園遊舎主人 さん プロフィール

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園遊舎主人さん: 園遊舎主人のブログ
ハンドル名園遊舎主人 さん
ブログタイトル園遊舎主人のブログ
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/koichiro1945
サイト紹介文温故知新。 日本の自然に学ぶ。
自由文ドイツ人のランドスケープ・アーキテクトに日本のガーデニングを紹介した時、江戸期以前のガーデニングは参考にしていたが、近年のガーデニングには目もくれなかった。花についても同様。
オランダのキュウケンホフ公園の猿まねやイングリッシュガーデン擬、日本産の花の利用が少ない、わざわざ西欧から見に来る価値のないものが多すぎる。
外国人に、これが日本の新しいガーデニングと言える庭や花の増えることを期待して。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供62回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2011/06/01 06:34

園遊舎主人 さんのブログ記事

  • ★安永二年二月・三月
  • 江戸庶民の楽しみ 27★安永二年二月・三月 『宴遊日記』から江戸の気象状況が見えてくる。信鴻の天候について詳細な記述は、変わり行く季節の様を克明に表している。これは、信鴻の自然への関心の深さを示すものであろう。信鴻は、六義園ではなく、まだ城の南側に住んでいたので、江戸の町の気象と見て良いだろう。当時の江戸は、今より寒かったといわれている。確かに、寒そうな感じがする。 正月(1773年1月23日〜2月21日) [続きを読む]
  • ★安永二年一月の楽しみ
  • 江戸庶民の楽しみ 26★安永二年一月の楽しみ 江戸庶民が日々どのような暮らしをしていたかはなかなかわからない。底辺の庶民には、日記を記すなど無理なことで、また江戸の町全体を広く見渡して考察することなどできない。そこで参考になるのが、『武江年表』である。『武江年表』(ぶこうねんぴょう)は、斎藤月岑によって天正十八年(1590年)から明治六年(1873年)までの江戸の出来事を綴った年表である。月岑は名主であった [続きを読む]
  • ★江戸っ子の本領
  • 江戸庶民の楽しみ 25★江戸っ子の本領 「江戸っ子」という言葉が川柳に登場したのは明和八年(1771年)である。その背景には江戸の庶民が自分たちこそ、主役だと考えるようになった事実がある。ちなみに「江戸っ子」の条件は何かというと、江戸城下で生まれ、江戸の水の産湯につかり、宵越しの金を持たず、食べ物や遊び道具に金をかける。さらに生粋の生え抜きであり、「いき」や「はり」を本領とする、この五つが「江戸っ子」の [続きを読む]
  • ★盛んになる相撲
  • 江戸庶民の楽しみ 24★盛んになる相撲・明和三年(1766年)二月、堺町から出火中村座・市村座が焼失する。 ・三月、芝神明社で勧進相撲が催される。 ・春頃、永代寺での三河岡崎伊賀八幡開帳を含め4開帳が催される。 ・六月、山王権現祭礼が催される。 ・夏頃、回向院での南都菅原喜光寺開帳を含め6開帳が催される。 ・七月、回向院での川崎真福寺開帳を含め5開帳が催される。 ・九月、市村座で『忠臣蔵』中蔵の定九郎、 [続きを読む]
  • ★庶民の遊びに憧れて
  • 江戸庶民の楽しみ 23★庶民の遊びに憧れて・寳暦十年(1760年)二月、明石屋火事で中村座・市村座が焼失する。 春頃、肥前座が類焼し、十月に廃座願いが出される。 春頃、六阿彌陀不残開帳を含め6開帳が催される。 ・四月、麹町心法寺で印旛郡佐倉松林寺が開帳催される。 ・五月、徳川家治、十代将軍になる。 ・七月、人家に近いところでの花火遊びが禁止される。 ・七月、浅草本法寺で安房南無谷村妙福寺が開帳を催す。  [続きを読む]
  • ★盛り上がる江戸の祭り
  • 江戸庶民の楽しみ 22★盛り上がる江戸の祭り・寳暦六年(1756年)一月、日本橋心材木町から出火、中村座・市村座も焼失する。 ・三月、市村座で『梅若菜二葉曽我』六月まで大入りとなる。 春頃、牛込久成寺での上総国埴生郡妙宣寺開帳を含め3開帳が催される。 ・四月、回向院での安房国那古寺開帳を含め4開帳が催される。 ・六月、米価高騰のため紙札幟を立てて奉行所へ参集する。 ・七月、下谷玉泉寺で佐渡一谷妙照寺開 [続きを読む]
  • ★武士と町人の遊び
  • 江戸庶民の楽しみ 21★武士と町人の遊び 十八世紀も半ばに入ると、江戸の町は大きく変わっていた。江戸に幕府が開かれた当時は、大名の供をして地方からやってくる侍、関西などから上京して商家で働く町人、それに出稼ぎに来た田舎の人といった類の人間が多数を占めていた。が、江戸時代も一五〇年ほどたつと、江戸生まれの江戸育ちという割合も次第に大きくなっていった。このように江戸で生まれた人が、「江戸言葉」という独自 [続きを読む]
  • ★見世物の経済
  • 江戸庶民の楽しみ 20★見世物の経済・延享三年(1746年)二月、隅田川木母寺開帳を含め5開帳が催される。 ・二月、坪内火事で中村座・市村座が焼ける。 ・五月、市村座で『一ノ富清和年代記』が大評判で大入りとなる。 夏頃、浅草寺開帳を含め6開帳が催される。 ・九月、森田座で『東山永代歌舞伎』が大当たりする。 秋頃、本所弥勒寺開帳を含め6開帳が催される。 ○本多安勝子『江戸めぐり』が刊行される。 ・延享四年 [続きを読む]
  • ★庶民の見世物が流行
  • 江戸庶民の楽しみ 19★庶民の見世物が流行・元文四年(1739年)二月、根津権現開帳を含め3開帳が催される。 ・三月、市村座で『初鬙通曽我』続演大当たり  ・四月、下谷善立寺開帳が催される。 ・六月、山王権現祭礼が催される。 ・八月、谷中感応寺、従来の富突に加えて年三回の増富興行が許可される。 秋頃、小日向妙足院開帳を含め3開帳が催される。 ・十月、豊後節を禁止(歌詞が煽情的で心中をそそのかすような語り [続きを読む]
  • ★将軍吉宗のお花見
  • 江戸庶民の楽しみ 18★将軍吉宗のお花見・享保十八年(1733年)一月、享保の打ち壊し起こる。 ・一月、初午の祭礼の華美を禁止する。 ・一月、御救米が2万余人に支給される。 ・二月、貧民の地代・店賃支払が猶予令される。 ・三月、音羽護国寺で1・5・9月に興行していた富突講を深川永代寺境内に変更する。 春頃、浅草寺開帳を含め6開帳が催される。奥山に千本桜を植えられる。 ・六月、山王権現祭礼が催される。 ・ [続きを読む]
  • ★御開帳
  • 江戸庶民の楽しみ 17★御開帳・享保十三年(1728年)一月、中村座で『曽我蓬莱山』が大当たりする。 ・三月、芝愛宕山開帳を催す。 ・七月、吉原角町の名妓玉菊の三回忌に灯籠が出て、年中行事になる。 ・九月、風水害で両国橋流失する。 ・十一月、神田明神祭礼が催される。 ○撃鉦先生『両巴巵言(リョウハシゲン)』を刊行し、洒落本の始めとなる。 ○下野高田専修寺開帳(開催地・開帳期間不明)・享保十四年(1729年)一月、中村 [続きを読む]
  • ★花より団子の花見スタイル
  • 江戸庶民の楽しみ 16★花より団子の花見スタイル・享保五年(1720年)一月、市村座で『釜鳴振曽我』かけ合いのセリフが大当たりする。 ・一月、森田座で『楪根元曽我』団十郎の矢の根の五郎が大当たりする。 ・一月、中村座で『一富士礼拝曽我』(おふさ徳兵衛十七回忌で三座も)大当たりする。 ・一月、堺町から出火し中村・市村座焼失する。 ・六月、町方での辻相撲・踊を禁制する。 ・七月、花火を禁止する。 ・八月、町火 [続きを読む]
  • 吉宗の粋な計らい
  • 江戸庶民の楽しみ 15★吉宗の粋な計らい・正徳四年(1714年)三月、江島生島事件に連座して山村座断絶、以後は江戸三座となる。 ・三月、寺社内の見世物、その他芝居(宮芝居は27座)等を一切停止する。 ・三月、木戸で人寄に役者の声色が流行する。 ・四月、芝増上寺山内常照院が開帳を催す。 ・八月、深川永代寺門前の私娼を禁止する。 ・八月、猪牙船(吉原通いの舟足の早い小船)禁止する。 ・九月、将軍、根津祭を吹上御覧 [続きを読む]
  • 御開帳2
  • 江戸庶民の楽しみ 14★御開帳2・宝永四年(1707年)二月、遊女の町中徘徊・抱置きを禁止する。 ・三月、回向院で伊勢朝熊岳が開帳を催す。 ・三月、日本橋亀井町出火し中村座が全焼する。 ・三月、山村座で『傾城見顧(ミカエリ)本尊』が大当たりする。 ・四月、常磐橋の北町奉行が数寄屋橋に移転し、南町奉行と呼ぶ。 ・六月、山王権現祭礼が催される。 ・七月、町中での辻相撲・踊を禁止する。 ・十一月、富士山が噴火する。 [続きを読む]
  • 御開帳
  • 江戸庶民の楽しみ 13★御開帳・元禄十三年(1700年)一月、山村座で『けいせい浅間獄』(都の浅妻の怨霊の段の差込)大当たりする。 ・五月、町人の不相応の服装等を禁止する。 ・五月、音羽護国寺で嵯峨清凉寺の初の出開帳、貴賤群集する。 ・五月、森田座で『大日本鉄界仙人』団十郎の分身曽我大当たりする。 ・八月、葛西飯塚村夕顔観音堂、三三年目にて開帳を催す。 ・九月、江戸府内で鳥類の売買を禁止する。 ○水木辰之 [続きを読む]
  • 豪商たちの絢爛たる遊び振り
  • 江戸庶民の楽しみ 12★豪商たちの絢爛たる遊び振り・元禄四年(1691年)二月、オランダの商館医師としてケンペルが江戸に入る。            ・二月、城内で参府のオランダ人が洋楽を演奏する。 ・三月、中村座・市村座に出演した水木辰之助の鎗踊が大当たりする。 ・六月、山王権現祭礼催される。 ・八月、寺社の門前や境内に市や店の造新築を禁止する。 ・十月、蛇使いや犬・猫・鼠の芸の見世物を禁止する。 ○ [続きを読む]
  • 庶民の心を掴む遊びの仕掛け人
  • 江戸庶民の楽しみ 11★庶民の心を掴む遊びの仕掛け人以下の一部に問題となる語句・表現があるが、元資料やその背景を鑑み、そのまま使用している。・天和四年(1684年)一月、中村座『酒呑童子大江山鬼退治』四世勘三郎隠居して、中村伝九郎と改め舞台を勤める。 三月、中村座『門松四天王』市川団十郎鳴神が大当たりする。 七月、吉原へ勧進・巡礼・乞食などが入ることを禁止する。 七月、出家・山伏・行人・願人らが徘徊しての [続きを読む]
  • ★歌舞伎芝居草創期
  • 江戸庶民の楽しみ 10★歌舞伎芝居草創期・延宝六年(1678年)一月、堺町でからくり・子供芸を興行する。 一月、松本丹後守邸で土佐少掾、繰り『八島』上演する。 三月、大和守邸で鶴屋播磨の一座など上演する。 六月、山王権現祭礼される。 八月、茶屋女を規制(給仕の女は二名まで、衣服は布木綿に限るなど)する。 ・延宝七年(1679年)二月、振売商人を制限、新規振売禁止する。 四月、市村座で「西行法師の狂言」一世一代とし [続きを読む]
  • ★盆踊りと伊勢踊り
  • 江戸庶民の楽しみ 9★盆踊りと伊勢踊り・寛文十一年(1671年)三月、村山又三郎が日本橋葺屋町に村山座を設立する。 十一月、大和守、山村座へ見物に遣わす。 ○堺町に江戸孫三郎が繰座興行する。 ○大和守邸で操り『浄瑠璃御前』狂言『入間川』他上演する。・寛文十二年(1672年)二月、勧進太神楽・高野聖等の宿泊を禁止する。 二月、浄瑠璃坂の仇討起きる。 五月、魚介類・野菜・果実36種の販売季節を限定、初物を規制する。  [続きを読む]
  • ★幕府の思惑も絡んだ芸能界の既得権争い
  • 江戸庶民の楽しみ 8★幕府の思惑も絡んだ芸能界の既得権争い 以下の一部に問題となる語句・表現があるが、元資料やその背景を鑑み、そのまま使用している。・寛文五年(1665年)一月、森田座で『曽我』大評判となる。 二月、日傭座が設立される 四月、大和守邸で操り『祇園の本地』上演する。 五月、町中で男伊達若者の無法を取締る。 六月、町中での花火遊び禁止、辻立、辻鞠・辻相撲を禁止する。 七月、猿楽金春、本所で4 [続きを読む]
  • ★町人が遊び場を制する
  • 江戸庶民の楽しみ 7★町人が遊び場を制する・明暦二年(1656年)二月、華美な服装などの奢侈を禁止する。 二月、かぶき者や太い緒の編笠かぶり者を逮捕する。 五月、町に端午の菖蒲の兜などの飾り物の華美を禁止する。 六月、神田明神の法楽に、筋違門外で勧進能の興行許される。 六月、山王権現祭礼催される。 六月、将軍の病気平癒を祝い、家門・諸大名を供応し猿楽を催し町人の観覧も許す。 七月、御家人子弟が鶺鴒組と称 [続きを読む]
  • ★遊び場で対立す武士と町人
  • 江戸庶民の楽しみ 6★遊び場で対立す武士と町人・慶安三年(1650年)二月、山王権現が城内より麹町に移る。 三月、市ヶ谷八幡に小芝居始まる(一人前12文・半畳3文)日々大入り。 六月、浅草寺観音堂の普請始まる。 七月、将軍の誕生日に江戸町奉行が花火を献上する。 十二月、丹前風呂停止される。 ○伊勢参り盛んに行われる。 ・慶安四年(1651年)一月、城内で中村座等、歌舞伎上演(四月まで続く、狂言の外に放下や枕返しもあ [続きを読む]
  • ★徐々に盛んになる庶民の遊び
  • 江戸庶民の楽しみ 5★徐々に盛んになる庶民の遊び寛永十二年(1635年)五月、日本人の海外渡航・帰国禁止となる。 六月、山王権現祭礼、上覧あり。 六月、参勤交代が制度化する。 十月、将軍、板橋で鹿狩、捕獲鹿五百余頭を大名や町人に分賜える。 十一月、寺社奉行が設置される。 ○薩摩小平太、堺町で人形芝居興行し好評。 ○風呂屋(丹前風呂)繁昌し吉原が衰退する。・寛永十三年(1636年)一月、江戸城の層構が完成する。  [続きを読む]
  • ★遊びの楽しさを知る庶民
  • 江戸庶民の楽しみ 4★遊びの楽しさを知る庶民・元和十年(1624年)二月、初代中村勘三郎、猿若座を創建し、歌舞伎芝居を興行する。・寛永元年(1624年)十一月、諸侯が江戸に妻子を置く。 ○明石志賀之助が寄相撲と称し六日間の興行(江戸勧進相撲の始め)を行う。 ○諸国に流行の伊勢踊を禁止する。 ○目黒村の龍泉寺不動・行殿建立する。・寛永二年(1625年)八月、生島丹後が京より下り中橋で若衆歌舞伎興行(若衆歌舞伎の始め)。 [続きを読む]
  • 江戸庶民の楽しみ3 見世物と歌舞伎
  • 江戸庶民の楽しみ 3★見世物と歌舞伎・元和五年(1619年)五月、武家屋敷に町人・浪人の居住を禁止する。 ○西久保八幡宮境内に「時の鐘」できる。・元和六年(1620年)三月、米倉を浅草に築造する。 六月、秀忠の娘・和子は、後水尾天皇の女御として入内する。徳川家にとって天皇家との縁組みは、なによりの権戚付けとなった。元和九年(1623年)、皇女・女一宮興子内親王(後の明正天皇)が誕生する。 七月、庶民の捨子を禁止。 八 [続きを読む]