yuki さん プロフィール

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yukiさん: くぐる鳥居は鬼ばかり
ハンドル名yuki さん
ブログタイトルくぐる鳥居は鬼ばかり
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/sadisticyuki10
サイト紹介文青森県は津軽を中心に、坂道・神社・歴史的建造物等々を紹介しております。
自由文自由気ままに…
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供377回 / 365日(平均7.2回/週) - 参加 2011/04/15 17:37

yuki さんのブログ記事

  • 大池神社 (十和田市)
  • 十和田市相坂。大池神社例大祭。田園風景が広がる十和田市相坂地区にて五穀豊穣を願う人々が足を運ぶ古社。青森県産業技術センター藤坂稲作部のある田面地域で、約千年前に稲作が始まったとされ、そこで必要不可欠な水源地に水神様を祭ったのが始まりとされています。大池大明神として祭られてきましたが、相坂地区が西へ広がったことに伴い、室町時代末期に現在の場所に遷宮。以後、地域に親しまれ、例大祭では地元の市立藤坂小児 [続きを読む]
  • 七滝 (秋田県鹿角郡)
  • その昔、七滝村には、「毘 孫左衛門」という大地主がいました。滝には不思議な力があると村人が恐れられ、物を投げることが禁じられていました。あるとき彼は村々に自分の力を誇示するために七十余棚の薪を山の上から落としました。薪が四段目の滝つぼに落下すると天地を揺るがす大鳴動がおこり苦痛のうめき声が不気味に響き渡り、その薪は二度と浮かび上がりませんでした。今更ながら滝の恐ろしさに震えあがり病の床についた孫左 [続きを読む]
  • 亀麿神社 (金田一温泉緑風荘)
  • 金田一温泉緑風荘五日市氏宅(岩手県二戸市金田一)は、南北朝期以来の旧家を称し、以前の建物は130年ほど前のもので、座敷わらしの古い伝承のあることで知られています(平成21年10月の火災にて亀麿神社以外の建物は全焼。平成28年5月から営業再開)。座敷わらしとは旧家に住み、その家の運命に関係あると信じられている精霊。家に幸いをもたらしたり、火事の前ぶれに現れるともいいます。5-6歳位の赤顔の幼児が白装束をまとい、 [続きを読む]
  • 金田一温泉薬師神社
  • 岩手県二戸市金田一。緑風荘の周囲には三浦哲郎の文学散歩道などがあります。温泉神社(薬師神社)100m・三浦哲郎ゆかりの家(180m)方面に行ってみました。であいばし(通称・ほたるばし)…『この長川の上流にはホタルの棲息地がありシーズンにはこの界隈でもホタルの飛び交う姿が見られます。』であいばし上より長川。ダンジャ坂。三浦哲郎の父の実家の屋号「壇沢」の読み「ダンジャ」に由来。自然に囲まれたダンジャ坂を進みま [続きを読む]
  • 分教場講堂 (二戸市)
  • 金田一温泉郷の三浦哲郎文学散歩道です。分教場講堂は長川小学校跡地で一部金田一温泉公民館になっております。この門は旧長川小学校の門かな。長川小学校跡碑。裏面碑文「長川小学校沿革」(昭和50年3月長川小学校閉校式協賛会)…『故アリテ湯田ニ蟄居中ノ熱血ノ学者小田為綱明治四年コノ地ニ私塾ヲ開設シコレヲ長川学校ト称ス 明治十一年教育令ニ基スキ官学長川学校トナリ明治十九年小学校令ニヨリ長川小学校トナル以耒星霜百有 [続きを読む]
  • 大明神鳥居など (三戸町斗内森ノ脇)
  • 青森県三戸郡三戸町斗内森ノ脇。上本村・中本村・下本村とありますが、中本村付近です。謎の大明神鳥居。鳥居の先の建物は中本村部落集会所。集会所の中に祀られているのか(黒石市牡丹平の福民神社パターン)、それとも神社跡地に集会所が建ったのかは不明です。残念ながら地元住民も一人も見かけませんでした。よって不明のまま。もやっと!笑集会所から少し離れた場所に鳥居が見えたので向かってみました。先程の謎の大明神鳥居 [続きを読む]
  • 鹽竃神社 (新橋)
  • 東京都港区新橋にある新橋塩釜神社。塩釜公園の沿革…『江戸時代、この公園の場所は、仙台藩主伊達家の中屋敷内にあり、鹽竃神社の境内になっていました。この神社は、はじめ元禄8年(1695年)に今の東新橋にあった伊達家上屋敷内に、領地の鹽竃神社本社から分霊を迎えて祀られていたものが、安政3年(1856年)に移転され、邸内社として私に祀っていました。その後一般の人々にも参拝を許し、本社に同じく安産の神様として信仰を受 [続きを読む]
  • 土屋御番所 ・ ほたて広場
  • ほたて広場(青森県東津軽郡平内町土屋鍵懸)です。かつての土屋村で、はじめ弘前藩領、明暦2年分家黒石領、文化6年黒石藩領。黒石藩領と弘前藩領の境界に位置するため口留番所が設置されました。嘉永3年の松浦武四郎「東奥沿海日誌」には「下りて浜路暫く行て土屋村番所。此処にて出入の往来切手の裏判をする由也。側に漁家壱弐軒。又少行人家三軒」とあります。土屋御番所由来…『この土屋御番所は、明暦2年(1656年)に、黒石藩 [続きを読む]
  • ほたて観音 ・ ほたて供養塔
  • ほたて供養塔(高さ約6m・周囲約5m。自然石)。昭和59年7月17日に青森市港町に建立されたもの。毎年6月には「ほたて供養祭」も執り行ってきましたが、平成17年3月に平内町土屋地区に「ほたて広場」が完成する運びとなったことから、同地において永くほたて貝を供養すべく移設。台座碑文…『むつ湾産のほたての歴史は古く明治以前にさかのぼる。然し十年近い周期での自然発生の恩恵のみのため毎年生産する方途をさぐるべく多くの指 [続きを読む]
  • 若宮八幡宮 (十和田市沢田)
  • 十和田市沢田田屋。十和田市立沢田小学校隣。陸奥沢田郵便局裏手。かつての沢田村。沢田氏系図に「(盛岡藩主)利直公、慶長16年10月12日付八百石、其実797石8斗9升5合也を賜ふ、御黒印あり」と見えるように、江戸初期は沢田氏の知行地でした(その後知行地は失われています)。当村は地勢に恵まれ、生内川を利用して早くから開拓されています。寺院として五戸高雲寺末沢田山東光寺(寛文4年僧逸暁開山)、また三日市に白山神社( [続きを読む]
  • 六日町田んぼアート (十和田市)
  • 今年も話題の田んぼアート。皆さんはもうご覧になりましたか?うん?田舎館村田んぼアート?!何ですかそれ?青森県内で田んぼアートといったら普通はこれでしょう…六日町地区癒し系田んぼアート!!(※田舎館村田んぼアート関係者の皆様。華麗にスルーして下さい。)十和田市相坂。六日町地区保全管理委員会。田んぼアート自体は六日町地区ではなく、相坂字箕輪川原です。え〜っと…向って左から…たけのこ!熊!竹!う〜ん…臼 [続きを読む]
  • 桜木神社 (大館市)
  • 秋田県大館市花岡町姥沢。花岡桜町。かつての花岡村。寛永元年開村という繋村以下、神山・姥沢・栩内(鳥内)・土目内・新山(二井山)・大森の7ヶ村を枝郷に擁し、下内川流域の寄郷12ヶ村の親郷に指定されています。昭和30年に矢立村と合併して花矢町となり、昭和42年から大館市の大字。市立花岡体育館の裏の桜町會館裏手。かつてここには岐美二柱稲荷神社が建っていたそうですが、地盤沈下により花岡町字神山に移転。隣りに建っ [続きを読む]
  • 松下村塾跡 (竹村記念公園)
  • 大館神明社裏手、神明児童公園隣り。竹村記念公園と松下村塾について…『竹村記念公園は、竹村吉右衛門(1900-1984)が、萩市の松下村塾と原寸たがわずに摸築した場所にあたる。本市に生まれた吉右衛門は、大館鳳鳴高等学校の前身、大館中学校を経て、東京商科大学卒業後、安田銀行に入行。昭和18年本店営業本部長、昭和28年安田生命保険相互会社取締役社長を歴任した。晩年、安田生命(現明治安田生命)相談役にあった吉右衛門は [続きを読む]
  • 田名部神社 (むつ市)
  • 青森県むつ市田名部町。本州最北下北半島總鎮守田名部神社。御祭神は昧耜高彦根命、誉田別尊、宇曽利山大山祇大神、管下神社大神。恒例祭1月1日・8月20日。例祭(田名部まつり)は8月18日から3日間(かつては旧暦7月18-20日。明治3年より現在の日程。)行われ、市民はもちろん下北郡下の夏祭として盛大に催されています(下北最大の祭り)。北前船によって伝えられた京都祇園祭の流れを汲むもので、「北のみやび」とも称され、お囃 [続きを読む]
  • 実相寺 (一戸町)
  • 岩手県二戸郡一戸町一戸大沢。盛岡藩領。享保20年より福岡通に属します。邦内郷村志によりますと神社は八幡社・神明社・稲荷社、寺院に曹洞宗広全寺・浄土宗実相寺・黄檗宗吉王寺が見えます。南無阿弥陀佛。山門前の石塔。「不許五辛酥肉入門」「庚申塔(文政10年正月吉日)」。こちらは墓碑・庚申供養塔。廃仏毀釈の絡みか中央の仏像は首なし。六地蔵。山門。さて、実相寺のイチョウという看板がやたらと目についたので急遽やって [続きを読む]
  • 茂内神社 (大館市)
  • 秋田県大館市茂内膳棚下。私の地図では「龍神社」とありました。かつての茂内村。慶長8年村高40石余と推定。元和年間に諏訪台を中心に大茂内(新田)村を分出、天和3年には東方の長木川上流域部をも雪沢(新田)村として分出。正保国絵図、元禄7郡絵図では郷形を現在の小茂内付近に図示。それでも両絵図とも長木川上流部の茂内屋敷村を茂内村枝郷と注記するも、享保郡邑記以後この枝郷も雪沢村枝郷となります。長木沢八百八沢と称 [続きを読む]
  • 大館神明社 〜 其之弐
  • 『大館神明社』からの続き。拝殿内。幣殿・本殿。拝殿横の絵馬。絵馬。猿田彦太神(大舘總願主・安永4年7月)・田代山。猿田彦大神。庚申塔。椿神社。貯蓄紀念碑(維持明治25年11月3日設立)。神明社寶物殿記念碑(明治20年生同年會)。碑文省略。石川孫市碑(正三位勲四等侯爵佐竹義春篆額・大正2年10月4日建・鹽谷時敏書字)…『君名孫市幼名宇之助石川氏自?祖至父皆稱孫市母竹田氏以寛政五年正月十六日生其先常陸國人高祖来住 [続きを読む]
  • 大館神明社
  • 秋田県大館市中神明町。神社前にある「羽州街道(大館)」より…『江戸時代の初め、国内の交通路は幕府の命令によりすべて江戸を中心に整備が進められました。そもそも参勤交代や領内巡視、鷹狩りなど"公用"に使うためのもので、住民や旅人の往来は制限され、藩境に設けられた関所・番所で取り締りが行われていました。羽前(現山形県)と羽後(現秋田県)の領内を縦断していたところからその名がついた羽州街道は、仙台藩桑折(現 [続きを読む]
  • 釈迦内サンフラワープロジェクトのひまわり畑
  • 秋田県大館市釈迦内高館下。高館公園テニスコート近くのひまわり畑特設会場。7月末から8月上旬頃に「ひまわりフェスティバル」が開催され、ひまわりアイスやオリジナル商品の販売が行われます。私はお盆も過ぎた頃にたまたま通りかかって見つけたので、残念ながらひまわりはほとんど下を向いておりました。釈迦内地区において、昔から地域に根ざした言葉である「向陽」と歴史的関わりが深いことや、「向陽学校=釈迦内小学校の前身 [続きを読む]
  • 男神岩 ・ 女神岩 (馬仙峡展望台)
  • 岩手県二戸市石切所。実は何度も挑戦しようと思いながらも、高所恐怖症のため、行くことができませんでした。せめて柵があればね。恐らくあそこに余裕で立てるのは船越英一郎さんぐらいです。結構登っている方はいるようですが。男神岩の頂上をズーム。祠が見えます。この風景を見て、ふとブラタモリ(京都・東山)の京都の比叡山・大文字山を思い出しました。タモリさんみたく、さらっと「う〜ん…泥岩ですかね…変成を受けてます [続きを読む]
  • 上里の山神 ・ 八幡宮 (二戸市)
  • 岩手県二戸市石切所。鎮座地は小壁平。上里沢との境。参道入口(男神岩・女神岩登山道入口)付近に念佛供養塔があります。ダンヌ坂上。近くには二戸市消防団第四分団第四部屯所があります。ダンヌ坂下にはエゾの館跡「チャシ」と推測されている石切所館・蒼前館。その向こうには大崩崖も見えます。念仏供養塔の紀年銘は嘉永7年(1854)。天保の文字が見えます。天保の飢饉の餓死者供養のようです。「名勝男神岩・女神岩・歩道入口 [続きを読む]
  • 薬師堂 (二戸市石切所)
  • 岩手県二戸市石切所横長根。途中小川を渡ります。跨げる幅ですが。奥山地区の水源となっている場所です。ちなみに薬師堂は男神岩・女神岩(馬仙峡展望台)に行く途中にあります。地図では薬師堂の先、コワ坂に蒼前様があるようですが見つけられませんでした。道幅が狭いので運転に集中していて見逃したのかも知れません。櫛引八幡宮第48代別当普門院小笠原健之助が奥山に住んでおり、相馬大作から兵書武術を学び、後に田中舘彦右衛 [続きを読む]
  • 賽ノ神のエドヒガン (二戸市)
  • 奥山と上里の境にある賽の神。村境を守る道祖神です。ちなみにGoogleMapでは「馬頭観音の祠と鳥居・賽の神のエドヒガン」と表示されます。男神岩・女神岩展望台に向かう途中にあります。正面奥に見える巨木は「賽の神のエドヒガン」として知られているようです。エドヒガンは樹齢約300年。市内2番目の太さ。4月下旬-5月上旬には毎年見事な花を咲かせるようです。季節外れですいません。案内板「エドヒガン(バラ科)」より…『樹高 [続きを読む]
  • 丹内神社とイチョウ (二戸市)
  • 岩手県二戸市石切所横長根。男神岩・女神岩(馬仙峡展望台)に行く途中です。車では行けません。奥にはマド岩があります。「タンナイ」様の上にある岩で、穴があいており、くぐることができるので窓岩の名が付いたと云われており、岩の上には山の神の石碑があります。丹内神社は非常にわかりにくい場所にありますが、目印はイチョウというしかありませんね。せめて紅葉していればわかりやすいかも知れません。奥山地区コミュニティ [続きを読む]