catherinesaori さん プロフィール

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catherinesaoriさん: キリストとともに
ハンドル名catherinesaori さん
ブログタイトルキリストとともに
ブログURLhttp://shelline-oblate.cocolog-nifty.com/blog/
サイト紹介文聖書と祈り、そして聖ベネディクトについての、しぇるりんのつぶやき
自由文聖書をただ読む、理解するだけではなく、聖書を通じて神と語り合う、それが霊的読書(レクチオ・ディビナ)の祈りです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供106回 / 365日(平均2.0回/週) - 参加 2011/05/21 10:17

catherinesaori さんのブログ記事

  • 喜びの奥義第四:イエズスの奉献
  • さて、モーセの律法で定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に捧げるため、エルサレムにつてれ行った。それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主に聖別される」と書いてあるからである。…そのとき、エルサレムにシメオンという人がいて…主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とお告げを聖霊から受けていた。シメオンが「霊」に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は幼子のために律法の [続きを読む]
  • 喜びの奥義第三:イエズスのご降誕
  • そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録せよとの勅令が出た。…ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなづけのマリアと一緒に登録するためである。ところが彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったか [続きを読む]
  • 喜びの奥義第二:エリザベトを訪問
  • そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そして、ザカリアの家に入ってエリザベトに挨拶をした。マリアの挨拶をエリザベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリザベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわた [続きを読む]
  • 喜びの奥義第一:受胎告知
  • (洗礼者ヨハネの誕生が予告されてから)六ヶ月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなづけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。 [続きを読む]
  • 生まれて初めて「クリスチャン」に出くわしたあなたのために
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)さて、わたしは「生まれて初めて、クリスチャン(カトリック)の日本人に出会いました!」という人との遭遇率が高いです。21世紀の今になっても、日本では憲法20条の定める「信教思想の自由」が十全に機能していません。そのため、「生まれたら神社にお宮参りと七五三、初詣は神社仏閣何でもOK、結婚式は教会がロマンチックで、葬式は婚家か実家の親の宗派だけど…どれを信じるわけでもない [続きを読む]
  • ロザリオの祈りを唱えよう
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^-^)カトリック教会というとロザリオが有名です。ロザリオはアクセサリーではないので、カトリック教会内の売店などで購入し、司祭に祝福を受けてから使います。ロザリオとは、カトリックの念珠という数珠の一種です。栄光唱、ファティマの聖母の祈り、五つの奥義(玄義)と主の祈りのために一つの珠があり、そこから10個の珠がアヴェ・マリアの祈りを10回唱えるためにあります。このアヴェ・マリ [続きを読む]
  • 「信じる者は救われる」のか?
  • 主の手が短くて救えないのではない。主の耳が鈍くて聞こえないのでもない。むしろお前たちの悪が神とお前たちの間を隔てお前たちの罪が神の御顔を隠させ、お前たちに耳を傾けてくるのを妨げているのだ。(イザヤ書59:1〜2)お元気ですか。しぇるりんです。(^-^)緩和医療医の大津秀一氏の著書に《死ぬときに後悔すること25》というのがあります。健康を大事にしなかった、タバコをやめなかった、自分なりの意思表示をしなかった、 [続きを読む]
  • キリスト者にとっての巡礼の旅、人生の旅
  • 旅には袋も、二枚の下着も、履き物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。町や村に入ったら、そこでふさわしい人はだれかをよく調べ、旅立つときまで、その人のもとにとどまりなさい。その家に入ったら「平和があるように」と挨拶しなさい。家の人々がそれを受けるのにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。(マ [続きを読む]
  • 信心業としての九日間の祈り「ノベナ」
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)被災や敗戦などの記念日などに「黙祷!」と1分ほどじっと目をつぶる行事に、時々出くわします。あの「黙祷!」は、被災や敗戦などが自分自身の体験であれば、思わず想い浮ぶ何か、があるでしょう。でも、不思議なぐらいあの「黙祷!」の号令がかかると、頭の中が真っ白になり、何も想い浮かばなくなります。おそらく「黙祷!」は、私たちが主と向き合って語り合う「祈り」とは本質的に違う何か [続きを読む]
  • 「不思議のメダイ」と聖カタリナ・ラブレ
  • ガラリヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。イエスも、弟子たちも婚礼に招かれた。ぶどう酒が足りなくなった。母は召使いたちに「この人が何かいいつけたら、そのとおりにしてください。」と言った。イエスが「水がめに水をいっぱいいれないさい。」と言われると、召使いたちは、かめの縁まで水を満たした。世話役は、ぶどう酒の変わった水を味見した。イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、栄光を現 [続きを読む]
  • 「キリスト教の神さま」は「絶対神」ではない!
  • 神はこれらすべての言葉を告げられた。「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。…わたしは主、あなたの神、わたしは熱情の神である。…わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には幾千代にも及ぶ慈しみを与える。(出エジプト記20:1〜6抜粋)お元気ですか。しぇるりんです。(^.^)かなり頻繁に「キリスト教では絶対神を信じている! [続きを読む]
  • 聖母マリアの「ご出現」考
  • ファリサイ派とサドカイ派の人々が来て、イエスを試そうとして、天からのしるしを見せてほしいと願った。イエスはお答えになった。「あなたたちは、夕方には『夕焼けだから晴れだ』と言い、朝には『朝焼けで雲が低いから、今日は嵐だ』と言う。このように空模様を見分けることは知っているのに、時代のしるしを見ることはできないのか。よこしまで神に背いた時代のものたちはしるしを欲しがるが、ヨナのしるしのほかには、しるしは [続きを読む]
  • 輪廻、転生とキリスト教の生死観の違い
  • どこに行けば、あなたの霊から離れることができよう。天に登ろうとも、あなたはそこにいまし、陰府に身を横たえようとも見よ、あなたはそこにいます。曙の翼を駆って海のかなたに行き着こうともあなたはそこにいまし御手をもってわたしをとらえてくださる。(詩篇139:7〜10)お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)小説、ゲームやドラマなどで取り上げると面白味があるせいか、輪廻や転生が「ドラマのプロットに便利なコンセプト」で [続きを読む]
  • 長崎の潜伏キリシタン教会群、世界遺産登録への想い
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)私は長崎の潜伏キリシタンの方々の、先祖代々のカトリック信仰に対する思い入れについて、あまり知りません。主に明治維新以降のキリスト者だった先祖の祈りと、個人的な動機で主イエズスに招かれた私が、潜伏キリシタンの子孫の方々の強い信仰に心情的に共感できるとすれば、同じイエズス・キリストの聖霊に導かれ、召され、これからも世の終わりまでこの信仰をひとのいのちの糧として継承し [続きを読む]
  • ピエトレルチナの聖ピオと「守護の天使」
  • 350 天使は、たえず神の栄光をたたえてたの被造物に対する救いの計画に奉仕する、霊的被造物です。「天使はわたしたちに益するすべてのことに協力します。351 天使は、主であるキリストを取り囲んでいます。とくに人間救済の使命がまっとうされるよう、キリストに仕えます。352 教会は天使たちを崇敬します。天使たちは、この世で旅する教会を助け、すべての人間を守ります。(《カトリック教会のカテキズム》P.150より抜粋)お元 [続きを読む]
  • 聖ピオの世の終わりに関する12カ条を読み解く
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)さて、「世の終わり」に関して啓示を受けた聖人聖女は、新約聖書の終わりにある「ヨハネの黙示録」以降にも大勢います。比較的近年で公的崇敬を許された例だと、ファティマの聖母、司祭のマリア運動、秋田の聖母のほか、20世紀前後に多くの聖人聖女やしるしを受けた人々が「世の終わりにもイエズスの愛とともにあるよう祈りなさい」といった趣旨のお告げを受けています。↓可視の聖痕を受けて [続きを読む]
  • 「スピリチャル」と「キリストの霊性」の違い
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)しぇるりんはごく個人的な好奇心と出会いがあって、宗教人類学という学問をかじったことがあります。なので、出来れば個人対個人でなければ話したくない話題が、いま流行りの「スピリチュアル」と「キリスト教における霊性」についてです。今回は、「スピリチャル」とキリスト教における霊性、神秘主義の問題を掘り下げてみたいと思います。私は「スピリチュアル」で生計を立てておられる方、 [続きを読む]
  • ご聖体の秘跡ーキリストの肉と血の奉献
  • (その日、モーセは山から)戻って、主のすべての言葉とすべての法を民に読み聞かせると、民は皆、声を一つにして答え、「わたしたちは主が語られた言葉をすべて行います」と言った。モーセは主の言葉をすべて書き記し、朝早く起きて、山のふもとに祭壇を築き、十二の石の柱をイスラエルの十二部族のために建てた。彼はイスラエルの人々の若者を遣わし、焼き尽くす献げ物をささげさせ、更に和解の献げ物として主に雄牛をささげさせた [続きを読む]
  • 聖マキシミリアノ・マリア・コルベ殉教司祭
  • (現在の聖母の騎士修道院の土地購入の際)「支払いのお金はあるんですか。」「いいえ、今はありません。」「神父さま、お金は確実にポーランドから送ってくるんでしょうね。もし、送ってこなければ、千五百円は戻って来ないんですよ。」するとコルベ神父は行った。「送って来るか、来ないか私は知りません。この土地を買うことが、けがれなき聖母マリアさまのお気に召すならば、必要なお金は必ず送って来るでしょう。お気に召さな [続きを読む]
  • 尊者ヴィンセンチオ・チマッチ司祭
  • 「私たちが目の前に置くべき理想は、イエスです 。 基本は、自分をイエスと同じようにささげることで す... 完徳を目指す人は 、十字架を見るべきです。 そして 、実生活の中の毎日の小さな十字架をささげるのです。毎日の自分の務めこそ、神のみ心であることを考えましょう」(テレジオ・ボスコ著;コンプリ神父訳《チマッチ神父、日本を愛した宣教師》より)お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)日本で列尊された尊者で有名な方 [続きを読む]
  • 福者パウロ六世教皇の「初めて」と「最後」づくし
  • 「絶対正しい真理の保持者という確信のもとに世界の営みから超越し、社会との対話と協調の必要性を認めない教会、それが、第二バチカン公会議が開催されるまでの教会の姿でした。私は、そのような雰囲気の中で(カルメル会での)修道生活を行い、神学を学び、司祭になる準備をしていたのです。」(森一弘2004《心の闇を乗り越えて》オリエンス宗教研究所p.81より抜粋。森司教は1968年、第二バチカン公会議の真っ只中にローマで神学 [続きを読む]
  • サンサルバドルの英雄、福者オスカル・ロメロ大司教
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^。^)2018年10月にサンサルバドルの英雄とたたえられた福者、オスカル・ロメロ大司教の列聖が決まりました。日本ではあまり知られていませんが、チェ・ゲバラ氏などが南米大陸に大きな影響力を持っていた1970年代、他の南米の国々以上に、エルサルバドルは混乱の真っ只中にありました。その当時、主に南米での独裁政権時代、右派と左派の対立が暴力の嵐を呼んだエルサルバドルで、解放の神学という [続きを読む]
  • 「教会の母聖マリア」の祝日制定と福者パウロ六世
  • イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロバの妻マリアとマグダラのマリアが立っていた。イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子を見て、母に「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です。」と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」その時からイエスの母を自分の家に引き取った。(ヨハネによる福音書19:25〜27)お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)聖霊降臨祭の翌月曜日が、教会の母聖マリアの [続きを読む]
  • なぜ、イエズスは死と復活を予告されたのか?
  • 一行はそこ(フィリポ・カイサリア地方)を去って、ガリラヤを通って行った。しかし、イエスは人に気づかれるのを好まなかった。それは弟子たちに「人の子は、人々の手に引き渡され、殺される。殺されて、三日の後に復活する」と言っておられたからである。弟子たちは、この言葉が分からなかったが、怖くて尋ねられなかった。(マルコによる福音書9:30〜32)お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)五月といえば、就職、転職、転勤な [続きを読む]
  • アシジの聖フランシスコ「平和への祈り」
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)今日はともに、エルサレムの平和、東アジア地域の平和、そして世界の平和のためにアシジの聖フランシスコがわたしたちに残してくださった「平和への祈り」と祈りたいと思います。アシジの聖フランシスコの平和への祈り主よ、わたしを平和の器とならせてください。憎しみのあるところに愛を、争いがあるところに赦しを分裂があるところに一致を、疑いのあるところに信仰を、誤りがあるところに [続きを読む]