sk5132 さん プロフィール

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sk5132さん: 『清流』 無明橋 - 中高年の子守歌 - 太平洋を越えて
ハンドル名sk5132 さん
ブログタイトル『清流』 無明橋 - 中高年の子守歌 - 太平洋を越えて
ブログURLhttps://ameblo.jp/sk5132/
サイト紹介文週に1度の新聞に折り込まれた、読者だより『清流』 今回のサブタイトルは「無明橋 Ⅲ」
自由文2011年夏、カナダ・アメリカ旅行記ーー ヴァージニア州に住む友人夫婦に誘われ、バンクーバー、カナディアン・ロッキー、ナイアガラ、ヴァージニアと気ままに旅した13日間の旅行記
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供54回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2011/09/20 16:50

sk5132 さんのブログ記事

  • 無明橋 Ⅲ 025、 木 浦 22
  •  庭に置き放したバケツの水に氷が張っている。このところ、連日のように凍っているが、今朝の氷は今までで一番厚いようで、竹の棒で強く叩いても割れない。屈(かが)んでよく見ると、厚さは1センチほどもあるようだ。ニュースで「今年最強、最長の寒波」と報じられるだけあって、何とも厳しい冷え込みだが、東北や北陸など日本海側の人たちにすれば、「なんだ、その程度で」と笑われそうだ。 それにしても寒く冷たい。「七草 [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 024、 木 浦 21
  •  いろんな役職を受け持たされているせいで、今年も毎日のようにあちこちに出勤?し、その場にいる人たちと力を合わせながら数え上げられないほどの仕事をこなしてきた。両手の指に両足まで加えても有り余る仕事に関わったこの一年を振り返って、普通であれば、「ずいぶん長い一年だった」という感慨を抱きそうだが、「競走馬のように駆け抜けた」というのが正直な気持ちである。 何度も書いてきたが、「退職後は仕事に就かず、 [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 023、 木 浦 20
  •  梅雨入りして雨模様の天気が続いていた6月半ば過ぎの朝、「『教育を語る会』を始めたい」というY先生の申し出に対する緊急の職員会議が開かれることになった。職員会議と言っても、毎朝一時間目の授業が始まる前に行っている職員朝会を、臨時の職員会議に切り替えたものだったが―――、定例学習会(木曜会)で議論し、計画を練り上げて準備していた「第一回木浦地区教育を語る会」の案内状を手に、「教育を語る会」の趣旨や [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 022、 木 浦 19
  •  今、学校が民間企業以上に「ブラック」な職場になっている。そのブラックな職場で、教師という仕事が、いかにひどいブラックな働き方になっているか。学校や教師が「ブラック」な状況にあって、家庭までもがブラックな子育てに追い込まれている――― そういった今日の深刻な問題について考えてみたい。そう思って書き始めた「無明橋 Ⅲ」なのだが…、読者の中には、「ブラックとは関係ない話になっているのでは?」と、首を傾 [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 021、 木 浦 18
  •  へき地とは、どういうところか。また、へき地の小・中学校において大きな教育課題になっていた「へき地性の克服」とはどういうことか。それを、ストンと腑に落ちるように理解してもらおうと、遥かな昔湯前町教育委員会で聞いた忘れ難い逸話を紹介したのだが…、今の若い教師や親たちには、実体験がないだけに心に響くものがないかも知れない。 木浦小学校に赴任して数カ月が経った休日、「校区の様子をよく知りたい」と、当時 [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 020、 木 浦 17
  •  へき地性の克服――― それがへき地の小中学校に勤務する教師にとって、最大の教育課題であった、と書いてきた。しかし、日本が世界に誇る偉人たちの中には、都会から遠く離れたへき地の出身者も少なくない。交通が不便な山間地や、辺鄙な漁村の貧しい境遇の中に生まれ育ちながらも、むしろ恵まれない境遇をバネにして精神的な逞しさを養い、向学心を燃やしていった人たちである。へき地という逆境が偉人を育(はぐく)んだ、 [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 019、 木 浦 16
  •  素直で真面目、人懐(なつ)っこい割りに内気で控えめ。何事にもよく頑張るのだが、自発性や積極性に欠ける。そんなへき地特有と言っていい、子どもたちの受け身で消極的な授業態度をどうにかして変えたい。 教師にこと細かく指示され、手取り足取り指導されて勉強するのではなく、もっと自発的で積極的な学びが出来ないものか…。始まったばかりの木曜夜の学習会、若い独身教師たちの議論は続いた。ただ議論するだけではなく [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 018、 木 浦 15
  •  同じ学校に勤務する教師仲間が、自発的に勉強会を組織して、毎週一回集まって学び合うなど、今ではほとんど聞かない。教師になったばかりの昭和四十年代でも珍しいことだったが、当時の木浦小・中学校では、どうしてそれが出来たのか。そこには、大きく二つの要因があった。 一つは、熱意に満ちた若い教師四人が、ほとんど毎日朝夕の食事を共にしていたこと。これは偶然のように思えるが、当時は、交通事情や住宅事情のせいで [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 017、 木 浦 14
  • 「オレたちゃ、毎晩すごい議論をしよる。この議論を、ちゃんとした学習会にして内容を深めよう」 リーダー格のY先生の提案に、他の3人は何の異論もなく、「それはいい」と即座に同意して、間を置かずさっそくその週から学習会を始めることになった。「学習会は毎週木曜日、夕食後の7時半から2時間程度の時間、教員住宅を持ち回りに続ける」ことを確認し、名前を曜日にちなんで「木曜会」と名付けることにした。 木浦小・中 [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 016、 木 浦 13
  •  これまでいったい何度、「出席できません」と断ってきたことやら数知れない高校時代の「同窓会」。今回は、「古希記念の同窓会ということで、(多分)これで最後にします」という案内文の一行に心を動かされ、返信ハガキの「出席」に〇印をつけて投函して――、去る10月28日(土)、佐伯市内の料亭で行われた同窓会に参加し交流を楽しんできた。 仕事柄というか、役職上というか、「懇親会」や「情報交換会」等々、酒を酌 [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 015、 木 浦 12
  •  A商店で夕食を終えた後の若い独身教師の熱っぽい語らい(議論)が、食卓の掘り炬燵を囲んでどうして毎晩のように続いたのか。 やがて半世紀となる時空を超えて振り返ってみると、「あんな時代だったから出来たんだ…」と、今の若い教師たちには想像もつかないであろう当時の学校や地域の姿がよみがえってくる。「授業に子どもが乗って来んのには、教え方だけじゃのうて、子どもの学習態度にも問題があると思う。(大学の)付 [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 014、 木 浦 11
  •  普通の労働者(サラリーマン)は、勤務時間が終われば仕事のことは考えずに好きなことができる。教師もサラリーマンだが、相手がモノではなく人間(子ども)であるために、勤務が終わった後も受け持ちの子どもの姿が頭(意識)から離れることはない。子を持つ親が、四六時中我が子のことを想うように、教師は、受け持った子どもについて、勤務時間であろうとなかろうと何かにつけて想い浮かべている。休日に、「今日は、クラス [続きを読む]
  • [コピー] 無明橋 Ⅰ 001
  • 1998年3月1日 (日) 日曜日の夕方のこと。――― 夕方、と言ってもだいぶ日が長くなったのでまだ明るい時間だったが、車を洗っていると、「ちょっと用事で、彦岳の現場まで行っちょった」と、車を留めてMさんが寄ってきた。「用事って、あそこはもう終わったんじゃねえんな」「いんにゃあ、検査(けんそ)う受けにゃならんきな」 それで出かけていたのだ、と言う。上がってもらってゆっくり話でも、といつもの囲炉裏に招くと、 [続きを読む]
  • [コピー] 無明橋 Ⅰ 001
  • 1998年3月1日 (日) 日曜日の夕方のこと。――― 夕方、と言ってもだいぶ日が長くなったのでまだ明るい時間だったが、車を洗っていると、「ちょっと用事で、彦岳の現場まで行っちょった」と、車を留めてMさんが寄ってきた。「用事って、あそこはもう終わったんじゃねえんな」「いんにゃあ、検査(けんそ)う受けにゃならんきな」 それで出かけていたのだ、と言う。上がってもらってゆっくり話でも、といつもの囲炉裏に招くと、 [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 013、 木 浦 10
  •  民間企業や一般公務員と違って、教師の時間外労働(=超過勤務・残業)は、勤務(公務)と判断し難いものが多い。残業の仕方は、勤務時間が終わった後、学校に居残って行う場合もあれば、「風呂敷残業」と呼ばれるように、家に持ち帰ってする場合もある。 ただ、前にも書いたが、その仕事を校長が指示(職務命令)したり、校長が公務と認めた場合に超過勤務となるのであって、校長が知らん顔をしていたのでは、いくら勤務時間 [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 012、 木 浦 9
  • 「よくぞ倒れることなくやり過ごした」、と思う木浦での新採用生活最初の一月。若かったせいでもあろうし、ある程度覚悟が出来ていたせいかもわからない。職場の同僚が、いろいろカバーしてくれたことで救われたことも間違いない。密度の濃い日々だった新採用の4月を振り返ると――、赴任直後から何日も続いた職員会議、始業式、入学式、PTA授業参観に総会、3日間の家庭訪問、新入生歓迎遠足……と連続した大きな学校行事。 [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 011、 木 浦 8
  •  つい最近のこと――、ちょっとした用事で市内の小学校を訪ねて、まだ若かった頃(30代)に同じ職場で一緒に仕事をした後輩教師のA先生に会った。A先生への用事ではなかったのだが、「せっかく来られたんですから、少しぐらいゆっくりしてください」 と、彼の執務室である校長室に案内してもらった。「ゆっくり出来るような時間はないんじゃけどな」 と、やんわり断ると、「まあ、ちょっとぐらいはいいでしょう」と引き留 [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 010、 木 浦 7
  •  つい最近のことだが、仕事机を置いている渡町台地区公民館で、野岡に住む同い年のSさん、それに還暦を過ぎて3年のK館長を加えた3人で、仲間入りすることになった敬老会が話題になった。Sさんが、「ついこの間還暦祝いをしてもろうて、敬老会なんかずいぶん先のことじゃと、他人事に思うちょったのに、もうその日が来てしもうた。10年なんかあっという間じゃなあ」 と、溜め息交じりに言う。年を取るに連れてときの流れ [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 009、 木 浦 6
  •  昭和30〜40年代であっても、教師という仕事はかなりの残業(オーバーワーク)が常態化していた。が、そうでありながらどこか長閑(のどか)な気分も漂っていた。その辺り、想い返せばずいぶん酷(ひど)かった教員新採用人事のドタバタ劇の中にも、妙な人間的温もりが溢れていた。 初めて教師となった1970(昭和45)年、新採用の通知を受けたのは4月4日のことだった。その通知も、「6日10時、県教育委員会に出 [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 008、 木 浦 5
  •   二十四節気の一つ「白露」を過ぎた。辞書で調べると、白露は、「秋分の15日前で、この頃から秋気がようやく加わる」と書いている。 しかし、今日(9日)の新聞の気象情報によれば、県内各地で最高気温30度(真夏日)を予想していて、「秋気が加わる」どころではない。 半月ばかり前、仕事机を置いている渡町台公民館で、同じ蒲江出身の同級生I君に会って、「子どもの頃は、夏休みに気温が30度を超える日など数えるほ [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 007、 木 浦 4 
  •  NHKテレビの朝の連続ドラマ「ひよっこ」、とても面白く、毎朝欠かさずに観ている。視聴率も高いようだが、人気の秘密はどこにあるのか。いくつかの要因が考えられるが、時代設定が昭和30年代になっていることもその一つであろう。長々と書いた「中高年の子守唄」も、そのほとんどは昭和30年代の出来事だが、昭和30年代は、全国津々浦々どこへ行っても、そこにはほのぼのとした心温まる人々の暮らしがあった。今書いてい [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 006、 木 浦 3 
  •  余談になるが……、「中高年の子守唄」では、50年、60年という歳月の中で色褪(あ)せ、虫食いだらけになった幼少期や少年時代の記億を、想像や創作の魔力でつなぎ合わせながら、登場する妹や弟たちが読んでも納得し、「続きを読みたい」と思ってもらえるような物語に復活させて書いた。それに比べると、今書いている「無明橋Ⅲ」は、高校時代から書き始めた日記や、当時のことを記した様々な文書が残っているだけにずいぶん [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 005、 木 浦 2
  •  Y先生の下宿は、木浦小学校のすぐ側を流れる落水川を挟んだ川向いにある木造二階建てのA商店だ。階段を上がると六畳の間があって、襖(ふすま)で仕切った奥の十畳の間がY先生の部屋だった。 A商店は、大分バスのターミナル(終着点)に位置していて、「かつては食堂を本業に、生活雑貨も売っていた」というのだが、初めて世話になった昭和44年当時は、バスの切符を売る仕事だけになっていた。夕食をご馳走になり、風呂 [続きを読む]
  • 無明橋 Ⅲ 004、 木 浦 1
  •  今年もまたお盆がやって来た。長男にとって、お盆は何かと忙しい。福岡市内の建設現場で設計の仕事をしている2人の弟が、「正月に帰らなかったので」と、連れ立って帰って来た。帰って来れば、豊富な海の幸を肴(さかな)に飲むのが何よりの楽しみになっている。お互いに還暦を超してしまったせいか、飲めば、過ぎた昔の想い出話に時間の経つのも忘れてのめり込んでしまうのだが、今年は、「今の仕事をいつまで続けられるか」 [続きを読む]