橘播磨守義貞 さん プロフィール

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橘播磨守義貞さん: 第参章「なんでやねん!?」
ハンドル名橘播磨守義貞 さん
ブログタイトル第参章「なんでやねん!?」
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/digital_devil0611_1224
サイト紹介文第弐章から引っ越しました。
自由文以前は西日本各地のお城巡りをしましたが、今では「夢は枯野を駆け巡る」です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供77回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2011/09/26 22:10

橘播磨守義貞 さんのブログ記事

  • 「第参章」不具合につき、「第肆章」に引っ越しすることにしました。
  • 昨年末、突然「第弐章」へログインできなくなり、ブログの更新どころか、メアドの使用も出来なくなりました。やむを得ず急きょ「第参章」を立ち上げ今日に至ったのですが、「第弐章」と「第参章」が連動してしまい、不具合が発生しました。「第弐章」を削除しようとしましたが、ログインできないので削除も出来ません。そこで『連動してる「第参章」を削除すれば不具合も解消できるのでは?』と考え、今年もまた急きょ「第肆章」を [続きを読む]
  • 「第参章」不具合につき、「第肆章」に引っ越しすることにしました。
  • 昨年末、突然「第弐章」へログインできなくなり、ブログの更新どころか、メアドの使用も出来なくなりました。やむを得ず急きょ「第参章」を立ち上げ今日に至ったのですが、「第弐章」と「第参章」が連動してしまい、不具合が発生しました。「第弐章」を削除しようとしましたが、ログインできないので削除も出来ません。そこで『連動してる「第参章」を削除すれば不具合も解消できるのでは?』と考え、今年もまた急きょ「第肆章」を [続きを読む]
  • いろんな“九五式軽戦車”の画像を見てみよう!の巻
  • ◎「第弐章」削除のため、再掲載しています。(画像は掲載当時のモノです)●2012年2月10日の記事から 昔京都嵐山に、「京都嵐山美術館」と言うのがありました。主として太平洋戦争に使用された兵器が展示してありました。京都へ遊びに行くたびによくここを訪れたものです。 しかし1991年に閉館し、その展示物の多くは和歌山県白浜町へ移され、新たに「白浜ゼロパーク」として再展示されていましたが、ここも2002年に閉 [続きを読む]
  • もうひとつの“五稜郭”、「龍岡城」がおもしろい!の巻
  • ◎「第弐章」削除のため、再掲載しています。(画像は掲載当時のモノです)●2012年1月25日の記事から【龍岡城】 その城は、長野県佐久市にひっそりと佇んでいます。佐久市は長野県東部に位置し、群馬県と接しています。(画像下右)江戸時代には三河武士の流れを組む松平氏の奥殿藩が置かれていたところです。龍岡城を築城したのは、第8代藩主松平乗謨(まつだいら のりかた)で(画像下左)、幕府の老中・陸軍奉行・陸軍総 [続きを読む]
  • ゴジラスーツの遍歴を見てみよう!の巻
  • ◎「第弐章」削除のため、再掲載しています。(画像は掲載当時のモノです)●2011年11月13日の記事から幼き頃、ゴジラの映画を見に行ってとても怖かった記憶があります。 でも、以来ゴジラや怪獣に勇敢に立ち向かう自衛隊が大好きになりました。 ゴジラって年を負うごとに顔つきやスタイルが変わるんやねぇ。 ここでは「初代ゴジラ」から「三大怪獣 地球最大の決戦」まで見ていきましょう。 初代ゴジラ [続きを読む]
  • 金閣寺の正式名称は?の巻
  • ◎「第弐章」削除のため、再掲載しています。(画像は掲載当時のモノです)●2012年1月3日の記事から昨夜クイズ番組のTV見てて、 「金閣寺の正式名称は?」って問題に 女子アナ5人とも不正解だったよ。 正式名称はね、「鹿苑寺(ろくおんじ)」って言います。 ではここで「室町時代」について簡単に整理していきましょう。 後醍醐天皇と対立した足利尊氏は、 1336年光明天皇を擁立して [続きを読む]
  • 姫路城の鯱ってどないやねん!?の巻
  • ◎「第弐章」削除のため、再掲載しています。(画像は掲載当時のモノです) ●2011年11月1日の記事から鯱鉾(シャチホコ)は頭が虎、胴体が魚の想像上の動物。 屋根の最上部に取り付け、鬼瓦同様「魔除け」の意味と、火災から守るための “鎮守”の意味を持っているとされています。 ほとんどの天守には一対(二匹)なのだが、 さてここで問題です。 姫路城大天守には何匹の鯱がいるでしょうか? 答えは [続きを読む]
  • 姫路城のお堀を覗いてみよう!の巻
  • ◎「第弐章」削除のため、再掲載しています。(画像は掲載当時のモノです)●2011年10月23日の記事から姫路城のお堀については、とても詳しく解説されている方もおられるので ここでは簡単にさせていただきますね。 まずは上空からの画像 現存する縄張りが見て取れます。 桜門橋付近 姫路城西御屋敷跡庭園「好古園」付近より大手門側(東方面)を望む 「好古園 [続きを読む]
  • 子供の頃の思い出・・・の巻 其の参
  • ◎「第弐章」削除のため、再掲載しています。●2011年8月3日の記事から【太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔】太平洋戦争では日本全国で113都市、約51万人が空爆等により亡くなりました。この慰霊塔は「全国戦災都市連盟」の提唱によって昭和31年に手柄山中央公園に建設されました。塔の形は剣を地面に埋めた形でもう戦わない事をあらわしています。また側柱1本毎に全国113都市(1都99市13町)の被爆日時、死没者数、罹災人口及 [続きを読む]
  • 子供の頃の思い出・・・の巻 其の参
  • ◎「第弐章」削除のため、再掲載しています。●2011年8月3日の記事から【太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔】太平洋戦争では日本全国で113都市、約51万人が空爆等により亡くなりました。この慰霊塔は「全国戦災都市連盟」の提唱によって昭和31年に手柄山中央公園に建設されました。塔の形は剣を地面に埋めた形でもう戦わない事をあらわしています。また側柱1本毎に全国113都市(1都99市13町)の被爆日時、死没者数、罹災人口及 [続きを読む]
  • 子供の頃の思い出・・・の巻 其の弐
  • ◎「第弐章」削除のため、再掲載しています。2011年8月1日の記事から 【姫路大博覧会】昭和41年4月3日から6月5日まで手柄山とその他2ヶ所の開場で行われた博覧会です。昨日紹介した「姫路モノレール」は、この期間中の交通機関として運営されていましたが、博覧会終了後利用客が激減し運休・廃止になってしまいました。また、山の南北をつなぐ「ロープウェイ」もあったけど今では跡形も無く記憶の片隅に消し飛んでしまった。 [続きを読む]
  • 子供の頃の思い出・・・の巻 其の弐
  • ◎「第弐章」削除のため、再掲載しています。2011年8月1日の記事から 【姫路大博覧会】昭和41年4月3日から6月5日まで手柄山とその他2ヶ所の開場で行われた博覧会です。昨日紹介した「姫路モノレール」は、この期間中の交通機関として運営されていましたが、博覧会終了後利用客が激減し運休・廃止になってしまいました。また、山の南北をつなぐ「ロープウェイ」もあったけど今では跡形も無く記憶の片隅に消し飛んでしまった。 [続きを読む]
  • 子供の頃の思い出・・・の巻 其の壱
  • ◎2011年7月29日の記事【手柄山中央公園】姫路市の市街地南西に位置し、山全体が手柄山中央公園として整備されてます。私が通った小中学校が手柄山の麓にあるので、放課後や休日に良く同級生と共に鬼ごっこなどして遊びほけてました。当時は科学館・図書館・ローラースケート場・水族館・市民プール(あの頃は水族館の上に25mプール・幼児用プール・飛び込み用プールがありました)その上に吊り橋がかかっており、オニに追いかけら [続きを読む]
  • 子供の頃の思い出・・・の巻 其の壱
  • ◎2011年7月29日の記事【手柄山中央公園】姫路市の市街地南西に位置し、山全体が手柄山中央公園として整備されてます。私が通った小中学校が手柄山の麓にあるので、放課後や休日に良く同級生と共に鬼ごっこなどして遊びほけてました。当時は科学館・図書館・ローラースケート場・水族館・市民プール(あの頃は水族館の上に25mプール・幼児用プール・飛び込み用プールがありました)その上に吊り橋がかかっており、オニに追いかけら [続きを読む]
  • お知らせデス!の巻
  • いつもご訪問いただきありがとうございます。当ブログは2009年6月に、当時発会して間もない『姫路城甲冑隊』のPRHPとして開設しました。2011年5月にHPからブログに変更。2012年9月に「ギランバレー症候群」発症し長期入院。筋肉に力が入らない難病にて、甲冑隊の活動ができなくなり離脱。2013年3月、退院後ブにログタイトルを『第弐章 悠久の大義』に変更。2015年12月23日、突然第弐章へログインできなくなり、止むを経ず放棄し、 [続きを読む]