイトル夕立鯨油
ブログURLhttp://judachigeiju.tumblr.com/
サイト紹介文俳句、西遠歳時記
自由文浜松市での生活を基盤に俳句・俳文と俳句論について。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供1044回 / 365日(平均20.0回/週) - 参加 2011/04/09 17:30

牟礼鯨 さんのブログ記事

  • 聲もろともものを言ひたる夏野かな/岡井省二
  • 『前後』角川書店1991「声」と「ものを言ふ」こととが分離している。違う名があるのだから当たり前なのだけれど、同じものだという固定観念があった。夏野の上を意味のない響きとしての「声」と意味を持つ「ものを... [続きを読む]
  • 白鯨137
  • 摂関家は「廿」の横線を書かない傾向があるらしい。相即、対立しているように見える二つの事象が実は一体不離であること。俳農一如肉団心は心臓。焦門が儒仏道三教の思想を基盤とするなら今は何の思想を基盤と... [続きを読む]
  • 辞書買ふ
  • 「辞書買ふ」は春の季語でいいと思う、「入学」の傍題で。漢字辞典は新字源が好きだ。でも国語辞典を特にこだわったことはなかった。単語を引き出し焦点を当てられなければ語彙数に意味はないので国語辞典を買うことに... [続きを読む]
  • 白鯨136
  • 「語中に語あるを死句と名づく、語中に語なきを活句と名づく」『林間録』。我慢は、強い自意識からの慢心で負の意味を持つのか。「我慢するな」と言おう。俳句は乾屎橛。霊的なものがいるのは怖い、霊的なものが... [続きを読む]
  • 白鯨135
  • 『野ざらし紀行』の文「小夜の中山に至りて忽驚く」は、単に茶の香りで目が覚めたのではなく、仏教的な悟りの意味で覚醒した説。小夜の中山から名古屋へ赴き、冬の日の巻となる。〈鷺の足雉脛長く継添て/桃青〉な... [続きを読む]
  • 白鯨134
  • 果分不可説の顕教から果分可説の密教へ移行した岡井省二を読むために、読み手も十住心を進める必要があるか?俳句を仏教と言い切るには躊躇があるけれど、言葉の意味(我執)を溶かす詩は仏教と言えるだろう。以下... [続きを読む]
  • 白鯨133
  • 団体(法人格の有無を問わず)を信仰していないのは、組織化された思考を持つ個人は組織化されていない団体に打ち克てるという信念があるから。そもそも団体も個人の寄せ集めに過ぎない。『現代川柳の精鋭たち』北... [続きを読む]