鍵助 さん プロフィール

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鍵助さん: 平成放浪武将鍵助戦国徒然記小早川秀秋評価して委員会
ハンドル名鍵助 さん
ブログタイトル平成放浪武将鍵助戦国徒然記小早川秀秋評価して委員会
ブログURLhttps://ameblo.jp/key-suke1059/
サイト紹介文小早川秀秋公の評価向上を目指し金吾様を語りつつ、戦国系催し、おもてなし武将隊など日々の戦国を綴ります
自由文戦場を探して祭りやイベントを放浪中。ボランティア甲冑武者。城・史跡を巡り、おもてなし武将隊も追いかける。
小早川秀秋公に愛を注ぎ、金吾さんの評価向上を願う足軽です。
秀秋公好きの方の為の井戸端会議場としても利用いただけたら幸いです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供4回 / 258日(平均0.1回/週) - 参加 2011/09/01 14:58

鍵助 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 亀岡時代の息子
  • 6/2は本能寺の変が起こった日です。秀秋公が一番最初に治めた亀岡で、6月の第一日曜日に信長公忌が行われると聞きました。秀秋公が建立した寺で。は?何で?調べてみるとそのお寺・聖隣寺は秀秋公が息子を弔う為に建立したとのこと。寺の墓地には信長公四男・信勝殿が建てた信長公の供養塔があり、毘沙門堂に奉られている毘沙門天は明智殿の毘沙門天像。内容盛り盛りやん。亀山時代に子がいた話は知っていたのですが、余り信じてい [続きを読む]
  • 関ケ原における小早川秀秋の扱い
  • どうもこんばんは鍵助です。自前甲冑武者の方々はご存知の方も多いと思いますがこの鍵助、うん年関ケ原で活動しておりました。ワシが創設した隊を乗っ取られたこともご存知でしょうし、人質を取られ道が断たれたのもご存知でしょう。その隊と隊に惚れ込んだ方々から何年にも渡り嫌がらせを受けたこともご存知でしょう。取り巻き、常連だけでなく、全く事情を知らない関ケ原合戦絵巻参加者の間でも鍵助は危険奴、頭おかしい、小早川 [続きを読む]
  • 豊公伏見城ノ圖
  • お久しぶりの鍵助です。一応生きてますが甲冑武者生命は死にました。激しい運動は無理です。殺陣もどこまで出来るやら…病は一生治りませので上手く付き合っていくしかないです。三年に渡る嫌がらせの数々。精神からゴリゴリ削られ体に異常が出てしまいお休みしていました。断腸の思い。どんなに悔しかったか。全国何処の史跡よりも格段に思い入れが強かった関ヶ原。治していつか復活してやると食いしばって這いつくばって生きてい [続きを読む]
  • 生きてます
  • 何年ぶりでしょうか。一応生きてます。あれから三年。仲間から浴びせられた『死ね』という言葉は何時まで経っても消えず、鬱はいまだに続いています。笑って仲間に死ねと言えるその精神、ワシは何をしたのだろうか、沢山考えました。でも答えは出てきませんでした。あれから関ケ原組には嫌がらせの数々を受けました。自分たちの手ではやらないのです。ファンの子、追っかけ、都合良く使える駒にやらせる。裏でこそこそ色々やられ三 [続きを読む]
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