catherinesaori さん プロフィール

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catherinesaoriさん: キリストとともに
ハンドル名catherinesaori さん
ブログタイトルキリストとともに
ブログURLhttp://shelline-oblate.cocolog-nifty.com/blog/
サイト紹介文聖書と祈り、そして聖ベネディクトについての、しぇるりんのつぶやき
自由文聖書をただ読む、理解するだけではなく、聖書を通じて神と語り合う、それが霊的読書(レクチオ・ディビナ)の祈りです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供107回 / 365日(平均2.1回/週) - 参加 2011/05/21 10:17

catherinesaori さんのブログ記事

  • 離婚を考えるカトリック信徒の方へ
  • あなたがたは、信仰のない人々と一緒に不釣り合いな軛につながれてはなりません。正義と不法とにどんなかかわりがありますか。光と闇とになんのつながりがありますか。キリストとベリアルにどんな調和がありますか。信仰と不信仰とになんの関係がありますか。(コリントの信徒への第二の手紙6:14〜15)お元気ですか。しぇるりんです。(^.^)しぇるりんには、離婚経験があります。もちろん、自分なりに受忍の限度を超えたと感じ、我が [続きを読む]
  • カトリック教会での婚姻の不解消性と婚姻無効化について
  • …(カトリック)教会は、婚姻の事案に関して、キリストのことばのより明確な認識を獲得しながら、聖なる婚姻の絆の不解消性についての教えをより深く考察しかつ理解し、それを交付してきました。そして、教会の規律が、公言された信仰の心理とより一貫性をもつものとなるように、婚姻の合意の無効に関する体系をまとめあげ、婚姻無効の裁判手続きがより適切なものとなるよう…わたし(教皇フランシスコ)は、婚姻無効手続きの改革に [続きを読む]
  • 神への愛、家族愛とパートナーとの愛の違い
  • キリストに対する畏れをもって、互いに仕え会いなさい。…わが身を憎んだ者は一人もおらず、かえって、キリストが教会になさったように、わが身を養い、いたわるものです。わたしたちは、キリストの体の一部です。それゆえ、人は父と母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。この神秘は偉大です。わたしはキリストと教会について述べているのです。いずれにせよ、あなたがたも、それぞれ、妻を自分のように愛しなさい。妻は夫 [続きを読む]
  • 栄光の奥義第五:あめのきさきとなられた聖マリア
  • 「愛するとは苦しむことである」が、愛するときに人が求めるただひとつのことは、苦しみたくないということだ。だがむしろ、本当の愛は、最愛のものを苦しめないことである。しかも、ほんとうに愛するには、どのように誠実に苦しまねばならぬかを悟らねばならない。霊魂に彫刻する、いわばそのつちのひと打ちひと打ちが大理石を芸術にきざみあげるような、このデリケートな技術の手本になることが、マリアにはおできだ。だれがマリ [続きを読む]
  • 栄光の奥義第四:聖母の被昇天
  • 使徒たちは、「オリーブ畑」と呼ばれる山からエルサレムに戻って来た。…彼らは都に入ると、泊まっていた家の上の部屋に上った。それは、ペテロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、フィリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、アルファイの子ヤコブ、熱心党のシモン、ヤコブの子ユダであった。彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた。(使徒言行録1:12〜14)お元気ですか。しぇるりん [続きを読む]
  • 栄光の奥義第三:聖霊降臨
  • 五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た [続きを読む]
  • 栄光の奥義第二:天にあげれらたイエス・キリスト
  • さて、使徒たちは集まって「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」こう話し終わると、イエスは彼らが見てい [続きを読む]
  • (無題)
  • Tweet霊的読書(レクチオ・ディヴィナ)とは、聖書(主に福音書)などを音読し、その中の「ちょっと気になる一句」に心を留めて、祈りのうちに神さまを思い、その一句を通して神さまと語り合うことを指します。ブログ中の聖書の解釈に関する内容は、しぇるりん個人の感想です。聖句そのものと、地理、人間関係などの事実関係は、特別な記載がないものは、日本聖書協会2008年版≪新共同訳 新旧約聖書続編つき≫の解説部分に依拠し [続きを読む]
  • 栄光の奥義第一:主の復活
  • キリストをしんじるすべてのものよ主の過越をたたえよう子羊はひつじをあがないつみのないキリストは罪の世に神のゆるしをもたらされた死といのちのたたかいで死を身にうけたいのちの主はいまや生きておさめられるマリアよわたしたちに告げよあなたが道で見たことを開かれたキリストの墓よみがえられた主の栄光あかしする神の使いとのこされた主の衣服を私の希望、キリストは復活しガリレアにいき、待っておられる共にたたえ、告げ [続きを読む]
  • 苦しみの奥義第五:キリスト、十字架での死
  • この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。そこには、酸いぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口元に差し出した。イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。(ヨハネによる福音書16:28〜30)お元気ですか。しぇるりんです。(^_^)イエスが受けられた磔刑とは、死ぬまでに時間がかか [続きを読む]
  • 苦しみの奥義第四:十字架をになうキリスト
  • イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」、すなわちヘブライ語でゴルゴダという所へ向かわれた。そこで彼らはイエスを十字架につけた。また、イエスと一緒にほかの二人(聖デュスマスとゲスタス)をも、イエスを真ん中にして両側に十字架につけた。ピラトは罪状書きを書いて、十字架につけた。それには「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書いてあった。…祭司長たちがピラトに…「この男は『ユダヤ人の王』と [続きを読む]
  • 苦しみの奥義第三:いばらの冠をかぶせられ…
  • 夜が明けるとすぐ、祭司長たちは、長老や律法学者たちと共に…イエスを縛って引いて行き、ピラトに渡した。ピラトがイエスに「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問すると「それはあなたが言っていることです。」と答えられた。ピラトが再び尋問したが…イエスはもはや何もお答えにならなかったので、ピラトは不思議に思った。祭司長たちは群衆を扇動した…ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した。そして、イエスを鞭 [続きを読む]
  • 苦しみの奥義第二:イエズス、鞭打たれる
  • さて、見張りをしていた者たちは、イエスを侮辱したり殴ったりした。そして目隠しをして、「お前を殴ったのはだれか、言い当ててみろ」と尋ねた。そのほか、さまざまなことを言って、イエスをののしった。(ルカによる福音書22:63〜65)お元気ですか。しぇるりんです。(^.^)ロザリオの祈りで「苦しみの奥義、神秘」があらわすのは、イエス・キリストのご受難と死です。バッハやモーツァルトなどが手がけたマタイ受難曲、ヨハネ受難 [続きを読む]
  • 苦しみの奥義第一:オリーブ山で祈る
  • イエスがそこ(最後の晩餐を食べた場所)を出て、いつものようにオリーブ山に行かれると、弟子たちも従った。いつもの場所に来ると、イエスは弟子たちに、「誘惑に陥らないように祈りなさい」と言われた。そして自分は、石を投げて届くほどの所に離れ、ひざまずいてこう祈られた。「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」すると、天使が天から現れて [続きを読む]
  • 光の奥義第五:最後の晩餐とミサ聖祭
  • 時刻になったので、イエスは食事の席に着かれたが、使徒たちも一緒だった。イエスは言われた。「苦しみを受ける前に、あなたがたと共にこの過越の食事をしたいと切に願っていた。言っておくが、神の国で過越が成し遂げられるまで、わたしは決してこの過越の食事をとることはない。」そして、イエスは杯を取り上げ、感謝の祈りを唱えてから言われた。「これを取り、互いに回して飲みなさい。言っておくが、神の国が来るまで、わたし [続きを読む]
  • 光の奥義第四:主の変容
  • (イエスが死と復活の話をしてから)八日ほどたったとき、イエスはペテロ、ヨハネおよびヤコブを連れて、祈るために山に登られた。祈っておられるうちに、イエスの顔の様子が変わり、服は真っ白に輝いた。見ると、二人の人がイエスと語り合っていた。モーセとエリアである。二人は栄光に包まれて現れ、イエスがエルサレムでとげようとしておられる最期について話していた。ペテロと仲間はひどく眠かったが、じっとこらえていると、 [続きを読む]
  • 光の奥義第三:神の国を告げ知らせる
  • (自らの死と復活について語るな、というペテロをイエスは諌め、)それから、弟子たちに言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者はそれを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価が支払えようか。人の子は、父の栄光に輝 [続きを読む]
  • 光の奥義第二:カナの婚礼での奇跡
  • (イエスの洗礼から)三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があり、イエスの母がそこにいた。イエスもその弟子たちも婚礼に招かれた。ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに「ぶどう酒がなくなりました」と言った。イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時は、まだ来ていません。」しかし、母は召し使いたちに「その人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください。」と言った。…イエ [続きを読む]
  • 光の奥義第一:キリストの洗礼
  • (祭司やレビ人が洗礼者ヨハネに何者かを訊ねた)その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ。『わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのはこの方のことである。私はこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現れるために、わたしは、水で洗礼を授けに来た。」そして、ヨハネは証 [続きを読む]
  • 喜びの奥義第五:神殿でイエズスを見出す
  • イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいると思い、1日分の道のりを行ってしまい、それから、親族や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、探しながらエルサレムに引き返した。三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり、 [続きを読む]
  • 喜びの奥義第四:イエズスの奉献
  • さて、モーセの律法で定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に捧げるため、エルサレムにつてれ行った。それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主に聖別される」と書いてあるからである。…そのとき、エルサレムにシメオンという人がいて…主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とお告げを聖霊から受けていた。シメオンが「霊」に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は幼子のために律法の [続きを読む]
  • 喜びの奥義第三:イエズスのご降誕
  • そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録せよとの勅令が出た。…ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなづけのマリアと一緒に登録するためである。ところが彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったか [続きを読む]
  • 喜びの奥義第二:エリザベトを訪問
  • そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そして、ザカリアの家に入ってエリザベトに挨拶をした。マリアの挨拶をエリザベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリザベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわた [続きを読む]
  • 喜びの奥義第一:受胎告知
  • (洗礼者ヨハネの誕生が予告されてから)六ヶ月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなづけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。 [続きを読む]
  • 生まれて初めて「クリスチャン」に出くわしたあなたのために
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)さて、わたしは「生まれて初めて、クリスチャン(カトリック)の日本人に出会いました!」という人との遭遇率が高いです。21世紀の今になっても、日本では憲法20条の定める「信教思想の自由」が十全に機能していません。そのため、「生まれたら神社にお宮参りと七五三、初詣は神社仏閣何でもOK、結婚式は教会がロマンチックで、葬式は婚家か実家の親の宗派だけど…どれを信じるわけでもない [続きを読む]