くろべぇ さん プロフィール

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くろべぇさん: くろべぇの廃墟
ハンドル名くろべぇ さん
ブログタイトルくろべぇの廃墟
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/kurobee_ruins/
サイト紹介文廃墟や産業遺産、近代建築の探訪記
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供7回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2011/06/17 23:22

くろべぇ さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • ダイアナ研究所
  • 2017年12月30日探訪。心霊スポットとしてあまりにも有名な本物件。内部に残る資料から、建てられたのは1970年代半ば頃、廃墟になったのは1990年代半ば頃と推察される。日帰りや宿泊も出来る福祉研修施設として使われていたようだ。ちなみにここを運営していた団体は保育園や医療施設、老人介護施設、果ては葬儀場と現在も近隣市町村で手広く事業を行っている。そんな事もありこの物件も定期的に管理はされており、過去にも数回完全 [続きを読む]
  • 海辺の廃医院
  • 2016年2月13日探訪。明治時代に開業した医院。長年地域の総合病院として機能していたが、2003年頃廃墟となった。片田舎の一角に存在する立派な洋館医院。これを撮っている背後には、建物をひとつ挟み大海原が広がる。この日は生憎の雨だった為、機会があればまた再訪したい場所である。雨で外観を撮り忘れる痛恨のミス、洋館の隣には母屋となる和風建築がある。一見現役にも見える表面だが、裏手に回ると建物は半壊している。ウェ [続きを読む]
  • 廃プール
  • 2015年12月6日、2017年11月5日探訪。1980年Mの村プールとして開業、いつの間にか名前がCプールと変わり、2001年8月31日休止となった。町の施設という事もあり現在も一応管理されているようで、管理棟の内部は物置として、プールは夏場にカヌー教室などで使われているそうだ。ある有名観光地からはずれ、非常に辺鄙な場所にあるプール。内部に潜入。右上に見える某観光地からこちらが丸見えなので、死角へ急ぐ。こじんまりとしたプ [続きを読む]
  • 名倉小学校清水分校
  • 2016年10月22日探訪。1964年に廃校となった小学校。廃校後に陶芸家?のアトリエとして使われていたような形跡があった。建物正面。前回載せた廃ロープウェイや廃郵便局もそうなのだが、今回の撮影はレンズにカビが発生している事に気が付かず、ほぼ全ての画像にモヤモヤした白い光が映り込んでしまっているorz敷地は近くで行われている道路工事の作業現場になっており、正直見栄えは良くない。裏側。玄関を入ったところ。何かゴミ [続きを読む]
  • 近代建築廃郵便局
  • 2016年10月22日探訪。山間部の小さな村にひっそりと存在する郵便局の廃墟。全く情報がないので来歴等は不明だが、現在この場から1キロ程離れた所にある郵便局の旧施設だったモノだろう。建築様式から見て昭和初期の建造と思われる。石造りの洋館。この外観は結構好きだ。現役の丸型ポストが設置されている。この建物は付近にあるという廃医院を探している最中に偶然見つけたモノである。そんなわけで、現地で瓦にある郵便マークを [続きを読む]
  • 宇宙船ロープウェイ
  • 2016年10月21日探訪。ある施設との行き来の為、1968年に造られたロープウェイ。ある施設が閉園となり2000年に休止線扱い、その後廃止になったと思われる。中心部からやや離れた位置に存在するロープウェイ。休止から16年が経ち、アクセス路は徐々に自然に還ろうとしている。しばらく進むと案内板があった。そこからもう踏ん張り階段を上がる。道中は意外としんどいw木立の中に駅舎が見えて来た。入口付近。奥から。駅舎の入口へ到 [続きを読む]
  • 志津小学校青菅分校 
  • 2016年4月6日、2017年4月7日探訪。明治36年、志津北尋常小学校青菅分教場として開校、昭和30年に現在残る校舎が建てられ、昭和52年廃校となった。桜が咲くこの時期を狙って行ってみた。小さな校舎だが中々良い雰囲気だ。残念ながら扉は硬く閉ざされており内部を見る事は出来なかった。 [続きを読む]
  • 漂流病院その2
  • 2016年8月14日探訪。患者娯楽室から病棟への廊下はかなり傷んでいた。病棟を繋ぐ渡り廊下へ出た。この廊下は見所の一つだと思う。奥から。左側に入院棟へ繋がる入口がある。細かい配置は忘れてしまったが、一番奥にあるのが第五病棟だったと思う。どの病棟も廊下を入ると手前左に看護婦詰所があり、残りは病室、大きな洗面所というのが大まかな造りだ。看護婦詰所。病室は何処もこんな感じだ。2階へ向かう階段は崩壊している所が多 [続きを読む]
  • 漂流病院その1
  • 2016年8月14日探訪。非常に辺鄙な場所に存在する漂流病院。昭和40年代に開設され、ある不穏な理由により僅か数年で閉院となった。その後運営団体の理事長は市内の別の場所に新たな病院を設立したが、諸々の行いにより行政処分を受けその病院も閉院となった。山間の砂利道を進むと突然古い建物が現れる。この建物の裏に同じ造りの建物が更に3棟あり、左側にある渡り廊下で繋がれている。病院としての主要機能がこの建物にあり、残り [続きを読む]
  • 特別企画・廃墟のトイレ!その7
  • 主に2016年に回った物件のトイレを。廃医院その1。廃医院その2。廃医院その3。廃医院その1。廃医院その2。廃社宅。廃講堂その1。廃講堂その2。廃ロープウェイその1。廃ロープウェイその2。摩耶観光ホテルその1。摩耶観光ホテルその2。摩耶観光ホテルその3。摩耶観光ホテルその4。足がエロい。廃医院その1。廃医院その2。廃洋館その1。廃洋館その2。廃洋館その3。水洗のレバーが独立して付いた珍しい形。廃洋館その4。廃医院その1。 [続きを読む]
  • 宇都野火薬庫・再訪
  • 2015年9月30日、11月5日探訪。足尾にはよく足を運ぶ(断じて駄洒落ではない)ものの、ここを訪れるのは実に7年ぶりであった。宇都野集落から火薬庫へと向かうゲート。しばらく歩くと火薬庫へ通じるトンネルが現れる。一旦スルーしてひとつ離れた場所にある『火薬加工所・導火線貯蔵庫』の防火壁。建物は既に失われ残っていない。道を戻って来ると、手前にある『雷管倉庫』の上部が見えて来る。小さな建物だ。火薬庫へと繋がるトンネ [続きを読む]
  • 本山動力所・再訪
  • 2015年11月5日、12月31日探訪。年々イタミが酷くなる本山動力所。11月時点では何の動きも無かったが、12月には屋根の修復が始まり、栃木県の文化財関係の調査も入っている形跡があった。その後しばらく行ってないので現状は不明だが、屋根のみで終わり側壁の修復はされていないようだ。道路に面した建物全景。12月の時には屋根に上る足場が組まれていた。建物裏側。圧縮空気を送り出すパイプ。4年ぶりに入る内部。以前置かれていた [続きを読む]
  • ブラックマンション
  • 2012年6月23日、2015年9月10日探訪。バブル期に建設が始まり、その建築途中で放棄されたマンション。こういう物件は有名処だから一応見てみるか程度の関心しかないので、正直レポは適当である。・・・・・すみません、うちのブログは何方でもウエルカムですw道に面した外観。電線が写り込み見栄えが悪いので、そこはちょっと修正した。季節柄高く育った木々に囲まれ、全景がよく見えない。木々を掻き分け1階部分の廊下に到達。む [続きを読む]
  • 八穂排水機場
  • 2013年9月2日探訪。1946年〜1964年に行われた干拓事業の関連施設。かつては2棟のポンプ室があり、見たかったのは大きな建物がある方だったのだが、訪れる数年前に解体されてしまったようだ。干拓地のど真ん中にこじんまりとした小さな建物が残る。普段外観は細かく撮る主義なのだが、土砂降りの天気にそれを断念。車の窓からカメラを向けて適当に1枚。内部。2機の巨大なポンプが残っている。中々雰囲気は良いのだが、正直コメント [続きを読む]
  • 里山の小学校
  • 2015年7月12日探訪。山間の集落のはずれにある、昭和50年代初頭に廃校となった小学校。外観に惹かれずっと行きたかった場所だったので、辿り着いた時は結構感慨深いものがあった。山に囲まれた校舎。キツツキのせいで壁は穴だらけ。正面には閉校と100周年の記念碑が建っていた。中に入ってみた。左側には2階へ向かう階段、購買、右側は手前から音楽室、職員室など。音楽室。この校舎は現在も管理されており、時折イベントが行われ [続きを読む]
  • 痕跡のない廃医院?
  • 2013年2月3日、2月28日探訪。大正時代末期に開業した医院・・・の様なモノ。かつてこの辺りに医院が有ったのは間違いないのだが、それがこれなのか正直確証はない。というのも、この建物は建材を扱う業者が事務所として使っていたようで、内部が大きく改装されその痕跡が皆無だからだ。ちなみにその建材屋も既に廃業したのか、隣接する建物が廃墟となっていた。建物外観。これだけでは医院かどうか全く判断出来ない。右奥にある建 [続きを読む]
  • 田村鉄工株式会社
  • 2012年11月21日探訪。明治14年に創業、この地域では最も古い鉄工所。戦時中は東北の鋳物製造をほぼ独占するような大企業であった。その立役者は自治体の人物紹介に載るほどの大物なので、詳しくはこちらにて平成13年10月頃廃業し廃墟となった。片田舎の空き地に不意に現れる場違いな洋館。昭和15〜16年頃に建てられたそう。ここも長い事行きたかった憧れの場所。雪混じりの悪天候が残念。本当はもっといい季節に行きたかったのだが [続きを読む]
  • 若草色の廃医院
  • 2014年12月31日、2015年12月20日探訪。明治時代末期に開業した医院。最後の住人だった老婆が2003年頃に亡くなり廃墟となった。藪に覆われ、道からはその姿を確認する事が出来ない。木々を掻き分け庭を進むと若草色に塗られた医院が姿を現した。この医院自体は3、4年前に発見していたのだが、片田舎という事もあり中々ストリートビューが来ず、航空写真だけでは廃の確信が持てなかった。また、家からも非常に距離がある為、現地確認 [続きを読む]
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