狂電関人 さん プロフィール

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狂電関人さん: 狂電関人の写真庫
ハンドル名狂電関人 さん
ブログタイトル狂電関人の写真庫
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/ef5831shimonoseki
サイト紹介文狂電関人撮影の新旧写真を徒然なるままにアップ。中心は鉄道のある風景と車両の話。
自由文小学校4年ぐらいから始めた鉄道写真趣味で約40年。途中結婚子育てで数年休んだもののデジタル一眼レフ購入後所謂バリ鐡に復活し今日に至る。現役SL世代最終組だが写真は少しだけでその後、電機を丁寧に撮り続けてきたためハンドルネームは、ENTHUSIAST OF ELECTRICLOCOの意で「狂電関人」に。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供198回 / 365日(平均3.8回/週) - 参加 2011/05/08 10:49

狂電関人 さんのブログ記事

  • 眠る急客機たち
  • 9年前の夏、久々に訪れた梅小路。昔と変わらず、本線を彩ってきた名機たちは静かに休んでいた。※ ちょっと千葉の出城に行ってくるので2、3日更新が途絶えます。2009年 葉月 梅小路 [続きを読む]
  • 非電化を流離う2 水無月の章一七 アトサヌプリとシラルトロ沼
  • 折角の釧網本線なのでもう一本欲張りたく、時刻表と地図を開く。かつて鉄道雑誌で見た硫黄山=アトサヌプリバックの写真が頭を過る。地図を見ると、道路は釧網本線よりショートカットで川湯温泉に出ているので、その場所を探してみることにする。アトサヌプリと線路の位置関係から、ポイントは直ぐに割り出せたが鉄道誌の写真からすでに40年近くたっており木の生長と夏故の葉の茂りでテレ系レンズは使えず。山の覆い被さりの迫力に [続きを読む]
  • 非電化を流離う2 水無月の章一六 止別にて
  • 釧網本線では、最初から狙いを定めていたことがある。天気が良けりゃ斜里岳バックが撮りたいと。なので、丸瀬布から寄り道はあったものの北浜には脇目も振らず、長駆一直線で止別に来た。結構ポイントに悩んだ挙句、止別川河口に架かる鉄橋下を潜り抜け、海側の丘に登った。標津線亡き今、斜里岳を望む路線は釧網本線になったが、41年の時を越えて念願が叶った。2018年水無月 止別 D5/E5 [続きを読む]
  • 非電化を流離う2 水無月の章一五 失われたときへ〜卯原内
  • 丸瀬布から車載ナビで釧網本線止別界隈を目的地へ設定すると、北上してオホーツク沿岸に出るコースが奇しくも選択された。途中、常呂で漁師が経営する海産物直売所で大方の土産品を購入し網走方面に移動中驟雨の先に現れたのは能取湖沿岸に佇むキュウロクと客車だった。ここは、湧網東線開業当初の終着だった卯原内駅跡。急ぐ行き足を暫し休めて、77年夏計画しつつも様々な都合で果たせなかった湧網線の旅を空想しつつ、さらには九 [続きを読む]
  • 蒸機受難
  • お盆期間中は、先祖・先人を敬う意も込め、3日間蒸機三昧で・・・昨日の丸瀬布に続いて、今年の前半を振り返ると、5月に予定していた真岡の重連がC12の故障からウヤの憂き目にはじまり、C56160の引退、さらには西日本を襲った大雨の影響でやまぐち号の運休、そしてばんもの用C57180号機のテンダー車輪修繕による長期運休、また梅小路においてもC612の車止め乗り上げ事故と受難続き。そんなことも相まって自身とても煙分の薄い前半 [続きを読む]
  • 非電化を流離う2 水無月の章一四 モリのヌシ
  • 今回の渡道の主目的の一つ。それが、此処丸瀬布の森にいる国産のヌシ雨宮21号に逢うこと。全体の行動スケジュールも、この運転が土日であることを軸に構成した。生田原から取って返して丸瀬布の森に向かうと準備万端、駅に据え付けられている。その小さくも武骨な躰がしっかりと息づく様を見ていると、こりゃぁ乗らずには居られない。特等席に陣取り、機関士氏のコック捌きを暫し注視。6月とはいえ、丸瀬布の新緑を抜ける列車にホ [続きを読む]
  • 非電化を流離う2 水無月の章一三 峠を越えて
  • 時間の関係もあってあまり深入りせず名勝近くにカメラを据える。と、早速大地の使者がお出迎え。お前こんなところで撮るのかと。生田原の町はずれで広がる空が気持ち良い。網走から峠をエンジン全開で越えてきた大雪は、生田原も近い下りで一息呼吸を整えているかのよう。密度はともかく、すっかり特急街道と化した石北本線。2018年水無月 E5/D5 [続きを読む]
  • F君の記録より 西鉄新性能車
  • お盆が近いということもあり、久々大学倶楽部時代の同級生だった故人F君の膨大な車両記録から我が地元私鉄の西鉄を2題。彼も親の転勤で福岡住い経験があり電関人同様、西鉄愛に溢れた人物だった。70年代終盤だろうか、アイスグリーン&ボンレッドストライプで3扉化され、冷房改造前の1000形。単線区間なので、大善寺近くだろうか?もう一つは、前照灯改造およびカラー変更が進む過程で混合色6連の600形急行。橋梁に向かって上がっ [続きを読む]
  • 非電化を流離う 弥生の終章 全線開通に向けて
  • 弥生の非電化流離いを終えるにあたって、少し在来路線のことを考えてみたい。昨今の異常気象(その異常気象を生んでいるのも人類だと思うが)に拠る再三の鉄道不通。特に、地方に行けば行くほどその施設設備は老朽化している。沿線人口減少により採算が合わなくなり廃止する。果たしてそれは、この国の国土保全上正しいことなのであろうか?否であると思う。1本の線路で繋がる国土が失われつつある中で、新幹線を通したら地元自治 [続きを読む]
  • 非電化を流離う 弥生の章一九 止水の静寂
  • 撮影から早5か月、ようやく弥生の章も大詰め。足の速い春の日差しが山陰に入らぬかを気にしながら、そして車の通過を気にしながら止水の静寂にカメラを向ける。長い冬の間、モノトーンに完全支配され続けてきた谷間に地肌も見えて柔らかな日差しを実感できるようになると、力強く大地から顔を出しす新芽のような緑の汽車は春からの使者のように、柔らかくその姿を止水に映す。2018年弥生 早戸 D5 [続きを読む]
  • デデゴイのうた 大鉄橋を渡る
  • 今のサンライズ同様に、右に左に泣き別れの紀伊・いなばの片割れいなばが旧餘部の大鉄橋を渡る。東京ブルの中で、唯一浜松のゴハチ持ちだったが時間帯が悪すぎて一枚もその雄姿が残っておらず。さらに、やはり時間帯のせいか食堂車の営業もされなかったが他列車との共通運用なので、ハネ以外に、ロネ、シを繋ぐ豪華編成をデデゴイが牽いて名勝を渡るの図。いなばの名称は短命に終わり、出雲に吸収されたのも何だか白兎の伝説のよう [続きを読む]
  • 斜陽のPF
  • 親分変われば皆変わるが常の会社組織にあって、鶴の一声で、PF機が順次懐かしの塗装に。或る意味ファンにとっては喜ばしい反面、別側面意味するものは「最後の花道」とも。常日頃から、在るものを在るがまま撮ってきた電関人には、焦らず騒がず、静かにその動静を見守るのみ。定番撮影地の屋敷森前を斜陽に照らされながら行く、PFタンカートレイン。1992年冬 ER(?) [続きを読む]
  • 真夜中の静と動
  • 大学2年時のこと。倶楽部のメンバー三人で真夜中の奥多摩へ。終電後の静まり返る駅傍のヤードに居並ぶ古豪たち。信号が開き次第、順次山を下っていく。ホッパー車の轟音が止むと、再び静寂が訪れ赤色信号が老体の顔を怪し気に浮かび上がらせる。1982年奥多摩 KR [続きを読む]
  • 始業前
  • 今では様々な理由で夜中の車庫は静まり返っている。高校に入って最初の冬に企てた、未明のチャリ撮影ツアーはこうだった。自宅⇒南福岡電車区⇒竹下客車・気動車区⇒貝塚車庫⇒香椎操車場。確か廣田さんの写真だったかと思うが、何条にも敷かれたヤードのレールが緑銀に照らされる中たった一両の緩急車のみが佇んでいる風景。そんな風景を探しに香椎界隈へ真夜中にチャリ旅敢行。残念ながら、往きの駄賃を欲張り過ぎて香椎に着く前 [続きを読む]
  • デデゴイのうた 重連の謎
  • 70年代後半に一時定期重連となった1?さくら。それは明確なことなのだが、、、問題は、重連だったのは鳥栖から先の長崎本線なはずが重連でホームに入線するカットが残っていること。だとすれば、門司から重連できたのか?甚だ疑問。もう少し足を延ばして、走行シーンをとも思ったのだが寧ろ出発時のダブルイグゾーストの咆哮を狙いたくて鳥栖駅に留まった。1976年? 鳥栖駅 1? [続きを読む]
  • 非電化を流離う2 水無月の章七 十勝岳に見守られ
  • 何度も穴のあくほど見返した故前田真三さんの美瑛写真集。そのモチーフである美瑛の丘にようやく立てた。が、富良野線は丘の中腹から下を等高線を縫うように走っていて、事前学習の足らなさも手伝い思うようなポイントが見つからない。結局、相当頭の中のコンテを書き直し、先ずは丘のシンボルマウンテンでもある十勝岳バックに陣取った。晴れてはくれたものの、空の抜けは悪い。せめての救いは、十勝岳が頭まで見えたことか。2018 [続きを読む]