とに さん プロフィール

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とにさん: 短い歌の日記
ハンドル名とに さん
ブログタイトル短い歌の日記
ブログURLhttp://tankayfugue.seesaa.net/
サイト紹介文短歌結社「冬雷」の掲載歌を中心とした雑記。
自由文バンクーバーで短歌を作っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供43回 / 365日(平均0.8回/週) - 参加 2011/04/15 13:12

とに さんのブログ記事

  • 坂道
  • この坂を休まず登れば良き事のあると思ひて今日も歩みぬ西村邦子(冬雷 2018年11月号)坂道はきっといつものウォーキングの通り道。でも時折つきあたってしまう困難と読むこともできそうです。これを登り切ったらきっと…そう思って長い坂、急な坂、見通しの悪い坂を人は登っていくのでしょうか。美しい薔薇の庭をお持ちのmimaさんに言われて初めて、11月はブログを更新していなかったことに気が付きました。8月に日本へ行き10月 [続きを読む]
  • ふところに猫
  • 寝るまへのこころすなほになりきたりふところに猫をいれて枕す筏井嘉一(1899-1971)私の好きな歌。最近、我が家の猫も布団で一緒に眠ります。毛玉ができやすい体質なので、こまめに毛玉にハサミを入れてとってやらねばならないのですが、私が長期で留守をしている間はそれがかなわず。泣く泣くヘアカットに連れて行きました。がちがちに固まった毛玉を放っておけば猫は痛がるし、皮膚病にもなりかねません。このライオンカット(タ [続きを読む]
  • アルベニス
  • 太陽の光がいかにもたよりなくなってきて、いよいよ「長い暗い冬を乗り切るための曲」を考える季節がやってきました。どこまでも冬の空気を追及しようとばかりにロシアものにのめりこむ年と、いやせめて音楽の世界では青空をと南国の音楽を選ぶ年とあるのですが、今年は後者になりました。取り出したるはスペインの作曲家、イサーク・アルベニス。その名曲「ラ・ベーガ」の楽譜を再び開きました(これまでに何度、投げ出したことで [続きを読む]
  • 雨降りだしぬ
  • けものらが庭のりんごを食む音の絶えれば冬の雨降りだしぬ昨年の秋に私が作った歌です。でも、よく観察してみたら、りんご(種類不明)より和梨(長十郎)のほうが鳥や獣には人気がありました。りんごは紅玉のように酸味が強いからかもしれません。日中に梨を食べているのは主にヒメコバシガラスのチビ太一家と大きなクロリス。明け方にサクサク、シャリシャリと聞こえてきますが、何が来ているんでしょうね。この夏はたいそう疲れ [続きを読む]
  • 実家にて
  • あまり外出ができない状態なので、思い切って物置の片付けを始めましたら発見がひとつ。父方の祖母も短歌を作っていました(びっくり!)。長年教職にあった祖母は理系で数字第一でクール&ドライな人だと思っていたけれど、万葉集を愛読していたことを初めて知りました。その祖母が昭和55年12月14日に作った歌も出てきました。しもばしらの霜立ちたるがうれしくて庭におり立ちシャッターを切る特にどうということのない歌ですが、 [続きを読む]
  • 日本
  • 8月の終わりから家族の事情で日本に帰って来ています。猛暑にもまれてふらふらになった日々も過ぎ、今日はほっとするような穏やかな気温です。一緒に来てくれた夫は一足先に、さきほどカナダに帰っていきました。この相棒がいないと、私の喜びは半減、悲しみは倍増します。でも留守番のひみ猫はとても喜ぶことでしょう(お土産はちゅ〜るです)。人生は色々、色々、ありますね。余命一ヶ月と言われた父が、私の夫と別れ際に握手を [続きを読む]
  • われに歌ある
  • われに歌あるをしみじみうれしみて施設の部屋に真夜をペンとる冨田眞紀恵(冬雷 2018年8月号)これまでの人生には山場らしきものもいくつかあり、それなりにがんばって乗り越えてきた…なんて自分を振り返るのだけど、実際はまだまだこんなものではないのだろう。もっと大きな険しい山が待っているのだろう。耐えられるだろうか?いや、できるできないの問題ではない。避けられないのだから。そんなことを考えていると、実家の母 [続きを読む]
  • FUKUSHIMA
  • 除染作業終りましたの電話聞くふるさと棄てし妻の背を撫づ町田勝男(冬雷 2016年11月号)よどみなく、淡々と、静かに、歌は詠まれていて、だからこそ私は「妻」の抱える言いようのない悲しみや憤りや虚しさを知るのです。その背にそっと手を置いた作者の心情も。先週、カリフォルニアのナパ・バレーのワインから放射能が検出されたというニュースを読みました。見出しにFUKUSHIMAと大きく出ていてどきっとしました。ごく微量だそ [続きを読む]
  • 海岸に
  • 海岸に立つてゐる様な日があるよ浚われたい様な残されたい様な冨田眞紀恵(冬雷 2018年6月号)どこか遠くへいっそ行ってしまいたい。どこへ?ここではないどこかへ。ああでも、そんな場所はないのに。そんな思いに揺れる日もあります。寄せては返す波のように。 [続きを読む]
  • 風を切る
  • 春を待たずに亡くなった友人の自転車を譲り受けました。これが電動アシスト付き自転車。実は大河の源流を目指すアドベンチャーをもくろんでいて、ちょっとハイスペックなマウンテンバイクを買おうと思っていた私は、「え〜エレクトリックバイク?乗らないと思うけどなあ…」。その舌の根も乾かぬうちに、楽しんでいます。何しろここは坂の多い港町。どこへ出ても帰りは長いだらだら上り坂。我が家が遠い。そんなときも電気の力であ [続きを読む]
  • 海へ!
  • わたの原漕ぎ出でて見れば久かたの雲ゐにまがふ沖つ白波法性寺入道前関白太政大臣「大海原に漕ぎ出してみると、雲と見まがうばかりに沖のほうには白波が立っていることよ」ようやく夏らしくなってきたある日の午後、私も海に出ました。波間を滑るように進む友人夫婦とは対照的に、ぎっくり腰中の夫と両手腱鞘炎の私のカヤックは呼吸が合わず、櫂がからんだりあわや岩礁にぶつかりそうになったりもたもたしては、小競り合い(海に出 [続きを読む]
  • 風よ 雲よ 陽光(ひかり)よ夢をはこぶ翼遥かなる空に描く「希望」という字をひとは夢み 
    旅していつか空を飛ぶ風よ 雲よ 陽光(ひかり)よ夢をはこぶ翼遥かなる空に描く「自由」と
    いう字をOh, wind, oh clouds, oh sunlight!You're the wings that carry my dreams,You write across a distant skyWords of insp
    iration.So did people once travel in.. [続きを読む]
  • ユリノキ開花
  • 朱色より若草色へのグラデーション魅惑にあふれるユリノキの花この季節自転車に乗り又来よう隣町のユリノキの花酒向陸江(冬雷 2017年7月号)ユリノキを見るために自転車で隣町まで出かけていく。そんな作者のはずむ気持ちが伝わってきます。季節ごとの小さな楽しみを持つのは素敵なこと。今年も作者はユリノキの花を見られたでしょうか。私の近所のユリノキもようやく開花しました。灯がともっているような不思議な花です。ここ [続きを読む]
  • ピアノ 言葉
  • いつもどうもありがとう。あなたがいなかったら歌えない。Hさんはそうおっしゃって、こんなに美しいチューリップをくださったのでした。シニアの人たちの歌う会で、ボランティアとしてピアノを弾いています。初回の参加者はたったの一人でした。需要がないのかもと途方にくれたこともありますが、回を追うごとに人数が増えました。続けてみるものですね。つたないけれど、ピアノも私の言葉だと思っています。人に出会う手助けをし [続きを読む]
  • 宇宙の塵が降り注ぐ
  • 眠りたる犬の鼻孔に吸われゆく宇宙の塵も混じる朝風(須藤紀子 冬雷2018年3月号)犬が穏やかに眠る朝。宇宙塵の降る朝。同じ作者の他の歌から、飼い犬が年老いていくつもの病気を抱えていることが読めます。きっと眠る時間も長くなっているのでしょう。地球が広大な宇宙とつながっていて、人間を含めた地球に住むあらゆる生き物の命は、気の遠くなるような長い長い宇宙の歴史の中にある…。そう考えるときかけがえのない小さな命 [続きを読む]
  • 桜の歌
  • 東京の桜はもう終わってしまったそうですが、私の町ではまだまだ。冬雷2017年7月号より桜のある優しい情景を詠んだ歌をご紹介します。駆け抜ける春をいとしむ桜花散りても道を埋めつくしゐる(三木一徳)散る花を追ひかけ遊ぶ園児らを見つむるマリアも花びらのなか(山口嵩)ふはふはと川面に乗るる桜花子犬の座るカヌーも下る(大野茜)あいにくとこちらは本日も雨です。"April Showers"という歌には「四月の雨は五月の花を連れて [続きを読む]
  • 私の川 あなたの川
  • Riverとはピアノの師にはドナウ川生徒のわれには隅田川なりこんな歌を作ったのはある日のレッスンの後でした。低音の和音群に差し掛かったときに、大河のように。堂々とした流れのように響かせて。こう言われました。ふうむ…。あの、やはり先生にとっての川というと?「もちろんブダペストを流れるドナウですよ。もう故郷を離れて60年たちますがね。」祖国をこよなく愛する先生ならではのお答えでした。しかし悲しいかな、私はド [続きを読む]
  • 大丈夫
  • 大丈夫きっと元気になりますよ何があってもこの世のことです谷田律子(冬雷 2018年3月号)同じ作者の別の歌から読めるように、これは大切な人を亡くした友人を慰める言葉なのでしょう。語りかける調子がそのまま柔らかい歌になりました。がんばってと言われるより、大丈夫、きっと大丈夫よ、と静かに言われたい。そんなときがあります。週末。最近亡くなった友人の奥さんから電話があり、一緒に食事に出かけました。夫君の長い闘 [続きを読む]
  • 蜂の集う庭を目指す
  • ようやく仕事も一段落。何週間も昼夜逆転の引きこもり生活を続けた後では、外の世界のなんとまぶしいこと。まだまだ寒くて雨も多いけれど、バンクーバーの春もすでに始まっていました。一匹の働き蜂が死ぬまでに集むる蜜はスプーン一杯の量(かさ)ひたぶるに花蜜を集め五十日の命を終ふる蜜蜂哀れ水谷慶一朗「都市養蜂」(冬雷2017年10月号)ビル街の屋上に巣箱を置いた都市養蜂についての一連の歌を興味深く読んだ後、決めました [続きを読む]
  • 恐竜の子孫
  • 恐竜の時代はとうに過ぎ去れど小さき子孫は今日も空ゆく2年前の今頃に作った歌。恐竜は鳥類に進化して生き延びたという説があります。この歌を読んでくださった方から、きっとカナダにはさぞや珍しい鳥がいるのでしょうね、と言われましたが、いえ…実は私が出会った「恐竜の子孫」とはカラスなのでした。飛行中のカラスの姿にプテラノドンを思い出したのです。飛べないヒナを保護して以来、カラスは身近な存在になりました。その [続きを読む]
  • 春のお別れ
  • 去年から悲しい、寂しいことが続きます。先週、ひとりの友人が亡くなりました。今日はお葬式でした。友人は私より少し年上。リタイヤしたらあれもしたい、これもしたい。何より時間に追われずに一日を過ごしたい。そんな夢をよく話してくれたけれど、ひとつもかなえないうちにあっという間にこの世を去ってしまいました。ただひとつだけ、「モルヒネも効かない」という耐えがたい長い苦痛ともう友人が戦わなくてよいことが救いです [続きを読む]
  • 卑しい鳥
  • 土の上ころがしころがし黄の色の濃き金柑を突く鵯黄色濃くなりたる実より啄みゆく鵯よおしまい金柑を捥ぐ青木初子(冬雷 2017年5月号)作者が大事にしているであろう金柑。それを狙う鵯(ヒヨドリ)が「熟したものから食べてしまう」のに作者は苦笑しつつも、「ころがしころがし」つつく姿に憎めないものを感じて、「さあもう十分食べたでしょう。これでおしまいよ」と語りかけています。何かほのぼのとしたものを感じます。とこ [続きを読む]
  • 服を着た犬
  • 雪残る歩道を胴着の犬が来る真面目な面に引かれて来たる赤羽佳年(冬雷 2016年5月号)「来る」「来たる」と繰り返して服を着た犬が歩いてくるさまを描写しつつ、「真面目な面」というところで飼い主のことを推測しているのでしょうか。(ああ犬も寒かろうと服を着せたのだな、犬に服とはなんだかおかしいが、と)。ユーモラスな調子の良さも手伝って、一度読むと頭から離れなくなる歌のひとつです。うちの猫は服とは無縁です。自 [続きを読む]
  • 音は疲れる
  • こんなニュースを読みました。http://www.standby-media.jp/case-file/172686なんだかとても疲れそうです。ドビュッシーだろうがショパンだろうが「ヒーリング音楽」だろうが、自分が主体的に聞きたい場面以外で音楽を流される。それは私には苦痛でしかありません。店内、駅構内、どこでだって嫌だけど、特に電車なんて逃げ場所がないでしょう。もちろん、これがたとえ敬愛するかの大バッハの「ゴルトベルク変奏曲」(グールド晩年 [続きを読む]
  • 南の枝の
  • 桜木の下を通れば心なしか南の枝のほのぼのとして永田つぎ(冬雷 2015年6月号)この歌が詠まれた頃はまだきっと冬。でも桜の木の南にあるほうの枝が少し違う。そのことに気が付いて、思わず作者は立ち止まる。枝が「ほのぼのとして」いるのは芽ぶきの兆候でしょう。そして作者の心もほのぼのと温まったのでしょう。優しい言葉遣いに春を待つ心が現れています。バンクーバーも週末は雪でした。でも強い西風が厚い雲を吹き飛ばし、 [続きを読む]