yukihiko ikumori さん プロフィール

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yukihiko ikumoriさん: 形の文法
ハンドル名yukihiko ikumori さん
ブログタイトル形の文法
ブログURLhttp://nekosiro115.blog.fc2.com
サイト紹介文人はどんな形を見ても、それなりに面白いと感じる。見てとれる形の性質が、面白さの度合いに関係している。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供6回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2011/07/09 21:55

yukihiko ikumori さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • ピカソの「幾何学的精神」による作図法 モダンアート再考Ⅸ
  • ピカソは、のちの研究者の便宜のために、すべての作品に制作年月日を書いたといいます。カタログレズネを見ると、制作順に並べているので、それを作品名の代わりとして使うことができる。ネットで見つかる作品だけをカタログ番号に従って並べてみる。マチスの「ピンクヌード」の制作過程をとった写真と同じように、ピカソの思考過程をうかがうことができる。ピカソはこのシリーズで、写楽と同じように、型紙技法をつかったと予想で [続きを読む]
  • クレーのセリアリズム モダンアート再考Ⅶ
  • クレーの影響を受けたと自称する画家は多いが,彼らの理解度はシンボルのレベルにとどまっている。ブーレーズ、シュトックハウゼンなどの現代音楽家のほうが、クレーの造形法の理解を示すコメントを残している。クレーは”絵で音楽を表現しようとした”のではなく、絵が音楽と同じ技法で作られていると理解した。クレーと音楽の関係についてはいろいろ書かれていますが、言葉には限界がある。視覚文法的にクレーの絵「Castle Hill [続きを読む]
  • モダンアートと浮世絵に使われた同じ技法 モダンアート再考Ⅵ
  • なめらかな曲線を見る時、曲がりの違った曲線分の連なりであることに気がつく。曲がりの一様な曲線は弧であるから、曲線は連続した弧に分解して見ることもできる。弧の延長である円が三つ以上一点で交差するとき、その点を要と呼ぶことにする。要を同一円上に並べるのは、簡単な、円を使ったとわかる装飾によく見られる。絵の構造は規則的でないので、簡単には気付かないけれども、優れた画家は、本能的に、あるいは意識的に、この [続きを読む]
  • ピカソもマチスも同じ流派 モダンアート再考Ⅳ
  • 抽象画はセザンヌ以後の、モダンアートの究極のスタイルであるという通説があるが、カンデンスキー、マレーヴィッチなどセザンヌに技法的に直接つながらないタイプもある。マチス、ピカソはセザンヌのスケール技法の伝承者である。フォービズム、キュービズムなどのイズムによる芸術スタイルの分類は表面的であるから、文法的に個々の作品を見て、再編成されるべきである。セザンヌを最初に理解したこの二人に共通する点を見てみま [続きを読む]
  • 調和のスケール(マチスのピンクヌード) [モダンアート再考」Ⅲ
  • 絵画すなわち芸術、ということではない。売れる画家は普通、売り絵を量産するようになる。画家が自然の欲求に任せて描く時、傑作が生まれることがたまにある。それが純粋芸術である。すべての作品を分析する必要はないから、デジタル作品が無数に増えても問題ない。興味を持った作品を、趣味判断が自然により分けることができる。傑作とはなぜそうなのかをモデルを工夫して考えるのが、フォーマリズムの分析法です。何度も描き直し [続きを読む]
  • マチスの[ダンスⅡ]に見られる、調和のためのシンタクテックな技法
  •    マチス  ダンスⅠ  ダンスⅡドローイングを描き直すと、線の曲がりを意識するようになる。一度に意識できるのは一種の曲がり具合だけなので、その曲線は弧になる。いくつかの弧のバランスを取ろうとするとき、弧の延長である円を意識している。それで円の関係が要状になる傾向がある。この構造が調和感を出すことに気づいた天才はそれを意識的に技法として取り入れる。この過程が見られる、いい例がマチスのダンスⅠとⅡ [続きを読む]
  • モダンアート再考 セザンヌのスケール
  • 感覚器官は外界を単純化して感知する。音をスケールにとらえて聞くのは自然の性質である。誰でも曲がりの程度の違う弧を見分けることができる。同じ曲がりの曲線は円の一部の弧である。同じ円の弧をいくつか調和的に配置しようとすると、その基礎の円の関係が、自然に要構造に近づく。その効果に気づくと、それを技法として使うようになる。写楽(北斎)や懐月堂は明らかに要構造を工夫として用いたことを、前回までに示しました。 [続きを読む]
  • 写楽の調和の技法(syntactic device) [写楽は誰]Ⅸ
  • 写楽「大童山の土俵入り 三部作」 上 モア美術館 下 Takamizawa's Taisho era Reprintモア美術館のデジタル映像は枠を切ってきっちりつなげてあるつながるのは柱だけで、大童山の両脇の太刀持ちの背部が、不自然に、細過ぎる柱に隠れれているし、土俵の両側がないのもおかしい。全体のバランスも良くない。子供力士の土俵入りを大人力士が見守るというエピソードを描いてあると知っているから、柱のサイズにつられて、つな [続きを読む]
  • 写楽時代の北斎による,失われた相撲絵の重要性 「写楽は誰」Ⅷ
  • これまで写楽の正体を明らかにしてきましたが、ついでにいくつかの疑問点について描いてみます。「浮世絵体系」の「写楽」によると、”版下絵として知られている芝居絵九点と相撲絵九点は偽筆の疑いが濃厚である”とあります。前回、芝居絵が重要な作品であると、そのうちの一点のかなめ構造図によって示しましたが、今回は、相撲絵の重要性について書きます。このシリーズは初期浮世絵と同じで、着物の形の抽象的な面白さが主目的 [続きを読む]
  • 写楽の中期後期の作品も北斎の大胆な実験だった 「写楽は誰」Ⅶ
  • モダンアートの分析からはじめて、芸術の文法を説明してきましたが、文法レベルでみると、「写楽は誰か」の答えが見えてきたので、道がそれてしまいました。ついでに写楽の全作品が北斎によるものだと、モデルで簡単に証明できるので、示しておきます。今この問題を、最短に考えなおすと、写楽が北斎であるヒントは「北斎漫画」にある。北斎漫画は、真ん中の図のように幾何学的な形で基本構造を作っておいて、それにかぶせて線をひ [続きを読む]
  • 写楽時代の北斎による型紙技法 「写楽は誰」Ⅵ
  • 写楽時代の北斎は、型紙であらかじめ作ったいろいろの大きさの円弧を、様々に組み合わせて絵を描いている。これまではもっともポピュラーな大首絵(半身像)の分析でした。今回からもっと複雑な、半身像二つの絵を見てみます。「澤村淀五朗と坂東善次」の、紙のしわまで見えるイメージが見つかったので取り上げてみます。円弧モデルを作って、右の人物の髪の部分を拡大してみます。   写楽 「澤村淀五朗と坂東善次」 部分髪が [続きを読む]
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